乙女と修羅と化した鬼




残り、四人。それもほとんどの者が武装をしていない状態。
さっきまで奮闘していたメンバーは既に事切れている、唯一動けるであろうルーシー・マリア・ミソラも膝に抱えた春原陽平のおかげで身動きが取れない状況だった。
柏木千鶴は、勝利を確信していた。黒髪の少女と争っていた柏木耕一も無事に事を終えたようで、こちらに近づいてきている。
顔を向けると微笑み返してくれる彼の存在が心強かった。・・・・・・一人じゃない、その後ろ盾が千鶴の心の支えとなる。
ウージーを今一度構えなおす、これで戦局も終わりを告げるであろう。
ノートパソコンの所持者を抑えれば耕一、そして初音の首輪の問題も解くことが出来る。
運は千鶴の味方であった。

そう、この瞬間までは。


「なーにしてんのよおぉぉぉー!!!!」


それは、叫び。
聞き覚えのない少女の大声、背後から迫ってくる気配に慌てて千鶴は振り向いた。
徐々に大きくなってくる車輪音、ペダルを漕ぐチェーンの音から分かるその正体。
ジャリジャリと小石を踏み潰しながら場に躍り出たのは、一台の自転車であった。
その大胆な登場に唖然となる、自転車は最後の茂み・・・・・・そう、ウォプタルがちょうと飛んできた辺りの場所を突きぬけ千鶴の側面に飛び込んできた。
長いツインテールが、千鶴の目の前で勢いで揺れまくる。それは自転車に乗っていた少女のもの。
千鶴とるーこ達の間に滑り込んできた自転車は、キキーッと急ブレーキをかけいきなり止まった。

場に響くのは、操縦者の少女の荒い呼吸のみ。
余程急いできたのだろうか、上下する肩はまるで長距離を完走した後の陸上選手のようだった。
そんな彼女の背中を、長岡志保や吉岡チエといった戦局面に溶け込むことができないでいた面々も呆然と見つめるしかなかった。
いまだ尻餅をついた姿勢のまま身動きを取らない彼女等に対し、一瞬だけ目をやる少女。
すぐさま視線を戻す、射抜くが如く鬼気迫る睨みは千鶴と耕一の二人に向けられたものであった。

「何してんのよ、馬鹿じゃないの?!そんな簡単に人を襲うなんて・・・信じらんない!」

ストレートな言葉だった。その物怖じしない態度に、精神的タフさを感じる。
語気の強さに妹である柏木梓をどこか彷彿させる節があった、そんなことを思ってしまいすぐさまの対応ができなかった千鶴。
彼女がウージーを持ち直そうとした時には、少女は既に懐から取り出したであろうデザートイーグルをこちらに向けて構えていた。
小さく舌を打ち睨み返すものの、その瞬間目の前の少女の怒鳴り声が再び場に響く。

「武器を捨てなさいっ!!あなた達ね・・・・・・そうやって人を殺して、殺された人の関係者に何て言うつもりなのよ!!」

これまたひどく真っ当な台詞であった。だが、真っ当だからこそ返す言葉は難しい。
出来上がっていく不毛な会話の想像は容易い、はっきり言ってこのような人間と分かり合うことなんてできないのだから。
それは、彼女は修羅になる決意ができている身であったから・・・・・・そして、隣にいる耕一もそうであり。
そんな二人の間、すっと一歩前に出たのは血濡れの日本刀を手にした耕一であった。
今まで黙っていた彼は、膝を崩したままの千鶴を庇うように自転車の少女と対峙する。

「千鶴さん、下がってください。ここは俺が何とかします」

その背中の大きさに胸が高鳴る、頼りがいのある弟分の姿に安堵感が広がっていく。
そう、一人じゃない。一人じゃないから、やり遂げられるであろう・・・・・・どんな困難だろうとも。

