診療所に戻ってきた三人は、那須宗一の勧めに従って佳乃と渚がまず休憩を取ることにした。 最初渚は宗一一人で見張りをすることに消極的だったが佳乃が「しっかり休んでおかないと宗一くんの足手まといになっちゃうから、ね?」と諭したのでようやく渚も納得してもといた部屋で休憩することにしたのだった。 「ふぅ…」 二人が部屋の中に入り、一人になった宗一は秋生(渚の父親だという人。むちゃくちゃ若かった)と早苗(渚の母親だ。この人もむちゃくちゃ若かった)のデイパックに残っていたものを取り出し、整理を始めた。 「…S&W M29、か。弾丸は入ってない…デイパックには…何だ、あるじゃないか。悪いが、こいつは借りてくぜ。何しろトムキャットをあげちまったからな」 デイパックの中にあった予備弾を詰め直し、構えてみる。異常は…無さそうだった。秋生は手荒く扱っていなかったようで安心する。 「しかし、コイツは俺の趣味じゃないな…皐月あたりなら喜びそうだが。ま、やっぱ俺はオートマの方がいい」 最も、皐月が愛用しているのはM36、通称チーフスペシャルだったが。 机の上にM29を置くと、今度は食料を並べ始める。流石に五人分もあるだけあって量も相当多い。おにぎりなんかと合わせると丸三日は持ちそうだった。 「残りはおいてくか…地図やコンパスは数あってもあまり意味がないからな」 荷物は極力最小限に。サバイバルにおける基本だ。 「さて…」 近場にあった椅子に座り直しこれからどうするか、を考える。 正直な所、現状では知らない事が多過ぎる。情報が無ければ身動きがとれないのである。 情報収集はエディの役目なのだが…まったく、今頃になってエディの偉大さが身に染みて分かった。 (ともかく、まずは首輪だ) 盗聴されているのは間違い無いだろう。レーダーだけでは参加者の動きを完全に把握できないからだ。カメラがあるかとも思ったが鏡などで確認してみてもCCDカメラらしきものも見当たらない。これは単純に機能の限界だろう。 となれば、下手なことを口に出さない限りはこっちが爆破される恐れは無い。しばらく、脱出云々は伏せて、仲間集めに奔走したほうがいいかもしれない。 佳乃の姉貴にも合わせてやりたいしな。 古河…だったか、彼女の方に関してはもうどうすることもできない。しかし両親が目の前で殺されたというのはあまりにも酷い事柄だ。 果たして古河の精神状態はどうなっているのか。 普通の人間なら錯乱するか、発狂しているか、あるいは現実逃避に走るか――そうなるのが常というものであるが古河にその兆項は見られない。 彼女の話し振りからして親と仲が悪かったというわけでもないのに。 「強い…んだろうな、彼女は」 両親を目の前で殺されてもなお殺人を否定した。それは自分とは違う次元での強さだ。自分が、一生追い求めても得られないもの。 …だが、彼女の強さは本格的な戦闘では役に立たない。どんなに言葉を交わしても決して分かり合えないというものも存在するのだ。自分と、醍醐のように。 (それでも、古河は戦わないことを選ぶんだろうな) 撃たれても、あるいはもっと大切な人を殺されても、だ。 (ま、それはそれでいいさ。そういう奴こそ、俺が守らなくちゃいけないんだ) 「宗一くん…入っていいかな?」 遠慮がちに、ドア越しにかけられる声。誰かと警戒しかけたが、すぐに佳乃のものであることに気付く。 「何だ、まだ寝てなかったのか? 夜更かしは健康に悪いぞ」 「ごめん、どうしても寝られなかったから…」 声色が、あまり良くない。冗談を言っている場合ではなさそうだ。 「いいぜ。眠たくなるまでお喋りしちゃる」 ありがとう、という声が聞こえて佳乃がゆっくりと入ってきた。あはは、と顔は笑っているが泥や煤、血糊で汚れているせいでとてもじゃないが可愛くは見えない(クソ、シャワーくらい完備しとけってんだ)。 「宗一くんは眠たくないの?」 「俺はいつでも眠りたいときに眠れるんだ」 「ふ〜ん、便利な体なんだね。羨ましいなぁ。ね、じゃあ一時間おきに寝たり起きたりできるの?」 「ああ、勿論だ。何なら今ここで実演してやろうか?」 「ウソばっかり〜」 今度はさっきよりいい笑顔だった。…けど、ウソじゃないんだけどなあ。職業柄、どこでも寝られるようにしている。 「…そうだ、古河はどうなんだ? あいつは眠っているのか」 渚の名前を口に出すと、佳乃はばつの悪そうな顔をしたが、しかしはっきりと言った。 「寝てるよ。でも…泣いてた。泣き疲れて…寝ちゃったみたいだけど…やっぱり、ものすごく辛いんだね、きっと」 「…そうか」 やはり渚は強い人間だった。人前では決して涙を見せずに…むしろこちらを宥めてくれたりもした。 「…けど、少しくらいこっちに寄りかかってもいいのにな。一人で抱え込むには…大き過ぎるんだ、これは」 「そうだね…」 そのまま二人の間に沈黙が流れる。気まずい空気になっていた。宗一はそんな空気を少しでも変えようと、佳乃にM29を手渡す。 「持っとけ。古河の親父さんが持ってたやつだ。古河は…たとえどんな状況でも人を撃てるような子じゃない。ああいや、佳乃が人をバンバン撃つような危ない奴って言ってるわけじゃないんだが… まあ、その、なんだ。こいつで、自分の身や古河を守ってやってくれ」 佳乃の手に乗っているM29は、その手に余るくらい大きいものに見えた。 「でも…これは、人を殺す道具…だよ?」 「…佳乃や古河の命を守る道具だ」 もう一度、M29を握らせる。非情な行為だった。最低の人間だな、と宗一は思う。女性に鉄砲持たせるなんざ紳士のすることじゃないのに。 「…持っとくよ」 目にはまだ殺人の道具を持つ事への不安の色が見えていたが、それでもしっかりと自分でM29を握る。 「ま、佳乃が撃つような自体にはそうそうならないから安心しろ。なんたって俺は」 「世界No.1エージェント、NASTYBOY、でしょ?」 「そういうことだ」 今度こそ、佳乃が心からの笑みを漏らした。未だに信じられないけどー、という余計な一言もついてきたが。 「やかましい。それより、もうお喋りは終わり終わり。さっさと寝ろ」 「はぁい」 「…適当に時間が経ったら起こすからな」 「うん、分かったよ。でも渚ちゃんは…」 「ああ、寝かせておくよ」 佳乃が部屋に戻った後、再び宗一はため息をついた。こんなにのんびりしてていいものか。リサあたりなら既に何回かドンパチやってそうなのにな… ま、この際地味屋になっておくのも、今はいいか。そうだろ、ゆかり? もう二度と出会う事が出来なくなってしまった友人を思いながら、宗一はもう一回だけ、ため息をついた。 【時間:午後11時30分】 【場所:I-07】 霧島佳乃 【持ち物:S&W M29 6/6】 【状態:睡眠中】 古河渚 【持ち物:なし】 【状態:睡眠中】 那須宗一 【所持品:FN Five-SeveN(残弾数20/20)包丁、ロープ(少し太め)、ツールセット、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式、おにぎりなど食料品】 【状態:健康。渚と佳乃を守る】 【その他:食料以外の支給品は全て診療室に置いてある、ハリセンは放置】 - BACK