ファースト・コンタクト




閃光は、突然だった。

その瞬間、林道を歩いていた天沢郁未は、曇天の空に突如として雷鳴が閃いたように感じていた。
青白い光が、刹那の内に彼女の視界を奪い去っていたのである。
至近に落雷したのだ、と郁未はぼんやりと考える。
しかし耳を劈く轟音はいつまで経っても鳴り響かない。
その代わりとでもいうように、彼女の右腕が、金切り声で悲鳴を上げていた。
白く染まった視界が、徐々に色彩を取り戻していく。
あまりにも突然の衝撃に、その意味をはかりかねていた郁未の脳細胞が、ようやくにして
己の仕事を思い出した。痛覚という信号が、一瞬にして彼女の全身を支配する。

「あ……ぐぅっ!?」

反射的に傷口を押さえた手が、ぬるりと滑る。
激痛と、鼻をつく鉄の臭いに、郁未の意識が遅ればせながら事態に追いついた。

「―――郁未さん!」

声と同時。
横っ飛びに地面を蹴って転がる。
声を上げた相棒、鹿沼葉子もまた即座にその場を飛び退いていた。
一瞬前まで二人のいた場所に、新たな閃光が奔っていた。
腕を押さえながら、転がった勢いを殺さずに立ち上がる郁未。
その眼光は既に命のやり取りをする者のそれへと変わっている。

「……葉子さん、ビンゴ?」

視線の先には、一人の少女が立っていた。
ひっつめ髪を二本のおさげにまとめた、小柄な少女だった。
実用的なデザインの眼鏡の奥にある瞳は、何の感情も浮かべていない。
能面のような無表情だった。

「……ええ、あの額の輝き……砧夕霧に、間違いないでしょう」

郁未の問いかけに答えた葉子の視線は少女、夕霧の額に吸い寄せられていた。

それは、正しく奇怪だった。
少女の額は、恐ろしく縦に長かったのである。
眉から顎にかけての端正な顔立ち、そのパーツを収めた、いわゆる顔にあたる部分が、
二つはすっぽりと収まってしまいそうな、極端なバランス。
その巨大な額が、灰色の空の下でなお、ギラギラと輝いていた。

「あれが光学戰、完成躰―――なんて、醜い……」

吐き捨てるように言った葉子が、手にした鉈を握りなおす。
それを見た郁未もまた、背負った薙刀の刃を払う。

「……腕は、大丈夫ですか」
「ん、どうやらかすり傷で済んだみたい」

言いながら、郁未が右手を何度か開いては握る。
傷口は焦げ、化繊製の制服も傷の周囲で溶けて皮膚に張り付いていたが、筋肉や骨には
達していないようだった。

「おっけ、いける」
「……敵は光学兵器です。攻撃を見てからでは避けられません」
「それは、身に沁みて分かったわ」

郁未が苦笑してみせる。

「ですが、それは同時に攻撃範囲の制限を意味します」
「どういうこと?」
「光は直進することしかできません。そして―――」

葉子の視線が、夕霧の額を見据えている。

「あの構造では、おそらく額の正面にしか反射光を打ち出せないでしょう」
「さっすがデコの先輩、よく分かるじゃない。なら……」
「はい。敵の顔が向いている方には、決して遷移しない。それが、最も単純な対処法です」

承知とばかりに、郁未が頷く。
手にした薙刀の刃が、鈍く煌いた。

「私も思いついたわ」
「一応、聞いておきましょうか」
「うわムカつく。……まあいいわ、相手がビーム反射板ってことは……」
「はい」
「同時にニ方向へは、攻撃できない。……でしょ?」

