私はデイバックを肩に下げ、それからマシンガンをその中に仕舞った。これは愛佳ちゃんの仲間を襲って奪い取った物だ。 でも、私はあの時何故、気絶させるだけに留めたのだろう。障害は排除出来る時に、排除しておくべきでは? ……彼女達を打ち倒す事は余りにも容易だった。あれでは障害に成り得ない、私は無駄な手間を掛けるのを避けたのだ。 ――嘘だ。愛佳ちゃンの前で人を殺したくなかったダケだ しかし、思ったよりも集団で動いている参加者が多かった。梓以外は皆誰かと一緒に行動していた。 このゲームで集団で動く意味は一つ、脱出という共通の目的の為に結束しているのだろう。ゲームに乗った人間は少ない。もしかするとゲームの破壊も可能では? ……駄目だ、もう楓が死んでいる。ゲームの破壊なんてさせない。 私と耕一さんとで皆殺して、皆生き返らせるのだ。優勝したら何でも願いを叶えて貰えるのだから。 ――ムリだ。あれはブラフにすぎナイ 時計を見ると時間的な余裕は無くなっていた。これ以上考え事をしている訳にもいかない。 私はもう一度だけ耕一さんに膝枕をしてあげようとして――そして異常に気付いた。 何か違和感がある。その感覚の出所を探ろうと首を触り、そして分かった。 硬いのだ。耕一さんの首が、とても。耕一さんの鼻孔に手を押し付ける。呼吸をしていない。耕一さんの手首を掴んでみる。脈は無い。 何かの本で見た事がある、死後数時間経過すると、死後硬直が始まると。 ……死んでいる?耕一さんが? まさか、そんな、有り得ない。だってそうでしょ? 耕一さんはあの地獄のような日々から私を救ってくれたのだ。 鬼と化した私に狙われても、私を遥かに凌駕する雄種の鬼に狙われても、生き延びてきたのだ。 今回だってきっとずっと生き延びて、そして私を助けてくれる。 だったらこの耕一さんは――嘘だ。これは耕一さんによく似た、ただの死体だ。 気に入らない。もしこんな物を妹達が見てしまったら、耕一さんが死んだと勘違いして嘆いてしまう。 私はマシンガンを取り出して、耕一さんによく似た死体へと、銃口を向けた。 ――ヤメテ!ソれはコウイちさンよ! 私が引き金を引くと、乾いた音が聞こえて、死体の頭は弾け飛んでいた。 赤黒い液体と透明な別の液体、脳漿だと思われる物や肉の塊があちこちにぶちまけられる。 これでもう安心だ、妹達が見ても勘違いをするような事は無い。 しかし私は確かに耕一さんと出会ったのに、どこで別れてしまったのだろうか。 よくよく考えれば柳川祐也から逃げる時は必死だった。その際に耕一さんを見失ってしまったのかも知れない。 記憶に無いが、耕一さんとよく似た死体を拾ったのもその時だろう。 鎌石村役場に行って、そこにいた人を全員殺した後に、また耕一さんを探そう。 もうこんな死体が散乱している家に用は無い。そう思った私は、この家を後にした。 「ウォプタルさん、またよろしく頼むわね」 木に繋いであるウォプタルさんの頭を撫でてあげると、ウォプタルさんは嬉しそうにクワーッと鳴き声を上げた。 最初に支給された時は驚いたが、よく見ると結構可愛いかもしれない。 思わず目を細めて微笑んでしまう。その時私の耳はばさばさばさという、羽音を捉えた。 私の肩に小さな鳥が飛び乗ってきたのだ。その姿はウォプタルさん以上に愛らしい。 しかし小鳥は甘えるように、鳴いていた。その鳴き声はとても暢気で、無邪気に。 まるで、この島で行なわれている殺し合いなど知った事ではないと言わんばかりに。 それは私をひどく苛立たせる。ウォプタルさんと違って、この小鳥は只の野生動物だ。 嘲笑うかのように平和に鳴き続けているその鳥が鬱陶しくて……私はその鳥を捕まえた。 握り締めた手に軽く力を加えると、鳥は先程までとは一転して、忙しく悲痛に鳴いた。 「いけない子ね。人をからかっては駄目ですよ?」 私の心に、黒い快感が生まれる。 「苦しいでしょう?