「はぁぁ……まったくもう、あんたたちと来た日には……」 盛大に嘆息する七瀬留美の前には、二人のヘタレが正座させられている。 言わずと知れた、藤井冬弥と鳴海孝之だった。 全身泥まみれの上に細かい傷だらけなのは、数キロの距離を引きずられたためである。 大の男二人を引きずりまわした張本人はといえば、息を乱すこともなく説教を続けていた。 「いい? あんたたち、冗談抜きで死ぬとこだったのよ?」 「実際一人死んでるんだけど……」 「だ・か・らっ!」 七瀬がすごんでみせると、二人はたちまち萎縮する。 「状況も相手の強さも見ずに喧嘩売って、挙句腰が抜けて逃げられないって……」 「はぁ……」 「勇気と無謀の区別をつけなさい! っていうかそれ以前の問題!」 「お恥ずかしい限りです……」 「―――と、いうわけで」 び、と七瀬があらぬ方向を指差した。 素直にそちらを向いた二人が見たのは遥か遠く、昼なお暗い森の中で怪しく輝く、一人の男の姿だった。 距離にして数十メートル。何事かを呟きながら、辺りを見回している。 「……あれが今回の目標よ。乗り越えてきなさい」 「いやいやいやいや」 「何か問題でも?」 同時に首と手を振って拒否の意思を示した冬弥と孝之が、七瀬の視線に射すくめられながらも 懸命に抗弁しようとする。 「問題というか、あのね七瀬さん……」 「教官と呼びなさいっ!」 「はいっ」 反射的に背筋を伸ばしてしまう二人。 何だかんだ言いつつ、調教の成果は出ているようだった。 「そ、それでは、教官!」 「何?」 「いや、あれ……」 と、冬弥が件の男を顎で示しながら、 「なんか、オーラみたいなの出てるんですけど……」 言う。事実であった。 男の全身からは、何やら乳白色の光がゆらゆらと立ち昇っている。 炎のようにも、湯気のようにも見えるそれを遠目に見ながら、孝之が言う。 「俺、昔ああいうの観たことあるよ……マンガとかアニメとかで」 「俺も同じこと考えてた……絶対ヤバいって」 目を見合わせて頷きあう二人を見下ろす七瀬の言葉は、明快だった。 「―――で?」 鬼面の眼光が、二人に選択権など存在しないことを示していた。 ****** 芳野祐介ことU-SUKEは、有り体に言って道に迷っていた。 「……まだ、上手く加減できんな」 これがブランクというものか、と自らの肉体を見下ろして眉をひそめるU-SUKE。 確かに肉体強度そのものはかつての自分を大きく凌駕している。 しかし、その超強化がU-SUKEをして苦しませる結果となっていた。 軽く小突いただけで大木を薙ぎ倒す腕力に、踏みしめた大地にクレーターを作る脚力。 普通に歩こうとするだけで、万力で生卵を掴むような苦労を強いられていた。 気を抜くと、瞬く間に数キロの距離を移動してしまう。 あまりにも急激な変化に、いまだその圧倒的な身体能力を制御しきれずにいるのだった。 「U-1の気を追っていたつもりだが……これでは、いつになったら辿りつけるやら……」 憂鬱そうにひとりごちたそのとき、U-SUKEの鋭敏な感覚が妙な気を捉えていた。 小さすぎて今の今まで気がつかなかったが、気の持ち主は二人。 どうやら自分に向かってきているらしい。 「まったく、雑魚の相手などしている暇はないというのに……」 常人からすればほとんど瞬間移動に近いその移動速度をもってすれば回避は容易だったが、 逃げたように思われるのも癪な話だった。 のろのろと近づいてくる二人組を、ただひたすらに待つ。 (あれで走っているつもりなのか……退屈しのぎにもなりそうにないな) 果たして、茂みの向こうから現れたのは、いかにも頼りなげな青年たちだった。 姿を見せたというのに、何やら額をつき合わせて小声でやり取りしている。 「お、おい」 「な……何だ、打ち合わせ通りやれよ」 「やっぱりヤバいって……逃げようぜ」 「バカ、そんなことしたら七瀬さんに殺されるぞ」 「だよなぁ……」 その姿を見るや、U-SUKEはため息をついて首を振る。 相手にするに値しない、と確信したのだった。 だが、その仕草をどう取ったのか、腰の引けていた青年たちが俄かに勢いづく。 「お、おい……奴さん、ビビってるぞ」 「もしかしてあのオーラ、こけおどしか……?」 「よし、そうとわかれば……!」 青年たち、胸を張って口を開いた。 「おい、そこのお前!」 「……」 超知覚で会話を聞いていたU-SUKE、呆れ果てて返事をする気にもなれない。 「お前、おとなしく俺たちにぶっ飛ばされろ」 「……」 「どうした、ビビって声も出ないか」 「おい、こいつ真剣ヘタレだぜ……」 「ああ……こんなヘタレ野郎、見たことないな」 頷きあう青年たち。 U-SUKEの表情が次第に硬くなっていくのにも気がつかない。 