踊らされていたということ。




「きゃっ?!・・・・・・な、何なの・・・」

柏木耕一からの情報を頼りに、来栖川綾香は『まーりゃん』の元へ向かい駆けていた。
走り続けることで息も大分上がり、いい加減体力に自信があったにも関わらず膝をつきそうになった時。
綾香は、それとそれとすれ違った。

疾風。あまりの速さに綾香も即座には反応できなかった。
猛スピードで走り去っていったのは少女であろうか、長い髪という情報でしかそれは読み取れないものであったが。
それは、対面する綾香を素通りして今彼女が超えてきた神塚山に向かっているようだった。

(気にしても、仕方ないわよね・・・・・・それより先を急がなきゃ)

確かに気になる存在ではあるが、今は他のことに気を留める余裕などない。
再び前を見て走り出す綾香は、背後を振り向くことなくただ前方へ集中するのだった。



それから暫く経ってのことであった。

「あっれー!ちょっとちょっと、来栖川さんじゃない?!」

軽い声、聞き覚えのある明るい少女のものだった。
長岡志保、共通の友人である藤田浩之経由での知り合いが目の前に躍り出る。
茂みの中に隠れていたのだろうか、危うく素通りする所であった。

「きゃー!!さすが志保ちゃん、運命の女神様に好かれすぎて困っちゃうわよ〜」

走り寄ってくる彼女の警戒心は皆無であろう・・・・・・またこんな場面かと、自分の運のなさに嫌気がさす。
しかもまた、志保の後ろからゾロゾロと彼女のグループのメンバ−であろう少女達が現れ日にはさすがの綾香も苦笑いを堪えられなかった。

(よりにもよって、何でこういうのばかりなのかしら・・・・・・)

先ほどの浩之との会合からあまり時間も経ってないというのにこれである、手にしたS&Wの標的がまた身内になってしまうのかと考えるだけで嫌な気分になる。
だが、このようなことを積み重ねていけばいつかこの甘さも消えるかもしれない。
それは一種の期待であった。
修羅になりきれない葛藤を振り切りたいという思い、しかし綾香の理性はそれを拒むかの如く彼女の精神的疲労を増やしていく一方で。
目の前の知人を、改めて見つめる。志保は綾香の複雑な胸中に気づくことなく、彼女の事を仲間達に説明していた。
その、楽しそうな様子・・・・・・ゲームに乗った自分には程遠い朗らかな表情であった。

「・・・・・・初めまして、来栖川綾香よ」

このような場面で名乗らなかったら、それこそ不自然だ。
綾香は社交辞令混じりの自己紹介をして、場の様子を窺った。
目の前にいるのは志保を含め四人の少女達。
うち二人は志保と同じ制服、そしてもう一人は綾香にとって最も見慣れたデザインの物を着込んでいた。

「あなた、寺女なの?」
「はいっス、今年入学したばかりっス」

明るい無邪気な声、この年頃特有の幼さの残るイントネーションが可愛らしい少女だった。
クリクリとした目がどこか動物を彷彿させる・・・そう思った瞬間、気づく。
よく見ると彼女、吉岡チエの瞼は少し腫れていた。それはまるで涙を流した後のような状態。
・・・ここで口にするのも野暮というものであろう、そう思い綾香は口を閉じる。

「そういえば来栖川さん、やけに急いでたみたいだけど・・・・・・どうしたのよ?」

そんな綾香に飛んできたのは志保からの何気ない疑問、確かになりふり構わず走る彼女の姿を見ておかしく思うのは仕方のないことであろう。
ああ、と答えようとして。やっと綾香は自分の目的を思い出すことができた。

「人を探していたのよ、あなた達ここら辺で着物を着た小さいガキ・・・じゃなくて、小さな女の子。見なかったかしら」
「女の子っスか?」
「うーん、そういう子は見ていないんよ」

一同、首を傾げる。

「そう・・・・・・こっちに来たはずなんだけど」
「せやかて、私らがここに来てからここを通ったのは今のところ来栖川さんだけやで」
「何時頃からここにいたのかしら?」
「三十分前くらいやと思う」

・・・・・・時間からいって、それより前に目的の人物がここを通ったのだとしたら。
このまま突き進んでも『まーりゃん』を見つけることができる可能性というのは、多分ほとんどないだろう。
落胆が隠せない、無念が綾香の胸中を満たしていった。

