「神岸!」 「あかり!」 往人も環も、新たな乱入者、そして捕まっているあかりに気付き驚愕していた。 「有紀寧、お前まさか……」 祐介すらも、有紀寧が乱入してくるとは予想していなかったので、思わず尋ねてしまう。 「ええ、この方を人質に取っているんですよ。本来なら私は出るつもりは無かったのですが、貴方があまりにも無能なせいですよ?」 有紀寧は祐介を罵倒しながらも、余裕の笑みを保っている。全ては自分の掌中にある、と言わんばかりの笑みを。 往人はその二人のやり取りを見て、いわゆる『グル』である事を読み取った。 「お前ら、仲間なのか?」 「仲間?こんな馬鹿な人と一緒にされても困りますが……まあ、どうでも良い事です。早く武器を手放してください」 話を続ける事で時間を稼いで、その間に何か突破口が得られればと往人は思っていたのだが、それも許されない。 「――武器を手放せば、私達の命は保障してくれるんでしょうね?」 「ええ、私は生き残りたいだけですから。武器が手に入ればそれで構いません」 その言を信用して良いものか――きっと、信憑性は薄いだろう。 それでも武器を手放さなければ、確実にあかりが殺される。 全滅の危険性を冒してでもあかりを助けるべきか、それとも一人を犠牲にして敵を倒すべきか。 常識的に考えれば後者なのだろうが、環と往人にはあかりを見捨てる事など出来なかった。 「……く」 悔しそうに武器を手放そうとする往人と環。だが――彼らとは逆の行動を取る人物がいた。 「あたしは騙されないよ」 「ま、まーりゃん先輩!?」 環が驚愕で目を見開く。麻亜子が銃口を、有紀寧の方へと向けていたのだ。 「本当に生き残ろうと思ってるのなら、ここで敵を見逃したりしない。もしあたしが人質を取ってる立場なら、相手が武器を手放した瞬間ズガン!だね」 「――!」 その指摘に、それまで余裕の表情を崩さなかった有紀寧の眉が、ほんの少しだが、確かに動いた。 「第一あたしは、その人質の子も殺そうとしてたんだ。人質君ごと、君にも消えてもらおうじゃあないか」 そう、あかりが殺されても麻亜子にとっては、敵が一人減るだけだ。麻亜子は、躊躇する事無くトリガーを引こうとする。 有紀寧の体の大部分はあかりの体に隠れている形だが、デザートイーグルの一撃なら、文字通り『人質ごと』有紀寧を攻撃出来るだろう。 だが有紀寧の顔からは、まだ笑みが消えていなかった。 「――待て」 あかりが麻亜子にとってただの敵であると同時に――麻亜子も、往人にとってはただの敵に過ぎない。 往人は再び銃を構え、麻亜子に狙いをつけていた。 「そんな事をすれば、その瞬間俺がお前を撃つ」 「君はあたしの話を聞いてなかったのかい?あの女の言う通りにしたら――全員殺されるだけだよ」 麻亜子の言い分は当然の事だ。武器を持っていない状態の敵を見逃すメリットなど、何処にもありはしないのだから。 「国崎さん!私の事なら大丈夫ですから……私に構わずに戦ってください!」 あかりは、自分のせいで皆が殺されそうな事に耐えられなかった。保身を完全に捨て、震えながらも必死に訴える。 「――五月蝿い。俺は仲間を見殺しになんて、しない」 「……」 往人は、とても厳しい声で言い放った。 有紀寧は人質を堅持しており、麻亜子は有紀寧へ、往人は麻亜子へ銃口を向けている。 傍目には均衡しているように見えるこの状況だが、実はこれは三竦みでも何でもない状態だった。 「――国崎さん、でしたっけ?早くその方を撃ってください。今銃を撃てるのは、あなただけですから」 麻亜子はあかりを撃てば、その直後に自身も往人に撃たれるだろう。 有紀寧は人質を殺せば、往人と麻亜子の双方に撃たれるだろう。 だが、往人は麻亜子を撃ったところで誰にも反撃されはしない、故に一方的に攻撃出来る状態にある。 そして人質の命を優先してる以上、往人の行動の決定権は有紀寧に握られている。 有紀寧の圧倒的優位は未だ崩れていないのだ。 「ほら、急がないとこの方がどうなっても知りませんよ。殺しはしませんが、祐介さんに命令して指を一、二本切り落としても良いんですよ?」 「ぐっ……!」 平然と恐ろしい事を言ってくる。そして有紀寧なら、実際にそのくらいやってのけるだろう。 今本当に倒さないといけないのは麻亜子で無く有紀寧だが――撃つしかない。 「国崎さん、待ってください!」 「環……すまん」 環の制止を振り切って、往人が引き金にかけた指に力を入れようとする。 