Crisis




目前の敵を睨みつけ、猛然とワルサーP5を引き抜いたのは、国崎往人と呼ばれる男である。
銀色の髪はこの戦場においてなお美しく、身に纏った黒い服との対比がそれを一層際立たせていた。
もう躊躇は無い。今の彼にあるのは、目の前の敵を、来栖川綾香を屠る意思だけである。
往人の明確な殺意を受けて、綾香がにやりと笑った。まるで、この場の緊張感すらも楽しんでいるかのように。
「何度も言う気はないから、一度だけ忠告してあげる。今の私の標的はまーりゃんと環であって、あんたじゃない。
邪魔をしないって言うんなら、見逃してやっても良いけど?」
それは明らかに、最後通牒だった。これを断れば、綾香の手にしたマシンガンが、容赦無く往人にも牙を剥くだろう。
だが――守るべき仲間の存在、それに地に倒れ伏せているあかりの無念。危険を顧みてなどいられない。
「断る。俺は仲間を撃った敵を――お前を、許すつもりはない」
往人は綾香を見据えたまま、断言した。腕を上げ、ワルサーP5の銃口を綾香へと突きつける。
応えて、綾香はマシンガンを深く構え直した。
「――そう。ならあんたも殺してあげる。その反吐が出るお仲間意識も……全部!粉々に砕いてやる!」
それまでの冷静だった態度から一変し、綾香は感情を剥きだしにして、叫んだ。

――それが戦闘開始の合図となった。
往人が横へ跳ねた直後には、それまで往人がいた場所を銃弾が貫いていた。
相手の武器がただの拳銃なら、これで難は逃れた事になるのだが――生憎、今往人を狙っているのはマシンガンだ。
弾丸の群れが、往人が動いた軌跡を辿って迫ってくる。その攻撃から逃れるには、相手の連射を遮るしかない。
往人は綾香に向けて、ワルサーP5の引き金を引いた。
しかし往人が銃を扱うのは今回が初めてだ。移動しながらでは、狙い通りの場所を撃ち抜く事は叶わない。
綾香は掃射を再開し、連続した銃弾が往人を捉えそうになる。
「やらせないっ!」
声が聞こえるとほぼ同時に綾香がさっと身を引き、遅れて別の銃声が聞こえた。
綾香のすぐ目の前で、地面に生えた雑草が千切れ飛ぶ。往人が視線を移すと、環が綾香にレミントンの銃口を向けて、立っていた。
往人が銃を構え直すより早く、綾香が環を射抜こうとし――またも、綾香は後ろに跳躍した。
「甘いぞぅ、あやりゃん。あたしの目が黒いうちは、たまちゃんには指一本触れさせないよっ!」
麻亜子が、これまでの時間で矢を装填したのであろう、ボーガンを構えている。
唸りを上げる矢が放たれたが、それは綾香を損傷せしめる事が出来ず、ただ空気を裂くに留まった。



辺り一帯に銃声が響く。暴力の嵐が吹き乱れる。
銃弾、ライフル弾、そしてボーガンの矢。綾香が攻撃体勢を取ろうとすると、それを遮るように攻撃が放たれる。
「くっ……雑魚共が群れて調子に乗ってんじゃないわよっ!」
綾香は忌々しげに吐き捨てた。その言葉通り、先程から往人ら三人が綾香一人を攻撃する構図が続いている。
往人達と麻亜子が、示し合わせた訳ではない。麻亜子がゲームに乗っている事は、今この時もなんら変わりは無い。
しかし麻亜子にとって、自分とその知り合いを優先的に狙う綾香の存在は、危険極まりないものである。
また、往人と環は、あかりを撃った綾香を許す事など出来ない。必然的に、三人の攻撃目標は綾香一人に絞られていた。
かつてない勢いで撃ち込まれる連撃を前に、綾香が後退する。
それを好機と取ったか。

環が地面を蹴り、疾風の如き勢いで綾香との間合いを詰める――!
今までよりも遥かに近い距離で繰り出される、レミントンの銃撃。
ライフル弾によるそれは、防弾チョッキの上からでも、致命傷を与えうるだけの貫通力を有している。
環は防弾チョッキの存在など知らないのだが、ともかく命中すれば一撃で綾香を仕留める事が出来る。
「チイ――――!」
咄嗟に身を捻った綾香の真横の空気を、ライフル弾が切り裂いてゆく。
今度は逆に、環の方が致命傷を受けかねない状況だ。シャワーのようなマシンガンの攻撃を、近距離で避ける事は不可能に近い。
往人が、綾香から攻撃の時間を奪うべくワルサーP5を放つ。綾香はしなやかな動きで、その銃撃も回避してゆく。

――強力な重火器に、防弾チョッキ。異能を持たぬ人間の中では、男女の分け隔てなく上位に入る身体能力。
加えて平瀬村の大乱戦で、柳川祐也との死闘で得た、豊富な殺し合いの経験。
今の綾香は、ゲーム参加者の中でも特に優れた戦闘力を誇っている。
だが往人達もまた、一般人としては充分に強力な部類である。
そんな人間を三人同時に相手にしては、正面からでは反撃もままならない。
不利を悟った綾香が、攻撃を捨てて回避に徹し、後退を続けてゆく。
そのまま綾香は後ろにあった民家の塀を飛び越え、それを盾にするように身を隠した。

