LoVE & SPANNER,and LOVE(前編)




じゃり、と嫌な音がした。
窓枠を超えて侵入してきた男の靴底が、割れ落ちた硝子の破片を踏みしだく音だった。

「ひ……ああ……」

七瀬彰は、声にならない悲鳴を上げ、ベッドの上で身をよじった。
その眼は恐怖に潤んでいる。

「ケケ……いいな、その顔……」

男が、爬虫類じみたその顔を笑みの形に歪ませ、彰ににじり寄る。
頬を紅潮させて震える彰の手を、男は強引に掴むと一気に引き寄せた。

「あっ……!」

なす術もなく、たくましい男の胸板に飛び込むかたちになる彰。
高熱に蝕まれ、頭がうまく働かない。
男は彰のおとがいに手をかけると、軽く上向かせた。
蛇のような眼に見据えられ、彰は身動きが取れなくなる。

「んっ……」

頬に、気味の悪い感触。
べろりと、男の舌が彰の頬を舐め上げていた。
舌は、蛞蝓のように彰の顔を這い回る。
紅潮した頬から涙の溜まった目尻、震える瞼を経て、鼻筋へ。

「や……だ……、んんっ……!?」

ぽろぽろと涙を流しながら呟いた口唇を、奪われた。
慌てて口を閉じようとするが、男の手が彰の頬を強く押さえ、それを許さない。
強引に開かれた彰の口腔を、男のヤニ臭い舌が侵蝕する。
歯茎の裏を舌先で擦られ、そのおぞましさに彰はただ涙を零した。
ねっとりとした男の長い舌が、彰のそれを絡め取る。
粘膜同士が触れあう感触に、彰の鼓動が早くなる。

「ん……ふ……」

鼻から漏れる吐息が、次第に荒くなっていく。

(こんなの、やだ……)

と、男の舌が彰の口腔から抜ける。
はぁっ、と深く息を吸い込む彰。
だが次の瞬間、彰の視界は九十度回転していた。

「え……?」

ぎし、とスプリングが鳴る。
ベッドに押し倒されたのだ、と理解するよりも早く、彰の着ていた服がまくりあげられた。

「や……っ!」

慌てて押さえようとした、その手を逆に掴まれた。
赤く指の跡が残るほどの強い力に抗えず、彰は男のなすがままに身体をまさぐられる。
薄く浮いたあばらを、骨に沿ってなぞるように、男の舌が這い回った。

「この肌……白くて、すべすべしてらぁ……。ケッケ、たまんねぇな……!」

無精ひげが彰の腹を擦る。
臍の中までも、男の舌に蹂躙された。

「いや……だぁ……」

頬を紅潮させ、かぶりを振る彰。
その恥辱に歪む表情に嗜虐心をそそられたか、男の無骨な手が、彰の服を乱暴に胸の上まで捲る。

「……ん? お前……」
「……っ!」

薄いココア色の乳首をまじまじと眺めて、男が神妙な顔をする。
その表情に、彰の中に最後まで残っていた意地が、弾けた。

「そ……そうだよっ……! 僕は……僕は、男だっ!」

白を基調とした室内に、静けさが下りる。

「……」
「……」

嫌な沈黙だと、彰は思った。
ねっとりとした重苦しい空気が、手足を絡め取っているように感じられた。
しばらくの間を置いて、ゆっくりと、男が口を開いた。

「……安心しろ」
「え……?」

ひどく優しげな笑みを、男が浮かべたように、彰には見えた。
ぬるりと濁った眼が、ヤニで黄色く染まった歯が、笑みの形のまま、彰に近づいてくる。

「―――俺は男の方にも慣れてるからな。ケッケッケ」

絶望が、かたちを成して彰の前にあった。

「んんっ……! ぁ……!」

再び、唇を奪われた。
男の空いた手が、彰の腹をまさぐる。
指先で一番下の肋骨をなぞるようにしながら、手を彰の背に回していく。

「ひ……あぁ……」

くちゅくちゅと音を立てて唾液を混ぜ合わせられながら、男の手の動きに翻弄される彰。
つう、と背筋を引っ掻くように辿る、男の爪の感触に、彰は身を捩ろうとする。

「あ……ら、や……」

唇を甘噛みされた。
眼を白黒させる彰の隙を縫うように、男の手が彰のベルトにかかる。
そのまま片手だけで、実に素早く、ベルトが抜かれた。
ズボンの隙間から、男の手が侵入する。

「や……やぁぁぁっ……!」

高熱のせいでいつもより熱を持っている逸物を、男の指が探る。
柔らかいままのそれが、男の爪にかり、と引っかかれた。ぴくりと震える。

「ん……くぅ……」

男はそのまま、広げた掌で撫でさするように、彰の逸物を嬲る。
ねっとりとした愛撫に、彰のそれが、徐々に滾っていく。

「ひ……うぁっ……!」

尿道を親指で擦られた。
逸物が、一気に肥大化する。
男の手を押し退ける勢いで膨らんだそれが、突然冷たい空気に晒された。

「ん……く、ぁ……?」

ズボンが、下着ごと下ろされていた。
ぶるん、と勢いよく反り返る彰の逸物が、男に掴まれる。

「何だ、お前……顔に似合わず立派なモン、持ってんじゃねえか……?」
「や……だぁ……」

涙を流しながら、ふるふると首を振る彰。
恥らう彰をニヤニヤと眺めていた男だったが、何を思ったか突然にその手を離した。
彰の耳元に口を寄せ、獣じみた息を吹きかけながら、囁く。

「ま、いいさ……今日は、こっちは使わねえからな」

こっちは、使わない。
その言葉が意味するところの理解を、彰の思考は拒絶した。
悲鳴だけが、彰の口から迸っていた。

「いやだ……いやっ……いやあああああっっっ!!」

心の底から、殺してくれ、と願った。
懐かしい日常も、心安い仲間達も、あんなにも恋焦がれたはずの澤倉美咲の笑顔でさえ、
その瞬間の彰は、思い出すことができなかった。
ただ、目の前の絶望から逃れたいと、それだけを思った。

そして同時に、それはひどく不思議なことだったが、彰の心に浮かんだ、もう一つの願いがあった。
殺してくれという願いと同じだけの重さで、生きたいと、七瀬彰は思った。
誰のためでもなく、ただ、生きたいと願った。

殺してくれ。生きたい。
絶望から逃れたい。生きたい。
助けて。生きたい。なんでもする。生きたい。
助けて。なんでもする。生きたい。生きたい。助けて。助けて。助けて―――

「―――助けて、僕を、僕を助けて、誰か……っ!」

願いが、言葉となって迸った。

瞬間。
光が、射した。

「―――」

響き渡ったはずの轟音は、彰の耳には聞こえなかった。
ただ、光の中に佇むひとつの影を、彰は凝視していた。

壁を木っ端微塵に破壊して、その男は立っていた。
風が、吹き抜けた。

「―――失せろ、下種」

その声すら、天上からの響きのように、彰には感じられていた。




【時間:2日目午前10時過ぎ】
【場所:D−6 鎌石小中学校保健室】

七瀬彰
 【所持品:アイスピック】
 【状態:右腕化膿・高熱】

御堂
 【所持品:拳銃】
 【状態:異常なし】

U−SUKE
 【所持品:Desart Eagle 50AE(銃弾数4/7)・サバイバルナイフ・支給品一式】
 【状態:ラブ&スパナ開放】
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