どうだ、という口調。

「……はい、よくできました」
「うわ何か倍付けでムカつく。……ふん、じゃそういうことで」

言うや、郁未が地面を蹴る。
葉子もまた、低い姿勢で駆け出していた。

「―――合わせなさいよ!」
「そちらこそ、遅れないように」

目線をかわすことすらなく、左右に分かれる二人。
じっと佇んでいた夕霧の無表情が、小さく揺れた。
間を置かず、その額から光線が放たれる。目標は郁未。

「―――二度も、同じ手を食うかっ!」

叫んだ郁未は、既に光線の着弾位置にはいない。
足を止めることなく、夕霧の脇を大きく迂回しながら背後に出ようとする動き。
それを追うように振り向こうとする夕霧の、死角となった逆側に。

「終わりです」

音もなく、鹿沼葉子が走り込んでいた。
手にした鉈が、閃く。

「―――っ―――」

けく、と小さく吐息を漏らすような音を立てて、砧夕霧の首が、飛んだ。
数瞬の後、とさりと地面に落ちる。

「はい、一丁上がり!」

噴き出す血潮を器用に避けながら、郁未が小さくガッツポーズを決める。

「……綺麗な連携でしたね」
「うん、上出来。……にしてもさぁ」
「なんでしょう」
「決戦兵器なんていうわりには、案外あっけなかったわねえ」

斃れた夕霧の躯を見やりながら、郁未が唇をとがらせる。
不満げな顔だった。

「葉子さんが散々脅かすから、どんなヤバい敵かと思ったけど……」
「……」
「確かに攻撃はなかなかのもんだったけどさ、身体自体は一般人並みじゃない。動きも鈍いし」
「……何を、言っているのですか?」
「正面にさえ立たなきゃ、どうってこと―――え?」

瞬間。
郁未が、目を見開いた。
眼前で険しい表情をしていた葉子が、彼女を突き飛ばしていたのである。

「な……!」

何をするの、とは言えなかった。
思わず尻餅をついたそのすぐ目の前を、光条が一閃していた。
ぢ、と嫌な臭いが鼻をつく。郁未の前髪が焦げる臭いであった。

「―――何を、油断しているのですか」

郁未を突き飛ばした葉子は、林道を挟んだ反対側に立っていた。
その表情は些かも緩んでいない。
厳しい視線は郁未に向けられることなく、周囲を見回している。

「立ってください。死にますよ」
「え、あ―――」

半ば無意識の内に、郁未が立ち上がる。
本能が鳴らす警鐘に、ようやく気づいていた。

「い、今のって……」
「説明したでしょう。私の知る限り、量産体は数体でユニットを組むのが基本だった筈です」
「相手は、一人じゃないってこと……?」
「はい。今の攻撃がその証拠です。砧夕霧は必ずまだ、近くにいる」

事ここに至って、郁未がようやく状況を把握する。
慌てて周囲に目をやった郁未が、すぐに声を上げた。

「……つったって、こう木が多くちゃ……」
「はい。わざわざ道に立っていてくれた先ほどとは違います。気を引き締めてください」
「遮蔽物が多いってことは、向こうのビームだって通りにくいってことでしょう……!」
「樹木を貫通するだけの威力が無いことを祈ってください」

葉子の険しい声に、郁未が眉を顰めて舌打ちする。
ざわ、と梢が鳴いた。
かさかさと落ち葉が立てる音、虫や小動物が下生えを横切る音、それらすべてが郁未たちを包んでいた。

「厄介ね……」
「いえ、私の考えている通りなら、あれらの真価はこんなものでは―――っ、郁未さん!」

息を呑むような葉子の声。
問い返そうとする郁未の言葉を、遮るかのように。

「―――上です!」

郁未がその背を預けていた大木、その樹上。
つられて視線を上げたその先に、冷たく輝く眼鏡があった。

「―――ッ!!」

意識するよりも早く、身体が動いていた。転がるように、飛んだ。
刹那、閃光が奔る。
前方へと身を投げ出すようにした郁未の、革靴の底が、閃光を浴びて欠けた。

「せ―――あぁぁッ!」

裂帛の気合と共に、葉子が手の鉈を投擲する。
風を切り裂いて飛んだ鉈が、狙い違わず、閃光を放った直後の砧夕霧の額を割った。
転がる郁未と体を入れ替えるようにして、葉子が走る。
垂れ落ちる鮮血を気に留めることもなく、樹上から転がり落ちてくる夕霧の額から鉈を抜き放つと、
険しい声を上げる。