「―――おい、貴様ら」 だから、その氷点下の声音が誰の発したものか、青年たちが理解するまでに数秒を要した。 「…………へ?」 「Uの」 「……ゆうの?」 「Uの称号を持つ者に喧嘩を売る……、それがどういう意味だか、分かっているのか?」 鷹の如き視線が、青年たちを射抜いていた。 どうやら様子がおかしいと気づいたらしく、青年たちの顔色が見る間に青ざめていく。 だが、既に遅かった。 「……ああ、いい。貴様らに答えられるとは思っていないさ」 す、と目を細めるや、だらりと下げていた右手を小さく打ち振るU-SUKE。 軽く手首のスナップを利かせた、ただそれだけの動作に見えた。 「……何だ? は、ははは、やっぱりこけおどし―――」 青年の言葉が終わる、その直前。 ぴしり、と小さな音が響いた。 奇妙なその音に、青年が怪訝そうな顔をして音の出所に目をやる。 近くに立つ樹木の、表皮。 重ねた年月を誇示するかのようなその外皮に、小さな皹が入っていた。 「え? ……う、うわあぁっ!?」 刹那。 轟音と共に、青年たちの傍らに立っていた大木の数本が、倒れた。 そのすべてが、U-SUKEの拳圧によって一瞬の内に極太の幹を砕かれたのだった。 顔色一つ変えず、静かに口を開くU-SUKE。 「……前置きは充分だ。かかってこい」 「え、い、いや、あの、その……」 今や隠しようもなくガタガタと震えだした青年たちに、U-SUKEは微笑む。 「安心しろ。貴様ら如きに本気を出したりするものか」 「ひ、ひぃぃ……」 「ハンデをやろう。……俺はここから一歩も動かん。そして、」 言葉を区切り、右の小指を立ててみせるU-SUKE。 「この指一本だけで戦うと、誓おう」 U-SUKE、にやりと笑ってみせる。 対する青年たちはといえば、その言葉に少しだけ気を取り直したのか、互いに頷き合って身構えた。 「よし……行くぞ!」 「おう!」 「朝霧達哉くん……君に決めたッ!」 言いざま、腰につけたボールを投げる青年。 どんな攻撃を見せてもらえるのかと、思わず口の端を上げるU-SUKEの前に、 「え!? ……今の流れで俺が行くの!? ちょっとおかしくない、それ?」 またもや、頼りなげな青年が立っていた。 「……」 とりあえず頭痛がしてきたので、こめかみを揉んでみるU-SUKE。 新たに現れた青年は、どうやら最初の二人に何やら抗議しているようだった。 「どう考えたってお前らが自分で突っ込む流れだろ!?」 「いやだって俺、ヘタレトレーナーだし……」 「じゃ鳴海、お前が行けよ!」 「俺は真打ちだからな。最後に出ると決まってるだろ」 「うわ汚え!」 一向に攻撃をしてくる気配がない。 段々、待つのが面倒になってきた。 「大体、何で俺なんだよ!? 白銀とか衛宮、鍋島さんなんかの方がよっぽど戦闘向きだろうが!」 「最初はやっぱり様子見がセオリーだろうと思って」 「あ、やっぱり捨て駒扱いかよ!」 ぐ、と伸びをしたU-SUKEが、そのまま腕を振り下ろす。 音速を超過したその動作に、大気が裂けた。衝撃波はそのまま疾り、 「それなら鳩羽だってぱべらっ」 新たに現れた青年を、両断した。 「「うわああっ!?」」 飛び散る血と肉に、青年たちが悲鳴を上げて飛び退く。 そんな姿を見て軽くため息をつくと、U-SUKEは心底つまらなそうな顔で言う。 「なあ、俺だってそう暇じゃないんだ。やるなら早くしてくれないか」 「き……、」 失禁すらしかねない顔色のまま、青年が何かを言いかける。 震えて歯の根が合っておらず、なかなか言葉にならない。 「き?」 「……き、……汚いぞ!」 ようやく放った一言が、それであった。 怪訝そうな顔をするU-SUKE。 「汚い……? 戦いはもう始まっているというのに、いつまでも下らん言い争いをしている方が悪いだろう」 「そ、そうじゃないっ! お、お前さっき、小指だけを使うって言っただろうが!」 「……?」 意味が分からない、という顔で首を捻るU-SUKE。 「そ、それが何だ、今のは! 離れたところから真っ二つなんて、は、話が違うじゃないか!」 「……ああ」 U-SUKEが、ようやく合点がいった、と頷く。 「何かと思えば。俺は約束を違えたつもりはないぞ?」 「う、嘘をつけっ!」 「何が嘘なものか」 言うや、目にも留まらぬ速さで腕を振るうU-SUKE。 一陣の風が舞った。 寸刻遅れて、近くの木々がへし折れる。 「ひ……!」 「……お前たちが言っているのは、これのことだろう?」 「そ、そうだ! それのどこが小指だけだっていうんだ!」 半分涙目になりながら、必死で食い下がる青年たち。 内心で頭を抱えながら、U-SUKEは振ってみせたばかりの腕を、二人に見えるように差し出す。 「……?」 