――すれ違い。 運命の悪戯というものだろうか。確かにすぐ近くに来ていたのに。声を掛けられる距離に居たのに。 渚が目を醒ました時にはもう、朋也の姿は何処にも無かった。 事の顛末を説明された渚が、それを確かめるように秋生に声を掛ける。 「それじゃ朋也君は……」 「ああ。役場に行く、つって出て行っちまった」 「そんな……!」 それは余りにも無謀な行動。包丁1本で、朋也は過酷な戦いの場へ身を投じようとしているのだ。 容易に想像出来る凄惨な結末に、見る見るうちに渚の顔が青褪めていく。 娘の悲痛な表情を目の当たりにして、秋生は思わず顔を逸らしてしまう。 お互い何も言えなくなり、暫しの間沈黙が場を支配する。やがて渚が意を決し、声を発した。 「お父さん、お願いがあります」 「……何だ?」 「わたし、朋也君を助けに行きたいです」 「――!」 言われて、秋生は眉を顰めた。渚は縋るような瞳でこちらを見ている。 これは本来、予測しておくべき事態。渚に朋也の事を話したのは、秋生の完全な判断ミスだった。 秋生の愛娘である古河渚は元来、自分自身よりも他の者を大事にしてしまう心優しい娘だ。 そんな彼女が他ならぬ朋也の窮地を、放っておく筈が無かったのだ。 しかし――秋生は静かに首を振った。 「駄目だ。悪いがその頼みは聞けねえ」 「なっ……どうしてですか!?」 「どうしてもこうしてもねえよ。小僧が、なんで一人で行ったのか分からねえのか? 俺達を……いや――お前を危ない目に遭わせたくねえからだろ」 秋生は朋也が一人で向かったのは、負傷してしまっている渚を気遣っての事だと思っていた。 にも関わらず、ともすれば阿鼻叫喚の危険地帯となりかねない場所に向かっては、朋也の想いを無駄にしてしまう。 いくら渚の頼みとは言え、そう簡単に頷く訳にはいかなかった。 「でもっ……!」 「何度言われても、こればっかりは譲れ――」 「みちるも岡崎朋也を助けに行きたい!」 なおも食い下がろうとする渚を、断固とした態度で撥ね付けようとした所で、突然叫び声が聞こえた。 見ると、朋也が連れて来た少女――みちるが、何時の間にか目を覚ましていた。 「岡崎朋也はね、とっても苦しんでるんだよ……。友達を守れなかったって、きっと今も心の中では泣き続けてる……」 「――え?」 みちるは、彼女らしくないとても悲しそうな顔で、まだ秋生達が知らぬ悲劇について語り始めた。 「あのガキは折原の知り合いか?……にしても、どうやらタダじゃ済みそうにねえ雰囲気だな」 黒髪の青年と、その青年に銃を突き付けている青い髪の男。視界にその二人を認めた途端、浩平は走って行ってしまった。 高槻達が近くまで来た時には既に、浩平は殺気立った様子で銃を構えており、これから起こりうる事態は充分に予想出来る。 「面倒くせーが、ちょっくら行ってくる。お前らはここで待っとけ」 「また……あたし達は待ってるだけなのね」 レミィが殺された時と同様に待機を命じられ、若干不満気味な郁乃。だが高槻は、まるで取り合わない。 「うっせーな。今はどう見てもやべえ事になってるんだ、文句なら後にしてくれ」 ぶっきらぼうにそう言うと、郁乃と七海を置いたまま、高槻はポテトだけを連れて浩平の傍まで歩いていった。 「おい、折原。これはどうなってやがんだ?」 浩平の横に並んで問い掛ける。無論コルトガバメントはいつでも構えられるよう、もう手に持っている。 「……そっちの腹を押さえてる奴は、俺の知り合いの七瀬彰だ。あっちの銃を構えてる男の方は、知らない」 高槻は改めて、二人の青年を見比べた。 浩平の知り合いである七瀬彰という青年の方は、腹部から血を流していた。 逆に浩平の知り合いでは無い男、岡崎朋也の方は、こちらに注意を払いながらも銃口は彰に向けたままだ。 「――そうか。つまりあの青い髪のガキの方が、ゲームに乗っているんだな」 状況を飲み込んだ高槻は、眉を吊り上げて、コルトガバメントの銃口を朋也へと向けた。 マーダーを排除しようとしているだけなのに、度重なる妨害を受けている。朋也は当然、現状を良しとしない。 自分に掛かった疑惑を否定するべく、そして彰の正体を伝えるべく、言葉を洩らす。 「お前ら何か勘違いしてねえか?俺はゲームに乗ってなんかいないし、この男は凶悪な殺人者だぞ?」 