来栖川綾香の爆撃から逃れた朝霧麻亜子ことまーりゃんは向坂環と国崎往人が戦っているのを尻目に、ちゃっかり綾香の目に付かぬ別の家の塀まで避難してきていた。 ボウガンにきっちり矢を装填した後、どう展開するかを考える。 ぶっちゃけた話、武装面では往人にも環にも、綾香にも劣る。正面からの撃ち合いは殺してくれと言っているようなもの。唯一持っているデザートイーグル・50AEも弾は一発。 (はてさて、ここで究極の選択です。たまちゃんを助けるか、このまま逃げるか) 今の状況では環はまず殺されてしまうだろう。敵対関係とはいえ、何とかして助けてやりたい―― そう思ったところで、麻亜子はまた自分が感情に流されていることに気付いた。 (…馬鹿だね、あたしは) 環は確かに大切な人間だ。だが、だからと言って命を張ってまで守るような価値があるだろうか。ここで命を落としてはささらを、誰がどうやってあの日々に戻してやれるというのか。 そもそも、生き残れるのはたったの一人だ。ここで環が死んでも――それはやむを得ない事柄だ。 だが、あの来栖川綾香を放置しておくのはまずい。あんな奴に往人や環の武装を奪われようものなら手がつけられなくなる。黙って逃げるわけにはいかない。 (すまんねたまちゃん、アンタを使わせてもらうよ) 隙を見て、必殺の一撃を叩き込む。その狙いは―― 綾香が、全員を打ち倒して勝利の悦楽に浸っている時だ。 「くそっ…逃げるだけか、俺はっ!?」 国崎往人は動きを止めては迫ってくる、綾香のマイクロウージーの掃討から必死に走りまわっていた。 綾香の方を見る。祐介が再び乱入してきたのを見て足止めには十分と判断したのだろう、狙いは自分一本に絞っているようだった。 「チッ…あのまーりゃんとか言う奴はどこ行った!」 必死に周囲を見渡してみるものの、麻亜子の姿は見当たらない。逃げやがった、こんちくしょう。 「よそ見してる暇、あるの!?」 綾香が叫んだかと思えばまたまた土が飛び跳ねる音がして、自分に死をもたらす鉛弾が迫ってきていた。 当たる!――と思ったがどこにも痛みは無い。弾切れか!助かった! 「ち…悪運の強い…」 マガジンを取り替えようとするが、走っているせいか思うようにいかないようだった。その隙を、往人が見逃すはずが無い。 「遅いっ!」 反転してワルサーを向ける往人。綾香は飛び退こうとしたが、運動している体をそう急に動かせはしない。軽い銃声の元、9mmパラベラム弾が綾香の腹部、ど真ん中に命中した。 銃弾の衝撃が綾香を後ろに傾けさせ、やがてゆっくりと後ろに倒れる。ふぅ…と往人は軽く一呼吸を入れる。強敵だった。 手元のワルサーを見て苦笑いする。ここまで上手く当たってくれるとは。射撃の才能があるのか、火事場のクソ力か…まあ、そんなことはどうでもいい。勝ったのだ、自分は。 それより、早く環を援護に行かないと――そう思っていた矢先、往人はとんでもない光景を目にする。 「なっ、み、観鈴…?」 往人が逃げてきた方向は少し盛り上がった、いわゆる丘状の地形で低地の部分を見下ろすことも出来たのだが―― そこに、先程あかりを人質に取り祐介を差し向けた少女、宮沢有紀寧と一緒に歩いているのを見た。(もう一人、こっちは見知らぬ少女も一緒に歩いていた。多分有紀寧の仲間だろう) 何故ここに、という疑問も浮かばないではなかったがそれは容易に想像がついた。 「さっきの爆発か…!」 あんな奴と一緒にいたら命がいくつあっても足りない。助けに行かないと! 「すまん、環、もう少しだけ踏ん張ってくれ!」 往人は一人ごちると一気に斜面を駆け下りた。…その背後で、ゆっくりと起きあがる人間がいるとも気付かずに。 宮沢有紀寧は、銃声が少しづつ近づいていることにすぐに気付いた。誰かが、戦闘をしながらこちらに来ているのだ。 それが国崎往人であるなら、まだいい。だが、それ以外の――来栖川綾香、朝霧麻亜子など――人間が来るなら…最悪だ。武装が頼りなさ過ぎるし、運動能力も劣る。 どうも長瀬祐介と言う男は不幸を運んでくるらしい。 「まだ鉄砲の音が…環さん、あかりさん、大丈夫かなあ…」 「………」 隣には、黙ったままの初音と、不安げな観鈴。初音が黙ったままなのを見て、有紀寧が言葉をかける。 「大丈夫ですよ、その方達なら散開して逃げて行きましたから…今の銃声はきっと、殺人鬼が互いに戦っている音だと思います」 「ホント?なら、いいけど…」 そうは言う観鈴だが、初音を見ると、ばつが悪そうに目を反らした。有紀寧は内心歯噛みする。 (不安を煽っていますね…逃がすつもりですか、初音さん) 祐介と違い、こちらにはまだ利用価値がある。しかも撃ち殺そうものなら観鈴を取り逃がす恐れもある。 