「くっそ、えらい目にあったよ・・・・・・」 思い出すだけで肌が粟立つ、思わず自らを抱きしめるように柊勝平は身を縮めた。 それでも足を動かすことは止めない、万が一あの男が目覚めた場合先ほどの悲劇が舞い戻ってくるとしたらたまったものではない。 今、彼は校舎二階の廊下を歩いていた。 辺りは静かで、聞こえてくるのは勝平が踏みしめる木造の床が軋む音のみ。 (あいつ等、まだ下にいるのかな) 反対側を探索しているはずの、相沢祐一と神尾観鈴のことを思い浮かべる。 そんな余裕が出てきたからこそ、彼等と過ごした時間も一緒に脳裏を掠めてきた。 たった数時間、一緒に食事をしたりちょっとした会話をしたこと。 そして見張を押し付けられ、観鈴にあの質問をされ。 『勝平さんは、誰か守りたい人とかっている?』 それは、随分昔のことのような気がした。 あの時彼女に問われた際、勝平はそれに答えることができなかった。 今ではどうか。 (・・・・・・そっか。僕、杏さん殺しちゃったんだよね。椋さんにどんな顔して会えばいいんだか) しかし、これは勝平にとっては予定調和な出来事である。 祐一と、そして藤林杏に復讐することを目的として彼はここまでやってきたのだから。 そして目的の一方は達成され、あとは祐一を排除すれば彼の復讐は幕を閉じる。 では、この復讐が終わった後。どうするのか。 「・・・・・・」 そのビジョンを、勝平は全く持っていなかった。 思い描けない未来の変わりに、その隙間を最期まで自分を非難してこなかった少女の姿が埋めていく。 自分の受けた屈辱を味あわせたかったのに。 あの悔しさを、身をもって教えたかったのに。 それなのに。 呪詛の一つでも吐いて欲しかった、それを聞いて優越感に浸りたかった。 それなのに。 「ああもう!くそっ!!」 もやもやとした憤りに苛立ちを覚え、思考を中断させる。 ・・・・・・考えても仕方のないことであった。とにかくそれら全ての問いに対し、今の勝平が出せる答えはないのだから。 (先のことよりもそうだよ、まずは目の前の問題を終わらせよう。その後、考えればいいんだから・・・・・・) 一応は、それで無理矢理自身を納得させるしかなかった。 そうでないと、手にした電動釘打ち機の引き金が引けなくなる時がきてしまう。 そんな不安が確実に生まれてしまったことに対する戸惑いを、勝平は隠せなかった。 それから少ししてのことだった。 今まで聞こえなかった物音、そう。複数の足音が、勝平の耳に入る。 音は、正面から聞こえてきた。 「は、離してな、一体どこまで行くのかな・・・・・・」 思わず構えた電動釘打ち機を握る手から、力が抜ける。 その聞き覚えのある口調、声。 「お前、何でここに・・・・・・」 「か、勝平さんっ?!」 現れたのは、小柄な少女と彼女に手を引かれて歩く観鈴であった。 「か、勝平さん助けてぇ」 「はぁ?」 思わず、見合う。 距離的にも近くなったことから、双方とも既に足を止めていた。 観鈴は懸命に少女の拘束を解こうとしていたが、掴まれた腕はびくともしないらしく結局は現状を維持するしかないようで。 「お前、相沢はどうした。一緒じゃないのか?」 まず気になったことはそれだった、共に行動していた彼の不在に勝平は疑問を持つ。 見知らぬ少女のことも気にかからない訳ではないが、祐一は勝平にとって復讐をすべき相手である。 優先すべき確認は、まずそれだった。 「がお・・・・・・祐一さんは・・・・・・」 「おとこはころす」 「は?」 俯き加減に観鈴が悲しそうな声をあげる、しかしそれを遮るように重なった音がある。 見知らぬ少女の声だった。 ただ一言、彼女は呟くように声を出す。 「おとこはころす」 繰り返す。勝平の疑問符を、打ち消すべく。 少女はこちらに目を合わせず、下を向いたまま微動だにもしなかった。 そんな少女の様子を見て、勝平は今になってやっと彼女の異様さに気づくのだった。 ・・・・・・改めて見ると、彼女の佇まいは悲惨であった。 見る者が見ればすぐ分かる暴行の跡、ぼさぼさの髪に張り付く粘液の正体に吐き気が沸く。 そんな少女は、左手で観鈴の利き腕をしっかりと掴んでいた。先ほど抵抗していたが結局観鈴が振りほどけなかったその手は、蒼白だった。 しかし、何故かもう片方の手は鮮やかな赤に染まっていて。 その手に握りこまれたカッターナイフにも滴っている。