坂上智代の気分が優れないことから、里村茜はダイニングルームで暇を持て余していた。 出がらしのティーパックを換えていると、柚木詩子がタオルで手を拭いながら戻って来る。 「暇だからお風呂沸かしたよ。坂上さんは?」 「相変わらず引き篭もってます。彼女に喝を入れて来て下さい」 「しょうがないねえ」 愚痴を零しながら詩子は隣の部屋へと入って行く。 茜は名簿のチェックと人物考察をすることにした。 春原陽平達から実戦の体験を聞いてからというものの、智代は士気が萎えていた。 喧嘩とは訳が違う。敗北は死に繋がるといってよい。 おまけに陽平にヘタレをお裾分けされたような気分である。 「入るよー」と言うよりも早く戸が開き、詩子が背後に座る。 「坂上さん、具合どお?」 「智代でいい。まあ、どうにかな」 「じゃ、あたしも詩子でいいからさ、元気出してよ」 「うん、実は……」 体験話を聞いてから怖気づいてしまったことを正直に話す。 「ホントにそれだけ? なんか乙女チックな匂いがプンプンするんだけど」 「そんなわけはない。気のせいだ」 向きになって否定することが妙に詩子の悪戯心を掻き立てた。 「そうかなあ。時間ないからねえ……闇に聞こえるあたしの十八番、いや、おまじないで治してあげよう」 スーッと智代の脇の下に手が伸びる。 「なっ! どこを触ってる。わたしにそんな気は……あっ、あぁ、やめて……」 「フフフ、智ちゃんカワイイ……」 隣の部屋から智代の艶のある声が聞こえていたが、茜は無視してひたすら考える。 名簿の第一番目にある相沢祐一という人物が気になる。 どこかで聞いたことがあるような、或いは面識があるような気がするのは気のせいだろいうか。 どう考えてもやはりわからない。 一旦祐一のことは隅に置き、知り合いの消息に思いを馳せる。 七瀬留美と広瀬真希がゲームに乗っていなかったのは、以外としか言いようがない。 二面性のある留美はわからないでもないが、何かと評判の悪い真希も乗っていなかったとは。 あと消息がわからないのは上月澪と長森瑞佳。 澪の性格と身体的特徴からしてゲームに乗るとは考えられないが、瑞佳は……。 こんなことだから自分も他の者からは疑念を持たれているかもしれない。 ガタッと戸が開いた。 「終わったよ、ルンルン」 「一汗流して来る。非日常でも身嗜みには気をつけたいものだ」 智代は上気しながら風呂場へと行ってしまった。 「様子が変です。何をしたんですか?」 「何って、気つけのおまじないだよ、おまじない」 冷めた紅茶をすすりながら詩子はにやける。 「長森さんをどう思いますか?」 「どうって、無事かどうかってこと?」 「違います。もしかしてゲームに乗ってるんじゃないかと気掛かりです」 「あの虫も殺さないような人が乗るわけないじゃない」 「詩子は甘過ぎます。この島では常識は通用しません。油断すれば住井君のようになります」 「ちょっと神経質になってない?」 確かに住井護は油断していたと言えなくはない。が、茜の思い込みに詩子は眉を顰める。 他校の生徒なのにすぐに友人となってくれた瑞佳。 彼女の人となりを間近で見ていただけに、親友とはいえ、茜の警告はすんなり受け入れる気にはなれない。 たぶん殺伐とした環境が茜を疑心暗鬼に駆り立てているのだろう。 どんよりとした重い空気が漂っていた。 「……智代、遅いですね。ちょっと見て来ます」 一人十分の割り当て時間はとうに過ぎていた。 「倒れてたりして……やり過ぎだかなあ」 詩子も心配になったのかついて行くことにする。 ガラス戸越しに見える智代は背を向け、床にしゃがみ込んでいる。 「開けますよ、失礼」 「待たせて悪いな。もう少しだから待ってくれ」 素っ裸で背を向けたまま何かに勤しむ智代。 二人が近づいてみると、手斧を砥石に当て研いでいた。 「引き締まっていい身体してますね。私惚れ直しました」 「ホントだ。贅肉がなくてまさに高スペックの塊。お肌のお手入れもしっかりしてるぅ」 二人の目つきは明らかに異様であった。 「どこを見てるんだ! いいから向こうで待っててくれ」 智代は追い返すと赤面しながらせっせと研ぎ続ける。 (エヘヘ、私だって年頃の女の子だ。あんなこと言われると照れるな) 壁に取り付けてある鏡を見、洗いざらしの美しい長い髪を撫で上げる。 「春原は駄目だな。言われるなら岡崎の方が……あ、私は何を言ってるんだろう」 ダイニングルームに戻ると話題は柏木千鶴の対応に替わる。 「千鶴さんを説得するのはもう、無理な気がします。私が彼女の立場なら説得されるうちに相手を殺します」 「できることならあたしだって殺したくはないよ」 「七瀬さんのような考えでは生き残ることは困難です。夕方の放送で新たな死者の名前がまた出るでしょう」 「そうは言っても主催者と対決するにはより多くの同志が必要だよ」 実戦を経験しながらも穏健な路線を採る詩子に対し、未経験ながら強硬な路線の茜。 二人の主張はここでも平行線を辿る。 だが詩子は内心焦りを感じていた。 千鶴を翻意させることにしたのは、七瀬留美と会ってからである。 今までに千鶴には二回襲われている。 次はどうか。何となく嫌な予感がしてならない。 