「祐一さんも……お母さんも、死んじゃった。往人さんまでいなくなっちゃうの?」 「……聞いてたのか」 観鈴がいる部屋で話をしたのは拙かった、話を聞かれる可能性も考慮すべきだったのだ。 「お母さんが死んじゃって、往人さんまでいなくなったら、私笑って生きていけないよ……」 観鈴は泣いてはいなかった。 けれど、泣いてる時よりも更に深い悲しみを秘めた、これまで見た中で一番辛そうな顔だと感じた。 そんな顔をして欲しくないのに、他の誰でもない、自分自身がそうさせているのだ。 観鈴はもう色んな物を失いすぎた。この場でありがちな言葉を投げかけても、何の意味も無いだろう。 だから往人は――自分にしか出来ない事をしようと思った。 往人はデイバックから紙を取り出して、それをある形になるように破り始めた。 「……何してるんですか?」 不思議そうな顔をしてあかりが尋ねてくるが、往人は黙って工作を続ける。 何のことはない、ただ人の形に紙を破って、折り紙のように折り目をつけただけだ。 往人は意識を集中させ、その即席人形へと力を込めた。 するとその人形はすくっと立ち上がり、足を踏み出した。 「な……っ、これは……?」 敬介が驚嘆の声を上げる。それもその筈だ。 紙で作られた何の仕掛けも無いただの人形が、ひとりでに動き出したのだから。 けれどすぐにその人形はバランスを失い、不恰好に転んだ。 再度人形は起き上がって歩き出したが、数歩と保たずにまた同じ轍を踏む。 「くそっ……」 何度も力を込めて動かしたが、どうも上手く行かない。いつも使っている人形とは勝手が違いすぎるのだ。 人形は起き上がっては転び、また起き上がっては転んだ。その様はとても人形劇と呼べる代物では無かった。 この場にいる殆どの者が、どう反応して良いか分からず口を閉ざしていたのだが―― 「にはは、このお人形さんドジだね……」 それでも只一人、観鈴だけは笑ってくれた。こんな無様な自分の人形劇で。 往人は人形を動かすのを止めると、真っ直ぐに観鈴の瞳を見据えた。 「そうだな。俺の人形劇の腕なんてこんなもんだ。だから観鈴――」 「……」 「俺は必ずお前の所に戻ってきて、もっと上手くなれるように人形劇の練習をするよ。お前は大事な観客だからな。 だから心配するな、俺はそれまで死なない」 優しい声でそう言うと、観鈴の髪をくしゃくしゃと撫でた。観鈴は少し頬を赤く染めて、恥ずかしそうに笑っていた。 その笑顔を見た往人は、自分の心が満たされていくのを感じた。 (やっぱり俺は……、こいつの笑ってる顔が大好きみたいだ) 嬉しかった――こんな自分でも、観鈴を笑わせる事が出来た事が。 往人はその笑顔を絶対に忘れぬよう、深く深く、脳裏に刻み込んだ。 「じゃあ俺達はそろそろ行ってくる。観鈴、ちゃんと大人しくして怪我を治すんだぞ」 「――往人さん」 「何だ?」 「絶対に、戻ってきてね。約束だよ?」 観鈴が目の前に小指を出してくる。往人は一瞬で、その意図を理解した。 「ああ、約束だ」 往人は自身の小指を観鈴の小指と絡ませ――再会の誓いを交わした。 「――誰もいないわね」 「そうだな……」 あれから往人、環、あかりの三人は人を探して氷川村を徘徊していた。しかし、自分達以外の姿を認める事はなかった。 もしかしたら、もう診療所以外には人はいないのかも知れない、と思い始めた頃だった。 「ずっと疑問に思ってたんだが――お前達同じ制服を着ているけど、同じ学校の生徒なのか?」 「そうみたいですね。私はあかりの事を知らなかったけど、あかりは私に見覚えないかしら?」 環に聞かれて、あかりはうーんと唸りながら記憶を呼び起こそうとしたが、結局成果は得られなかった。 「……見覚えないみたいね。まあ私、生徒会には入ったばかりだし、仕方ないかもね」 「え、生徒会の方なんですか?」 「一応ね。副生徒会長をやらせて貰ってるわ」 「はぁ……凄いんですね」 大人しい性格のあかりにとって生徒会、それも会長や副会長など雲の上の話である。 あかりは心底感心しきった様子で、まじまじと環を見つめていた。 それからもあかりと環は、自分達の学校の話題で楽しげに雑談を続けた。 一方、往人は二人の話を黙って聞いていた。