・・・・・・いつまで経っても、彼女が目覚める気配はなかった。 篠塚弥生に襲われ気を失ってしまった湯浅皐月の様子を窺う、呼吸はしているので命に別状はないだろう。 ほう、と小さく息を吐き、柚原このみは周囲を見回した。 弥生の遺体はまだそう遠くない場所に放置されている、このみの腕力ではそれを動かすことはできなかった。 ・・・・・・目を覚ました皐月は、一体自分のことをどう思うだろうか。 このみにとって、それだけが気がかりだった。 (皐月さん・・・・・・お友達が亡くなっても泣かなかった皐月さん。このみとは全然違う皐月さん・・・・・・) 自分だったら、人を殺した人間を信用できるだろうか。 皐月が人を殺しても、彼女と道を共にし続けるだろうか。 (あはは、分かんないや・・・・・・想像もできないよ) ぎゅっと手のひらを握りこむ。これから一体どうなるのか、不安は募る一方で。 一頻り泣いたことで何とか精神的にも落ち着くことはできていた、今度はこれからどうするかを考えなくてはならない。 まず皐月が目覚めない限り先には進めないというのもあるが、それまでにも荷物くらいはまとめておいた方が良いであろう。 ぽてぽてと、先の争いで散らばった銃の元へ近づいていく。 弥生の鞄には触る気にはなれなかった。彼女の傍にあるワルサーだけ手にし、今度は皐月の手にしていた元はこのみの支給品であった物を取りに行く。 ちょうど拳銃を胸に抱えたタイミングで、このみは背後から聞こえる衣擦れの音に気がついた。 むせ返るような血の匂いで、皐月は目が覚めた。 頭痛がひどい、ぼやけた視界で何とか現状を確認しようと半身を起こしてみる。 ・・・・・・セイカクハンテンダケの効果の切れた彼女は、何が何だか分からないうちに弥生の攻撃を受け気を失ってしまった。 故に、今の自分の状況を理解できることなどできるはずもなく。 視線をさまよわせると、視界に二丁の銃を手にする一人の少女が入った。 少女の制服はよれよれだった、乱闘でもしたのだろうか。髪も、ぼさぼさであった。 そして、何より目についたのは・・・・・・暗闇でも分かる、服についた大量の染みであり。 少女はこちらを見つめ、首を傾げていた。そして、微笑んできた。 可愛かった、懐っこい表情であった。だが、その少女のすぐ後ろに。 身動きをとらない人間の塊が、あった。 「きゃああああぁぁぁぁぁっ!!!」 身動きをとらない人間は、水たまりの中で横たわっていた。 その水たまりの中に、金属の・・・棒のようなものがあった。 そのすぐ傍に愛らしい少女がいた、少女は拳銃を二丁持っていた。 少女の服には、大量の染みがついていた。 身動きをとらない人間は死体だ。水たまりはその人間の出した血だ。 愛らしい少女の服に染みがあった・・・それはきっと、その身動きをとらない人間の、血だ。 電気のついていない境内で色の認識などできない、しかし状況証拠はこれだけ揃っている。 ガチガチと歯が噛みあわない音が響く、皐月は腰をついたまま後ずさりをして何とか少女と距離を置こうとした。 どうしてこんなことになったのだろう、どうしてこんなことに巻き込まれたのだろう。 思考回路は恐怖で構成された、目に映る全てをその対象としか皐月は認識できなかった。 ・・・微笑みかけてくる少女が不気味だった、何故こんな状況で笑っていられるのか気持ち悪かった。 「・・・・・・た、から」 「え?」 「あんたが殺したから!だから笑ってられるんだっ!ひどい、悪魔よ・・・・・・こんな、こんなっ」 「え、あ、あう・・・・・・」 反論をしてこない。少女は、ただ困ったように眉をハの字に寄せるだけだった。 「殺すんだ!きっとあたしを、あぁたしを、殺すんだっ!!イヤよ、絶対嫌よ・・・・・・死にたくない死にたくない死にたく」 ダンッと、肩が硬いものに当たる。 壁だった、もう逃げ道はなかった。 ・・・こんなところで、何もしないで終わるのなんてまっぴらごめんだった。 宗一にも会えないで、エディにも会えないで、ゆかりにも・・・ (・・・・・・あれ、そういえば・・・・・・ゆかりは、どうしたんだっけ・・・・・・) ズキンと、再び頭痛が起きる。 顔をしかめ頭を抑えると、少女がタタッと近づいてきた。 ・・・・・・このみはただ、皐月の身を案じて動いたのだが、今の皐月はそんな彼女の心遣いに気づくことができるはずもなく。 「あああああ!!チャンスだと思ったんだ、あたしのぐあいがわるいと思ったからとどめを刺しにきたのねそうなのね!! イヤよイヤ、殺人鬼!あっちいけええぇぇぇぇ!!!!」 震える足で立ち上がり、皐月はこのみを押しのけ全力で駆けて行く。 背後から自分を呼ぶ声が耳に入るが、それを認識するわけにはいかなかった。 手ぶらだった、自分の荷物を手に取る余裕すらなかった。とにかく、ここから離れることが最優先事項だったから。 ・・・・・・皐月の姿は、あっという間に神社から消えていった。 (・・・・・・このみがいけないの?やっぱり、人を殺すようなこのみじゃダメなの?) 残されたこのみは、呆然と皐月が消えていった神社の入り口辺りを見つめていた。 理解できるのは、皐月が全力で自分を拒否してきたということ。 皐月が自分を見て、怯えていたということ。 (皐月さん、皐月さん・・・・・・) はらはらと、止まったはずの涙が再び流れ出す。 このみの咽び泣く姿の隣、今度はあの人はもういない。 柚原このみ 【時間:1日目午後10時】 【場所:E−02・菅原神社】 【所持品:38口径ダブルアクション式拳銃 残弾数(6/10)・予備弾薬80発・ワルサー(P5)装弾数(4/8)・支給品一式】 【状態:号泣・貴明達を探すのが目的・制服は血だらけ】 湯浅皐月 【時間:1日目午後10時】 【場所:E−02】 【所持品:なし】 【状態:逃亡】 弥生の支給品(レミントン(M700)装弾数(5/5)予備弾丸(15/15)含む)は放置 皐月の支給品(セイカクハンテンダケ(2/3)・支給品一式)は放置 金属製ヌンチャクは弥生の死体付近に放置 - BACK