「来栖川さんはこれからどうするの?」
「とにかくあいつを探しに行くしかないわよ、手がかりがこれしかないんだもの」
「ええ?!ちょっとちょっと危ないわよ、ここら辺すっごく物騒なのよっ!
 志保ちゃんは一緒にいた方が安全だと思うけどな〜・・・・・・」
「でも時間はないから。ごめんなさいね」

そう、こうして話をしている間すらも惜しい。
だから、綾香はこれで終わりにするつもりだった。
利き手に握られているS&W、先ほど弾を補充したばかりなので弾切れの心配もない。
さっさと場を離脱するべく、事は一気に終わらせたかった。
・・・・・・ここで参加者を取り逃がすなんて、ゲームに乗った人間は絶対しないのだから。
そして自分はゲームに乗った人間なのだから、やるべきことは一つである。
覚悟は決めている、知り合いだろうが何であれ・・・・・・排除するべき存在には、変わりないのだから。

綾香の表情は真剣であった、その真面目な様子は周囲を圧倒させるだけの迫力もあり。
志保とのやり取りを見つめている一同に彼女の意中を察することはできないであろう、智子もその中の一人であった。
何故彼女がここまで思い入れているのか、その理由に気づくことはない。これから彼女が何をしようとするか、それも読めるはずはない。
しかし、だからこそ。分からないから言える一言を、彼女は口にした。

「名前は分かるんかいな、良かったらこっちでも調べてみるで」
「・・・・・・え?」
「悪いけど私らはここら辺から動くわけにはいかないんや、待ってる人がいるさかい。
 来栖川さんと一緒にどっか行くのは無理やけど、人探しの手伝いくらいなら買って出たる」
「そうだよ、それくらいならお手伝いできるよっ」

それは、綾香にとって素晴らしく都合のよい提案だった。
この広い島の中一人の人物を見つけるために動くというのは余りにも無謀なのだ、そもそもが。
ここまで辿り着けたのも北川潤の情報があったからこそ成せたものである、つまり他者の協力を最初から綾香は得た上で行動していたのだ。

そして思う。そう、殺すだけが全てではないのだと。
騙して、利用することで自らの力を増させる方法もあるのだということを。

「ありがとう、じゃあお願いしてもいいかしら」
「いいで、任しとき」

人を殺すだけがゲームに乗るという意味にはならない、それに綾香はやっと気づいた。
勿論人手を増やすといっても、直接共に行動をとったり身近におくような者などを必要とするわけではない。
亡くした友はそれが原因でこの世を去ったのだから、もう他者を百パーセント信じるなんて馬鹿げたことはできないに決まっている。
・・・・・・ならば、噂を流すだけでもいい。
今はグループで行動しているという『まーりゃん』の信用を下げ続ければいいのだ。
そういう画策を続ければ、いつか『まーりゃん』の周りは自然と敵だらけになる。
思い浮かべるだけで、それは非常に滑稽な場面であった。
自然と笑みがこぼれそうになるが、綾香は堪えてポーカーフェイスを保たせた。

「それでそれで、名前はなんて言うの?」
「川澄舞よ」

せかす志保の問いに落ち着いて答えた。しかし。

「・・・・・・ぇ?」

・・・・・・どうしたのだろうか。綾香の口がその名を発した途端、少女達の様子は一変した。
驚き目を見開く彼女達の中、一際反応の大きかったチエが改めて聞き返してくる。

「舞さん、っスか・・・・・・?」
「あなた、川澄舞の知り合い?」
「いえ、はい、その・・・・・・舞さんでしたら、ついさっきまで一緒にいましたっスよ?」

・・・・・・話が、噛みあわない。
彼女等は言った、ここに着物を身に着けた小さな少女は現れていないと。
しかし彼女は言った、『川澄舞』とはついさっきまで一緒に行動していたと。
どういうことであろうか、『川澄舞』は着物を既に脱いだ状態で彼女等と行動をしていたのだろか。
綾香の頭の中をグルグルと周り続ける自論、しかしそれで真実を知ることができるはずもなくただただ彼女は混乱するばかりで。
また、場にいる少女達も事の真相を理解できないでいた。それはそうだ、当事者でないのだから。
そんな彼女等に説明するかの如く、綾香は慌てて『川澄舞』についての自分の知る限りの情報を語りだす。

