まずい、実にまずい。 雛山理緒は自らが招いてしまった(と勘違いしている)状況にどうするどうすると思考回路をフル稼動させて打開策を考えていた。 (どどど、どないしよ、これは所謂橘さんのピンチというやつでないでっか、いや、芸人になってる場合とちゃうねん、つーかこの言葉遣いをまずやめんかいっ!) 「…なんや、挙動不審なやっちゃなー」 理緒本人は頭だけを働かしているつもりだったのだがそこかしこで腕や足がひっきりなしに動いている。そのあまりの挙動不審っぷりに晴子は苦笑するしかなかった。 この分かりやすさ。それが、どこか観鈴と似ていた。姿かたちは全然似てないが。 敬介が彼女と行動を共にしている理由が何となく分かったような気がした。 「…もうええわ。バラすんだけは勘弁したる。さっさと武器や食料置いてどこへでも行きぃ」 「…見逃してくれるのか?」 「でなかったら何や? ええんやで、死にたいなら撃っても」 不敵に、晴子が笑った。敬介は手を上げると、「分かった、もう何も言わずに去るよ」と言って理緒に荷物を捨てるよう指示する。 理緒はびくびくしながらもさっさと荷物を下ろして、敬介の後ろへ引き下がった。 「よーし、そのまま後ろへ下がるんや…ヘンな真似するんやないで」 VP70で牽制しつつ敬介と理緒を後ろへ下がらせる。 さて、どんな武器を持っているのやら。いつでも荷物を取り出せるようにだろう、半分開いているデイパックをちらりと覗いてみる。 「何やこれ」 思わず、呆れた声を出してしまった。鋏、アヒル隊長、トンカチ…とても役に立ちそうなものとは思えない。 「敬介。アンタ、ピクニックかなんかに来てるんか?」 「せめてクジ運が悪かった、って言ってもらえないか」 元々敬介はヒキの悪い男だと思っていた晴子だが…これは、流石に。 「なんか、無駄弾を撃ってしもうて損した気分やわ…はは」 敬介のために激昂して一発撃ってしまったことが今更ながら悔まれた。肩を落としかけていた晴子だが、ふとデイパックに未開封のものがあることに気付く。 「そういや、荷物がみっつあるんやな。誰のや、これは」 晴子の疑問に、今度は理緒が答える。 「それは…その、一人の女の子の…遺品なんです」 「誰や」 晴子の声が、険しくなる。放送で呼ばれてないだけで、それが観鈴のものである可能性も否めなかった。その剣幕にたじろぎながらもはっきりと理緒は言った。 「名前は…分からないんですけど、茶髪で短い髪の女の子でした」 「そうか…ならええわ」 観鈴のものではないことに安心し、中身を確認する。晴子としては、この先拳銃一丁では心許ない。できればもう一丁は拳銃が欲しいと思っていた――のだが。 「なんや、ハズレか」 かつての椎名繭の支給品はノートパソコン。相応の技術を持つ人間ならこれ以上ない支給品だが生憎そんな知識など持ち合わせていない晴子にとっては重たいだけの文字通り『お荷物』であった。 「あんたら、ホンマにヒキが悪いねんな」 「「余計なお世話だ!(です!)」」 ハモりながら反論する二人に、今度こそ晴子は本当の笑みを漏らす。何でかは知らない。とにかく、さっきまでまとめて殺そうとしていたとは思えないくらい、無性におかしかった。 「…何がおかしいんだ、晴子」 「知るかい。ウチにも分からん。…ま、こんなん持っててもしゃーないわ。そのノートパソコンだけは嬢ちゃんが持って行きぃ。遺品なんやろ?」 「…いいんですか?」 理緒はおろか、敬介でさえも予想しえなかった言葉に目をぱちくりさせながら、理緒は答える。 晴子は「重たいだけや、こんなん」と言うとデイパックに封をして理緒に投げ渡した。その重さによろめきながらも、しっかりとそれを受け取る。 「ありがとうございます…」 「礼なんていらんわ、ウチの得にならんと思うただけや」 憎まれ口を叩きながらも晴子の言葉には棘がなかった。