道化




余程疲れていたのか、みちるは家に入るなり眠ってしまった。
そして朋也と秋生はテーブルを挟んで座っていた。
秋生は家の何処かにあっただろう煙草を吸っている。
どことなくその顔は不機嫌そうに見えた。
「まあ、おめえが無事で良かったよ。でもな―――ロワちゃんねるのあの書き込みは駄目だ。
あんな事書いたら、ゲームに乗った奴が利用しようとするに決まってるぞ」
「……ロワちゃんねる?何だそりゃ?」
「―――は?」

秋生の目が見開かれる。
開かれたままの口からポロっと煙草が落ちた。
「ちょっと、待てよ……あれを書いたのは、小僧じゃねえのか?」
「いや、全然意味が分からないんだけど……。そもそもロワちゃんねるってなんだよ?」
「―――クソっ、あれは人を誘き寄せる罠かよ!」
秋生は憤りに任せ、拳をテーブルに叩きつけた。
対する朋也はまるで事情が分かっていない。
「おいオッサン、どういう事だよ?」
当然の疑問。
秋生は簡潔に、事の経緯の説明を始めた。



「そうか……俺の偽者が現れたんだな」
それは予想外と言っても差支えの無い反応だった。
話を聞き終えても朋也は激昂するどころか、落ち着いた様子だったのだ。
「どうする?小僧の知り合いが役場に来ちまってるかもしれねえぞ」
「もうロワちゃんねるに本当の事を書いたって間に合わない。オッサンの包丁を貸してくれないか?」
「それは良いけどよ、そんなもんでどうしようってんだ?」
「決まってるだろ。俺が直接役場に行ってくる」
「―――!」
ここから鎌石村役場まで、さほど距離は無い。
今から出発しても充分に間に合う。

「言ったよな、ゲームに乗った奴が利用しようとするって。……危ねえぞ」
「だからって、知り合いが殺されるのを黙って待ってるなんて出来ねえよ。
何も殺し合いしに行こうってんじゃない、知り合いを見つけたらとっとと戻ってくるよ」
真剣な顔で諌めようとした秋生だったが、朋也も危険性くらい承知している。
それに他に方法も無い。
結局、朋也の言い分を認めるしかなかった。

・

・

・

秋生達の滞在している民家を出た後、朋也は急いだ。
とにかく急いだ。
役場付近で待ち伏せされている可能性もあるので走りはしなかったが、歩調を極力速めた。

―――もう誰も殺させない。

たとえ偽者がやった事であれ、これ以上自分の為に人が死ぬのは耐えられない。
それは紛れも無く本心だ。
だがその一方で別の考えも頭の片隅にあった。

―――ゲームに乗った奴らを殺してやる。

秋生の前で見せた冷静な態度は見せ掛けだけの物に過ぎない。
殺し合いをするつもりが無いというのも、嘘だ。
みちるも渚も秋生が守ってくれているのなら心配はいらない。
既に第一目的は果たしているのだ。
これからは復讐の事も考慮に入れて動くつもりだ。
もし辿り着いた先に殺人鬼がいたのなら―――殺す。
特に由真と風子を殺した『あの男』は許せない。
絶対に許す事が出来ない。
あいつは殺す。惨たらしく凄惨に、風子と由真の受けた痛みを体験させてから殺してやる。

とは言え、『あの男』を探し回る為だけに動くかどうかはまだ決めかねている。
目的を果たしてから渚と一緒に島を脱出するのが理想だが、そう上手く行くだろうか?
渚はあの家で眠っていた。
その寝顔はとても穏やかで、綺麗だったが―――彼女の右足には痛々しく包帯が巻かれていた。
渚を守ってやりたい、一緒にいたいという気持ちがあるのも、また事実だ。
今自分の中では二つの感情が天秤にかけられているのだ。
これが秋生なら迷わず復讐の道を棄てるのだろうが、自分はそこまで人間が出来ていない。
…………
……
そこで、思考を一旦止めた。
どうせ悩んでも結論は出ない。
とにかく今は役場に行く事が先決だ。
そして―――



秋生の家を出てから幾ばくかの時間が経った。
まだ役場は見えてこないが、確実に近付いてはいる筈だ。
そこで朋也は突然立ち止まった。

「あ……あいつは……」
目が、二人の人間の姿を捉えた。
視線はそのうちの片割れに釘付けになった。
今でも鮮明に記憶している、あの男に。
風子と由真の命を奪った、殺人鬼に。
もう―――結論を出す必要なんて無くなった。

朋也は三角帽子を取り出した。
風子がかぶっていた、あの三角帽子だ。
風子の顔を思い浮かべてから、それを頭に着ける。
(今から俺がやろうとしてるのは殺し合い……主催者の望んでいる事だ。これは連中の用意した舞台だ。
なら俺は、ピエロになってその舞台で踊ってやる。踊って踊って、踊り続けてやる。馬鹿みたいにな。
だけど気をつけろよ?俺が演じるピエロの出演料は―――主催者の命なんだからな)

・

・

・

梓が走り去った後、彰と皐月は呆然と立ち尽くしていた。
未知の生物に乗った女性は血塗られた衣装を着て、異様な目を携えていた。
凄惨に過ぎるその有様を目の当たりにして二人は硬直してしまっていたのだ。
少しばかり時間が経過したところでようやく皐月は動き始めた。
「―――えと、彰さんだっけ?」
「なんだい?」
「あたしは梓を追うつもりだけど、彰さんも来る?」
「……そうだね、僕も行くよ」
皐月は梓を放っておく気にはなれなかった。
彰は武器を手に入れる好機をみすみす逃すつもりはなかった。
目的こそ違えど、この瞬間に限ってはやるべき事は同じ。
二人は梓の後を追おうとし―――眼前に、一人の道化が現れた。

「―――!」
その男―――岡崎朋也は殺し合いの場におおよそ似つかわしくない格好をしている。
防具の効果は得られないであろう、間抜けな三角帽子。
それとは対照的に、身に纏った黒い殺気は死を連想させる。
まるで釣り合いの取れていないその姿が、とても不気味に感じられた。




【時間:二日目・13:20】
【場所:B−3】
古河秋生
【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
【状態:左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者との合流。聖の捜索】
古河渚
【所持品:無し】
【状態:睡眠中。右太腿貫通(手当て済み)】
みちる
【所持品:セイカクハンテンダケ×2、他支給品一式】
【状態:睡眠中。目標は美凪の捜索】



【時間:二日目・13:50】
【場所:C−3】
岡崎朋也
【所持品:包丁、鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、三角帽子、他支給品一式】
【状態:マーダーへの激しい憎悪、現在の第一目標は彰の殺害、第二目標は鎌石村役場に向かう事。最終目標は主催者の殺害】
湯浅皐月
【所持品1:セイカクハンテンダケ(×1個+4分の3個)、.357マグナム弾×15、自分と花梨の支給品一式】
【所持品2:S&W M60(2/5)、宝石(光3個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金】
【状態:左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】
七瀬彰
【所持品:薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
【状態:右腕致命傷(ほぼ動かない、止血処置済み)、疲労、ステルスマーダー、服は着替えたので返り血はついていない】
ぴろ
【状態:皐月の頭の上に乗っている】
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