「あなたはどうしてそんなに冷静でいられるの?」 水瀬名雪は五メートルほど離れた所でしゃがみ込む長森瑞佳に問いかける。 しかし返答はなかった。聞きそびれたのだろうか。 暫くしてもう一度問いかけようとした時、瑞佳がようやく口を開いた。 「わたしの場合、恵まれたおかげかな」 「恵まれた?」 「うん。襲われる度にいい人に助けられてね。お陰で気持ちを切り替えることができたと思うんだ」 「ふうん……」 月島拓也がいい人なのかと突っ込もうとしたが止めておく。 「わたしも水瀬さんのように助けてくれる人に恵まれなかったら、取り乱していたかもしれない」 答が的を射ていただけに、名雪は立ち上がる気力が萎えてしまった。 「もう少しここに居るから先に戻ってて」 「長居は危険だから早く戻っておいでね」 何度か振り返りつつ、瑞佳は不恰好な姿勢で戻って行った。 何も考えずぼーっとしているのが気楽だったが、気を取り直し拓也達の元へと戻ることにした。 歩き始めて間もなく、名雪は何かに躓き声を上げる間もなく突っ伏した。 足元を見ると、ほど良い大きさの枝が転がっている。 杖代わりにも武器としての棒にも使えそうな代物だった。 名雪は手に取ると黙々と小枝を毟る。 午後の放送が流れたのはそれから間もない時間であった。 相沢祐一の死は、名雪を再び錯乱させるほどの衝撃を与えた。 親友の美坂香里も死んでしまった。沢渡真琴と月宮あゆも。 かろうじて持ち堪えたのは母親の水瀬秋子の名前がなかったからである。 「お母さん、生きてたんだ」 最後に見た秋子は血を流して倒れていた。きっと誰かに助けられたに違いない。 ──ホッとしたのもつかの間、瑞佳の悲痛な声が聞こえた。 「君も聞いただろ。優勝者はどんな願いもひとつ叶えられるって」 「そんな馬鹿げたこと、本気で信じてるの?」 「瑠璃子が生き返るのなら、僕はどんなことでもする」 「そんな嘘信じちゃ駄目だよっ! お兄ちゃん」 「お兄ちゃんと呼んでいいのは瑠璃子だけだ。もう止めてもらおうか」 冷ややかな声。ついさっきまでじゃれ合っていたのが嘘のようである。 「何言ってるんだよ。あなたが呼んでって言ったんじゃないっ!」 瑞佳は生まれて初めてではないかと思うほどの金切り声を上げる。 「……そうだったな。では最後に君を殺すことにしよう。それまでは協力しないか?」 脳裏に初めて襲われた時の記憶が甦る。 ──鹿沼葉子と同じことを言っている! 「嫌だよ。あなたってそんな軽薄な人だったの? 最低だよっ」 用を足しに行った方向とは反対側へ後退る。 視線をずらさずに見える範囲に名雪の姿はない。今の内に彼女には逃げて欲しかった。 踵に何かが当たる。直後、背中が立ち木に阻まれた。 「恐怖に怯える顔もいいね」 「ヒィィィィィィィィッ!」 八徳ナイフが首の皮一枚の差で木に刺さる。 腰が抜け根元にへたり込む。もはや悲しげな眼差しで拓也を見つめることしかできなかった。 「ふと考えたが、君には貴重な時間と水や食料を浪費してしまった。駄賃は貰わないとな」 「駄賃って……あっ、いやあぁぁぁっ!」 拓也はスカートの中に手を入れるとパンティを一気に引き降ろした。 抗う瑞佳の顎にナイフを突きつけ抵抗の意思を封じる。 「お願いです。一思いに殺して下さい」 哀願を黙殺し股間を隠そうとする手を払い退け、女の部分を覗き込む。 「ほう、顔と同じで清楚だ。美しき花弁を僕の物で散らしてやる。いずれ水瀬さんも……え?」 ──水瀬! 拓也はようやく名雪の不在に気づいた。 背後に人の気配がしたがもう遅い。 (──しまったぁ!) 振り返った途端、割れるような衝撃が頭に走る。 意識が途絶える直前、拓也の網膜に憤怒に満ちた名雪の形相が焼きついていた。 瑞佳はすぐさま拓也の手を取り脈を診る。 悪党はまだ生きていた。 安堵の溜息を漏らし、名雪を仰ぎ見ると二撃目を振りかぶっていた。 「お願い。命だけは助けてあげて!」 名雪の腰にしがみつき哀願する。 あわや殺されるところだったが、天性の優しさからか、どうしても拓也の命を奪う気にはなれなかった。 「あなた、何されたかわかってるの? 後顧の憂いを絶つためにも、この外道は殺さないと駄目だよ」 「わかるけど、でも、ここはわたしに免じて助けてあげて」 「駄目っ、放しなさいよっ!」 