そして服の袖口まで染み込まれているように思えるそれの正体は、彼女の台詞で憶測がついた。 「成る程、お前が殺したのか」 「・・・・・・」 少女は答えない。しかし、次の瞬間観鈴が声を張り上げた。 「し、死んでない!祐一さんは死んでないっ」 「どういうことだ?」 「死んでないもん・・・・・・ゆ、祐一さん、お腹刺されてたけど死んでなかったっ」 「・・・・・・」 やはり、少女は答えなかった。その代わりと言っては何だが、観鈴の嗚咽が場に響く。 「死んで・・・・・・ないもん、死んで・・・うぇ・・・えぇ・・・」 二人の様子を見守るが、結局どちらが真実かは勝平には分からなかった。 ただ、自らの手をくださずに事が済んだかもしれないという一つの事実に対し。 勝平には、何の感情も沸きあがってこなかった。 自分で止めを刺せず悔しかった、とか。ざまーみろ、とか。 そのような思い描けるであろう可能性を、今の勝平は。全て、否定していた。 そして、自身も戸惑っていた。 胸の中に広がる空洞の指す意味、再び思い描くのは杏の最期の姿。 恨み言も何も吐かず、ただ勝平の言葉を否定し続けた彼女は―――――――――。 「違う!間違ってない、間違ってない!!」 これ以上、先を考えてはいけない。目を瞑り、勝平は思考を中断させる。 理解しようとしてはいけない、前に進めなくなってしまう。 (でも、相沢が死んだっていうなら・・・・・・僕は一体、これからどこに進むっていうんだ?) 浮かんだ疑問に対し、汗が止まらなくなる。 耳を塞ぐ。頭を振るが、それでも杏の姿は決して消えない。 「どうして、どうしてだよっ!!」 何故か涙腺まで緩んでくるが、ここで感情に流されることだけは嫌だった。 懸命に自身と戦い続ける勝平は、もう周りのことなど一切気にかけていなかった。見向きもしなかった。 だから、彼女の接近にも気づかなかった。 「おとこはころす」 うっすらと目を開けると、あの少女が目の前にいた。 隣には、今だ腕を掴まれたままの観鈴。まだ泣き続けているのか、しきりに瞼を擦っている。 「おとこはころす」 少女は、もう一度呟いた。その手にはカッターナイフが握られていた。 ・・・・・・ああ、ここで終わるのも悪くない。ふと、そのような考えが頭を過ぎる。 勝平の手には電動釘打ち機があった、なので反撃などいくらでもできた。 しかし今の彼に、その気力は全くなかった。 何だか全てが面倒になっていた。自暴自棄と言えばいいのか。 もう、どうだって良かった。だから、勝平は事態に身を任せるつもりだった。 が。 「おんなはつれていく」 次の瞬間響いたのは、木製の床の上を何かが跳ねる旋律だった。 視線をやると、少女の手から離れたカッターが転がっていく姿が目に入る。 では、空いた彼女の右手はどこにいったのか。 考えると同時に、力強い感触が勝平の左腕に伝わった。 視線を動かすと、赤く染まった少女の手が見える。 それは、確かに勝平の腕を掴んでいた。 「おんなはつれていく」 そして、彼女は繰り返す。勝平の疑問符は、さらに倍増するばかり。 ぐいっと手を引かれる、どうやら少女は観鈴と共に勝平を連行しようとしてるらしい。 「ちょ、待て!おい、お前まさか・・・・・・」 嫌な予感がした。 柊勝平 【時間:2日目午前2時15分過ぎ】 【場所:D−6・鎌石小中学校二階】 【所持品:電動釘打ち機11/16、手榴弾三つ・首輪・和洋中の包丁三セット・果物・カッターナイフ・アイスピック・支給品一式(食料少し消費)】 【状態:由依に連れて行かれそうになっている】 神尾観鈴 【時間:2日目午前2時15分過ぎ】 【場所:D−6・鎌石小中学校二階】 【所持品:フラッシュメモリ・支給品一式(食料少し消費)】 【状態:すすり泣き、由依に連れて行かれている】 名倉由依 【時間:2日目午前2時15分過ぎ】 【場所:D−6・鎌石小中学校二階】 【所持品:ボロボロになった鎌石中学校制服(リトルバスターズの西園美魚風)+祐一の上着】 【状態:少し勘違い気味、岸田に服従、全身切り傷と陵辱のあとがある】 由依の支給品(カメラ付き携帯電話(バッテリー十分)、荷物一式、破けた由依の制服)は職員室に放置 【備考:携帯には島の各施設の電話番号が登録されている】 カッターナイフはそこら辺に落ちています - BACK