「な、何なのよアンタ……!?」 皐月は思わず、そんな事を口走ってしまっていた。いきなり攻撃を仕掛けられるような事は無かった。 それでも強い警戒心を抱かせるだけの何かが、目の前の男――岡崎朋也には、あった。 震える手で、相手を見据えながらS&W M60を構える皐月。幸いにして、相手は銃を持っていない。 それにまだ出会ったばかりの人間とは言え、とにかくこちらは二人いる。いざ戦闘になっても、自分達が有利なように思えた。 そんな状況であるにも関わらず、朋也はまるで怯えた様子を見せずに声を掛けてくる。 「お前――ゲームに乗っているのか?」 「え?」 「俺はゲームに乗っている奴を許さない。お前がゲームに乗っているなら、お前は俺の敵だ」 「……お生憎様。あたしはゲームに乗ってないわ」 「そうか。なら俺が用があるのは、そっちの男だけだ」 そう言って朋也は皐月から視線を外し、その横を凝視した。皐月がその視線を追うと、そこには彰が立っていた。 身構える彰の手にはいつの間にか、薙刀がしっかりと握り締められている。 朋也を睨み返すその瞳の奥底に秘められた感情までは、皐月に読み取る事は叶わなかった。 「ちょっと、どういう事?」 「そいつは俺の仲間を殺した。だから俺は、そいつを殺す」 「――なっ!?」 それは皐月にとって、まさに寝耳に水の話である。彰とは、これから行動を共にしようとしていた。 その矢先に別の男が現れ、いきなり彰の事をマーダー呼ばわりしているのだ。 「ねえ彰さん、それは本当なの!?」 「……そんなの言い掛かりさ。冗談も大概にして欲しいよ」 「テメェッ!よくもぬけぬけとそんな事を……!」 朋也が忌々しげに、吐き捨てる。それとは対照的に、彰は涼しい顔をしたままだった。 ――これまで既に何度も命のやり取りをしてきたおかげだろうか。 二人を同時に敵に回してしまいかねないこの状況でも、少なくとも外見上では、彰は一切の焦りを見せていない。 「…………」 銃を手にしたまま、皐月は黙り込んでしまった。それも仕方の無い事だろう。 皐月からすれば出会って間もない彰も、今現れたばかりの朋也も信用するに足りる相手ではない。 どちらが正しいか判断出来る要素が、まるで無いのだ。軽率な行動をする訳にはいかない。 かといって、ここで時間を掛けすぎるのもまずい。今はこの二人よりも、走り去った梓の方が心配だった。 ――そうやって皐月が頭を悩ませている時に、遠くで響き渡る銃声が聞こえてきた。 「これは――もしかして、梓が……?」 銃声のした方へ振り返る。それは、梓の走っていった方向から聞こえてきた。 梓が何かの戦闘に巻き込まれている可能性は、極めて高い。今はこの二人を放置してでも、梓の元へ向かわねば―― もう一刻の猶予も無い。皐月は慌てて、その旨を伝えようとする。 しかし、僅かの間でも他の事に気を取られた事は失策としか言いようが無かった。 「――ッ!?」 皐月が振り向き直した時にはもう、朋也が目前にまで迫っていた。 S&W M60の銃口を朋也に向けようとしたが、それはあまりにも遅過ぎる。 覚悟が違う――朋也は殺人への禁忌を既に捨て去っている。 集中力が違う――朋也はこの場において、彰への復讐以外は何も考えていない。 武器が違う――近距離戦に限って言えば、狙いを付けてから撃たねばならぬ銃よりも、一動作で攻撃出来る刃物の方が速い。 皐月の銃が弾丸を吐き出す前に、朋也の包丁が唸りをあげる。それは正確に皐月の首元を捉え、彼女の意識を奪い去っていた。 「……わりぃ。あんたに恨みは無いが、今は眠っててくれ」 朋也は表情を変えずに、地面に倒れ伏す皐月に向かってそう呟いた。 包丁は刃を返した形で、いわゆる峰打ちを狙う為の状態のまま、朋也の手に握られている。 その刃を元の向きに戻し、そして――朋也は大きく横に跳んだ。直後、それまで朋也がいた場所を薙刀が切り裂く。 朋也はその攻撃を放った主――七瀬彰の方へ顔を向けた。二人は各々の武器を手に睨み合う。 「上手く騙してたみたいだが、残念だったな。これでもう、俺達の戦いを邪魔する奴はいねえ」 「くっ……」 彰はこの時初めて、明確な焦りを見せた。予想以上に怪我のハンデは大きかった。 薙刀を片腕で振り回すのはかなりの腕力を要し、自分程度の力ではまるで速さの足りぬ攻撃になってしまう。 それに朋也の動きが前と違って、全く躊躇の無いものになっている。このままでは確実に殺される。 僅かに後ずさる彰を、朋也がゾッとするような冷たい目で睨み付けた。 「風子も由真も、精一杯生きてたんだぞ?本当にいい奴らだった……それなのに……お前がっ……!」 「……そんなの僕の知った事じゃない。僕は絶対に優勝して、願いを叶えないといけないんだ」 「黙れ。お前は今――ここで殺すっ!」 叫んで、朋也は地面を蹴った。小細工も何も無しに、ただ一直線に彰を目指して駆けた。 大きな薙刀を無理に片腕で扱う彰の姿は、あまりにも不自然だった。何故そんな事をする必要があるのか。 ――きっと、由真を殺害した際に傷を負ったのだろう。彼女はただで殺された訳ではなかったのだ。 由真の意思を継いで、自分が確実に、復讐を成し遂げてみせる。 「――このっ!」 獲物のリーチでは彰が大幅に上回る。先に相手を射程範囲に捉えた彰は、薙刀を斜めに振り下ろした。 