何がどうなっているのか、柊勝平には理解できなかった。 ただ分かるのは、目の前でニヤニヤといやらしい笑みを湛える男が激しく危険な存在であるということだけ。 「怖くて声も出ないか?いいねぇ、そのまま黙ってればあっという間に終わる。静かにしてろよ・・・・・・」 (何が終わるっていうんだっ?!) 反抗したくとも荷物は押し倒された際に手放してしまっている、電動釘打ち機も手の届かない場所まで転がっていた。 いや、もし近くにあったとしてもそもそも利き腕を押さえつけられる形で固定されているため、それも叶わなかったであろう。 唯一動かせる左腕で懸命に男の肩を押し返すが、相手はびくともしなかった。 「ちょ、どこ触ってんだよ?!」 「ああん?お前胸ねーな・・・・・・」 「あったら大変だよ?!って、おい!捲くるな!!」 素肌を撫でる冷たく硬い手の感触が気持ち悪い、肌が泡立っていくのを感じる。 「やめろ、気色悪いんだよ・・・・・・っ」 「ああ?その割には、乳首立ってんじゃなねーか」 「鳥肌!それ鳥肌の副産物!!」 しかし勝平の叫びを一向に気にも止めず、岸田洋一の手は下半身へと伸びていく。 遠慮なく入り込んできた手が、今度はその肉付きの悪い足をパンツの上から撫で始めた。 足を閉じようにも間に岸田の体が割って入ってきているため身動きが取れない、服の上からとはいえその粘つくような愛撫に呼吸が乱れる。 おぞましい感覚に、勝平はこの島に来て初めて「恐怖」という感情を思い出した。 「さて、じゃあそろそろいただくとするか」 「いぃっ?!」 太ももから離れたその手が向かう場所、目で見えなくとも岸田の台詞で分かるそれ。 心の準備をする間もない、ついに股間へと手を添えられ勝平が思わず目を瞑った瞬間。 男の動きが、止まった。 「・・・・・・」 今まで執拗な愛撫を繰り返した手が、いきなり静止したことに疑問を抱く。 薄く目を開けると、さっきまでいやらしい笑みを浮かべていた男が真顔で固まっていた。 「おい?」 声をかけるが、反応はない。 左手を伸ばし間近にあるその頬を叩いてみる、つねってみる。 やはり反応はない。 「・・・・・・か?」 と思ったら、やけに覇気のない声が耳に入った。 勿論目の前の岸田のものである。一瞬意味が理解できず、勝平はちょっとその言葉の意味を考えた。 少し乾いたように見える唇の動き、掠れた声。 それで形成された短い一言、それは。 「お前は男か?」という、ちょっとした疑問であった。 「あ、当たり前だろ!見て分かんないのかよ」 カッと顔の温度が高くなるのを感じながら、勝平は岸田を睨みつけるようにして叫んだ。 確かに容姿のことで勘違いをされることはよくあったが、ここまで好き放題した後となっては何を今更という思いの方が強い。 「知っててイジってたんじゃないのか?!」 岸田は答えない。代わりに、ぷるぷると震えだしてきた。 「キモッ?!」 そんな罵りに言い返すことなく、岸田はただただ震えるばかりで。 先ほどとの様子の違いにさすがの勝平も戸惑いが隠せなくなる、そのまま無言の時間がしばし続いた。 そして、その間だんだん岸田の震えは大きくなり。 ついでに掴まれている勝平の右手にもそれが伝わり。 一緒にぷるぷる、まるで一つの共同作業。 「何だそれ?!」 そう叫んだ瞬間だった、いきなり岸田の震えが止まる。 そして。 「ぐえ?!!」 そのまま、押し倒していた勝平の上に倒れこんだ。 勿論真下にいた勝平は下敷きになる、ヒキガエルのような声を出し勝平はいきなりの攻撃に悶えた。 しかしそれと同時に固定されていた右手が自由になっているのに気づく、慌てて這い出るが岸田が再び動き出す気配は一向にない。 「な、何だったんだ一体・・・・・・」 最後まで何がどうなっているのか分からなかったが、とにかくチャンスである。 ・・・・・・この男を見ているだけで先ほどの情けない恐怖心が甦った。 勝平は早くなる動悸を抑えようと胸に手をやりながら、放置されていた電動釘打ち機を手に一目散にこの場から離脱した。 止めをさすとかそのような考えなど一切持てなかった、それぐらい勝平自身も慌てていたのであった。 柊勝平 【時間:2日目午前2時過ぎ】 【場所:D−6・鎌石小中学校・右端階段前】 【所持品:電動釘打ち機11/16、手榴弾三つ・首輪・和洋中の包丁三セット・果物・カッターナイフ・アイスピック・支給品一式(食料少し消費)】 【状態:逃亡】 岸田洋一 【時間:2日目午前2時過ぎ】 【場所:D−6・鎌石小中学校・右端階段前】 【所持品:カッターナイフ】 【状態:失神】 杏の持ち物(拳銃(種別未定)・包丁・辞書×3(英和、和英、国語)支給品一式(食料少し消費))は放置 - BACK