joker and joker




藤林椋は、柔らかい腐葉土の積もった地面で意識を取り戻した。そして同時に、目の前で椋を見下ろしていた長瀬祐介の姿も目に入った。
「ひ…!」
悲鳴を上げかけて椋はそれを何とか押し留める。大声を出せば他の誰かに気付かれてしまう恐れがあったからだ。
「大丈夫、落ちついて」
祐介が、子供をあやすように笑いを浮かべながら椋を落ち着かせようとする。
「僕は敵じゃない」
――嘘だ! と椋は否定の声を上げようとした。自分の意識を失わせておいて味方なわけがない。そしてそれ以前に、見ず知らずの人間をいともあっさりと信じるなんてあるわけがない。
だが、下手に言葉を出せば今度こそ殺されかねない。さっき意識を失わせたのはきっと警告だ。自分と行動しないと殺すぞ、という。
椋が何も言わなかったのを落ちついたと取ったのか、祐介は「ごめんね、驚かせて」と改めて謝罪した。
「さっきも言ったと思うけど、一人で行動してたら危ないと思ってね。それに、目立つように走ってたし。だから止めたんだけど、聞き入れてくれないから電波を使って…けど、無理矢理気絶させたことは謝るよ、ごめん」
椋を起こしてから、深く頭を垂れて謝る祐介。
「…いえ、いいんです。私もあの時はそれまで一緒にいた人が殺されて、それで…」
表面上、言葉は取り繕う。こうやって安心させといて用済みになれば殺す気なんだ。「私は騙されませんよ」と心中で毒づく。
もう、やらなきゃ、やられるんだ。雅史のように。
「そっか…大変だったんだね」
「はい、もう無我夢中で…でも、もう落ちつきましたし、大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
言いながら、椋は祐介を倒す隙を窺っていた。見たところ、相手はショットガンという強力な武器を持っていて、到底素手では敵いそうにない。だったら後ろから襲うしかない。そのためには、油断させることが重要だ。それも、徹底的に。
「実は、ここからちょっと離れた小屋にも仲間がいてね…宮沢有紀寧ちゃんと、柏木初音ちゃんって言うんだけど、これからその人たちのところへ戻るんだ。どう、一緒に行かないかい? 二人ともいい人だから安心だよ」

柏木初音なる人物は知らなかったが、宮沢有紀寧の方は椋も知っている。資料室でよく本を読んでいる人だ。おまじないも得意で、椋も何度かさせてもらったことがある。
その有紀寧もいい人そうだったから、祐介の口車に乗せられてしまったに違いない。だったら――大変だ。これは何としてでも、今のうちに祐介を何とかしないと。
椋は一大決心をして、ある策を講じてみることにした。
「…本当にいいんですか? 私みたいなのが一緒でも」
「当然さ。皆が集まればきっと何とか出来るはずだよ」
いかにも嘘つきらしい、甘い囁きだった。こんな男に、利用されてたまるか。
――もう、誰も信じない。
「それじゃあ、お言葉に甘えて…きゃっ」
立ち上がりかけて、尻餅をついてしまう椋。もちろん、演技だった。いかにもそれらしく見せただけだ。
「す、すみません…ま、まだ、足が震えていて…」
それを見た祐介が軽く笑って、椋に背中を差し出した。
「それじゃ、小屋まで負ぶって行ってあげるよ。荷物は僕が持つからさ」
「あ、ありがとうございます」
祐介が背中を見せて乗ってくれ、と手で合図する。だが――椋が疑心暗鬼になっていると知らなかった、いや錯乱した様子からある程度それになっているとは気付いていたけれども、大した物ではないだろう、と軽く見ていた祐介が甘かった。
椋は背中を見せるやいなや、首に手を回して祐介の首を絞め上げた。
「ぐぇ゛…!?」
一瞬悪い冗談かと思い、しかしすぐに首を絞められていると気付く。声が、まるでガマガエルのようだった。
「あ゛、あ゛、き、き゛み…な゛っ、なに、を」

振り解こうとするも元々そんなに腕力のない祐介ではいかに非力と言えど椋の首絞めを外す事など出来はしない。その上先程の全力疾走で疲れていたのもあった。
ぐっ、ぐふっ、と絞り出した呼吸が漏れる。ガマガエルの大合唱。
「騙されません、騙されませんよ、この、悪魔め…!」
後ろから絞められているせいで顔を窺い知ることは出来なかったがきっと鬼気迫る顔に違いない。どっちが悪魔なんだか。
やがて、振り解く力もなくなり祐介の手がだらんと地面に落ちる。顔はすでに鬱血しており空気を少しでも得ようとして大きく開けた口からは、舌がでろん、とあかんべーをするように飛び出していた。
それからたっぷり五分、椋は全身の力が抜けるまで首を絞め続け、ようやく手を離したのだった。
はぁ、はぁ、と荒く呼吸をして、祐介を殺した自らの手をじっと見つめる。
殺せる。殺せるんだ、武器なんかなくても。女の子でも。力なんてなくても。
「お姉ちゃん、私やったよ…あはは、お姉ちゃん、性別とか腕力とか関係ないんだよ? 大丈夫、私一人でもやっていけそうだから心配しなくていいよ? 私が…お姉ちゃんのためにいっぱい殺してあげるから…だから、安心して待っててね?」
死体になった祐介の体からデイパックを毟り取り、ベネリM3(弾は入っていないのは知らなかったが)、ライターなど、使えそうなものだけ持って行くことにした。
そして、自分の荷物からノートパソコンを捨てる。今になって気付いた。人を殺すのにこんなものはいらない。重たいだけだ。
あらかた荷物を纏めてから、再び椋は歩き出した。今度は逃げるためではなく、殺しに行くために。

結局、祐介は自分自身の「お人好し」によって殺されたと言うほかなかった。無闇に人を助けることは自分の寿命を縮めるだけだということに気付けなかったのだ。




【時間:2日目・午前9:00】
【場所:H−6北(源五郎池のほとり)】

長瀬祐介
【所持品1:ノートパソコン(椋が祐介の近くに投げ捨てたもの)、折りたたみ傘、支給品一式】
【所持品2:フライパン、懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、支給品一式】
【状態:死亡】

藤林椋
【持ち物:ベネリM3(0/7)、100円ライター、包丁、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、支給品一式(食料と水二日分)】
【状態:マーダー化。姉を探しつつ人を見つけ次第攻撃】
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