しかし、すぐにそれを修正するかのようにドスの利いた声で「もう交渉は終わりや、早よ消えんかい」と言った。 敬介としても丸腰は危険だと思い、早急にその場を去ろうとして、その時、視界の隅にとある二人組を見つけた。うち一方は――銃を構えている! 狙いは…晴子! 「晴子っ、後ろだ!」 敬介の大声に反応して、すぐさま晴子が地面を蹴って、転がる。刹那、晴子のいた場所を『何か』が通りぬけて行く感触がした。 「チッ…ホンマにヒキが悪い…」 反撃しようと銃を構えた、その時。 「た、た…橘さぁんっ!」 今にも泣き出しそうな、少女の声。振り向くと――そこには、胸から血を流して息も絶え絶えな敬介の姿があった。 何があったんだ、と一瞬混乱しかけた晴子だがすぐにその原因が分かった。 「あのアホ…流れ弾なんかに当たりよってからに!」 自分で警告しといて自分で当たれば世話ない。間抜けだ、と晴子は思ったが一方で怒りも感じていた。どうしようもないアホだが…対立していたが…それ以前に、橘敬介は晴子の『友人』であった。 「誰や! 卑怯くさいマネしおって! 出てこんかい!」 大声で叫ぶと、ようやくその『犯人』が姿を現した。天沢郁未と、来栖川綾香。 一方は知らない人間だったがもう一方は見覚えがある。こんなところで借りを返せようとは。晴子はにやり、と口元を歪める。 これほどまで…ほれほどにまで、こんなに気分が高陽していたことはない。妙に感覚が研ぎ澄まされている。ハダで微妙な空気の動きまでも分かるほどに。 (敬介。ウチはこのゲームを止める気はあらへん。観鈴が生き残るには殺して回るしかあらへんのや。…だけどな、アンタのカタキくらいはとったるわ!) VP70を気高く、猛々しく、綾香に向けて敵意たっぷりに言ってやる。 「ほぅ…いつか邪魔をしたクソジャリかいな。なんや、今は人殺し街道邁進中か?」 「あら…いつかのオバサンじゃない。久しぶりね、今のは仲間?」 「アホ。昔の知り合いっちゅうだけや。それにウチはオバハンやない、まだ十分に『おねーさん』言える年齢や」 「気にするってことはそれくらいの年なんじゃないの、オバサン」 ピク、と晴子の血管が引き攣る。さっきの台詞は綾香のものではなく、郁未のものだったからだ。 「じゃかあしいわ! 見ず知らずのアンタに言われたかないねん、いてまえクソジャリ!」 言葉は激しいものだったが、行動は冷静だった。無闇に銃を撃つことはせず、敬介から奪い取ったトンカチを、思いきり投擲したのだ。二人固まっていた綾香と郁未が驚き、やむなく森側へ散開した。 晴子の考えは一つ。 敬介を撃ったアホを始末し、銃を奪い取る。それだけだった。 【時間:1日目午後11時30分】 【場所:G−3】 神尾晴子 【所持品:H&K VP70(残弾、残り15)、支給品一式】 【状態:綾香に攻撃、激しい怒り】 雛山理緒 【持ち物:繭の支給品一式(中身はノートパソコン)】 【状態:敬介の側に】 橘敬介 【持ち物:なし】 【状況:胸を撃たれ致命傷(息はまだある)】 来栖川綾香(037) 【所持品:S&W M1076 残弾数(2/6)予備弾丸28・防弾チョッキ・トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・支給品一式】 【状態:興奮気味。腕を軽症(治療済み)。麻亜子と、それに関連する人物の殺害。ゲームに乗っている】 天沢郁未 【持ち物:鉈、薙刀、支給品一式×2(うちひとつは水半分)】 【状態:右腕軽症(処置済み)、ヤル気を取り戻す】 【その他:鋏、アヒル隊長(13時間半後に爆発)、支給品一式は晴子の近くに。(敬介の支給品一式(花火セットはこの中)は美汐のところへ放置)。トンカチは森の中へ飛んで行きました】 - BACK