有紀寧は、勝利を確信していた。 (こんなかよわい女の子から狙うなんて、鬼かっての!でも……まだ、チャンスはあるね) 麻亜子は冷静に、往人の――銃口の向きを確認していた。 読み違いが無ければ、銃弾は自分の腹のあたりに命中する筈だ。 そして長森瑞佳の鞄に入っていた説明書が誤りで無ければ、今自分が着ている服には防弾性がある。 なら敢えてこのまま撃たれ死んだ振りをして、周りの注意が外れた隙に動けば良い。 麻亜子もまた、充分な勝算を持っていた。 しかし――二人の計算は完全に外れる事になる。 「――ッ!?」 驚きの声を発している暇など、無かった。 往人は見た、突然辺りを光が埋め尽くすのを。 そして、戦争の現場か何かのように――爆発が起こった。 爆発の中心部は少し離れた所だったので、一瞬で命を奪われるようなものでは無かった。 しかしそれでも、民家の一軒程度なら容易に全壊させれるであろう規模の爆発は、近くにいる者全てを容赦無く蹂躙していく。 往人は吹き荒れる熱風に吹き飛ばされ、地面を派手に転がった。 凄まじい轟音で右耳の鼓膜が痺れていた。体の節々が痛み、視界の大部分もドス黒い硝煙によって覆われている。 何が起こったのかよく分からなかったが、今すぐに動かなければヤバイ、という事だけは勘で分かった。 まずは、取り落としてしまった銃を探す。幸運にもそれは足元に落ちていたので、すぐに見つかった。 「神岸っ、環っ、何処だ!返事をしろ!」 煙が邪魔で周りを確認出来ないので、往人は叫んだ。仲間の無事を確認する為に。 「国崎さん!」 「私は大丈夫です!」 すると二人ともまだ姿は見えないが、声が返ってきた。往人は思わずほっと、一息ついた。 それから次第に黒煙が薄らいできて、視界が戻ってきた。 まず最初に往人の視界に入ったのは、走り去る有紀寧と祐介の後姿だった。 その背中を狙う事も可能だったが、往人はそれよりも仲間の姿を探した。 次に近くで立ちあがろうとしている環と、麻亜子の姿が目に入った。 最後に、こちらに走り寄ってくるあかりの姿が目に入り――往人の耳は、連続した銃声を捉えた。 (おい……冗談だろ?) 往人は目の前で起こった光景が信じられなかった。 スローモーションを見てるかのように、周りの動きがゆっくりに感じられた。 銃声が聞こえたかと思うと次の瞬間にはもう、あかりの体から血が舞っていた。 交通事故のように、あかりが弾き飛ばされる。 そして、あかりは力無く倒れ―― 「神岸ーーーっ!!」 往人はあかりのもとへと、走った。自分達を襲った者の正体を確かめるのも後回しにし、とにかく駆けた。 だから次に狙われているのが、自分だという事にも気付かなかった。 「国崎さん、駄目っ!」 次の瞬間には、往人の視界は反転していた。環が往人を抱えて、地面を滑る形で跳んでいたのだ。 ほぼ同時にまた銃声が鳴り響き、往人達の頭上を殺意の群れが通過していた。 「へぇ……今のは殺すつもりで撃ったのに、やるじゃない」 環が立ち上がり、聞こえてきた声の方を向くと、ようやく襲撃者の全貌が明らかになった。 民家の影から現れたその顔は―― 「――綾香?」 それは環が、この島で最初に友好的な会話を交わした人物だった。 そう、彼女はゲームに乗っていなかった。それどころか、戦闘中だった自分を止めてくれた。 最初に浮かび上がってくるのは、疑問、そして強い非難の念だった。 「……どういうつもり?」 すると綾香は、からかうように、手をひらひらと振った。 「あんた馬鹿?見たら分かるでしょ。私は島のルール通りに、殺し合いをしてるだけよ」 「どうして……前会った時の貴女は主催者を倒そうとしてたじゃない!」 「それは私より、そこのクソチビに聞いた方が良いんじゃない?」 環は、いつの間にか隣まで来ていた麻亜子に目を移した。 「先輩、もしかして……」 「――そうだよ。あたしはあやりゃんをハメた。あたしのせいで、あやりゃんはゲームに乗ったんだろうね」 この人はもう、どれだけの罪を重ねたというのか――知人の凶行に、環の顔が絶望の色を帯びてゆく。 脱力感に襲われて、がっくりと膝に手をつける環に構わずに、綾香は話を続ける。 「そういう事。環の知り合いみたいだけど、そのクソチビはとんでもない奴よ。人の好意を踏みにじった上に、他の参加者まで殺させたんだからね。 まだ問答無用で襲ってくる奴の方が、幾らかマシってもんよ」 「……何とでも言えば良いよ。