しかし朋也はそれを難なく包丁で受け止めると、そのまま足を前に進める。 彰を倒すには、距離を詰める事が重要だ。懐に入ってしまえば、小回りの利く包丁の方が有利なのだから。 間もなく朋也は、憎き敵の、彰の体に手が届く位置まで辿り着いた。 「うおおぉぉぉっ!」 一閃。死んだしまった仲間の分まで、怒りと憎しみを籠めて、朋也は己の全力で横薙ぎに斬りつける。 彰は後ろに飛び退く事でその一撃を回避しようとしたが、避けきれない。 「がっ……!?」 後退する最中、彰は腹に痺れるような痛みを感じた。その影響で倒れてしまいそうになるが、それは何とか堪える。 朋也から距離を取る事に成功した彰だったが、その腹からは血が零れ落ちている。 幸運にも致命傷となる程の深さでは無かったが、腹部を切り裂かれてしまったのだ。 彰は歯を食い縛りながら朋也を見やり――そして、戦いの趨勢が更に絶望的なものとなった事を知る。 「――終わりだ」 彰の視線の先――朋也の手には、S&W M60が握られていた。 朋也は追撃する事に固執せず、皐月の銃を回収して、それを彰へと向けていたのだった。 彰の顔に絶望が走る。朋也はそんな彰を冷酷な瞳で見据えながら、静かに言葉を紡ぎ始めた。 「俺が平和ボケしてたせいで、友達を二人も死なせちまった……。 お前に襲われた時、俺がきちんと人を殺す覚悟をしてれば、二人は死なずに済んだかも知れないんだ……!」 表情は変えず――しかし語る声は重く、悲痛に。 「でもな、俺はもう容赦しねえ。死んだ皆の分まで、お前や、ゲームに乗った他の奴らに、復讐してやる。 殺して殺して殺しまくって、最後に主催者も殺してやる」 それが朋也の自らに課した使命。ピエロと化して戦い続ける事を受け入れた、哀しい男の決意だ。 もはや彰の殺害すらも、その第一歩に過ぎない。そして朋也が引き金を引けば、その一歩は踏み出されるのだ。 時折遠くの方から銃声が聞こえてくるが、目の前の敵に集中している朋也がそれを意に介す様子は見受けられない。 間もなく訪れるであろう、確実なる死の前に、彰の頬を冷たい汗が伝う。 だがそんな時、ザッと土を踏みしめる音が彼らの耳に入った。 「あ、彰っ!?」 足音の主は、この島で彰が唯一仲間として行動を共にした人物――折原浩平だった。 地に倒れ伏す少女。そして見知らぬ男に銃を突きつけられている友人の姿。 浩平の眼前には、決着が着く寸前の殺し合いの構図があった。 まさに風前の灯となっている友人の命を救う為に、浩平は声を荒げて怒鳴りつける。 「てめぇ、そこまでにしとけよ!」 浩平の手にしたH&K PSG−1の銃口は既に朋也の方へ向けられている。 朋也は舌打ちしながら浩平を見やり、その背後から更に数人の人間が駆けつけて来ている事に気付いた。 (最悪……だな) どんどん悪化していく状況に歯軋りしながら、朋也はそんな事を思った。 【時間:二日目・14:00】 【場所:C−3】 岡崎朋也 【所持品:S&W M60(2/5)、包丁、鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、三角帽子、他支給品一式】 【状態:マーダーへの激しい憎悪、現在の第一目標は彰の殺害、第二目標は鎌石村役場に向かう事。最終目標は主催者の殺害】 湯浅皐月 【所持品1:セイカクハンテンダケ(×1個+4分の3個)、.357マグナム弾×15、自分と花梨の支給品一式】 【所持品2:宝石(光3個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金】 【状態:気絶、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】 七瀬彰 【所持品:薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】 【状態:腹部に浅い切り傷、右腕致命傷(ほぼ動かない、止血処置済み)、疲労、ステルスマーダー】 ぴろ 【状態:皐月の傍で待機】 折原浩平 【所持品1:34徳ナイフ、H&K PSG−1(残り4発。6倍スコープ付き)、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)】 【所持品2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、ほか支給品一式】 【状態:彰の救出、全身打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)】 ハードボイルド高槻 【所持品:分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:7/7)予備弾(6)、スコップ、ほか食料・水以外の支給品一式】 【状況:岸田と主催者を直々にブッ潰すことを決意、郁乃の車椅子を押しながら浩平の下へ】 小牧郁乃 【所持品:写真集×2、S&W 500マグナム(5/5、予備弾7発)、車椅子、ほか支給品一式】 【状態:車椅子に乗っている】 立田七海 【所持品:フラッシュメモリ、ほか支給品一式】 【状態:意識は取り戻している。浩平の下へ】 ポテト 【状態:高槻に追従、光一個】 - BACK