「郁未さん! まだいます! 足を止めないでください!」

声に打たれたように立ち上がった郁未が、舌打ちして走り出す。
葉子の言葉に誘われるように、小さな人影が梢の陰から覗いていた。
途端に奔る光条を、斜行してかわす郁未。

「そこかぁっ!」

下段に構えた薙刀を、掬い上げるように振るう。
長物を横向きに薙げない不利を背負うのが、林という地形であった。
しかし郁未は人影の隠れた樹の幹を削ぐように、絶妙の軌道で薙刀を操っていた。

「まずは―――ひとつっ!」

顔を引っ込めそこねた夕霧が、その眼鏡ごと頭部を両断される。
脳漿と鮮血が、盛大に跳ね上げられた。

「……葉子さんにばっかり、スコア稼がせてらんないからね。次っ! ……って」

振り返った郁未が見たのは、並び立つ二人の夕霧を、鉈と手刀で同時に断ち、貫く葉子の後ろ姿であった。
返り血を浴びながら、葉子が静かに振り返る。

「……何か、言いましたか?」
「……いえ、別に」

び、と鉈を振って血糊を払う葉子を、郁未は半眼で見やる。
そんな視線を気に留めることもなく、葉子が口を開いた。

「今の戦いで、幾つか分かったことがありますね」
「……なに」
「……もしかして郁未さん、気づかなかったんですか」
「だから、なにを」
「木の上から郁未さんを狙った攻撃、最初に倒した一体のそれよりも威力が落ちていました」
「そんなの分かるわけないでしょ、逃げるのに必死だったんだから!」

噛み付かんばかりの郁未の形相を無視して、葉子が続ける。

「大声で主張することですか? ……話を続けてもよろしいですね」
「……あのさ」
「……最後に私が倒した二体に、攻撃と呼べるほどのことはできませんでした。
 郁未さんが相手をしていた一体に、充填用と思われる光を飛ばしただけです」
「いや、あの、葉子さん」
「反射用の数体で増幅した光を攻撃用の一体に集中させることで、このような弱い光量下でも
 充分な威力を発揮する……それが、完成体のコンセプトのようです」
「もしもし」
「しかし、曇っている今ですから、まだ単純に数を減らすことでユニットごと機能しないように
 することも可能でしたが……。天候が回復してくれば、単体でも脅威となってくるでしょう」
「すいませーん」
「やはり早めに叩いておかなければ、取り返しのつかないことになりかねませんね……」
「いい加減にせんかぁっ!」

すぱん、と小気味いい音が響いた。
腕を組んで一人頷く洋子の後頭部を、郁未がはたいたのである。

「……何をするのですか」
「あっち、よく見てみなさいよっ!」

言われ、周囲を見渡した葉子が、何度か瞬きする。
曇天の下、林道の遥か向こうで、土煙が立っていた。

「……おや」

もうもうと上がる土煙の向こう側で、きらりと光るものがあった。
それはまるで、満員のスタジアムで閃く撮影のフラッシュのように、いくつもいくつも連鎖する。

「どうやら、探すまでもなかったようですね」
「……どうすんの、あれ」
「決まっているでしょう。……殲滅あるのみです」

何気なく言ってのける葉子に、今度こそ郁未は絶句した。
無数の眼鏡を光らせながら歩くそれは、文字通りの意味で数え切れないほどの、砧夕霧の大群だった。




【時間:2日目午前10時すぎ】
【場所:F−9】

天沢郁未
 【所持品:薙刀】
 【状態:唖然】

鹿沼葉子
 【所持品:鉈】
 【状態:光学戰試挑躰】

砧夕霧
 【残り29995(到達0)】
 【状態:進軍中】
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