深夜の奇襲3




柚原春夏は最大のチャンスを逃したことに対する苛立ちを隠せず、思わず舌を打った。
反動が余りにも大きいマグナムを手懐けるのは難しすぎた、そんな彼女が次に取り出したのは河野貴明の支給品であるRemington M870であった。
ショットガンなので狙撃には向いていないが、それでも彼女の所持する他の銃に比べれば充分マシな照準で飛んでくれる。
棒立ちで会話をする来栖川綾香等を狙った時、既に銃を取り替えていたらという後悔は隠せない。
そう、あのチャンスに満ちた奇襲が失敗に終わった時。春夏は自分の射撃能力の低さを実感するしかなかった。

今までほとんど静止している相手を撃つ形をとっていたからか、彼女の戦闘経験というものは皆無である。
動いている的を狙うことすらも初めてだった、住井護を討てたのも不意打ちという条件があったから成り立ったものである。

(このままじゃ朝になっちゃうわ・・・)

正直、この失敗を糧にまた次の獲物を探しに行きたい衝動に駆られている。
最初は使われていなかった銃を相手が所持していることを知ったこともあり、分の悪さは実感済みだった。

(でも・・・相手は、逃げることをまず第一に考えているだろうし。何か、何かきっかけがあるはずよ・・・)

春夏は粘った、相手が隙を見せる所を。
逃げ出そうとするその背中、ひたすらそれを狙おうとするが・・・やはり、今一歩の所で命中はしないのだった。




一方、柏木耕一は再び頓着状態になる場に対する苛立ちを隠せず、思わず身じろぎをした。
綾香が走り去ってから、既に数十分経過している。
気配を窺いながら離脱しようとする度に飛んでくる銃弾、隠れればまたあちらも動きを止め。それの繰り返し。
残弾を確認する、装着されたトカレフの弾は・・・三発。
これ以上の応戦は厳しい、相手が詰め寄ってきたら耕一も打つ手がなくなる。
自身をちょうど隠せるくらいの木、その後ろに身を置き今一度視線だけを這わせてみる。
しかし夜ということもあり、一寸先すら月の光の照らさない場所は目視できない。
辺りが森という条件も邪魔しているのであろう、視界は絶望的だった。

条件的には相手も同じなので、あちらもそれで苦戦している面はあるだろう。
だが、それを抜かしても対面する春夏に対し、耕一は疑問を感じてしまう。

(・・・・・・じゃあ、何であの人はこっちを追い詰めようとしないんだ?)

確実に仕留めるのであれば、少しせまるだけでも耕一にとっては脅威である。
むしろ山頂にて争っていた距離感の方が、恐ろしさは数倍だった。
装備的にあちらが無理をしているようには見えない、むしろかなり好き勝手に発砲してくるのでその所持する銃弾の数にも限界がないように思える。
ならば、何故詰め寄ってこない。つっこんでこない。

(・・・・・・服の上に着込んでいたのは、防弾チョッキとかの類だよな?)

それだけの好条件を、彼女自身理解しているのだろうか。
そんなことを考えていた耕一の脳裏を、一つの結論が弾き出す。

(試して、みるか)

一か八か、だが決着をつけるのであればそれしか思いつかなかった。
いつまでもこんなことを繰り返していたら朝になってしまう、それに先ほど別れた仲間達と合流することだって時間が経てば経つほど難しくなっていくのは分かりきった事実である。
彼女の放つ銃弾で居場所の検討はついている、耕一は手にするトカレフ握る手に力を込め、そして。
一気に、走りこんだ。勝負を決めるために。

静まり返った森の中、耕一の駆ける足音だけが響く。
いきなり接近を図ってくる耕一に向かって春夏のショットガンも火を吹くが、ジグザグと的にならぬよう機敏に動く彼にそれが当たることはない。
弾道を見極め、耕一はあっという間に春夏との距離を縮めていった。
そしてついに、相手の姿を目で捉えられる所まで接近することに成功する。
・・・・・・耕一自身、人を撃つことに対し躊躇するような思いは全く持っていなかった。
勿論相手にもよるが、このようなゲームに乗って暴れるような輩に対し慈悲をかけてやる気など到底なかった。
その冷徹さの正体は彼自身も気づいていない、しかし与えられた状況を耕一は・・・・・・いや、鬼は。
逃すはずが、なかった。

迷いなど一切ない素早い動きでトカレフを構える、次の瞬間その引き金は連続して引かれていた。
放たれた銃弾は二発、それは正確に春夏の防弾アーマーに撃ち込まれる。
さすがの春夏も衝撃で尻餅をつく、その手からショットガンがこぼれた場面を目にし耕一は勝機を確信した。