従弟の柏木耕一が死んでしまったからには、もう困難ではないのか。 元よりゲームに乗った者達は生半可な考えで乗ったわけでもあるまい。 カップを持つ手がじっとりと汗ばんでいた。 「かれこれ半日で参加者の半分が死んでます。単純計算でマーダー一人あたり二人以上は殺してるのでは」 「だから?」 「わたしはゲームに乗った人には相応の償いをしてもらう所存です」 「償い──つまり死んでもらうと」 「そういうことです」 平然と答えるや茜は席を立つ。 耳を澄ますと脱衣場からドライヤーの音がしていた。 「智代も同じ考えなの?」 「確認はしてません。風呂から上がったら聞いてみて下さい」 詩子は呆然と後姿を見送る。入れ違いに智代がやって来た。 「入浴剤を入れておいた。いいお湯だったぞ」 「聞きたいことがあるんだけどさ。智代はどうなの?」 詩子は二人分の紅茶を入れながら、茜との遣り取りを話す。 「それは……」 と言って口篭る智代。視線はカップに注がれたままである。 「やはり可能なら説得して翻意させた方がいいよね」 「うーん……」 姫百合珊瑚が苦渋に満ちた顔で話した悲話が頭をよぎる。 妹瑠璃が来栖川綾香に殺された事件は、今後の方針に大きく影響することになった。 同志になって欲しくても、相手にその気がなければ抹殺されてしまう。 また、綾香がゲームに乗ったきっかけは、まーりゃんなる少女に同志を謀殺されたとのこと。 敵ではない振りをして近づき、相手方が対応する間もなく殺してしまう。 実に恐ろしい。恐ろし過ぎる。 顔を上げると詩子に向き直る。 「千鶴さんは諦めた方がいい。来栖川綾香同様、彼女も非常に危険だ」 「うーん……」 今度は詩子が考え込んでしまう。 「とにかくだ、会う機会があっても私の後方から話しかけてくれ。前に出てはいけない」 「そうするよ。でも智代に悪いなあ」 「詩子、上がりましたよ」 頃合よく脱衣場から声がかかる。 結局それぞれが入浴と髪の手入れににたっぷりと時間を使い、出立は遅れに遅れてしまう。 「藤田君とこにいる川名さんだけど、茜と同じ学校の三年生の人だよ」 「えっ、盲目のあの川名さんだったんですか」 「見えないって、それは戦力としてはマイナスになるぞ」 二人の視線が智代に向けられる。 「千鶴さんと遭遇すると大変なことになります」 茜がポツリと呟いた。 「藤田君達と合流する?」 「今からでは遅すぎる。無事であればいいが……」 「私に何か武器を下さい」 フォークだけでは心細いだけに、詩子に武器のお裾分けを所望する。 「鉈と包丁があるけど……軽い方がいいかな」 「では包丁をいただきます」 そう言ってビニールの鞘が被さった新品の包丁を腰に括りつける。 三人は外に出ると休憩に利用した家を改めて眺める。 「すっかり遅くなってしまったな。夜間の行動は避けよう。まあ、行けるところまで行けたらいいか」 「この家は電気もガスも使えるんですけど、他の家もそうなんでしょうか?」 「たぶん期待できそうね」 数分後、近くにある川澄舞ら三人の墓を訪れる。 穏やかな昼下がりの風が吹く中、全員で黙祷する。 茜は護の名前が記された簡素な墓標を撫でた。 「明日は我が身、というより一時間後にはあたしらがこうなってたりしてね」 ぶるっと身震いする詩子。 「埋葬されるのはマシな方だろう。多くはたぶん、野晒しだな」 「野晒しか……あたしもそうなるところだったんだなあ」 「これ以降は私語はなるべく控えよう。それから間隔を一メートルほど開けるようにしよう。あとは……」 智代は額に手を当て考える。先頭を行くだけに緊張し、あらかじめ考えておいたことが思い出せない。 「あたしからは……奇襲を受けたら散開する。で、どう?」 「それで結構です」 村の中心部を抜け外周の道を行く智代達。 予想に反して千鶴らマーダーの襲撃はなかった。 順調にいったが河口付近を最後にその先には民家は見当たらない。 「まだ明るいが今日はここまでにしよう」 さっそく詩子が民家のドアを開錠し中へ入って行く。 茜は鎌石村へと続く一本道を振り返る。 (智代ったらビビッてますね。まあ、これぐらい用心した方がいいのかもしれませんが) 時間:2日目17:30】 【場所:D-1、河口付近の民家】 坂上智代 【持ち物:手斧、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式】 【状態:健康、反主催の同志を集める、千鶴と出会えたらその時の勘で対応する】 里村茜 【持ち物:包丁、フォーク、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、救急箱、他支給品一式】 【状態:健康、反主催の同志を集める、ゲームに乗った者を赦さない】 柚木詩子 【持ち物:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、LL牛乳×3 、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式】 【状態:健康、反主催の同志を集める、千鶴と出会えたら可能ならば説得する】 【備考:時計回りに島の外周を移動する予定】 - BACK