でもね……」 加える力を増していくと鳥の声は徐々に小さくなっていき……。 「それでも私の苦しさの何百分の一にも満たないのよォォォォォッ!」 肉が潰れる音がして、どろりとした液体が私の手に絡みついた。 静寂に包まれた村の中に人影が三つ。その中に五体満足な者はいない、それぞれが何処かしらに怪我を抱えていた。 話し合いの最中、質問を受けた彰が、口を開く。 「悪いけど、君達の探してる人達とはまだ会ってないよ」 「そっか。宗一、どこにいるんだろ……」 「参ったね、こりゃこの村は外れかな。彰、あんたは探してる人はいないのかい?」 彰は顎に手を当て、ほんの少しばかりの間逡巡したが、答えを出すのに時間は掛からなかった。 ――優勝を目的として行動する以上、僕には本当の意味で協力し合える相手なんていない。 藤井冬弥も、折原浩平も、いずれ殺さなければならない人間の中の一人に過ぎない。 「いないね。僕も知り合いくらいならいるけど、わざわざ探そうとは思ってないよ」 「……」 少女達は肩を落とし、少し落ち込んだような顔をしていた。 (人を探しに来たけど、見つからなかったって事かな。どちらにせよ、彼女達を騙して武器を奪うのなら……この村は離れた方が良いね) この村の何処かには、自分が襲った集団の生き残りがいる筈だった。武器を奪う前に、彼らと出会うのは拙い。 人探しを手伝うという名目で梓達に同行し、別の村へ移動するのが妥当だろう。武器は確実に奪える状況を待ってから奪えば良い。 「あのさ……」 彰が話を切り出そうとしたが、それは中断を余儀無くされる事になる。 「「「――ッ!!」」」 三人が近付いてくる派手な音に気付いたのはほぼ同時。 音は急速に迫ってきて、身を隠す時間は無かった。直ぐにその音の主は梓達の前方、二十メートル程度離れた林の中から姿を見せた。 木陰から現れた奇妙な生物は、梓達の存在には気付かずに一直線に走ってゆく。背中に一人の女性を乗せて。 女性は所々に血の滲んでいる服を纏い、奇妙に歪んだ表情をしていた。 凄惨というに相応しいその姿だったが、梓には一目見ただけでその女性の名前が分かった。 「千鶴姉ぇぇぇ!」 梓は跳ねるように叫ぶと、足が訴える激痛に構わず、ウォプタルが走り去った方向へと駆け出した。 【時間:二日目・13:45】 【場所:C−3】 柏木千鶴 【持ち物:支給品一式(食料を半分消費)、ウージー(残弾22)、予備マガジン弾丸25発入り×3】 【状態:左肩に浅い切り傷(応急手当済み)、肩に怪我(腕は動く)、マーダー、狂気、血塗れ、鎌石村役場へ】 ウォプタル 【状態:千鶴が騎乗】 柏木梓 【持ち物:グロック19(残弾数7/15)、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×11、特殊警棒、強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)、支給品一式】 【状態:千鶴を追跡中。右腕、右肩、左腕、右足、左足負傷(全て応急処置済み)。目的は初音の保護、千鶴の説得】 湯浅皐月 【所持品1:セイカクハンテンダケ(×1個+4分の3個)、.357マグナム弾×15、自分と花梨の支給品一式】 【所持品2:S&W M60(2/5)、宝石(光3個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金】 【状態:不明。左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】 七瀬彰 【所持品:薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】 【状態:不明。右腕致命傷(ほぼ動かない、止血処置済み)、疲労、ステルスマーダー化、服は着替えたので返り血はついていない】 ぴろ 【状態:皐月の頭の上に乗っている】 - BACK