この武装の差で彼が逆転できたのは、春夏自身の覚悟の違いに他ならない。
そもそも春夏の覚悟というのは「ゲームに乗って人を殺す覚悟」であり、「自分が死んでもいいから相手を殺す覚悟」ではない。

つまり、春夏も恐れているのだ。自身の、死を。
十人殺さなければ娘は死ぬ、だが自分が死んだ時点でもそれは同じ。
人を殺して、自分は生き抜くということ。
危険なリスクに乗ろうとしない、その姿勢を見抜いた耕一にストレートに攻め込まれたことで、今度は春夏の方が追い込まれる立場になった。

絶体絶命の春夏、トカレフに残った最後の一発で止めを刺すべく、耕一はさらに彼女に近づいてくる。
しかし春夏の執念も、ここで簡単に諦めがつくほど浅いものではない。
・・・・・・また、彼女の手数というのも取り落としたショットガンだけではない。それに固執する理由もないのだ。

警戒しながら近づいてくる耕一を横目に、春夏は自分の鞄の中身を漁った。
金属の塊が指先を掠める、先ほどまで使用していたのだから目的の物は簡単に見つけることができたようだ。
立ち止まり再び照準をこちらに合わせるべく耕一が構えをとろうとした時点で、春夏もマグナムをしっかりと握りこんでいた。
それは鞄の中という彼の視界には映らない場所で行われていた準備、彼女の姿勢のおかしさに耕一が気がついた時にはもう遅い。
正確な射撃をとろうとした、そのために敢えて作った間が仇となる。
なりふり構わず鞄の中から引き出した手の勢いで春夏は発砲してきた、耕一が身構える暇もなくそれは彼の利き腕を掠っていく。
めちゃくちゃな照準であったがお互いの距離が近いことが利点へと働いたことになる、くぐもった声を上げ膝をつく青年を見て今度は春夏にチャンスが訪れる。
二の腕辺りが赤く染まる様を冷静に一瞥し、その手からトカレフが取り落とされたことを確認した後春夏はそっと距離を詰め始めた。
顔を上げようとする青年の額にマグナムの切っ先を押し付ける、悔しそうな表情に罪悪感が沸かないでもないが・・・・・・春夏はそんな思いを表面には出さず、一定の声色で話しかけた。

「残念だったわね」
「本当だよ。ここまで来て、か」

近づいて見て初めて分かったが、彼の腕の傷自体はそこまでひどくなかった。
あくまで少し掠れただけなのであろう、出血も既に止まっている。
もし耕一がトカレフを離さず掴み続けていたら、対抗することもできたかもしれない。
だが結果はこれだ。
今までかわされ続けたマグナムの弾丸も、この距離では外れないであろう。
慈悲のない春夏の視線が物語る未来、意気込んでいた青年も全てを諦めたかのように苦笑いを浮かべ始める。その時だった。

風が、一陣の風が音を立てて場を包む。
それと同時に鳴り響くのは靴音、地面に生い茂る草木を踏み潰す軽快なリズム。
余りにも唐突であった接近に、二人ともすぐには反応ができないでいた。そして。

「・・・・・・そこまで」

次の瞬間場に響いたのは、凛とした少女の声だった。
聞き覚えのあるそれに反応し、耕一は思わず視線を上げる。
春夏の背後、チラチラと目に映るのは夜風で舞う黒髪とひらひらと揺れる赤いスカートだった。
耕一の知っている彼女の髪は束ねられていた、今は解放されているがどうやら人違いでもなさそうで。
心当たりは、一人しか思いつかなかった。

「耕一、遅くなった」
「馬鹿野郎・・・・・・でも、サンキュ」

マグナムを耕一にあてがう春夏の首には、川澄舞の持つ日本刀の刃がほんの少しだけ食い込んでいた。




柚原春夏
【時間:2日目午前3時半】
【場所:F−5南部・神塚山】
【所持品:要塞開錠用IDカード/武器庫用鍵/要塞見取り図/支給品一式】
【武器(装備):500S&Wマグナム/防弾アーマー】
【武器(バッグ内):おたま/デザートイーグル/レミントンの予備弾×20/34徳ナイフ(スイス製)】
【状態:このみのためにゲームに乗る】
【残り時間/殺害数:9時間49分/4人(残り6人)】

柏木耕一
【時間:2日目午前3時半】
【場所:F−5南部・神塚山】
【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(1/8)・大きなハンマー・他支給品一式(水補充済み)】
【状態:春夏と対峙、右腕軽症、柏木姉妹を探す】

川澄舞
【時間:2日目午前3時半】
【場所:F−5南部・神塚山】
【所持品:日本刀・他支給品一式(水補充済み)】
【状態:耕一の援護に、祐一と佐祐理を探す】
【備考:髪を下ろしている】

Remington M870(残弾数1/4)は周辺に落ちている
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