「ありがとうございます、ちょっと足の感覚もなくなってきた所なので助かります・・・・・・」

素直にそう、口にする。投げナイフの刺さった場所からの出血はまだ止まっていない、細身ではあったが思ったよりも深く刺さっていたらしい。
千鶴は構えていたウージーを一端降ろし、傷の応急処置を始めようとする。
・・・・・・だが、顔を伏せた途端感じたのは一つの威圧感。
理由の分からない不快感、正体を見るべく今一度顔を上げた千鶴はあのツインテールの少女と即座に目が合った。

「ちづる・・・・・・柏木、千鶴?あなたがそうなの?」

跨っていた自転車から降り、その場に留めながら少女は耕一の向こう側にいる千鶴に向け視線を送り続けていた。
一歩踏み出され距離が少しだけ近づく、しかしその容姿に見覚えは感じられない。
どういうことかと考えた矢先、あの可愛らしい小動物のような彼女の姿が脳裏をよぎった。

「・・・そう。愛佳ちゃんに、会ったのね」
「あなたのことは話に聞いたわ、頼まれたのよ・・・・・・ゲームに乗ったあなたを止めてくれって」
「そうですか。でも、こちらも譲れませんので。手を引くわけにはいきません」

心の安らぎを覚えた彼女との時間、忘れることなんてできるはずはない・・・・・・しかし、それを封印してでも千鶴は前に進まなければいけなかった。

「事情は分からないけど、そういうことだ」

合わせられる耕一の声、生き延びるためにすべきことが明確な二人だからこその、頑なな態度であった。
・・・・・・そんな彼らの様子に、少女も落胆の吐息を落とす。

「そうやって、誰かを傷つけて。それによって傷つく人のことを考えたことがあるの?」

さっきまでの機関銃のような詰問とは一転、憂いを帯びた問いかけの中にはまるでせつなさが込められたかのような寂しさが含まれていた。

「考えないよ、今は。そんなことを思っていたら、こんなことできないからな」

けれど、そんな少女の言葉を耕一は一刀両断にする。
再び鋭くなっていく少女の瞳を飄々と見返しながら、耕一は血の滴る日本刀の切っ先を少女に向け構えてくる。

「これだから男は・・・・・・」
「何とでも言ってくれて構わない。俺達は、もう後戻りできないんだ」
「あんた達みたいな人がいるから、あの人みたいに悲しむ人が出ちゃうんだわ・・・・・・っ」
「悪いけど、君の事情を省みる余裕も時間もないんだ。すぐに終わらせてもらう」

口論が止む、少女と耕一の間に走る緊張感に千鶴も身構える。
耕一の背後で始まるであろう争いを傍観する立場になるであろう、そう。何もしなければ。
耕一の背にいる自分、少女の背後には自転車。そして、その後ろには怯えた役立たずが二人。それだけ。
ここが、決定的な差であった。
耕一にああは言ったものの、銃を手にする少女と対峙するのに日本刀では役不足であろう。
視線を這わせ、この中では異端者に入る部類・・・・・・るーこの様子を確認する。
膝に乗せていた陽平を背後に移しに、彼女も機会を窺っている。だがここから狙うには少々距離的にもきつい面があった。
集中して照準を合わせていたら、それこそ彼女が動き出すチャンスを与えてしまうかもしれない。
・・・・・・余計なことを考えず、千鶴は耕一に対する援護を優先することにした。
静かに、膝元に置きざりになっていたウージーを再び手に取る。少女は気づいていない。
少女と耕一の間の空気は張り詰めていて、両者互いの出方をまだうかがい続けている。
いきなり発砲してこないことから、彼女が人を撃つことに対し冷徹な考えを持っていないことは明らか。
その甘さにつけいる隙は、充分ある。
銃の先端をこっそり彼女に向ける、絶好のチャンスに気が高まった時だった。

「残念、チェックメイト」

これもまた、聞き覚えのない少女の声だった。
後頭部に感じる違和感で、千鶴は事態を瞬時に理解する。
振り向くことが許されない金属の感触に身動きが取れなくなる、焦りを抑えて千鶴は何とか言葉を紡いだ。

