すれ違う絆




切りつけられた左肩が焼けるように熱い。
そんなに深くはないようだが動かそうとすると軽く走る痛みに集中力がとぎれそうになる。
だがそんなことに気をかける暇などは今は全くなかった。
祐介の包丁が再び環に向かって振り下ろされる。
真正面から襲い来るそれを環は転がりながらすんでの所で交わすと、地面の土を掴み取り祐介に向かって投げ放った。
「くっ――!」
視界を奪われもがく祐介から距離を取るように跳ね起きると、チラリと辺りを見回す。
往人も麻亜子も綾香も、周辺にはいつの間にやら誰の姿も見られなかった。
別のところで交戦しているのだろうか、それとも様子を伺っているのか。
こんなところで足踏みを食らってる場合ではない、特に撃たれたあかりの安否が気がかりでしょうがなかった。
誰もいないなら好都合、と環はレミントンを握る手に力を込める。
殺すつもりは毛頭ない――幸い祐介の武器は包丁。威嚇用に……最悪でも足を狙って動きを封じれれば。
「――もうやめましょう? こんな殺し合いに何の意味があるっていうの!?」
依然殺意にみなぎらせた瞳で睨みつけている祐介に、環は声を荒げながら叫んでいた。


環の言葉は祐介の心をえぐるように響いていた。
この島に来てから自分がしてきたことは皆無に等しく、そしてそれらは本当に無意味なことばかり。
「意味……そうだね、そんなものは本当は誰にもないのかもしれない」
瑠璃子さんも、沙織ちゃんも、瑞穂ちゃんも、太田さんも、みんな死んでしまった。
僕は何もできずに。再会すらできず。知らないところで。
「そう思っているなら、やめましょう!? まだ後戻りだってできるじゃない!」
寂しげに曇る祐介の顔に説得の余地があると判断した環だったが、その声は祐介には届いてはいなかった。
「でも僕にはとっては――」
初音の顔と有紀寧の顔が交互に頭の中を交錯し――
「意味があることなんだよっ!」
ベネリM3を取り出し、銃口を環へと向ける。
弾は詰まってはいないのだが、それは環の動きを止めるのには十分な代物であった。
一瞬ひるんだ環の姿を見逃さず、祐介は全身をかがめ間合いを詰める様に地を駆けていた。


油断と、驚きと、そしてなにより撃つことに躊躇していた環の身体に祐介の身体が激しくぶつかり、そのまま押し倒す形で二人はもんどりうって地面に転がった。
「く、ぁっ――!」
衝撃に全身に痛みが走る環に対してそのまま馬乗りになると、レミントンを持ったままの環の右腕を押さえ込み祐介は再び包丁を抱え上げた。
暴れようともがいてみるものの、けだるい痛みに思うように身体に力が入らない。ここまでか――
ごめんタカ坊、私もうだめみたい。
ことみ、祐一、芽衣ちゃん、今からそっち行くね。
英二さん――あとはお願いします。
そして走馬灯のように浮かび出る顔の中に、最後に出てきたのは弟、雄二の顔だった。
雄二……なんであんなになっちゃったんだろうね。
私の躾が足りなかったのかしら。
もし生まれ変わるなら、またあなたの姉になってちゃんと躾け直してあげたいところだわ。
「恨みならあの世でいくらでも聞くから、だから――ごめんっ」
暗闇の中、祐介の叫び声が聞こえ現実へと戻される。環は覚悟を決めぎゅっと目を瞑った。


――ドスンと鈍い音が聞こえた気がした。
今から死んでいく自分には関係のないことだとは思い、大して気にも留めなかったのだが
うめき声と共に自分の身体にかかってきた重みに違和感を覚えた。
「――なっさけねえな」
そして耳に届いたのは聞きなれしんだ声。
ゆっくりと目を開けると、頭から血を流したままぐったりと自身の身体に覆いかぶさっている祐介の姿と
金属バットを抱え、自分らを見下ろす雄二の姿がそこにはあった。
「雄二……あなた」
ヨロヨロと上半身を起こし、予想もしなかった助けに環は驚きを隠せなかった。
元の雄二に戻ってくれたのかとそんな事も考え、思わず顔が綻んでいた。
だが現実は非常で――
「ったく、こんな奴に良いように遊ばれてるんじゃねーよ。姉貴を殺すのは俺なんだからな!」
ピクリともしない祐介の背中につばを吐きかけると、手から零れ落ちていたベネリM3を拾い上げるとニヤリと笑う。
弟の口から発せられた言葉に環は絶望すら感じながら、その歪んだ笑顔を見続けることしかできなかったのだった。




【時間:2日目15:20】
【場所:I−6】

向坂環
【所持品@:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、包丁、ロープ(少し太め)、支給品一式×2】
【所持品A:救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に痛み、左肩に包丁による切り傷】

長瀬祐介
【所持品1:包丁、100円ライター、折りたたみ傘、支給品一式】
【所持品2:懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、支給品一式】
【状態:生死は後続任せ、有紀寧への激しい憎悪、全身に痛み】

向坂雄二
【所持品:金属バット・ベネリM3(0/7)・支給品一式】
【状態:マーダー、精神異常。目的はゲームの優勝と環への報復。マルチの捜索は考えていない】
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