「違う、そんなの言い掛かりだっ!」 「――テメェ。また性懲りも無く、嘘を吐く気かよ!」 事情を教えようした朋也だったが、またも彰の厚顔無恥な出任せによって邪魔されてしまう。 この場において、自分は決定的な証拠を持ってはいない。その点に関しては彰も同じだ。 だが、二人には決定的な差があった。 「おい彰、こいつの言ってる事は――」 「嘘だ。信じてくれ折原、僕はゲームになんて乗ってない!」 この場で唯一の知り合いの浩平に対し、必死の演技で訴えかける彰。 それを援護するかのように、高槻も自分なりの推論を述べる。 「俺様も、七瀬って奴の言ってる事が正しいと思うぞ。大体その青い髪の野郎がゲームに乗ってないなら、その手に持ってる銃は何だってんだ?」 「そうだな。それに俺は彰と一緒に行動してた事があるけど、襲われたりはしなかった」 「…………っ」 朋也にとって、絶望的な会話が続く。 朋也は彰を殺害しようとしている所を見られてしまっているし、潔白を証明してくれる知り合いもこの場にはいない。 二人から銃を向けられている今、自身の銃を手放す訳にも行かない。 護身の為に絶対必要な銃だったが、その存在が誤解に一層拍車をかけてしまっていた。 【時間:二日目・13:40】 【場所:B−3】 古河秋生 【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】 【状態:左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者との合流。聖の捜索】 古河渚 【所持品:無し】 【状態:目標は朋也の救出、右太腿貫通(手当て済み)】 みちる 【所持品:セイカクハンテンダケ×2、他支給品一式】 【状態:目標は朋也の救出と美凪の捜索】 【時間:二日目・14:10】 【場所:C−3】 岡崎朋也 【所持品:S&W M60(2/5)、包丁、鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、三角帽子、他支給品一式】 【状態:マーダーへの激しい憎悪、現在の第一目標は彰の殺害、第二目標は鎌石村役場に向かう事。最終目標は主催者の殺害】 湯浅皐月 【所持品1:セイカクハンテンダケ(×1個+4分の3個)、.357マグナム弾×15、自分と花梨の支給品一式】 【所持品2:宝石(光3個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金】 【状態:気絶、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】 七瀬彰 【所持品:薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】 【状態:腹部に浅い切り傷、右腕致命傷(ほぼ動かない、止血処置済み)、疲労、ステルスマーダー】 ぴろ 【状態:皐月の傍で待機】 折原浩平 【所持品1:34徳ナイフ、H&K PSG−1(残り4発。6倍スコープ付き)、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)】 【所持品2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、ほか支給品一式】 【状態:彰の救出、朋也に強い疑い、全身打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)】 ハードボイルド高槻 【所持品:分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:7/7)予備弾(6)、スコップ、ほか食料・水以外の支給品一式】 【状況:朋也に強い疑い、岸田と主催者を直々にブッ潰すことを決意、郁乃の車椅子を押しながら浩平の下へ】 小牧郁乃 【所持品:写真集×2、S&W 500マグナム(5/5、予備弾7発)、車椅子、ほか支給品一式】 【状態:待機中、車椅子に乗っている】 立田七海 【所持品:フラッシュメモリ、ほか支給品一式】 【状態:待機中】 ポテト 【状態:高槻に追従、光一個】 - BACK