訣別のアウシターナ




「……どうなの、あの子は?」

沈痛な面持ちで、美佐枝が聖に訊ねる。
目線はベッドの上の少女に向けられていた。
計るまでもない高熱と、か細く荒い呼吸。素人目にも、容態が良くないと知れた。

「火傷も酷いし……それに、あの手……あれじゃあ、」

生きている方が不思議だ、という言葉を、美佐枝は飲み込む。
少女の左手は、手首から先が失われていた。
傷口は火で焼かれたらしく、ケロイド状に爛れていた。
まるで拷問でも受けたかのような、惨たらしい有様だった。

「―――正直、助かる見込みは殆どない」

医療関係者特有の、ある種の冷たさを感じさせる声で、聖が言う。

「そんな……!」
「落ち着きなさい、長岡さん。……聖、それで?」

志保を抑えながら、美佐枝が先を促す。
聖も医師として己の感情を殺して宣告していると、分かっていた。

「……彼女は、明らかに深刻な失血状態にある。
 どういうわけか低体温症は免れているが、内臓機能への影響は避けられない」
「……」
「脳死に至るのが早いか、多臓器不全に陥るのが早いか……いずれにせよ、時間の問題だ」
「輸血……とか」
「まず器具がない。彼女の血液型もわからん。……手の打ちようがない」

淡々と告げる聖。
と、うな垂れていた志保が唐突に顔を上げた。

「そ、そうだっ!」
「どうしたの、長岡さん!?」
「地図に、あったじゃない!」
「地図よ、地図! あ〜もう、どうしてわかんないかなあ!」

頭を掻き毟る志保に、聖が静かに声をかける。

「……診療所かね」
「そう、それよ! 診療所! 地図にあったじゃない!」
「そうか、そこならもしかすると……!」
「―――片道で」
「……え?」
「片道で優に14、5Km」

ボルテージを上げていく二人に冷水を浴びせ掛けるような、聖の声だった。

「往復で30Km近い道のりだ。加えてこの島には殺人鬼が跳梁跋扈している。
 さて、何時間後になるかな」
「……!」
「間に合わんよ。無事に帰ってこられるかどうかも怪しい」
「あんた……!」
「元々、せめて最期くらいは安らかに迎えさせてやろうと思って連れてきたんだ。
 素人考えでつまらないことを言うもんじゃない」
「―――!」
「聖……っ!」

ぱん、と。
小さく、渇いた音が響いた。

「み……美佐枝、さん……?」
「……」
「……ごめん、聖」

美佐枝が、聖の頬を打った音だった。

「……あんたの言いたいことはわかってるつもり。でも……」
「……」

聖は叩かれた頬を押さえることもなく、ただ静かに美佐枝を見つめている。

「でも、それ以上は聞きたくない」
「美佐枝……さん……」

美佐枝の目には、涙が浮かんでいた。

「……あたしは行く。行って、輸血の道具、持って帰ってくる」
「美佐枝さん……!」
「それで、いいのか」

穏やかにすら聞こえる声で、聖が尋ねる。
時折震える声で、美佐枝が答えた。

「あんなことがあって……道は分かれたけど。
 でも……でも、きっと同じところを見てるって、そう思ってた」
「……」
「あんたがそうやって、動けないようになっても……あたしはまだ、走れるんだ」
「……」
「あんたはあんたの仕事をすればいい。あたしは、あたしにできることをする」
「……そうか」

その言葉が最後だった。
あとは聖の方へ目をやることもなく、手早く荷物をまとめはじめる美佐枝。

「ちょ、ちょっと美佐枝さん……!」
「あなたは残りなさい」
「そんな、美佐枝さん……!」

突然のことにうろたえる志保。
視線を左右させるが、美佐枝も聖も無言のまま、顔を上げようとはしなかった。
志保が言葉を探して立ち尽くす内に、美佐枝が立ち上がる。
まとめた荷物は既に背負われていた。

「じゃ、行くわ」
「……ここは、借りておく」

簡素なやり取り。
片手を上げて、振り返りもせずに美佐枝は戸口をくぐっていった。

「ちょ、そんな……」
「……君は、どうするのかね」

聖の言葉に、志保が半泣きの表情を向ける。
目線を合わせようともしない聖と、美佐枝の出ていった扉と、最後に横たわる少女とを交互に見て、

「……待って、待ってよ、美佐枝さん……!」

雨の戸外へと、駆け出していった。


******


「……すまんな、二人とも。気をつけるんだぞ」

扉の閉まる音を耳にしながら、聖が小さく呟く。
その表情は、ひどく哀切に満ちていた。

「―――人の身でありながら、人ならざるものに抗おうとする、愚かで、そして強い命」

立ち上がり、ベッドに横たわる少女へと歩み寄る。
不規則に荒い呼吸を繰り返す少女を、じっと見つめる聖。

「ここで潰えさせるわけにはいかないんだ。……決して。
 そして……この先を、君たちに見せたくはなかった」

言って、そっと少女を抱き起こす聖。
その手には、すっかり冷めてしまった、小さな鍋が提げられていた。




 【時間:2日目午前7時ごろ】
 【場所:F−2 平瀬村民家】

相楽美佐枝
 【所持品:ガダルカナル探知機、支給品一式】
 【状態:憤然】

長岡志保
 【所持品:不明】
 【状態:狼狽】

霧島聖
 【所持品:魔法ステッキ(元ベアークロー)、支給品一式、エディ鍋、白虎の毛皮】
 【状態:ドクター形態】

川澄舞
 【所持品:村雨・大蛇の尾・鬼の爪・支給品一式】
 【状態:瀕死(肋骨損傷・左手喪失・左手断面及び胴体部に広く重度の火傷・重度の貧血・奥歯損傷・意識不明・体温低下は停止)】
-


BACK