「いつの間に、と言えばいいのでしょうか」
「・・・・・・あなたが彼を信じて、自分は他の気配に集中していれば勝算はあったかもしれないわね。そこがあなたの敗因」

気がついたら、耕一も何事かとこちらを振り向いていた。
チエも、志保も。るーこも。視線は千鶴に集中する。
そんな現状に思わず苦笑いが浮かぶ、まさか自分が足手まといになるとは思わなかった。
そんな千鶴にかけられる声は、自転車の少女並みに気の強そうなはきはきとした物だった。

「動かないでね、あなたは今人質ってことになるんだから」
「ここで止めをさした方が、あなた方のためになるかもしれませんよ?」
「七瀬さんも言ってたでしょ。どうも、あなたを全うな道に戻さなくちゃいけないみたいなの」
「・・・・・・」

横目で見ると、自転車の少女・・・七瀬というのが彼女の名前なのだろうか。
彼女は耕一から離れ、少し遠い場所に落ちている元は黒髪の少女が振るっていた日本刀を手にしていた。

「ごめんなさい、柚木さん。そっちは任せたわ」
「任されても困るんだけどねー」
「ちょっと、ここに来て一番頭にきたの。・・・こんな考えの人を放っておくわけにはいかないじゃない」

デザートイーグルがスカ−トのポケットにしまわれ、彼女の装備はそれのみになる。
感覚を手に馴染ませているかの如く、何度か少女は日本刀を振った。
再び耕一の前に戻り、彼女はごく自然に型をとる。

「銃を使わないことで、同じ土俵に上がったつもりか?それが何になる」
「別に手加減しようっていう意味じゃないわよ。単に私の得意分野がこっちだったってだけ。それに・・・叩きのめすなら、こういう武器の方がお似合いかとも思うしね」

ここにきて、初めて少女の顔に笑みが浮かんでいた。

「来なさい。あんたの根性、叩きなおしてあげるわ」

挑発。自信に満ちたそれを、どこか客観的なものに千鶴は思えていた。
・・・・・・六つの視線に晒されたまま、少女は耕一を懐に誘う。
血のついた日本刀を耕一が振りかぶったのは、その直後だった。




【時間:2日目午前11時30分】
【場所:F−2・倉庫前】

柏木耕一
【持ち物:日本刀(血塗れ)・支給品一式】
【状態:マーダー、少し返り血がついている、るーこのパソコンを狙う、首輪爆破まであと21:15】
【備考:遠野美凪について調べる】

柏木千鶴
【持ち物:ウージー(残弾18)、予備マガジン弾丸25発入り×3、投げナイフ×1(血塗れ)、支給品一式(食料を半分消費)】
【状態:マーダー、るーこのパソコンを狙う、太ももに切り傷、左肩に浅い切り傷(応急手当済み)】
【備考:遠野美凪について調べる】

長岡志保
【持ち物:投げナイフ(残り:0本)・新聞紙・支給品一式)】
【状態:呆然】

吉岡チエ
【持ち物:支給品一式】
【状態:呆然】

春原陽平
【所持品1:スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2・他支給品一式】
【所持品2:鋏・アヒル隊長(30分後爆発)・他支給品一式】
【状態:気絶、全身打撲、数ヶ所に軽い切り傷(どちらも大体は治療済み)】

ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品1:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)・スペツナズナイフ】
【所持品2:鉈・包丁・他支給品一式(2人分)】
【状態:状況を見ている、左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み)】

柚木詩子
【持ち物:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、包丁、他支給品一式】
【状態:千鶴にニューナンブを突きつけている】

七瀬留美
【持ち物:日本刀・デザートイーグル(.44マグナム版・残弾6/8)】
【状態:耕一と対峙する・目的は冬弥を止めること。ゲームに乗る気、人を殺す気は皆無】

以下のものは、止められた自転車のカゴに入ってます
【所持品1:デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1、H&K SMG‖(6/30)、予備マガジン(30発入り)×4、スタングレネード×1、何かの充電機、ノートパソコン】
【所持品2:支給品一式(3人分)】

ウォプタル
【状態:特に何もしていない】

【備考:木彫りの星・志保と護の投げたナイフ計3本はそこら辺に落ちている】
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