「逃がすかっ!」
間髪入れず、往人がその後を追おうとした。銃を構えて前へ走る。
「国崎さん、下がって!」
そんな往人を制しながら、環がレミントンを撃った。放たれたライフル弾が命中し、塀の一部が破損する。
何故この有利な状況で後退を促がすのか――往人にはその意味を図りかねたが、すぐに思い知る事になる。
綾香が塀の向こうから顔を出し、すぐに引っ込めた。その直後にマシンガンを持った手が現れる。
遅れてマシンガンから銃声が鳴り響く。幾多の銃弾の内の一つが掠り、往人はちりっと頬の表面に熱を感じた。
綾香は、遮蔽物を防御に利用する事で、自分が攻撃する時間を作ったのだ。
この瞬間、攻守の立場が逆転した。このまま自分達だけ身を隠さずに戦えば、全滅は必至だ。
「こっちです!」
言われて、往人は環に追従し、近くにある農耕用の大型トラクターの陰に飛び込んだ。
既に麻亜子はそこに隠れており、ボーガンに矢を装填しようとしている。
「国崎さん、苛立つのは分かりますが落ち着いてください」
環が静かな声色で諌めてくる。それは些か冷静に過ぎるように思えた。
往人は反論しようとしたが――環の握り締められた拳から滴る血に気付いた。
そうだ、環とて悔しくない訳が無い。それでもここでやるべき事は、感情に任せて犬死にする事では無い筈だ。
「そうだな……すまん」
だから、往人は大人しく自分の非を認めた。
あくまで冷静に――あの女を、来栖川綾香を倒す。

「しかし、どうする?」
銃の残弾を確かめてから、往人が尋ねる。
往人のワルサーP5の残弾は5発、余裕があるとは言い難い。麻亜子のボーガンにも、この状況では期待出来ない。
綾香の隠れている民家とは60メートル以上離れている。それを弓で撃ち抜くのは、神技に等しい芸当だろう。
それに麻亜子が、いつ自分を攻撃してくるかも分からない。往人と麻亜子は、敵同士なのだから。
「私の銃は元々、狙撃用のライフルの筈です。これを使って綾香が攻撃する瞬間を狙いましょう」
環が、銃に弾を詰めながら答える。往人には、環の提案した作戦が正しいように思えた。
相手も訓練を積んだ軍人という訳ではあるまい。
遠距離の戦闘に限って言えば、命中精度に優れるライフルを有するこちらの方が有利だ。

だがそんな二人の目論見を打ち消すかのように、麻亜子が言った。
「――まずいぞ」
「何がだ?」
「あやりゃんがここに来た時、最初に何が起こったかね?」
言われて往人は、思考を巡らした。綾香が来た時最初に生じた事態。
あかりが撃たれるより、更に前に起こったことだ。有紀寧と麻亜子と、牽制し合っていた時に、膠着を打ち破ったもの。
それは――
往人が答えに達するとほぼ同時に、環も同じ結論を得た。
「く、っ――――――――!」
走りこんで勢いをつけ、考えるより早く跳ぶ。他の事に気をやる余裕は無い。
とにかく全力で、力の限り、地面に滑り込むつもりで、三人は真横へ跳躍する。
そして――それまで三人が隠れていたトラクターは、綾香のレーザー式誘導装置によるミサイルを受け、粉々に爆散した。

早めに回避行動に移ったことが幸いした。
再び轟音と爆風に襲われた往人だったが、今度は少し距離があって吹き飛ばされずに済んだ。
しかし綾香も、避けられる事くらいは予想しているだろう。このまま態勢を立て直そうとすれば、あかりの時の二の舞だ。
まだ硝煙が邪魔で視界がはっきりとしないが、それでも往人は綾香が隠れていた方向に向け、銃を放つ。
煙が目隠しになるのは自分達にとっても同じ――銃声で場所を特定されぬよう、往人は少し移動してから、また狙撃した。
往人の行動が功を為したのか、綾香のマシンガンの音が響き渡る事は無い。

しかし――今日の往人はとことん天に見放されているようで。
「あぐっ!」
聞こえてきた悲鳴の方へ目を向けると、環が血が流れ出る左肩を抑えている。
いつの間にか、逃亡した筈の男――長瀬祐介が、包丁片手に戻ってきていた。
「くそっ、こんな時に!」
往人は環を援護しようと考えたが、それを実行する事は無かった。
何故なら、綾香が塀を乗り越えて、マシンガンを撃とうしているのが見えたから。
素早く移動して、連射された銃弾の軌道から逃れる。その最中に、往人は思った。
(……絶体絶命、ってヤツだな)




【時間:2日目・15:15】
【場所:I−6】

朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン、サバイバルナイフ、投げナイフ、バタフライナイフ】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【状態:マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、全身に痛み】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除、最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】

国崎往人
【所持品:ワルサーP5(3/8)、ラーメンセット(レトルト)、化粧品ポーチ、支給品一式(食料のみ2人分)】
【状態:目的は綾香の殺害と仲間を守る事、全身に痛み】

神岸あかり
【所持品:水と食料以外の支給品一式】
【状態:瀕死、月島拓也の学ラン着用。打撲】

向坂環
【所持品@:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、包丁、ロープ(少し太め)、支給品一式×2】
【所持品A:救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に痛み、左肩に包丁による切り傷】

長瀬祐介
【所持品1:包丁、ベネリM3(0/7)、100円ライター、折りたたみ傘、支給品一式】
【所持品2:懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、支給品一式】
【状態:環に攻撃中、有紀寧への激しい憎悪、全身に痛み】

来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(27/30)・予備カートリッジ(30発入×3)】
【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き)】
【状態@:右腕と肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)】
【状態A:まーりゃんとささら、さらに彼女達と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う】
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