「何だ…今の爆発音は…!」 銃声が聞こえたかと思えば、今度は爆発。それも往人達が向かった方向から、だ。 「…間違いない、戦闘ね、これは」 動けない者の介護をしていたリサが、爪をガリッ、と噛んだ。 本当なら今すぐにでも飛び出したいリサであったが、環の『これ以上人数を割いたら守りが薄くなる』という言葉があったので、動くわけにはいかなかったのだ。英二も同じだった。 「そんな…じゃ、まさか…往人さん!」 だが、観鈴は違っていた。焦燥したような顔つきになって、今すぐにでも診療所を出て往人達を追おうとしていた。 しかしその手を掴んで観鈴の行動を制止する者がいた。観鈴の父親――橘敬介だった。 「駄目だ、観鈴。今重症の観鈴が飛び出してもどうにもならない。待つんだ」 敬介の言葉はしごく真っ当で、理に敵った言葉だった。けれども、さらに大切な人を失ってしまうのではないかと恐慌状態になりかけている観鈴にとっては、それは冷たい、往人を見殺しにするような言葉にしか聞こえなかった。 「どうして…?どうしてそんなこと言うの…?往人さんが、死んじゃうかもしれないんだよ!?」 その言葉で、観鈴の状態がただならないものであると瞬時に悟ったリサが観鈴を諭そうとする。 「落ちついて、観鈴。気持ちは分か…」 「分かってないよ!」 普段の彼女からは考えられないような、激昂した声。 「お母さんもいなくなって、祐一さんもいなくなって…もうこれ以上ひとが死んでいくのはもう嫌だよ!お父さんも何も分かってない!英二さんも、みんなも…何も分かってないよ!」 これまで観鈴が正気を保ってこれたのも、往人がいたからこそ。往人が生きているという事実があったからこそ成り立っていたものであった。 それを理解できずに、いや分かっていたのであろうが、それを分かっていてなお出ていったのは。 ――往人の、失策と言うほか無い。 敬介の手を無理矢理振り解くと、重症とは思えないほどの脚力で診療所を飛び出した。 「しまった…!」 すぐにでも追おうとする敬介だがこれまでの無茶が祟り、傷口が痛んで動けなかった。 それを見て、代わりに動いたのは英二だった。 「く…すまない、リサ君、ここを頼む!僕が観鈴君の援護をする!」 「待って、代わりに私が…!」 「いや、連れ戻すだけだ!大丈夫、すぐに戻ってくるさ。それよりもここの守りが薄くなる方が危険だ。重病人を放っておくわけにはいかないだろう?」 いつものような、苦笑まじりの笑みを浮かべる英二。そして、言うだけ言うと最低限の武器だけ持って出ていってしまった。 残されたのは、悔しさで一杯の敬介と、再び爪を噛むリサ、そして未だ事を知らない、休息を取っている重病人達だった。 「くそっ…父親なのに、情けない」 敬介の歯軋りに、リサは返す言葉がなかった。 * * * 「あぁ?何だぁ今のでけー音は」 天野美汐を犯し、殺した後、まだ近辺に潜んでいるだろうと環を探していた雄二が、ひどい爆音に目をしかめる。 「ははあ…姉貴だな」 何の根拠も無かったが、自信たっぷりに雄二は呟くとすぐさまその方向へ駆け出した。 マルチがいつまで経っても戻ってこない。それから察するに返り討ちにされたのであろう。まあ別に生き返らせれば問題無いのであるが…彼女は唯一無二の下僕だっただけに恨みもないではない。 恐らく返り討ちにした奴らと一緒にいるだろうから、弔い合戦も兼ねて叩き潰してやろう。 「姉貴だけは…この雄二様が何が何でもブッ潰してやる。覚悟しとけよ…泣いて、叫んで、命乞いをさせながら殺してやるからなァ、ハハハ、ヒャハハッ!」 まるで疲れを知らないかのごとく意気揚々と、雄二は爆発音の方向へ一直線に駆け出した。 * * * 先程の爆発の後、待機していた初音を連れてさっさと逃げてきた『宮沢有紀寧主催・殺人ツアー御一行様』は戦闘の中心地から少し離れた森林地帯で身を潜めていた。 予想外の乱入があったことは意外だったが、ゲームに乗っている人間であることは間違い無いだろうから放っておいても死人は出る。わざわざ自分が危険な一線に立つ必要はない。 (ですが…乗っているのが二人では殺れるのはせいぜい1、2人、しかも相打ちでやっと、というところでしょうかね…) 有紀寧としては、まだ人数が残っている状態でマーダーを減らされるのはいただけない。もう少し、掻き回してやるか…祐介も、もう潮時だ。 先程の戦闘では明らかに手を抜いていた。あわよくば自分に目を向けさせて第三者に自分を撃破してもらおうという心積もりだったのだろう。 (実際は本気で往人を殺そうとしており、決して手を抜いていたわけではない。有紀寧にはそう見えたのだ) 間違いなく、反逆する。それも、近いうちに。 ならば、その目はすぐにでも刈り取る。 「何とか逃げてきましたけど…ひょっとしたら追っ手がいるかもしれませんね。長瀬さん、あなた、さっきのところに戻ってもう少し足止めしてくれませんか?」 有紀寧の言葉の真意に、祐介はすぐに気付いた。捨て駒にしようとしている! 「なっ…僕に死んでこいって言うのか?包丁しか持ってないんだぞ」 無駄だとは分かっているが、一応の反論を試みる。少しでも時間を稼いで、誰かが追ってきてくれれば。そう期待していたのもあった。 「あら、今は乱戦じゃないですか。相手が組み合っている隙を狙うなり何なりして漁夫の利を取ればいいんですよ。それとも何か――初音さんが死んでもよろしいと?」 言っている間にもリモコンが初音に向けられる。 くそっ――まだ、賭けに出るには早過ぎる!まだ、まだ死ねない! 「くっ…分かったよ、お望み通りに」 包丁を再び握り直し、祐介は反転して元いた場所へ向かい始めた。 「祐介お兄ちゃん!行っちゃダメ!」 初音が制止をかけようとするが、すぐに有紀寧に口を塞がれる。 「立場をいい加減理解してください。あなたはカードなんですよ。交渉のカード」 最も、最高の切り札はこのリモコンなんですがね、と付け加えて。 さて、地獄の血みどろ湯巡りツアー…何ヶ所回れるでしょうかね、長瀬さんは? 様々な人間の思惑を抱えて…絶望の宴が、今始まる。 【時間:2日目・15:05】 【場所:I−6】 宮沢有紀寧 【所持品@:コルトバイソン(4/6)、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(2/6)】 【所持品A:ノートパソコン、包丁、ゴルフクラブ、支給品一式】 【状態:離脱しつつ初音と逃げる、前腕軽傷(治療済み)】 柏木初音 【所持品:鋸、支給品一式】 【状態:首輪爆破まであと17:40(本人は41:40後だと思っている)、有紀寧に同行(本意では無い)】 長瀬祐介 【所持品1:包丁、ベネリM3(0/7)、100円ライター、折りたたみ傘、支給品一式】 【所持品2:懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、支給品一式】 【状態:再び戦闘の中心部へ向かう、有紀寧への激しい憎悪、腹部に痛み、有紀寧の護衛(本意では無い)】 向坂雄二 【所持品:金属バット・支給品一式】 【状態:マーダー、精神異常。目的はゲームの優勝と環への報復。マルチを殺された復讐】 神尾観鈴 【持ち物:フラッシュメモリ、紙人形、支給品一式】 【状態:精神が恐慌、脇腹を撃たれ重症(治療済み)、往人を追う(ただし速度はそんなに速くない)】 橘敬介 【所持品:支給品一式、花火セットの入った敬介の支給品は美汐の家に】 【状態:左肩重傷(腕は上がらない)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て治療済み)】 リサ=ヴィクセン 【所持品:鉄芯入りウッドトンファー、支給品一式×2、M4カービン(残弾30、予備マガジン×4)、携帯電話(GPS付き)、ツールセット】 【状態:健康、診療所を守る】 緒方英二 【持ち物:H&K VP70(残弾数0)、ダイナマイト×4、ベレッタM92(6/15)・予備弾倉(15発×2個)・支給品一式×2】 【状態:健康、観鈴を追う】 - BACK