甘味処




柳川裕也達は昼食を終えると速やかに氷川村へと急ぐ。
街道へ出ると東に向かい、暫く歩くとヘアピンカーブに差し掛かった。
突然倉田佐祐理が足を止め、左側の一点を見つめる。
「あんなところにデイパックが」
指差す方には街道からも見える、森の入口付近に立つ大きな木。
その木の傍に、しかもあまりにも目立つ所にデイパックが置かれていた。
「二人ともここで待機してくれ」
佐祐理と七瀬留美を残し、柳川はデイパックへと近づく。
仕掛け爆弾の可能性もあるだけに、気持ちの悪い脂汗が吹き出た。
デイパックに手をかけた所で大きく深呼吸をし、少しだけ開けてみる。
パンや水筒の他に銃身らしきものと、黒光りする四角い箱のようなものがあった。

(やはり爆弾なのだろうか)
振り返ると佐祐理も留美も固唾を飲んで見守っている。
デイパックの口を更に少しばかり開け、もう一度中を見る。
木陰にある上、中身が黒いだけによく判らない。
──そういえば懐中電灯があった。
自身のデイパックから懐中電灯を取り出し、謎のデイパックの中を照らす。
爆弾に見えたものは予備のマガジンのようだ。しかもかなりの本数がある。
意を決し中身を掴み、外に出したが爆発は起きなかった。

説明書を見るとイングラムM10短機関銃と書いてある。
「これはまた大そうなものを手に入れたぞ!」
手招きして控える二人を呼び寄せると、特に留美は目を輝かせていた。
「映画で見るようなサブ・マシンガンね。すっごーい」
「参加者の誰かが置いていったのでしょうか?」
「なんとも言えなんな。まずは有難く頂戴しておこう」

予備の分も含めるとズッシリとした重みがあった。
(倉田と七瀬の武器と持ち物の量からしてどちらに持たせたら良いものか)
考え込んでいると留美が意図を理解したらしく、
「柳川さんの拳銃、あたしにくれないかな」
「それで?」
「柳川さんがイングラムとかいうのを持つのはどうです?」
「どうせなら倉田に持たせたいんだがな」
佐祐理には過ぎたるものに思えるが、留美に渡すのは気が進まない。
「いえ、佐祐理は七瀬さんが持った方がいいと思います」
「やっぱりあたしも銃が欲しい。お願いしますよ、柳川さん」
やけに辞を低くするな、と嫌味を言いそうになるが止めておくことにする。
「七瀬が期待に応えてくれるのを期待しよう」
「わあ、ありがとう。感謝感激、ウフッ」
(まったく倉田と違っ起伏の激しい奴)
連携が必要なだけに、無闇に角を付き合わせることは無用だ。
呷った水はまろやかに感ぜられた。



ヘアピンカーブを曲がり次のカーブに差し掛かると、異様な臭気が皆の鼻腔を刺激する。
柳川には仕事柄、時折嗅ぐことがあるだけに驚くものではない。
血よりも更に濃厚な体液に近いものか。
近くに人間の死体があるのは間違いない。
片手を軽く上げ、後方を歩く佐祐理と留美に要警戒の注意を促す。
道路の右側は崖になっており、死体があるとすれば左側の茂みから木立にあるはず。
ほどなく臭いの元は道路から見える木立の隅にあった。
胸から上を上着が覆ってあるが、着衣からして二人の女の子らしい。
「──あの上着、あたしんとこの学校のだ。まさか折原の……」
怪訝な表情で佐祐理と留美は柳川の肩越しに覗く。
柳川はゆっくりと上着を捲る。
周囲には血や毛髪の他に、かつては桃色だったものが飛び散り、ドス黒く変色していた。

「うぅっ……」
佐祐理は口を押さえると背を向けしゃがみこむ。
どうにか慣れたとはいえ、彼女にはこの度の死体は正視に堪えられるものではなかった。
頭部が粉砕されていた。わずかに下顎を残して。
(折原がここを通ったのかな。それにしてこの惨状、お好み焼きといったらいいのやら)
溜息をつくと佐祐理の背中を擦る留美。
「いずれ見る機会が増えるだろうから、免疫をつけるきっかけになるといい」
「今吐いちゃもったいないですよ」
留美自身、動揺を鎮めようと気休めにならない言葉をかけてしまう。
「大丈夫です。なんとか我慢できそうです……はあ、はあ……」
「このブヨブヨしたの、脳ミソよね。ナマで見れるなんて興奮するわ」
飛散した物質を留美は何気なく触っていた。
「勇気がありますね。佐祐理はとても触る気にはなれませんが」
「うぐぅ! あたしったら何ということを……きゃーっ!」
「七瀬は後方の警戒を頼む。ハハハ……」
滑稽とも微笑ましくもあり、柳川は苦笑した。


重なり合う二つの凄惨な遺体は、草壁優季と月宮あゆだった。
柳川は優季に被さるあゆを引き離した。
(顔面を散弾で殺られたか。傷さえなければハッとするような美少女だな)
身元が分かるものはないかと優季の身体をまさぐる。
興味深げに留美が覗き込む。
「美人ねぇ……って、どさくさに紛れて何してんのよっ」
「勘違いするな! 遺留品を調べている。お前は頭のないコの方を調べてくれ」
「わかったわよ。乙女たるものこれしきのこと──」
「乙女なら普通は倉田のような症状を起こすがな」
留美はぐうの音も出なかった。

佐祐理はどうにか気分を整えると死体に向き直る。
何か発見はないかと注目するうち、優季の着衣が姫百合珊瑚と同じであることに気づく。
「あのう、下の方の女の子ですけど、制服が珊瑚さんと同じ学校の方です」
「おう、よくぞ言ってくれた。彼女と再会したら身元がわかる可能性大だ」

付近を調べたものの、身元が分かるものはおろかデイバックさえも見当たらなかった。
柳川は二人の身体的特徴と遺留品、場所等をメモに記す。
「さっきの支給品とこの方達と何か関係ありそうな気がします」
「距離も近いことだし……でもなんでこんなところにねえ」
二人を尻目に柳川も考えてみたが、どうにも想像がつかなかった。
「埋めてやりたいところだが掘るものが無いし、埋葬中を襲われたら元も子もない」
「ミイラ取りがミイラになっちゃうようなものね」
「んー、なんか違うような気もするが、まあいいか」

変わり果てた二人に黙祷し、再び歩き始める。
カーブを曲がったあたりで、眼下に見える遥か遠くの氷川村の西端を眺める。
これからの苦境を予想し、佐祐理も留美も真剣な表情をしていた。
(氷川村も我々を平穏には迎えてはくれないだろう)
柳川は闘志も新たに拳を握り締めていた。




【時間:2日目14:45頃】
【場所:H−4北部】

柳川祐也
【所持品:イングラムM10(30/30)、イングラムの予備マガジン30発×8、日本刀、支給品一式(片方の食料と水残り2/3)×2、青い矢(麻酔薬)】
【状態:左肩と脇腹の治療は完了したが治りきってはいない、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、移動中】
【目的:まずは氷川村へ】

倉田佐祐理
【所持品1:舞と自分の支給品一式(片方の食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート】
【所持品3:拾った支給品一式】
【状態:移動中】
【目的:まずは氷川村へ】

七瀬留美
【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、日本刀、青い矢(麻酔薬)】
【所持品2:スタングレネード×1、何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(3人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】
【状態:移動中】
【目的:まずは氷川村へ。目的は冬弥を止めること。千鶴と出会えたら可能ならば説得する、人を殺す気、ゲームに乗る気は皆無】
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