ならば観鈴にリモコンを使えばいいのだが…残り二回。この二回は、起動用と爆破用に取っておきたかった。国崎往人がガタイの良さそうな男だとは言えここで一か八かの勝負に出るわけにはいかない。 我慢。今はとにかくここを離れるのが先決… 「観鈴うぅーーーーっ!!!」 「ゆ…往人さん?往人さんっ!」 まさか。弾かれるように声のした方を見やる。そこには血相を抱えた往人が、転がるようにして駆け下りてきていた。 (国崎さん…まさか本当に来てくれるとは思いませんでしたよ…それも単独で) やはり、幸運の女神は自分についていたようだ。にやりと口元を歪める有紀寧。 「往人さんっ、大丈夫?けがは…」 観鈴が叫ぶのを遮って、往人が叫んだ。 「そいつから今すぐ離れろっ!そいつはゲームに乗っているっ!」 「え?」 疑問の声を上げたときには、観鈴は有紀寧に首根っこを掴まれてコルトバイソンを押し当てられていた。 「くそっ!貴様っ、観鈴を放せ!」 「そうはいきませんよ、大切な人柱なんですから。…初音さん、無駄でしたね、せっかくの警告も」 背後の初音が悔しそうに歯噛みする。それを見て、往人が問いかける。 「警告?お前ら仲間じゃなかったのか」 「ええ、仲間ですよ。それはもう、地獄までの。それより、わたしがこうしている理由…言わなくても分かりますよね?無駄に時間を稼ごうなどとは考えないほうがいいですよ? 選択肢は二つに一つ。戻ってまだ戦っている全員を殺してくるか、この神尾観鈴さんの頭がポップコーンみたいに弾けるのを見るか。 観鈴さんを見殺しにしてわたしを殺しても構いませんが…その場合、この横にいる初音さんも死ぬことになりますがね」 観鈴を放せ、と言った瞬間からワルサーを向けてはいるが明らかに不利なのは往人だ。おまけに、仮に有紀寧だけを上手く殺せたとしてもその横の少女、初音も死ぬという。往人にとっては赤の他人、どうでもいい存在なのだが―― 観鈴が、それを許しはしないだろう。他人を見捨てて、自分だけ助かるというのを。 「くそっ…分かった、言う通りにする。だから、観鈴だけは…」 情けない台詞だと思うがこの場はこうやって切り抜けるしかない。反撃のチャンスを待たないと… だが、その考えを遮るかのように観鈴が言う。 「ダメ!往人さん、この人のいいなりになっちゃダメ!わたしはいいから…むぐっ!」 有紀寧が、観鈴の口を塞ぐ。 「お喋りが過ぎます。それとも国崎さんからポップコーンにしてあげましょうか」 その言葉を聞いた観鈴の顔が青ざめる。…ふん、この子も柏木家の人間と同じだ。 「行くなら早くしてきてもらいたいものですね。わたしは気の長い人間じゃな――」 台詞の途中。有紀寧は背後からある人間が駆け下りてきていることに気付いた。 (さっき、わたしの邪魔をした人!?) 間違いなくあの女は「乗って」いる。国崎往人め、冷淡な顔をしているが…詰めが甘い!とどめを刺し損ねたか! その女、来栖川綾香はマシンガンを構えていた。あれだ、さっきの掃射音は。 今有紀寧達はダンゴ状態になっているも同然。このままでは皆蜂の巣になる! 幸い、まだ綾香は比較的遠く、綾香側を向いている三人でも気付いたのはわたしだけのようだ。 (く…口惜しいが仕方ないですね) 「気が変わりました。観鈴さんはお返しします」 自分の命が最優先だ。このまま皆で死ぬ義理はない。 有紀寧は往人の方向へ観鈴を思いきり突き飛ばし、自らは初音の手を引いて真反対の方向へ駆け出した。そして、一つの捨て台詞を残して。 「――精々、仲良く死んで下さい」 一方の往人は、絶対的に有利だったはずの状況をあっさり放棄して逃げ出していることに不信感を覚えた。何か、あるのか? 「待てお前…!く…」 撃っても、往人の腕では当たるかどうか怪しい。それより観鈴だ。 「観鈴っ、お前診療所で待ってろって何度も…」 だが、その怒りさえ含んだ声を観鈴の泣き声が打ち消す。 「往人さん、往人さぁん…無事で、無事でよかった…心配したんだよ、行っちゃったほうから鉄砲の音がしたから…もしかしたら、大怪我をしてるんじゃないかって…でも、よかった、また会えたから」 「………」 一気に、怒気は失せていた。その声だけで、表情だけで、置いていかれ、不安に駆られた観鈴の気持ちが、よく分かる。 「…あの子、乗ってるって…ホント?」 「…ああ、一度交戦した」 「…じゃあ、往人さんが怪我をしてる、っていうのは?」 「そりゃウソだ。俺はこの通りピンピンしてるぞ。きっと、観鈴を騙してどこかへ連れて行って人質にでもしようかと思ったんだろ」 「そんな…あの人、いい人そうだったのに…」 泣き顔のまま、落ち込んだ表情をする観鈴。