じゃり、と嫌な音がした。 窓枠を超えて侵入してきた男の靴底が、割れ落ちた硝子の破片を踏みしだく音だった。 「ひ……ああ……」 七瀬彰は、声にならない悲鳴を上げ、ベッドの上で身をよじった。 その眼は恐怖に潤んでいる。 「ケケ……いいな、その顔……」 男が、爬虫類じみたその顔を笑みの形に歪ませ、彰ににじり寄る。 頬を紅潮させて震える彰の手を、男は強引に掴むと一気に引き寄せた。 「あっ……!」 なす術もなく、たくましい男の胸板に飛び込むかたちになる彰。 高熱に蝕まれ、頭がうまく働かない。 男は彰のおとがいに手をかけると、軽く上向かせた。 蛇のような眼に見据えられ、彰は身動きが取れなくなる。 「んっ……」 頬に、気味の悪い感触。 べろりと、男の舌が彰の頬を舐め上げていた。 舌は、蛞蝓のように彰の顔を這い回る。 紅潮した頬から涙の溜まった目尻、震える瞼を経て、鼻筋へ。 「や……だ……、んんっ……!?」 ぽろぽろと涙を流しながら呟いた口唇を、奪われた。 慌てて口を閉じようとするが、男の手が彰の頬を強く押さえ、それを許さない。 強引に開かれた彰の口腔を、男のヤニ臭い舌が侵蝕する。 歯茎の裏を舌先で擦られ、そのおぞましさに彰はただ涙を零した。 ねっとりとした男の長い舌が、彰のそれを絡め取る。 粘膜同士が触れあう感触に、彰の鼓動が早くなる。 「ん……ふ……」 鼻から漏れる吐息が、次第に荒くなっていく。 (こんなの、やだ……) と、男の舌が彰の口腔から抜ける。 はぁっ、と深く息を吸い込む彰。 だが次の瞬間、彰の視界は九十度回転していた。 「え……?」 ぎし、とスプリングが鳴る。 ベッドに押し倒されたのだ、と理解するよりも早く、彰の着ていた服がまくりあげられた。 「や……っ!」 慌てて押さえようとした、その手を逆に掴まれた。 赤く指の跡が残るほどの強い力に抗えず、彰は男のなすがままに身体をまさぐられる。 薄く浮いたあばらを、骨に沿ってなぞるように、男の舌が這い回った。 「この肌……白くて、すべすべしてらぁ……。ケッケ、たまんねぇな……!」 無精ひげが彰の腹を擦る。 臍の中までも、男の舌に蹂躙された。 「いや……だぁ……」 頬を紅潮させ、かぶりを振る彰。 その恥辱に歪む表情に嗜虐心をそそられたか、男の無骨な手が、彰の服を乱暴に胸の上まで捲る。 「……ん? お前……」 「……っ!」 薄いココア色の乳首をまじまじと眺めて、男が神妙な顔をする。 その表情に、彰の中に最後まで残っていた意地が、弾けた。 「そ……そうだよっ……! 僕は……僕は、男だっ!」 白を基調とした室内に、静けさが下りる。 「……」 「……」 嫌な沈黙だと、彰は思った。 ねっとりとした重苦しい空気が、手足を絡め取っているように感じられた。 しばらくの間を置いて、ゆっくりと、男が口を開いた。 「……安心しろ」 「え……?」 ひどく優しげな笑みを、男が浮かべたように、彰には見えた。 ぬるりと濁った眼が、ヤニで黄色く染まった歯が、笑みの形のまま、彰に近づいてくる。 「―――俺は男の方にも慣れてるからな。ケッケッケ」 絶望が、かたちを成して彰の前にあった。 「んんっ……! ぁ……!」 再び、唇を奪われた。 男の空いた手が、彰の腹をまさぐる。 指先で一番下の肋骨をなぞるようにしながら、手を彰の背に回していく。 「ひ……あぁ……」 くちゅくちゅと音を立てて唾液を混ぜ合わせられながら、男の手の動きに翻弄される彰。 つう、と背筋を引っ掻くように辿る、男の爪の感触に、彰は身を捩ろうとする。 「あ……ら、や……」 唇を甘噛みされた。 眼を白黒させる彰の隙を縫うように、男の手が彰のベルトにかかる。 そのまま片手だけで、実に素早く、ベルトが抜かれた。 ズボンの隙間から、男の手が侵入する。 「や……やぁぁぁっ……!」 高熱のせいでいつもより熱を持っている逸物を、男の指が探る。 柔らかいままのそれが、男の爪にかり、と引っかかれた。ぴくりと震える。 「ん……くぅ……」 男はそのまま、広げた掌で撫でさするように、彰の逸物を嬲る。 ねっとりとした愛撫に、彰のそれが、徐々に滾っていく。 「ひ……うぁっ……!」 尿道を親指で擦られた。 逸物が、一気に肥大化する。 男の手を押し退ける勢いで膨らんだそれが、突然冷たい空気に晒された。 「ん……く、ぁ……?」 ズボンが、下着ごと下ろされていた。 ぶるん、と勢いよく反り返る彰の逸物が、男に掴まれる。 「何だ、お前……顔に似合わず立派なモン、持ってんじゃねえか……?」 「や……だぁ……」 涙を流しながら、ふるふると首を振る彰。 恥らう彰をニヤニヤと眺めていた男だったが、何を思ったか突然にその手を離した。 彰の耳元に口を寄せ、獣じみた息を吹きかけながら、囁く。 「ま、いいさ……今日は、こっちは使わねえからな」 こっちは、使わない。 その言葉が意味するところの理解を、彰の思考は拒絶した。 悲鳴だけが、彰の口から迸っていた。 「いやだ……いやっ……いやあああああっっっ!!」 心の底から、殺してくれ、と願った。 懐かしい日常も、心安い仲間達も、あんなにも恋焦がれたはずの澤倉美咲の笑顔でさえ、 その瞬間の彰は、思い出すことができなかった。 ただ、目の前の絶望から逃れたいと、それだけを思った。 そして同時に、それはひどく不思議なことだったが、彰の心に浮かんだ、もう一つの願いがあった。 殺してくれという願いと同じだけの重さで、生きたいと、七瀬彰は思った。 誰のためでもなく、ただ、生きたいと願った。 殺してくれ。生きたい。 絶望から逃れたい。生きたい。 助けて。生きたい。なんでもする。生きたい。 助けて。なんでもする。生きたい。生きたい。助けて。助けて。助けて――― 「―――助けて、僕を、僕を助けて、誰か……っ!」 願いが、言葉となって迸った。 瞬間。 光が、射した。 「―――」 響き渡ったはずの轟音は、彰の耳には聞こえなかった。 ただ、光の中に佇むひとつの影を、彰は凝視していた。 壁を木っ端微塵に破壊して、その男は立っていた。 風が、吹き抜けた。 「―――失せろ、下種」 その声すら、天上からの響きのように、彰には感じられていた。 【時間:2日目午前10時過ぎ】 【場所:D−6 鎌石小中学校保健室】 七瀬彰 【所持品:アイスピック】 【状態:右腕化膿・高熱】 御堂 【所持品:拳銃】 【状態:異常なし】 U−SUKE 【所持品:Desart Eagle 50AE(銃弾数4/7)・サバイバルナイフ・支給品一式】 【状態:ラブ&スパナ開放】 - BACK