「えっと、こんなチンチクリンでピンク色の髪して・・・・・・『まーりゃん』っていうあだ名で・・・・・・」
「まーりゃん?川澄さん、そんな可愛いあだ名だったのかな」
「え、あれ・・・・・・そういえば・・・・・・」

花梨が何か口にしようとした時だった、それに気づかなかった智子は一歩前に出て綾香に問う。

「あのな、来栖川さん」
「な、何よ・・・・・・」
「その『まーりゃん』っつーのが、自分が川澄舞だと名乗ったん?」
「それは・・・・・・違う・・・・・・」
「少なくとも、私らの知ってる川澄さんは自分のことをまーりゃんと呼ぶことはしてなかったみたいやけど?」
「自己紹介しあった時もそんなこと一言も言ってなかったわよ、うんうん」
「ほな、来栖川さんの言う川澄舞は誰やっちゅーことになる、しかもその『まーりゃん』が自分で名乗ったんと違うんやろ?」
「それ、はっ!」

言葉が続かず口を紡ぐ綾香に対し、止めとばかりに・・・・・・智子は、口にした。

「なあ、来栖川さん。誰かに一杯食わされたんとちゃう?」

答えられなかった。呆然となる綾香は、一同からの静かな視線に晒されることになる。
それに含まれているであろう同情と名のつく粘つく感情、綾香はそれが耐えられなかった。
銃を手にしていない方の手をきつく握りこむ、だがこの程度では怒りが収まることもなく。
どこで間違ったのか、どこで自分はずれてしまったのか。

簡単だった、道は一番最初の時点で既に外れてしまっていたのだから。

「・・・・・・つよ」
「え?」
「あいつよ、割烹着を着たふざけた男・・・・・・っ!そう、『春原陽平』よ!!
 あいつにしてやられたのよっ」
「お、落ち着いてくださいっス、あんまり大声を上げると・・・・・・」
「五月蝿い!!!」

近づいてきたチエを突き飛ばす、荒れる感情を綾香は押さえつけることができなかった。

「ここまで・・・・・・あいつを信じてここまで来て・・・・・・、ばっかみたいっ!!」
「ちょっと、来栖川さ・・・」
「来ないでっ!」

戸惑う面々、しかし怒りを隠そうともしない綾香はそれを周囲にぶちまけるかの如くどなり続けた。
そして、尻餅をついて困惑した表情で綾香を見つめてくるチエを一瞥した後。
綾香は何の躊躇もなく、S&Wの銃口を彼女に向けた。

「な・・・・・・?!」
「来栖川さん何をっ」
「信用してたまるもんか・・・・・・たまるもんかあっ!」

次の瞬間鳴り響いた銃声と、背面に倒れていくチエの体が全てを物語る。
ついさっきまで親しげに話していた面影はない。目の前で銃を構える少女の激情に包まれた表情は、正に修羅と呼ぶに相応しい雰囲気であり。

「誰も信用しない!何も、誰も・・・・・・信用しないわ!あんた達も、みんな、みんな敵よっ!!!」

膨れ上がった感情、その矛先は目の前の少女達へと向けられる。
ついさっきまで考えていた「他者を利用して」なんて事柄は全て吹っ飛んでしまっている、短気な彼女は残り三人の少女達を排除することしか見えていなかった。




【時間:2日目午前3時半】
【場所:E−5北部】

来栖川綾香
【所持品:S&W M1076 残弾数(5/6)予備弾丸22・防弾チョッキ・支給品一式】
【状態:ゲームに乗る、腕を軽症(治療済み)。麻亜子とそれに関連する人物の殺害(今は麻亜子>関連人物)、ゲームに乗っている】

長岡志保
【所持品:投げナイフ(残:2本)・新聞紙・他支給品一式(水補充済み)】
【状態:綾香と対峙、足に軽いかすり傷。浩之、あかり、雅史を探す】

保科智子
【所持品:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り2発)、支給品一式】
【状態:綾香と対峙】

笹森花梨
【所持品:特殊警棒、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)】
【状態:綾香と対峙】

吉岡チエ  死亡

チエの支給品は近辺に放置
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