爆発音がしたであろうと思われる方角からとはまた違う場所から響いた銃声に、英二は湧き上がる不安を隠せなかった。 どちらに進むか悩んだ末、今しがた銃声が聞こえた正反対の方向へと踵を返し駆け出していた。 「くそっ、みんな無事でいてくれよっ!」 もう誰も死なせたくはない、死なせない。 それが相沢祐一との約束だったから。 最悪の場合、人を殺めることになっても躊躇はするまい。 ベレッタを握る手に力がこもり、速度をさらに加速させ走り続けた。 だが決意を固めながら地を蹴り続ける英二を出迎えたのは、彼の願いを粉々に打ち砕く無情な光景。 ――血まみれのまま地面に伏した往人と、その傍らで壊れたように泣きじゃくる観鈴の姿だった。 その光景に一瞬で状況を理解する。 おそらく彼は観鈴を守ろうとして、そしてやられてしまったのだろうと言うことを。 ゆっくりと近づく英二の存在にも気づく様子もなく、観鈴は返ってくる事のない返事を待つように往人の亡骸に語り続けていた。 その悲痛な様相にかける言葉も浮かばず呆然と眺めながらも、ふと我に返ると警戒するように周囲を見回し始める。 一緒にいた環とあかりの姿は周囲にはない――同時に最悪の想像が彼の脳裏に浮かんでいた。 瞬間、彼ははじけるように観鈴の元へ駆け寄り、叫んでいた。 「観鈴君、ここは危険だ。診療所へ戻ろう」 他の二人の安否が気になる。 とにかく観鈴を診療所まで連れ帰り、すぐさま二人を助けに行かなければ。 そう考えなら観鈴の肩をゆさぶり、英二は必死に言葉を投げかけていた。 ようやくそこで観鈴も英二の存在に気づき彼の顔をじっと見上げる。 だが焦点の合っていないその瞳が全てを拒絶しているようにその手を払いのけ、観鈴は往人の死体にしがみつきながら再び声を高ぶらせながら涙を流していた。 「往人さんも死んじゃったよ……嘘だよね。こんなの嘘だよね? ちょっとしたら起き上がっていつもみたく泣くなって怒ってくれるんだよね?」 「観鈴君……」 脈を図ろうと往人の右腕を取る。 が、期待した反応はなくやはり生きていると言うことはなかった。 ともすればますます観鈴をこのままにしておくわけにはいかない。 ただでさえ安静にしてなければいけないこの状況で、母親の死と愛するものの死。 いったい彼女の精神にもどれだけ負担がかかっているのだろうかと考える。 英二は息を呑むと観鈴の身体に手を伸ばすと、勢いよく抱えあげた。 「英二さん!?」 「すまない……文句なら後でいくらでも聞くから、だから今は診療所に戻ろう」 言うや否や、往人の亡骸に背を向けると全力で駆け出した。 みるみるうちに視界から離れていく往人の姿に観鈴は手を伸ばして叫びだしていた。 「待って、往人さんが、往人さんがっ! 置いて行かないで!! もうはなればなれは嫌だよっ!!」 伸ばしても届かない手を戻すと、そのまま英二の肩を力なくドンドンと叩きつけて抵抗する。 「ごめん、ごめんよ――」 謝罪の言葉をつむぎながら走り続ける英二に、観鈴の瞳から零れ落ちる涙は止まることを知らず英二のスーツを湿らせていた。 そんな彼の行動をあざ笑うかのように、英二は聞き覚えのある重低音があたりに響き渡っていることに気づく。 観鈴もその音に気づいた様子で泣き喚いてた声が驚きと共に止まっていた。 「これは……エンジン音か?」 一瞬の判断で観鈴を抱えたまま英二は一軒の家屋の扉を開け放ち身を隠す。 観鈴を入り口の床に座らせすぐさま窓から外の様子を覗き込むと、遠くから走ってくる一台の黒塗りの車の影が見えた。 そしてそれは二人の眼前を通過し――英二は乗っていた人間の姿に驚愕した。 「弥生君と……青年!?」 急所は外して撃ったとは言え、縛り付けていたはずの弥生が動いている姿。 そして同時に隣に座っていた藤井冬弥の姿。 もしも弥生君が道を変えていなかったら……藤井君が復讐に走っていたら……。 考えたくもない想像に英二の心は震えていた。 車の向かった方向には自分たちの目的地である診療所がある。 いまだ傷ついたまま診療所で待つ敬介の顔が思い出され、隣で不安そうに自身を見つめる観鈴の顔を覗き込むと決心したように英二は立ち上がった。 杞憂であって欲しい、これ以上悲劇は起こって欲しくはないんだ。 「――行こう」 本当ならここに置いて行ったほうが安全かもしれない。 だが、芽衣の時も往人の時も、ほんの少しの別行動が永遠の別れとなってしまっている。 守れもせずに死なせてしまうのはもう絶対に嫌だった。 「そうだよな、少年。約束は……守る」 ゆっくりと観鈴に手を伸ばしてにっこりと笑いながら、そのまま空を見上げながら誰にでもなく英二は言った。 そして英二の放った「少年」と言う単語が観鈴を立ち上がらせていた。 相沢祐一と最後に交わした約束。 零れ落ちていた涙を袖でグイとぬぐうと、差し出された英二の手を取る。 『――明るく、笑いながら生きてくれ』 そんな簡単なことがこの島では何よりも難しい。 だがそれでも託していったものたちのために今はがむしゃらに走るしかないのだと。 そう思いながら二人は扉を開け、診療所へと駆け出すのだった。 【時間:2日目16:00】 【場所:I-7北部】 緒方英二 【持ち物:H&K VP70(残弾数0)、ダイナマイト×4、ベレッタM92(6/15)・予備弾倉(15発×2個)・支給品一式×2】 【状態:健康、診療所へ】 神尾観鈴 【持ち物:ワルサーP5(2/8)、フラッシュメモリ、紙人形、支給品一式】 【状態:綾香に対して非常に憎しみを抱いている、脇腹を撃たれ重症(治療済み)、診療所へ】 篠塚弥生 【所持品:包丁、ベアークロー、携帯電話(GPSレーダー・MP3再生機能・時限爆弾機能(爆破機能1時間後に爆発)付きとそのリモコン】 【状態:マーダー・脇腹に怪我(治療済み)目的は由綺の復讐及び優勝】 藤井冬弥 【所持品:暗殺用十徳ナイフ・消防斧】 【状態:マーダー・右腕・右肩負傷(簡単な応急処置)目的は由綺の復讐】 【備考】 ・FN P90(残弾数0/50) ・聖のデイバック(支給品一式・治療用の道具一式(残り半分くらい) ・ことみのデイバック(支給品一式・ことみのメモ付き地図・青酸カリ入り青いマニキュア) ・冬弥のデイバック(支給品一式、食料半分、水を全て消費) ・弥生のデイバック(支給品一式・救急箱・水と食料全て消費) 上記のものは車の後部座席に、車の燃料は十分、車は診療所方向に向かってますが行き先は後続任せ ・往人の所持品は全て死体の場所に放置 - BACK