「お願いだから殺さないでっ!」 「くっ……もうっ、やってられないわっ!」 怒りの矛先を立ち木にぶつけると名雪はそっぽを向いた。 瑞佳は何を思ったか八徳ナイフを手にすると草を刈り始めた。 「お願い。これを撚って紐を作ってちょうだい」 「ええっ、紐?」 なんとなく威圧されてしまい、名雪は言われるまま紐作りをする。 途中瑞佳を窺ってみたものの、何を考えているのかやはりわからなかった。 やがて繋ぎに繋ぎ合わせた二本の紐ができあがった。 「月島さんを後ろ手に縛って」 名雪に指示すると瑞佳は拓也の足首を縛る。 縛り終えると一旦ほどき僅かに緩めに縛りあげる。手首の縛り具合も同様にした。 恐る恐る拓也の頭を触ってみると、幸いにも瘤を認めることができた。 陥没していれば助からないと思ったからである。 包帯代わりに巻いていた拓也のYシャツを脱ぎ、丁寧にたたむ。 「月島さん、大丈夫ですか?」 体を揺すると拓也は意識を取り戻した。 「う……痛っ。クソッ、不覚を取ったか」 「よく聞いて下さい。縛り具合は若干緩めにしてあります。時間をかければほどけるでしょう」 「お前馬鹿じゃないのか? 疲労が脳に回ったか」 「一度は本気で助けていただいたお礼に、命は助けてあげます」 諭すように話しかけると拓也も冷静に対応するようになった。 「いずれ後悔することになるぞ」 「短い間でしたがお世話になりました。では盟約の解消を……」 キスをしようとしたが、拓也は顔を逸らし拒絶した。 「代わりにはなむけの言葉を送ろう。耳を貸せ」 「なんですか?」 淡い期待に胸を膨らませ、顔を寄せる。 「今度見つけたら膣が擦り切れるほど犯してやる。覚悟し……ぐあぁぁぁっ!」 顔の真横の地面に棒が突き刺ささっていた。 「長森さんの好意を無駄にしたいの?」 棒を抜くと名雪は次を振りかぶる。 「……わかった。ありがたく受け取っておく」 「バックは一つ貰って行きます。ナイフは……月島さんのものだから置いていきます」 「ちょっと、長森さん……」 名雪は呆れて物が言えなかった。 暮れなずむ道路上を、鎌石村方面へ歩く二人の少女の姿があった。 日が落ちたとはいえ、あたりはまだ十分明るい。 瑞佳は名雪の肩を借りながら懸命に歩く。 「水瀬さん、怒ってる?」 無言だった。雰囲気からして不快感まる出しなのであまり期待はしていなかったが……。 思うに消防分署に辿り着く前に名雪に殺されるような気がする。だから敢えて先手を打つことにした。 「もういいよ、ここで殺して。助けるふりして殺されるのは嫌だもん」 アスファルトの上に正座すると頭を垂れる。 その姿を名雪は無言のまま困ったように見下ろしていた。 一分ほどの短い時間ではあったが、それはあたかも一時間も二時間にも思えるものだった。 長い沈黙の後、名雪はその重い口を開く。 「殺さないから安心して。あなたとは気が合うことも多いし、これからもいっしょにやって行こうね」 「ありがとう、水瀬さん。恩に着るよ」 瑞佳の目から涙が溢れた。 「担保になるかどうかわからないけど、友情の証として、これからは名雪と呼んで」 「じゃあ、わたしも瑞佳でいいから」 「うん、命懸けの友情だよ。永遠に……」 二人は互いを信頼し合い、ひしと抱き合っていた。 その遥か後方、彼女達が茂みから出て来たあたりに一人の男が差し掛かる。 男は夕暮れに浮かぶ人影を見て呟く。 「二人とも髪が長いな。あれは間違いなく女。しかも飛びっきりのいい女に違いない」 【時間:2日目・18:30】 【場所:D−8西】 長森瑞佳 【持ち物:棒(杖)】 【状態:重傷、出血多量(止血済み)、一時的な回復、消防分署へ行く】 水瀬名雪 【持ち物:支給品一式(食料及び水は空)、ボウガンの矢1本】 【状態:やや精神不安定、消防分署へ行く】 【場所:D−8、カーブ内側の茂み】 月島拓也 【持ち物:トカレフTT30の弾倉、支給品一式(食料及び水は空)】 【状態:拘束(若干緩め)、呆然】 【場所:D−8】 岸田洋一 【持ち物:鋸、カッターナイフ、電動釘打ち機8/12、五寸釘(5本)、防弾アーマー、支給品一式】 【状態:切り傷は回復、マーダー(やる気満々)、目の前の少女達に会いに行く】 【備考:八徳ナイフは拓也から少し離れた茂みの中に放置】 - BACK