残された者達




「祐一……」
環は目を見開いたまま立ち尽くしていた。何があったかは分からない。
今自分に分かる事はたった一つだけだ。

――元々の友達とここで出来た仲間。天秤になんてかけれねーよ。だからこそ間違ってるほうを止めるしかないじゃねーか

今でも一字一句間違う事なく、はっきりと思い出せるその言葉。
目を逸らす事無く厳しい現実を捉え、正しく強く生きる事を教えてくれた少年。相沢祐一は、死んだ。
事実を認めた環は千切れるくらいに拳を握り締め、目を瞑る。
お互いに助け合ってきた大切な仲間、一緒に生き延びる事を誓い合った大事な同志が死んだ。
だけど、泣けなかった。今にも壊れてしまいそうな程悲しいのに、涙が出てこない。
弟に殴られた傷の影響で体の機能に異常をきたしているのか、もしくは涙が枯れてしまったのか。
きっと、そのどちらでもない。理性が、そして記憶の中にある二人の少年の姿が、泣く事を拒絶させる。

――俺人を殺してるんだ

――タマ姉! 俺がまーりゃん先輩を足止めするからその人達と行ってくれ!

強かった。彼らは本当に強かった。こんな環境の中でも自分を見失う事無く、時には冷酷に、時には優しく、やるべき事を遂行してきた。
それに比べて自分はまだ何もしていない、何も守れていない。
周りを見渡す。大勢の見知らぬ人間、そして地面に、服に、腕に、足に、付着している血。
まだ自分は生きている、動けない程の重傷でもない。今やるべき事は泣く事なんかじゃない。
「環君、これは……」
環の心の中の葛藤が終わるのを見計らったように、英二が話し掛けてくる。
何をするべきか――この場面で、祐一や貴明ならどうするか。
「事情の説明は後でお願いします。まずは怪我をしている人達を診療所へ運びましょう」
「――分かった」
気遣う英二を跳ねつける様に、凛とした声で告げる。
当面の行動目的と、自身の内心を伝えるにはそれだけで事足りる。少しばかりの空白の後、英二は頷いた。
治療が必要な者が多過ぎる、まずは彼らを助けなければ。
環と英二は動ける者に助力を要請しようと足を踏み出そうとし――草を踏みしめる音が聞こえた。

「宗一!」
「――っ!?」
環の目に飛び込んできたものは、少女を背負った外人の女性。
金髪の美しい髪、青い色の瞳。そして均衡の取れた体付き。自分もスタイルには自信があったが、外人には敵わないと思い知らされる。
このゲームの鉄則は人を安易に信用しない事。慌てながらも地面に落ちているレミントンを拾う。英二も懐から銃を取り出そうとしていた。
しかし、二人が銃を構えるより先に――外人女性は銃をこちらに向けて構えていた。
「Don't move!」
「くっ……」
神業じみた速度だった、と言っていい。
女性は自分達より遅れて行動に移ったにも、そして少女を背負っているにも関わらず、片腕だけで先に銃を構えていたのだ。
その動作はあまりにも手馴れており、あまりにも速過ぎた。
――勝てない。
直感で分かった。自分達のような素人が何人いようとも到底歯が立たない。
蒼い目から発される、射抜くような凍り付いた視線。
その視線は自分達のほんの僅かな動きすら、見落とす事はないだろう。
向けられる黒い銃口、その奥に覗く漆黒の闇。
その闇から吐き出される鉛球は、文字通り一瞬で自分達の命を奪い尽くすだろう。
圧倒的な死の予感に、環の体を緊張が支配する。追い詰められた環を救ったのは、宗一の一言だった。
「待て、リサ!こいつらはゲームに乗っていない!」
「……OK」
宗一とリサと呼ばれた女性の間柄は知らないが、相当の信頼関係で結ばれているのだろう。
リサはあっさりと銃を下ろし、極度の緊張から解放された環もまた武器を手放した。
ほっと胸を撫で下ろし、金髪の女性に近付き握手を交わす。
「Sorry、いきなり銃を向けてごめんなさい。私はリサ=ヴィクセンよ」
「こちらこそ悪かったわね。私は向坂環よ、よろしく」
「僕は緒方英二だ、よろしく頼む」
「よろしくね、環、英二。……それじゃ、まずは怪我をしてる人達を診療所に運びましょうか」
簡単な自己紹介を終えると、各自が動き出し怪我人の運搬を始めた。

* * * * * * * *

(観鈴……)

往人は泣き続けている観鈴になんと声を掛ければ良いか迷っていた。
出来る事ならこのまま少年の遺体の傍に居させてやりたいが、観鈴は怪我をしている。
言っても聞かぬようなら、無理やりにでも連れて行くしかない。
意を決し観鈴に近付こうとしたその時、後ろで何かが動く気配がした。
「く……ぅ……」
「――秋子?」
見ると、秋子が未だに血が止まらぬ腹を押さえていた。
脂汗を垂らすその顔からは血の気が引いており、立っているだけでも辛いのか、体は小刻みに揺れてる。
その様子はどう見てももう限界だったが、驚くべき事に秋子は足を引き摺りながらも歩き去ろうとしていた。
放っておく訳にもいかず、肩を掴んで制止する。
「――離し、なさいっ……」
「何処へ行くつもりだ?それ以上無理をすれば――死ぬぞ」
「構いませ……ん、こうなった一因は……私にありますから、この命に、代えても――娘だけ……でも、助けます」
予想通りの答え。分かっている、今の彼女にはどんな言葉も通じぬ事は。
秋子は目の焦点すら合っていない。あれだけ血を流せば意識も朦朧としているだろう。
そんな状態の彼女を突き動かしているのは、半ば狂気の域にまで達している責任感、そして喪失への恐怖だ。
「済まん」
「――っ!?」
次の瞬間には秋子の首を手刀で打っていた。ぐったりしたその体を抱き上げ、診療所に向かって歩き出す。
彼女が起きたら恨まれるだろうか――きっと、恨まれるだろう。
当然だ、詳しい事情も知らない他人に過ぎぬ自分がこんな事をすれば。
だが、それでも構わない。自分は死後の世界など信じてはいない、たとえどんな事になろうとも生きている方が良いに決まっている。
それに秋子は娘がいると言った。母親が死んだ事を娘が知れば、深い絶望の闇に突き落とされるだろう。
もうこれ以上観鈴のような不幸な境遇の少女を増やしたくは無かった。


