三人




診療所の一室で、傷付いた秋子と観鈴は寝息を立てている。
その部屋で、環、敬介、往人の三人は情報交換を行なっていた。
思い思いに、それぞれがそれぞれの経緯を語る。
一通り話を終え、往人がその内容を確認する。
「つまり、観鈴はまだ晴子が死んだ事を知らないんだな?」
「ええ。私はまだその事を教えてませんし、もう少し時間を置いてから教えるべきだと思います」
「そうだね……」
歩んできた道は違えど、観鈴を思う気持ちは変わらない。
だからこそ揃って憂いの表情を浮かべ、溜息をつく。
そのまま三人は黙り込んでしまった。

静寂の中、時だけが経過してゆき―――
やがて、往人がポツリと呟いた。
「なあ、敬介」
「何だい?」
「晴子は―――」
「……やり方は間違っていたけれど、晴子は最期まで観鈴の為に戦いながら逝ったよ」
「……そうか」
再び訪れる沈黙。
そして往人は、かつての生活へと思いを馳せた。


終わりの無い、永き旅路の途中で観鈴と出会った。
観鈴と晴子と、三人で暮らしたあの家での生活。
旅人である自分にとって、それはあくまで一時的な物に過ぎなかった筈だ。
しかし彼女達との生活には自分が忘れかけていた暖かさが確かにあった。
陽気で豪快で、時に暴走しがちな性格の晴子であったが―――嫌いじゃなかった。
酒盛りの相手をさせられた事も、人形を撥ねられた事も今となっては懐かしく感じられる。
もう―――あの日々は戻らぬ思い出になってしまったのだ。

ベッドで眠っている観鈴へと視線を移す。
観鈴は母親の死を乗り越えられるだろうか。
分からない……いや、きっと大丈夫だ。
観鈴は強い子だから。
そう、信じたい。

・

・

・

往人達とは別の病室。
宗一と葉子は体を回復させるべく、睡眠を取っている。
英二はソファーに座り、身を休ませている。
そんな中、リサは栞が使っているベッドのすぐ傍で椅子に腰を落としていた。
「栞、気分はどう?」
「薬を飲んでぐっすり寝たら、だいぶマシになりました」
「良かった。本当、一時はどうなるかと思ったわ」
流石に診療所というだけあって、薬は一通り揃っていた。
解熱剤のお陰で栞の熱は下がった。
全快にはもう少し時間を要するだろうが、まずは一安心だ。
リサが安堵の息を吐いていると、あかりがお盆を持って病室に入ってきた。
お盆の上には湯気を上げている茶碗が沢山置いてある。
「皆さん、おかゆはいかがですか?」
「Oh!美味しそうね」
「ありがとう、あかり君。頂くよ」
英二が軽く礼を言い、差し出される茶碗を受け取る。
あかりは会釈した後、リサと栞の分を配ろうとした。
「栞、ちょっと待って」
「?」
リサは栞の分のおかゆを手にした。
一同の疑問の視線に気付く事なく、何度か息を吹きかけてから、栞にそれを渡す。
「はい、冷ましたから安心して食べてね」
「あ、ありがとうございます……」
いささか過剰な気遣いに面食らっている栞。
その様子を見た英二はぷっと吹き出した。
「英二、どうしたの?」
「いや失敬。まるで親子みたいで、おかしくてね」
我慢出来ずに、ついついまた笑ってしまう英二。
あかりも釣られて笑い出した。
笑い続ける二人とは反対に、リサと栞は見る見るうちに頬を膨らませる。
「……それって私がママで栞で娘って事?私はまだまだ若いわよ」
「そんなこと言う人嫌いです……私、こう見えても高校生なんですからねっ」
「う……」
一応紳士であるつもりの英二としては、女性二人に批難されたままなのは頂けない。
英二は慌てて謝罪を始めていた。
あかりも笑う事を止めて、椅子に腰掛けた。

(そう言えば……この島に来てからこんなに笑ったの、始めてかも)
おかゆを口にしながら、あかりはふと、そんな事を思った。
絶望的な状況なのに、ここにいる人達は皆明るく振舞っている。

―――しかし忘れてはいけない。

ここに来たばかりの時、リサは言った。
『栞には祐一が死んだ事は話さないで頂戴』
あかりにはリサがそう言った理由が簡単に分かった。
栞の姉、美坂香里は自分の暴走のせいで死んでしまった。
続けざまに探していた人に死なれては心へのダメージが大き過ぎるだろう。
……もう大勢の人間がこの島で命を失っている。
生き残った者も皆、深い悲しみを抱えている。
誰一人として、例外無く。
この島は―――地獄なのだ。


