高槻の元を飛び出し街道を駆ける藤林杏。 だが彼女の駆け足は長くは続かなかった。あまりにも荷物が多過ぎたのである。 ボタンをデイパックに入れたままだったことも災いした。 しばらく歩いていると荒い息もどうにか落ち着いてくる。 「今更捨てるわけにもいかないよね。でもここでは辞書なんて役に立たないと思うけどなあ」 「慌てずにゆっくりと行きましょう。早足で歩けば日暮れには村の入口に着けそうです」 後から追いついたほしのゆめみが慰めの言葉をかけた。 街道は無学寺を南下した後、三叉路になっている。 直進すれば氷川村、西へ行けば山を通って平瀬村へと続く。 それ以前に鎌石小中学校へ行く道もあるがどうだろうか。 冬弥達が自動車でいずれかへ行くかは見当もつかない。 なんとなく氷川村ではないかと希望的観測のみが頼りである。 午前中来た道を戻るのにさほど怖くはなかった。 遠くまで見通しが良く、両側の茂みに待ち伏せされていなければ問題はない。 ただ岸田洋一という男のその後が気掛かりである。 もしかしてこちらへ向かっているかもと考えると、これ以上急ぐ気にはなれない。 茂みに入り休憩も兼ねて昼食を摂ることにした。 わずかだが荷物が減ることにもなる。 天候も良く、ここが殺し合いの場でなかったらピクニックだ。 午後の柔らかな日差しが緊張をほぐしてくれた。 昼食後雑談をしていると、それまでの疲れがどっと吹き出し睡魔に襲われた。 「ごめん。ちょっとお昼寝するから三十分後に起こしてくれない?」 「どうぞ。わたしが警戒してますから安心してお休み下さいませ」 「あなたはどうなの? メンテナンスとか」 「左腕のことを除けばお休みのうちに十分できます」 日本刀を手にゆめみはにっこりと微笑む。 (椋はどうしてるかな……) 妹の身を案じながらも、眠りの中へと落ちて行くのに時間はかからなかった。 どのくらい眠ったのか、ゆめみに声をかけながら体を揺すられていた。 「……起きて下さい。プラネタリウムが御覧になれる時間になってしまいます」 「うーん、もう少し……ん、プラネタ?」 ガバッと身を起こし目を擦る。 昼といっても太陽の位置がさっきより低くなっていた。 「三十分後に起こしてくれなかったの?」 「なかなか起きられませんでしたので、また三十分後に……ということを繰り返してました」 「ああ、いわゆるスヌーズ機能じゃない。まったくぅ……」 「申し訳ありません。次回は一度でお目覚めになるように致します」 ゆめみは肩をすぼめ、深々と頭を下げた。 「いいわよ。もしかしたら急がない方がいいのかもしれない」 泣きたくなる気分とは裏腹に空はどこまでも青かった。 【時間:2日目15:30頃】 【場所:D−7】 藤林杏 【所持品1:包丁、辞書×3(国語、和英、英和)、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、ほか支給品一式】 【所持品2:救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、ボタン、ほか支給品一式】 【状態:呆然、冬弥と会った場合どうするつもりかは不明】 ほしのゆめみ 【所持品:日本刀、忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】 【状態:休憩中、左腕が動かない】 - BACK