あたしは地獄に堕ちてでも、勝ち残るんだ」 麻亜子はデザートイーグルを手に、強い意志を込めて告げる。 だが、デザートイーグルの残りの銃弾は一発のみ。対する綾香は、マシンガンを持っている。 覆しようのない火力差が、二人の間にはあった。 「はん、勝手に言ってろ。あんたも環も、ここで終わりよ。あんたの知り合いは全員殺す……八つ裂きにしてやるわ。 でも反応からして、さっき撃った女は外れだったみたいね。あんたの苦しむ顔が見たかったのに、残念だわ」 まあこれから見れるでしょうけどね、と付け加えて、綾香はマシンガンを握り直した。 今はへコたれてる場合じゃない――環も自身に喝を入れて、銃を取り出し応戦態勢を取る。 麻亜子も銃を構え、このまま戦いが始まると思われた。 しかし、そこで三人とは別の者の声がした。とても強く、とても悲しい、声が。 「――ふざけんなよ」 見ると、往人が綾香達に背を向けた状態で、血塗れになったあかりを抱えてうずくまっていた。 そして背を向けたまま、ゆらりと立ち上がる。 「外れ、だと?ふざけんなよ……!」 往人は振り返ると、怒りの形相を露にして綾香を睨みつけた。 「ここで終わりなのはお前の方だ。お前はここで……俺が殺す!」 【時間:2日目・14:55】 【場所:I−6】 朝霧麻亜子 【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン、サバイバルナイフ、投げナイフ、バタフライナイフ】 【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】 【状態:マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、全身に痛み】 【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除、最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】 国崎往人 【所持品:ワルサーP5(8/8)、ラーメンセット(レトルト)、化粧品ポーチ、支給品一式(食料のみ2人分)】 【状態:激怒、全身に痛み】 神岸あかり 【所持品:水と食料以外の支給品一式】 【状態:瀕死、月島拓也の学ラン着用。打撲】 向坂環 【所持品@:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(15/15)、包丁、ロープ(少し太め)、支給品一式×2】 【所持品A:救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】 【状態:頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に痛み】 宮沢有紀寧 【所持品@:コルトバイソン(4/6)、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(2/6)】 【所持品A:ノートパソコン、包丁、ゴルフクラブ、支給品一式】 【状態:逃亡、前腕軽傷(治療済み)、全身に痛み】 長瀬祐介 【所持品1:包丁、ベネリM3(0/7)、100円ライター、折りたたみ傘、支給品一式】 【所持品2:懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、支給品一式】 【状態:逃亡、有紀寧への激しい憎悪、有紀寧の護衛(本意では無い)、全身に痛み】 来栖川綾香 【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(23/30)・予備カートリッジ(30発入×4)】 【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数2・レーダー(予備電池付き)】 【状態@:右腕と肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)】 【状態A:まーりゃんとささら、さらに彼女達と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う】 【備考】 ・トカレフTT30の弾倉、フライパンは地面に放置 ・爆発は綾香の携帯型レーザー式誘導装置によるもの - BACK