こういうとき、どう言えばいいのかわからない。 「取り敢えずここを離れるぞ。俺はまた環の援護をしなきゃいけない。観鈴は安全な場所へ――」 だから、その言葉への返答を今は避けて、まずは二人で移動しようと思い後ろへ振り向いたところに… 「標的が二人減ったけど…まあいいわ。あんたらだけでも死になさい」 先程、殺したはずの来栖川綾香がウージーの銃口を向けて往人と観鈴を狙っていた。 ――冗談だろ? それは、観鈴を抱えて逃げるにはあまりにも銃口と近過ぎる距離。どうして綾香が生きているのか、とかそういうのはもう、どうでもよかった。往人がすることはただ一つ。 「観鈴っ、逃げ」 言うと同時に有紀寧と同じように突き飛ばした瞬間、いくつもの銃弾が往人の体を貫いていく感触がした。 しりもちをついた観鈴が目を見開いたのを見ながら、国崎往人はあっけなく、死んだ。 だが、不幸中の幸いか観鈴には一発も銃弾は命中していなかった。 「ゆ…ゆきと、さん、往人さぁぁぁんっ!」 血溜まりで草が赤く染まっていくのを、ようやく動けるようになった観鈴が必死に止めようとする。 「ゆきとさん、しっかりして、ゆきとさん、ゆきとさんが死んじゃったらわたし、わたし、もう笑えないよ、生きていけないよ!」 狂乱、そうともとれるくらい必死に、そして機械仕掛けのように観鈴が往人を揺り動かす。 それを見ていた綾香は、向けかけた銃口を放して観鈴に言った。 「大切な人を殺されて、悔しい?」 言われた観鈴が、キッ、と綾香の方を振り向いた。その表情には憎しみが現れている。 「どうして…どうして往人さんを…殺したの?」 綾香はまたこの手の質問か、と笑いながら答える。 「コレに乗ったからに決まってるじゃない。で、悔しい?憎い?どうなの、観鈴さんとやら」 綾香の挑発に、観鈴はワルサーを取って答えた。 「…ゆるさ、ない」 しかし、いくら憎しみに駆られていてもまだ撃てないのか観鈴の手はただ震えるばかり。それを鼻で笑いながら、綾香は背を向ける。 「ならいいわ。悔しいなら…憎いなら…いつでも相手になったげるわ。そのときは思う存分」 「殺し合いをしましょ」 これだけ挑発しても、銃弾は飛んでこない。もう一度綾香はせせら笑った。そして一気に、最初にいた場所へと走り出した。 後に残されたのは、虚空へ拳銃を向けている観鈴の姿だけだった。 【時間:2日目・15:30】 【場所:I-7北部】 朝霧麻亜子 【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン、サバイバルナイフ、投げナイフ、バタフライナイフ】 【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】 【状態:マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、全身に痛み】 【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除、最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】 国崎往人 【所持品:ラーメンセット(レトルト)、化粧品ポーチ、支給品一式(食料のみ2人分)】 【状態:死亡】 来栖川綾香 【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(25/30)・予備カートリッジ(30発入×2)】 【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き)】 【状態@:右腕と肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)】 【状態A:まーりゃんとささら、さらに彼女達と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う】 宮沢有紀寧 【所持品@:コルトバイソン(4/6)、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(2/6)】 【所持品A:ノートパソコン、包丁、ゴルフクラブ、支給品一式】 【状態:離脱、前腕軽傷(治療済み)】 柏木初音 【所持品:鋸、支給品一式】 【状態:首輪爆破まであと17:15(本人は40:45後だと思っている)、有紀寧に同行(本意では無い)】 神尾観鈴 【持ち物:ワルサーP5(2/8)、フラッシュメモリ、紙人形、支給品一式】 【状態:綾香に対して非常に憎しみを抱いている、脇腹を撃たれ重症(治療済み)】 - BACK