「よく見ろ」 二人の視線が、U-SUKEの腕を舐め回すように這う。 「……小指だけ、立ってるだろうが」 途端、庭先を歩く通行人に吼える犬のように、青年たちが抗議の声を上げた。 「そ、それがどうしたっていうんだ!?」 「俺たちを誤魔化そうったって、そうはいかないぞ!」 「……だから、今のは小指で作った衝撃波だ」 「何だと!?」 「小指の先だけで大気を切り裂いた。……何か文句があるのか?」 うんざりしたようなU-SUKEの声。 「ぐ、ぐぬぬ……」 「……今度は、お前たちがその身で味わってみろ」 何気ない仕草で、U-SUKEが再び腕を振り上げた。 怯えた顔つきで後じさりする二人。 「お、おい……!」 「く、くそ、こうなったら……!」 青年の一人が、決死の形相で腰を探る。 取り出したのは、三つのボール。 「衛宮士郎くん、白銀武くん、鍋島志朗くん……君たちに決めたッ!!」 それらをいっぺんに、投げた。 同時に、U-SUKEがその必殺の手を振り下ろす。 「―――!」 大気が断ち割れた。 きん、という可聴域を超えた高音が通り抜けた後、一瞬の静寂が訪れる。 静寂を打ち破ったのは、悲鳴に近い声だった。 「あ、ああ……」 否、それは紛れもなく悲鳴であった。 だらしなく口を開けたまま、青年が腰を落とす。 「そ……そんな……」 へたり込んだ青年の、すぐ眼前。 「俺たちの中で……最強の三人が……」 三人の体が、上半身と下半身で、綺麗に二つづつ。 計六つの断片となって、転がっていた。 「一瞬、で……、そんな……馬鹿な……」 呆然とする二人に向けて、U-SUKEが静かに口を開く。 「―――もう、奇術はおしまいか?」 それは、正しく死刑宣告に他ならなかった。 力なく座り込んだまま、目線だけを動かしてU-SUKEを見る青年たち。 その目には、既に反抗の意思は宿っていなかった。 「……そうか。ならば最期にUの力、目に焼き付けて死ぬがいい」 あくまでも淡々と、U-SUKEは言う。 ゆっくりと、その手が振り上げられていく。 「さらば―――」 「―――どぉぉぉぉぉっ、せぇぇぇいっっ!!」 響き渡ったのは、雄々しくも頼もしい、声だった。 背後で巨大な気が膨れ上がるのを感じ、肩越しに振り返ったU-SUKEの視界を、影が覆い尽くしていた。 「……む!?」 それは、ひと一人分ほどもある、巨大な岩石であった。 振り上げていたその腕を、咄嗟に岩石に向けて振るうU-SUKE。 U-SUKEを叩き潰すかに見えた岩石は、しかしその眼前でいとも容易く砕け散った。 轟音と共に、破片が周囲に撒き散らされていく。 土埃が収まるのを待って、U-SUKEはゆっくりと辺りを見回した。 「逃げた……か」 へたり込んでいたはずの青年たちの姿は、既になかった。 注意しなければ感知できないほどの小さな気が、瞬く間に遠ざかっていくのを感じる。 「逃げ足だけは大したものだな……」 苦笑するU-SUKE。 服についた埃を払い落とそうとして手を止めた。 下手に扱えば一張羅が襤褸切れに変わってしまう。 「わざわざ追うまでもない、か……。しかし……」 顔をしかめながら、U-SUKEは先程、背後から感じた気を思い返す。 「あれほどの気を、あの瞬間まで感知できなかったとはな……」 試しに集中してみても、周囲にそれらしい気配はない。 「Uの域には遠く及ばんが……暇潰しくらいにはなったかもしれん」 惜しいな、と呟いたそのとき。 遠くで、小さな声が響いたような気がした。 それが、何故だかひどく胸をざわつかせる響きに聞こえて、U-SUKEは声のした方を見やる。 棘だらけの球体が心臓の中を転がるような、奇妙に痛痒い感覚。 「向こうには……たしか、学校があったか」 距離にして、おおよそ1キロ以上。 しかしU-SUKEの足であれば、そこに要する時間はゼロに等しかった。 U-1と相見える前に、力の加減を覚えるためのリハビリも必要だろう、とU-SUKEは己に言い聞かせる。 それがどうにも言い訳じみているとわかっていても、足は止まらなかった。 【時間:2日目午前10時すぎ】 【場所:E−6】 U−SUKE 【所持品:Desart Eagle 50AE(銃弾数4/7)・サバイバルナイフ・支給品一式】 【状態:ラブ&スパナ開放。超回復により五体満足。U−1を倒して最強を証明する】 七瀬留美 【所持品:P−90(残弾50)、支給品一式(食料少し消費)】 【状態:漢女】 藤井冬弥 【所持品:H&K PSG−1(残り4発。6倍スコープ付き)、 支給品一式(水1本損失、食料少し消費)、沢山のヘタレボール、 鳴海孝之さん 伊藤誠さん 衛宮士郎くん(死亡) 白銀武くん(死亡) 鳩羽一樹くん 朝霧達哉くん(死亡) 鍋島志朗くん(死亡)】 【状態:ヘタレ】 - BACK