荘厳な玉座に、一人の女が座っている。 女、水瀬秋子は閉じていた目を開けると、静かに告げた。 「―――あかりさんの反応が……途絶えたようですね」 「な……!?」 傍に控えていた少女、巳間晴香が色めき立つ。 「あの神岸が敗れたというのですか……! 一体、誰に……!?」 「……」 晴香の疑問に、秋子は答えない。 ただ静かに目を伏せ、一言だけを呟く。 「BLの使徒の力……私たちの想像を超える速さで進化を続けているのかもしれません」 「観月……マナですか」 晴香が、苦々しげにその名を口にする。 「信じられません。昨日今日、BLに目覚めたばかりの小娘が、そのような……。 ましてあの神岸を退けるなどと……!」 しばらくの沈黙の後、晴香が意を決したように顔を上げる。 「……こうなった以上、私も打って出ようと思います。 つきましてはどうか、お許しを賜りたく」 「晴香さん、それは……」 「存じております。今はGLの本願が叶うかどうかという、大事な時期。 軽挙妄動は厳に慎むべき……。しかし、」 熱っぽい口調で、晴香は続ける。 「神岸の敗因を、私なりに考えておりました。 そう、襲い受とはいえ、受は受……。網を張り、待ち受けるがその真骨頂。 それを奴めは勘違いして自ら仕掛けていき、故にBL如きに遅れをとったのでしょう。 己が本領を見誤ったからこそ、神岸は敗れたのです」 その燃えるような瞳を見据えて、秋子が口を開く。 「……そして、あなたは」 「はい、『鬼畜一本槍』の名は伊達では御座いません。 我が本領は鬼畜責……この身一つで敵中へ斬り込み、喰って喰って喰い荒らす……! それこそが我がGLの在り方に御座いますれば」 言って、秋子の言葉を待つように頭を下げる。 その姿に小さく溜息をつくと、秋子はどこまでも静かな声で命を下した。 「……わかりました。頼みましたよ、晴香さん」 「はっ! 必ずや、ご期待に沿う働きをしてご覧にいれます! すべてはレズビアンナイトのために!」 深々と頭を下げた、次の瞬間には、晴香の姿は既になかった。 遠くから、力強い足音だけが響いてくる。 足音は瞬く間に遠ざかっていった。 その素早さに、秋子はもう一度だけ小さな溜息をつく。 「……すべてはレズビアンナイトのために、ですか……。 つらいものですね……何もかもを知る、というのも」 小さな呟きを最後に、玉座の間に静寂が戻る。 と、肘掛に頬杖をついて何か考えるように目を閉じていた秋子が、唐突に口を開いた。 「―――さて、そろそろ出てこられてはいかがですか?」 答えるものとて無い。 天井に反響する声だけが、空しく響き渡る。 しかし秋子の眼は、中空のただ一点を見つめて動かない。 「……」 沈黙が支配する場を打ち破ったのは、一つの声であった。 「―――あはは、バレてたか。さすがはGL団総統・シスターリリーだね〜」 灯火揺らめく洞窟にそぐわぬ、明るい声。 何の変哲も無い岩壁から、その声は響いていた。 岩としか見えぬそれが盛り上がり、見る間に人の形をとっていく。 それは一人の女性であった。 少女から女性へと変わりゆく期間の女だけが持つ、微妙な色香を醸し出している。 発育途上の身に纏うのは黄色いワンピース。 長い桃色の髪は、頭頂部で一房が跳ねていた。 「その名をご存知ということはBLの方、ですか」 「う〜ん、どうなのかな……」 問われ、首を傾げる女。 「一応、肩書きはBL特殊布教部隊所属、ってことになってるけど。 正直そっちにはあんまり興味ないんだよね」 「ならば、なぜここまでいらしたのです?」 その言葉に、女の表情が微かに動いた。 それまで明るいだけの笑みを浮かべていたものが、どこか底知れぬものを秘めた微笑へと変わる。 「……妹と友達を返してもらいに、って言えばわかるかな?」 一気に鋭さを増した眼光を正面から受け止めて、秋子が穏やかに微笑む。 「あら、あなたがスフィーさんでしたか。……はじめまして、水瀬秋子と申します」 「知ってるよ。でもまあ、そう言われたらあたしも名乗っておかないと失礼だよね。 はじめまして、シスターリリー。あたしはスフィー=リム=アトワリア=クリエール。 リアン=エル=アトワリア=クリエールの姉にして、江藤結花の友達だよ」 「ご丁寧にどうも。リアンさんたちにはいつも助けられています」 「―――無理やりさらっておいて、よくそんなことを言えるねっ!」 秋子の言葉に、スフィーが激昂した。顔から微笑が消え、声音が怒声へと変わる。 堪えていたものが弾けた、といった風のスフィーに、しかし秋子はあくまで静かな声音のまま応じる。 「無理やり、とはおかしなことを仰いますね。 確かにリアンさんたちは私たちの下で暮らしていますが、すべてあの子たちの自由意志です。 私たちは来るものは拒みませんが、あなた方のように無闇な布教を行ったりはしませんから」 「嘘をつかないでっ! ならどうして居場所を教えてくれないの!?」 「……受付に出た者が申し上げたと思いますが、我々の中で暮らすことを望んでいらした方の場合は、原則として 本人からの希望が無い限り、面会をお断りしています。お手紙などの差し入れは受け取っている筈ですが」 「その手紙が返ってこないのは、どういうこと!?」 怒髪天を衝く、とばかりの勢いで詰め寄るスフィー。 対する秋子はどこまでも穏やかに、微笑を崩さない。 慈母の笑みを浮かべたまま、頬に手を当てて答える秋子。 「さあ……それは、ご本人の意思次第ですから」 「話にならないっ!」 吐き捨てて、足を踏み鳴らすスフィー。 「いいよ。そっちがそのつもりなら、こっちも力ずくでいかせてもらう!」 「……仕方ありませんね。少し、お相手をしてさしあげましょうか」 秋子の言葉と同時。 光が、弾けた。 【時間:2日目午前7時ごろ】 【場所:B−2 海岸洞穴内】 水瀬秋子 【持ち物:支給品一式】 【状態:GL団総帥シスターリリー】 巳間晴香 【持ち物:支給品不明・その他一式】 【状態:GLの騎士】 スフィー 【持ち物:なし】 【状態:魔女】 - BACK