欺瞞




麻亜子は生徒会室の中で、一人立っていた。部屋には鼻をつく臭いが充満している……血の臭いだ。
それは、麻亜子自身の体から発される物だった。
「むう、あたしも随分と修羅が板についてきたな……。血の臭いを纏うようになっちゃうとはねぇ。これじゃたかりゃん達と、一緒にいられないじゃないか」
もう彼女は人の命を奪いすぎた。幾人もの人生を潰えさせてきた。
マーダーでは無い人間も、かつて自分と同じ修羅だった人間も、全て。

「後何人殺せば終わりなのか分かんないけど、最後まであたしは戦い続けるよ……」
寂しそうな笑みを浮かべたまま、しかし確固たる決意を秘め麻亜子は呟いた。
最終的にはこの島の全ての人間を殺し尽くし、生徒会の仲間達を蘇らせる。それまで、止まれない。
だがしかし――

「そんなの駄目です!」
背後から、懐かしい声が聞こえた。それが誰のものなのか、聞き間違えはしない。
「さ、さーりゃん!?」
振り向くと、最愛の後輩が立っていた。

麻亜子が最も守りたい人――久寿川ささら。
ささらはとても悲しそうな顔をしている。そんな顔をさせている原因は、間違いなく自分だろう。
麻亜子は胸がしめつけられるような感覚を覚えた。
「先輩、もう人殺しなんて止めてください……」
「さーりゃんは放送を聞いてなかったの?優勝すれば何でも好きな願いを叶えてやるって、主催者が言ってたじゃんか」
「……」
「だったらあたしか生徒会の誰かが優勝して!みんなを生き返らせれば万事解決、結果オーライじゃないっ!」
「先輩はそれで満足なんですか?」
「え?」
「罪の無い人達の命を奪って、本当に満足なんですか?」
「……ああ、そうさ!あたしは元の生徒会が取り戻せればそれで満足、その為なら人殺しなんてお茶の子さいさいさっ!」
「嘘!」
ささらは叫んでいた。麻亜子が知りうる久寿川ささらのどんな声よりも、悲痛な声で。


「そんなの嘘よ……。だって先輩、泣いてるもの」
「え?」
気付くと、自身の頬を液体が伝っていた。それは、涙と呼ばれている物だ。
「先輩泣いてるじゃない!本当は人を殺したくなんてないんでしょ!?辛くて、悲しくて、逃げ出したいのに、自分自身を騙してるだけ!」
「う……うるさい、うるさいっ!あたしは修羅になったんだ!」
「修羅だな、ん、 て」
ささらが何かを叫ぼうとしたが、それ以上言葉が続く事は無かった。

ささらの胸から日本刀の刀身が、突き出していた。傷口から溢れ出た鮮血が、麻亜子の顔に降りかかる。


「さ、さーりゃーーーーーーんっ!」
悲鳴と同時に刀が抜かれる。崩れ落ちるささらの体の後ろから現れたのは、かつて麻亜子が謀った――来栖川綾香だった。
「あははっ、お邪魔だったかしら」
綾香は返り血に染まった日本刀を手に、至福の笑みを浮かべている。その表情を見た瞬間、麻亜子の中で何かが切れた。
「よくも……よくもォォーーーッ!!」
作戦も何も無い。激情の赴くまま、一直線に殴りかかる。綾香はその拳を両手で受けると、背負い投げの要領で投げ飛ばした。
「ごほっ……」
地に叩きつけられ、体の隅まで響く衝撃――それは十分に決め手となるダメージ。
修羅と化した筈だった麻亜子は、僅か数秒で敗北した。
「ナメんじゃないわよ、油断さえしてなきゃアンタみたいなクソガキ、相手になんないのよ」
「あたしを……殺しに、きたの……」
「ご名答よ。因果応報、あれだけナメた真似したんだから、そのくらい覚悟してるわよね?たっぷりと痛めつけてから殺してあげる。……でもその前に、ちょっと余興があるのよ。とっても楽しい、余興がね」
「……?」
綾香は鞄のチャックを開いてみせた。


鞄の中には、赤に塗れた何かが沢山入っている。
じっくり眺めて、それが人の頭だと気付いた。
綾香がそのうちの一つの頭髪を掴んで、誇らしげに掲げた。
頭は一部が砕けている。小さく白い何かが二つ、零れ落ちかけている。鼻は削ぎ落とされており、鼻孔が剥き出しの状態となっている。
もはや原型を留めているとは言い難い姿だった。それでもその頭が誰のものか、麻亜子には分かってしまった。
「た、たかりゃん……?」
それは、かつて河野貴明と呼ばれいてた人間の頭だった。彼は想像を絶する程の凄惨な状態で、息絶えていた。
見る見るうちに、麻亜子の表情が悲痛なものにかわっていき――
「うわああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
「アハハハ、アハハハハハハッ!!そうよ、その表情が見たかったのよ!」


――そこで、映像は途切れた。
気付くと、見知らぬ家の中にいた。
起きるやいなや、麻亜子は吐いていた。それまで食べた物が、すべて床に放出されてゆく。
胃の中身を全部ぶちまけた後も、吐き気は治まらない。目から涙を、口から胃液を垂れ流す。
落ち着きを取り戻し現状を理解したのは、暫く後の事だった。


「なあんだ、夢か……」
何のことはない、ただの夢だったのだ。民家の中で休息を取っている間に、眠ってしまっただけの事だった。
しかし――軽視する事は出来ない。
夢は時に、本人の深層心理を映し出す鏡となる。
夢の場所が生徒会室だったのは、望郷の念によるものだろう。
ささらが出てきたのは、彼女とまた会いたいという願望によるものだ。
ささらが話した内容は自身のもう一つの心、即ち罪悪感によるものだろう。
そして最後に繰り広げられた悪夢は――今まで殺してきた人間の仲間達による、復讐への恐怖心によるものだ。


もう、生徒会室には戻れない。
もう、ささらと会う事は出来ない。会えば彼女まで危険に晒す事になる。
もう、昔には戻れない。
殺した人間の仲間達も、そして麻亜子自身も、自分を許す事は出来ないだろう。
「……あはは、なに分かりきってる事考えてるんだろうね、あたしは。今更後戻りなんて、できっこないじゃん。あんな夢見るなんて、まだまだ修羅になりきれてない証拠だね」
自身の押し隠した感情を吹き飛ばすべく、麻亜子は自分の頬を思い切り叩いた。
大丈夫、これで弱いあたしは消え去った。もう涙なんて流さない、罪悪感なんて感じやしない。

「さーて、疲れも取れたし第2ラウンドと行こうかね?待っていたまえ、哀れな獲物の諸君!」
その声は、もう迷いの無いものに戻っていた。




朝霧麻亜子
【時間:2日目・13:30】
【場所:I−6上部・民家】
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン、サバイバルナイフ、投げナイフ、バタフライナイフ】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【状態:マーダー。現在の目的は生徒会メンバー以外の排除。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている】
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