話題を振ってはみたものの、学校に行った経験が無い往人はついていけなかったのだ。 でもそれで良かった。観鈴の事で手一杯で構っている余裕が無かったけど、あかりの事も心配だったから。 自分の柄じゃないとは思ったが、観鈴と同じ年頃の少女が暗い顔をしているのは嫌だった。 しかし――この話題に食いついてきたのは二人だけではなかった。 「ふっふふの、ふっ。生徒会の話なら、先代生徒会長のあたしの出番だね?」 ――足音、そして声。振り向くと、茂みを背に人が立っていた。 緑色の、平たい胸を強調するような変わったデザインの服をきた、朝霧麻亜子が。 反射的に往人が身構えようとするが、環は手で制した。そして往人とあかりを庇うように、二人の前にすいと踊り出る。 「おい、こいつは……?」 「私の知り合いで、そして――ゲームに乗っています」 「――ッ!!」 自分のその一言に往人とあかりが息を飲むのが、背中越しでも分かった。 「まーりゃん先輩、半日振りですね。お元気そうで何よりです」 「うんうん。タマちゃんこそ元気そうで、あたしは嬉しいぞ」 まずは挨拶を交わす二人、だが両者の声色は殺気を隠しきれてはいない。 両者の眼光はどんな言葉よりも雄弁に、これから起こる事態を物語っている。 それで半ば、意思疎通は終わっている。だから、これから続く会話も予定調和、結果の見えた物に過ぎぬのだ。 「まーりゃん先輩……今から、どうするつもりですか?」 「決まってるじゃあないか。たまちゃんの後ろにいる二人には死んでもらうよ」 宣戦布告に等しいその言葉を、麻亜子はあっさりと言い放った。 「ちっ……、やるしかないか!」 それを受け、往人が銃を構えようとするが、またも環に止められる。 「何で止めるんだ、こいつは俺達を殺すつもりなんだぞ!?」 「すみませんが、ここは私に任せてください。先輩は、私を殺せないでしょうから」 往人は眉を顰め、考えたが、大人しく環の言う事に従った。 今自分が戦えば、確実に殺し合いになる――可能ならば、それは避けたかった。 環は麻亜子へと視線を戻し、真剣な表情で言葉を投げ掛ける。 「止めてくれ、と言っても聞いてくれないんでしょうね」 「当然さ。あたしは優勝して、生徒会のみんなを生き返らせるんだからね」 「――そんな蛮行を、私が黙って見過ごすとでも?」 怒りの篭った敵意の眼差しを向け、ドスを利かせた声で警告する。 それでも、麻亜子が動揺するという様な事は無かった。 「たまちゃん。邪魔をするってんなら――痛い目を見てもらうよ?」 「やれるものなら、どうぞ。但し――痛い目を見るのは先輩の方ですけどね」 こんな状況だというのに、二人は笑みを浮かべていた。 ――朝霧麻亜子は修羅の道を経て得た経験と実力に、自信を持っていた。そして、道を変えるつもりなど毛頭無かった。 ――向坂環は己の優れた運動神経と体力に、自信を持っていた。そして、麻亜子の凶行を認めるつもりなど欠片も無かった。 譲れぬ想い、譲れぬ道、その二人が衝突しない道理は最早存在しない。 二人の戦乙女の戦いが、始まろうとしていた。 一方、その一部始終を眺める人影が三つ。 「どうやら面白い事になりそうですね」 歪んだ笑みで嬉々として話すその少女の名は、宮沢有紀寧。 彼女は己の傀儡達を引き連れ、少し離れた物陰から様子を伺っていた。 環と麻亜子の会話の内容までは聞き取れないが、その殺気だった姿から戦闘が始まるだろうという事は読み取れた。 「何が面白いっていうの!人が、殺しあっちゃいそうなんだよ!?」 初音が激しい糾弾の声を上げる。しかし有紀寧はそれを一笑に帰した。 「あら、面白いですよ?今のあの人達、隙だらけじゃないですか。それと声を抑えてくださいね。私達の存在に気付かれてしまっては、何かと不都合ですから」 「……も、もしかしてあの人達を?」 震える声で初音が問い掛ける。すると、有紀寧は笑みを深めて答えた。 「襲いますよ。武器も欲しいですし、敵は減らせる時に減らしておいた方が良いですから。当然その役目は――祐介さんにやってもらいます。 言うまでも無い事だとは思いますが、祐介さんに選択権はありません、分かりますね?」 そう告げると、初音の顔色はあっという間に真っ青に変色していった。 