・

・

・

怪我人達の治療も、情報交換も、食事も、終えた。
そして、診療所の玄関で、往人、あかり、環の三人は出立しようとしていた。
見送りに来たのはリサ、英二、そして敬介だ。
「あなた達、もう行くの?」
「そうだ。俺には観鈴の他にも守りたい奴らがいる……あまり遠くには行けないが、せめてこの村くらいは探索しておきたい」
聖、美凪、そしてみちる。
この二人の名前は放送で呼ばれていなかった。
出来る事なら彼女達も見つけ出して、守りたい。
それにあかりの探している人間もまだ見つけていない。
ここで自分だけのうのうと過ごす気にはなれなかった。
「でもこの村の何処かに殺人鬼が潜んでいるかもしれない。やっぱり僕も行った方が……」
「駄目です、英二さんまで来たらここの守りが薄くなってしまいます」
この診療所には多くの怪我人がいる。
いくらリサといえども一人で守りきれる範囲には限度がある。
守りに就く人間は多いに越したことは無かった。
英二もその点は十分に分かっているので、すぐに頷いた。
続いて往人が口を開く。
「敬介も……」
「ん?」
「俺が戻ってくるまで、観鈴をよろしく頼む」
「端からそのつもりさ。安心して行ってきてくれ」
今や観鈴の唯一の肉親となってしまった敬介。
しかしだからこそ、信頼度という点ではこの上無い。
彼が付いていてくれれば、自分がいなくても観鈴は大丈夫だと思う。
危ないのは、英二の言う通り自分達の方だ。
細心の注意を払って動かねば、ミイラ取りがミイラになってしまうだろう。
手にした銃を見つめる。
自分はまだ銃を一回も撃っていない。
いざ戦闘になった時に、狙い通りの場所に弾が飛んでくれるだろうか。

そんな事を考えていると―――突然、近くの部屋の扉が開いて。
「往人さんもいなくなっちゃうの?」
「―――!」
そこには、観鈴が立っていた。




【時間:2日目・午後1時30分】
【場所:I−7】

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数12/20)】
【状態:左肩重傷・右太股重傷・腹部重傷(全て治療済み)、まずは睡眠をとって体の回復に努める、それからの行動は後続任せ】
橘敬介
【所持品:支給品一式、花火セットの入った敬介の支給品は美汐の家に】
【状態@:左肩重傷(腕は上がらない)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て治療済み)】
水瀬秋子
【所持品:ジェリコ941(残弾10/14)、澪のスケッチブック、支給品一式】
【状態:睡眠中、腹部重症(治療はしたが再び傷が開いた)。起きた後の行動は後続任せ】
緒方英二
【持ち物:H&K VP70(残弾数0)、ダイナマイト×4、ベレッタM92(6/15)・予備弾倉(15発×2個)・支給品一式×2】
【状態:健康】
神尾観鈴
【持ち物:フラッシュメモリ、支給品一式】
【状態:脇腹を撃たれ重症(治療済み)】
リサ=ヴィクセン
【所持品:鉄芯入りウッドトンファー、支給品一式×2、M4カービン(残弾30、予備マガジン×4)、携帯電話(GPS付き)、ツールセット】
【状態:健康】
美坂栞
【所持品:無し】
【状態:軽度の風邪】
鹿沼葉子
【所持品:メス、支給品一式】
【状態@:肩に軽症(手当て済み)右大腿部銃弾貫通(手当て済み、動けるが痛みを伴う)。一応マーダー】
【状態A:まずは睡眠をとって体の回復に努める、それからの行動は後続任せ】
国崎往人
【所持品1:ワルサーP5(8/8)、トカレフTT30の弾倉、ラーメンセット(レトルト)】
【所持品2:化粧品ポーチ、支給品一式(食料のみ2人分)】
【状態:氷川村を探索しようとしている】
神岸あかり
【所持品:水と食料以外の支給品一式】
【状態:氷川村を探索しようとしている、月島拓也の学ラン着用。打撲、他は治療済み】
向坂環
【所持品@:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(15/15)、包丁、ロープ(少し太め)、支給品一式×2】
【所持品A:救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:氷川村を探索しようとしている、頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)】
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