* * * * * * * *

「――観鈴君、行こう」
「祐一さんを置いていくの?そんなの嫌だよ!」
「観鈴……祐一はもう、遠い所へ行ってしまったのよ」
「だったら……だったら私もそこに行く!祐一さんを一人でなんて、行かせられないよ!」

観鈴は声を張り上げ、涙を流している。環も英二もその対応に苦慮していた。
気持ちは分かるがこのままでは、観鈴の容態が更に悪化しかねない。
事実観鈴の顔色は一段と悪くなっている。もう一刻の猶予も無い。
どうすべきか――二人が結論を出すより早く、一人の男が表れ、すいと観鈴を抱きかかえていた。
「お、おとう……さん?」
「え?」
「そうさ、お前のお父さんだよ」
敬介は、左肩を負傷しており片腕しか使える状態ではない。それでも無事な右腕だけでしっかりと観鈴を抱き締めていた。
それから彼は、くるりと英二達の方へと振り向いた。
「聞いての通り、僕は観鈴の父親――橘敬介という者だ。ここは僕に任せてくれないかな?」
「……分かった、観鈴君を頼む」
出会ったばかりの男だが、父親なら自分達以上に観鈴を大事に思っているに違いない。
彼に任せておけば、大きな間違いはないだろう。英二はそう判断した。


敬介は礼をするように軽く頭を下げると、診療所へと踵を返した。いざ強引に運んでみると思ったよりも観鈴の抵抗は少なかった。
正しくは、今の観鈴の体には抵抗する余力が無かったのだ。移動を続けながら、すすり泣く観鈴に敬介が話し掛ける。
「観鈴。あの少年が、最後に言った言葉を覚えていないのかい?」
「祐一さんの、言葉?」
「明るく、笑いながら生きてくれ。あの少年はそう言ったんだ。観鈴がこんなんじゃあの少年が、あまりにも報われない」
「こんなに辛いのに、こんなに悲しいのに、そんなの出来るわけないよ……」
「そうか。でも――観鈴が何と言おうと僕がお前を死なせはしない」
抱きしめた腕に少し力を込める。死んだ晴子の、祐一の代わりに自分が観鈴を守る。
それは敬介にとって、絶対に揺らぐ事の無い誓いだった。





残された環と英二は、地面に落ちている様々な道具を拾い集めていた。
そんな中、環がポツリと呟いた。

「ねえ、英二さん」
「――何だい?」
「後どれだけこんな事を繰り返せば、この悪夢は終わるんでしょうね……」
「僕には分からないが……。でもきっと、少年ならこう答えるんじゃないかな」


――どんなに長く苦しい悪夢でも、醒めない夢なんてねえよ。




【時間:2日目・午前9時10分】
【場所:I−7】

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数12/20)】
【状態:診療所へ、左肩重傷(腕は動かない)、右太股重傷(動くと激痛を伴う)、腹部を銃で撃たれている(急所は外れている)】
橘敬介
【所持品:支給品一式、花火セットの入った敬介の支給品は美汐の家に】
【状態@:左肩重傷(腕は上がらない)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て応急手当済み)】
【状態A:観鈴を抱き上げている、診療所へ、背中に痛み】
水瀬秋子
【所持品:ジェリコ941(残弾10/14)、澪のスケッチブック、支給品一式】
【状態:気絶、腹部重症(治療はしたが再び傷が開いた)。名雪を何としてでも保護。目標は子供たちを守り最終的には主催を倒すこと。】
緒方英二
【持ち物:H&K VP70(残弾数0)、ダイナマイト×4、ベレッタM92(6/15)・予備弾倉(15発×2個)・支給品一式×2】
【状態:若干疲労】
神尾観鈴
【持ち物:ワルサーP5(8/8)フラッシュメモリ、支給品一式】
【状態:診療所へ、脇腹を撃たれ重症(容態少し悪化)】
国崎往人
【所持品1:トカレフTT30の弾倉、ラーメンセット(レトルト)】
【所持品2:化粧品ポーチ、支給品一式(食料のみ2人分)】
【状態:秋子を抱き上げている、診療所へ】

神岸あかり
【所持品:水と食料以外の支給品一式】
【状態:宗一の移動を手伝いながら診療所へ、月島拓也の学ラン着用。打撲、他は治療済み(動くと多少痛みは伴う)】
向坂環
【所持品@:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(15/15)、包丁、ロープ(少し太め)、支給品一式×2】
【所持品A:携帯電話(GPS付き)、ツールセット、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:疲労、頭部に怪我、全身に殴打による傷】
リサ=ヴィクセン
【所持品:鉄芯入りウッドトンファー、支給品一式×2、M4カービン(残弾30、予備マガジン×4)】
【状態:栞を背負っている、宗一の移動を手伝いながら診療所へ】
美坂栞
【所持品:無し】
【状態:酷い風邪で苦しんでいる、睡眠】
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