ぎりっと祐介が歯を噛み締める音が聞こえたが、無論有紀寧は意にも介さない。 (……さあ、早くあなた達も私の掌の上で踊り狂ってくださいね) 有紀寧は張り付いた様な笑みを浮かべたまま、環達の方を凝視していた。 神尾観鈴 【時間:2日目・13:40】 【場所:I−7】 【持ち物:フラッシュメモリ、紙人形、支給品一式】 【状態:脇腹を撃たれ重症(治療済み)】 橘敬介 【時間:2日目・13:40】 【場所:I−7】 【所持品:支給品一式、花火セットの入った敬介の支給品は美汐の家に】 【状態:左肩重傷(腕は上がらない)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て治療済み)】 リサ=ヴィクセン 【時間:2日目・13:40】 【場所:I−7】 【所持品:鉄芯入りウッドトンファー、支給品一式×2、M4カービン(残弾30、予備マガジン×4)、携帯電話(GPS付き)、ツールセット】 【状態:健康】 緒方英二 【時間:2日目・13:40】 【場所:I−7】 【持ち物:H&K VP70(残弾数0)、ダイナマイト×4、ベレッタM92(6/15)・予備弾倉(15発×2個)・支給品一式×2】 【状態:健康】 朝霧麻亜子 【時間:2日目・14:30】 【場所:I−6】 【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン、サバイバルナイフ、投げナイフ、バタフライナイフ】 【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】 【状態:マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている】 【目的:現在の目的は環を倒し(殺しはしない)、往人とあかりを殺害する事。生徒会メンバー以外の排除、最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】 国崎往人 【時間:2日目・14:30】 【場所:I−6】 【所持品:ワルサーP5(8/8)、トカレフTT30の弾倉、ラーメンセット(レトルト)、化粧品ポーチ、支給品一式(食料のみ2人分)】 【状態:様子見】 神岸あかり 【時間:2日目・14:30】 【場所:I−6】 【所持品:水と食料以外の支給品一式】 【状態:様子見、月島拓也の学ラン着用。打撲、他は治療済み】 向坂環 【時間:2日目・14:30】 【場所:I−6】 【所持品@:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(15/15)、包丁、ロープ(少し太め)、支給品一式×2】 【所持品A:救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】 【状態:麻亜子を倒す(殺しはしない)、頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)】 宮沢有紀寧 【時間:2日目・14:30】 【場所:I−6】 【所持品@:コルトバイソン(4/6)、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(2/6)】 【所持品A:ノートパソコン、包丁、ゴルフクラブ、支給品一式】 【状態:前腕軽傷(治療済み)、環達の隙を探っている】 柏木初音 【時間:2日目・14:30】 【場所:I−6】 【所持品:鋸、支給品一式】 【状態:顔面蒼白、首輪爆破まであと18:15(本人は42:15後だと思っている)、有紀寧に同行(本意では無い)】 長瀬祐介 【時間:2日目・14:30】 【場所:I−6】 【所持品1:包丁、ベネリM3(0/7)、100円ライター、折りたたみ傘、支給品一式】 【所持品2:フライパン、懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、支給品一式】 【状態:有紀寧への激しい憎悪、有紀寧の護衛(本意では無い)】 - BACK