Mother




朝の激闘から、時を経る事六時間以上。
ようやく意識を取り戻した水瀬秋子は、すぐさま診療所を発つべく玄関に向かった。
そこで那須宗一とリサ=ヴィクセンに遭遇し、二人に見送られる形となった。
幾分かマシにはなっているが――秋子の顔色は優れているとは言い難い。それも当然だ、もう何度も無理をしているのだから。
秋子は、体の不調を気力だけで埋めようとしている。そんな彼女を気遣い、リサが声を掛ける。
「一応の処置は済ませたけど……あまり無茶するとまた傷口が開きかねないわ。それでも行くつもりなの?」
「愚問です。私にはもう名雪しかいませんから……こんな所でぐずぐずとしている訳には行きません」
取り付く島も無いとは、この事だろう。秋子は考え込む仕草すら見せずに、断言した。
「……OK。私はこれ以上力になれないけど、健闘を祈るわ」
「ありがとうございます。それから――宗一さん」
秋子はそう言って、視線を宗一の方へと移した。秋子と宗一は、一度完全な敵同士として戦闘している。
その事が原因か、宗一は険しい表情をしていた。
「何だ?」
「謝っても許されるとは思いませんが……本当にすみませんでした。私の軽率な行動で……こんな結果に……!」
秋子は何も守る事が出来なかった。澪も祐一も、死なせてしまい、みすみす自分だけ生き残ってしまった。
俯きながら、彼女は微かに肩を震わせた。宗一の位置からその表情を窺う事は出来なかったが、おおよそ推測は出来る。
宗一は諦めたように目を閉じ、そして言った。
「……過ぎた事を悔やんでも仕方無いさ。それより、これからどうするべきかを考えた方が良いぞ。
それに――俺はあんたみたいな美人には甘いんだ」
宗一はそう言うと、表情を緩め、微笑んで見せた。まるで、気にするなと言わんばかりに。
秋子は一瞬きょとんとした顔になったが、やがて頬に手を当て、笑顔を形作ろうと努力した。
強引に作られた表情は秋子本来のものとは程遠かったが、それでもそれは笑顔と呼べるものだった。
「重ね重ね、ありがとうございます。それでは失礼します――あなた方も、どうかご無事で」
「ああ、あんたもな」
宗一とリサに向けて、最後に一礼する。そうして秋子は、診療所を飛び出した。
今度こそ、罪の無い子供達を守る為に。己の命に代えてでも、最愛の娘を守る為に。




「あの人、大丈夫かしら……」
リサは不安げに呟いた。秋子の怪我の深さは、治療をした自分が一番知っている。
「正直不安は残るが、これ以上俺達がしてやれる事は無い。後は本人次第、ってトコだろうな」
「……そうね」
次々と大事な人間を失った秋子を、穏便に引き留めるのは不可能だ。無理に休ませようとすれば、また争いになりかねない。
それだけは絶対に、避けなければならなかった。自分達が倒すべき相手は主催者であって、他の参加者達ではないのだ。
「ところで宗一。さっきあなたが言った事についてなんだけど……」
秋子を見送る為に、宗一との話し合いは途中で中断してしまっていた。その時の話題を思い出し、リサが尋ねる。
「優勝者への褒美、についてか?」
「ええ。どうしてあなたは、あれが本当だと思ったの?」
どんな願いでも叶えられる――その事に関して、宗一とリサはまるで正反対の意見を持っている。
リサは主催者の話をまるで信じていなかった。ただの扇動に過ぎぬと、そう考えていた。
ならば、褒美の話を肯定する宗一の考えに疑問を持つのも当然の事だった。
「このゲームには、裏の世界や表の世界で名を馳せる人間達が、多数参加させられている。
それだけの面子を、僅か1日で強制的に集めれる者――それはもはや、人と呼んで良い存在じゃない。
そんな化け物ならば、願いを叶えるという事も不可能では無い筈だ」
「……それは否定しないわ。だけど『叶えられる』という事と、『叶える』という事は、イコールでは繋がらない」
「そうだな。主催者が約束を破る可能性だって、勿論ある。だが俺は……褒美を与えるというのは嘘じゃないと思う」
言われて、リサはとても意外そうな顔をした。
「Why?」
「そもそも、こんなゲームに何の意味がある?俺には、主催者の酔狂で行なわれているとしか思えない。
そう、奴はきっと遊んでいるだけなんだ――なら、最後に約束を破って興を削ぐような真似はしないだろう。
俺の経験則から言って、こんな事を考え付くような連中は、自らが作ったルールだけはきちんと守るもんさ」
もっとも自分にとって害になるような願いは受け入れないだろうけどな、と宗一は付け加えた。
「でも……優勝した人間の反撃を恐れて、首輪を爆発させる可能性も考えられるわ」
「それは無い。主催者にとって俺達はただの駒、復讐なんて警戒していないさ」


――その通りだった。主催者は、少なくともこれまでは参加者を完全に手玉に取っている。
参加者を警戒しているのならば、とっくの昔に首輪を爆発させているだろう。
思い通りに弄ばれてしまっている現状を再認識し、リサは爪をガリッ、と噛んだ。
「逆に考えれば主催者のその余裕こそが、俺達が付け入れる唯一の隙なんだ。連中が油断してる以上、突破口はある。
そして、正しく状況を判断する為には……主催者を倒す為には、もっと情報が必要だ」
「――そうね。まずは診療所にいる他の人達だけとでも、情報交換しましょうか」
現状では情報が圧倒的に不足している。これ以上憶測だけで話を続けるよりも、情報を集めるべきだ。
二人は席を立ち――そして、何かの音が近付いてくるのを聞き取った。
「これは……車か?」
「そのようね。私が様子を見てくるわ」
外敵の警戒は、五体満足な自分の役目。リサはすぐに銃を手に取り、玄関の外へと向かった。




【時間:2日目16:05】
【場所:I-7】

リサ=ヴィクセン
【所持品:鉄芯入りウッドトンファー、支給品一式×2、M4カービン(残弾30、予備マガジン×4)、携帯電話(GPS付き)、ツールセット】
【状態:健康、診療所を守る】

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数12/20)】
【状態:左肩重傷・右太股重傷・腹部重傷(全て治療済み)、まずは情報を集める】

水瀬秋子
【所持品:ジェリコ941(残弾10/14)、澪のスケッチブック、支給品一式】
【状態:腹部重症(再治療済み)、何としてでも名雪を探し出して保護】

篠塚弥生
 【所持品:包丁、ベアークロー、携帯電話(GPSレーダー・MP3再生機能・時限爆弾機能(爆破機能1時間後に爆発)付きとそのリモコン】
 【状態:マーダー・脇腹に怪我(治療済み)目的は由綺の復讐及び優勝】

藤井冬弥
 【所持品:暗殺用十徳ナイフ・消防斧】
 【状態:マーダー・右腕・右肩負傷(簡単な応急処置)目的は由綺の復讐】

【備考】
・FN P90(残弾数0/50)
・聖のデイバック(支給品一式・治療用の道具一式(残り半分くらい)
・ことみのデイバック(支給品一式・ことみのメモ付き地図・青酸カリ入り青いマニキュア)
・冬弥のデイバック(支給品一式、食料半分、水を全て消費)
・弥生のデイバック(支給品一式・救急箱・水と食料全て消費)
上記のものは車の後部座席に、車の燃料は十分、車は診療所方向に向かってます
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