午後の紅茶




数百メートル先に人影を認める。数えて十二人。
坂上智代と里村茜は物陰に隠れると、固唾を飲んでその集団を凝視した。
面々はは何事か話した後五人が北へ、残りは南へと去って行く。
「ん? 春原か」
「……詩子」
若干遅れて呟く茜。身を乗り出し大声を上げようとする彼女の口が塞がれる。
「どこに敵が潜んでるやも知れん。走って捉まえよう」
二人は走る。とにかく走った。二桁を超える同志がいたことは何よりの励みである。


一旦見失った後、再び目標を捉えた時には南へと去った集団は四人に減っていた。
最後尾を歩いていた柚木詩子が気配に気づき、振り向きざまにニューナンブM60を抜く。
「撃つな、味方だ!」
「味方ですっ!」
直後、姫百合珊瑚とルーシー・マリア・ミソラのそれぞれの銃口が向けられた。
予想外の展開に智代を経験したことのない恐怖感が襲う。
「やめろぉぉぉっ!」
「──待て、仲間だぁっ!」
間一髪で春腹陽平が制した。
再開の喜びも吹き飛び、智代と茜はへたり込んで震えていた。


一同は互いの無事を喜び、近くの民家にて軍議を兼ねたお茶会を催すことにした。
詩子は針金屑を使っていとも簡単に玄関の扉の鍵を開ける。
驚くべきことに、押し入れには携行可能な食料品や日用品が豊富に収納されていた。
冷蔵庫を開けると、常温保存可能の二百ミリリットルパックのLL牛乳が所狭しと置いてある。
LL牛乳に茜は目を輝かせた。
「卵と小麦粉があればいいのですが……」
「何を呑気なことを言ってるんだ。早く紅茶を入れてくれ」
智代に急かされ、茜は紅茶の入ったティーポットを注いで回った。

互いの自己紹介の後情報交換が始まった。
陽平から午前中の出来事──平瀬村での顛末が語られる。
ゲームに乗った者の謀略と仲間の裏切りは、智代と茜に計り知れない衝撃を与えた。
「るーがもう少し早く気づけば、うーまもは死なずに済んだかもしれない」
るーこが住井護の最期を話すと、茜は紅茶を口に含んだまま凍りついた。
先ほどまで味わい深かった紅茶は、この世のものとは思えない風味に化けていた。

「何が本当で何が嘘かを見分けなければ生きて行けないな」
唇を噛み締める智代にメモ用紙が渡される。
【重要なことは筆談でな。首輪には盗聴器がついとるで。他に生死判定と現在位置の発信機もな】
珊瑚のもたらした情報は智代と茜を更に驚愕させた。
溜息をつく二人に助け舟を出すかのごとく陽平が提案を申し出る。
「よかったら僕達と行動を共にしないか? 人数が多い方がより安全だ」

智代は思う。少なくともこの面々が裏切ることあはあるまい。陽平のいう通り一理ある。
ただ柳川裕也のような統率力のある社会人がいないのは何とも痛い。
自身がアクの強い性格だけに各々と意見が対立することが多と予想される。
「気遣いは有難いが、私は思うところあるゆえ独立行動を取りたい。茜はいかがかな?」
「智代と同行したいと思います」
「そうか……残念だな」
「うーへい、気を落とすな。うーともはそれなりに考えあってのことなのだ」
るーこが励ますのを智代はじっと見ていた。
(彼女なら春原の守役になってくれるに違いない)
智代は咳払いすると申し訳なさそうに要望を口にする。
「私も茜も保有する武器が貧弱ゆえ、できればもう一人加勢をお願いしたい」
「……春原君、るーこさん、姫百合さん、あたしいいかな?」
詩子が遠慮がちに尋ねる。
「ま、いいか。では智代と里村さんを頼む。な、お二方」
るーこも珊瑚も快諾し、ささやかなお茶会は無事に終了した。

智代と陽平以外の者は携行品を整えると、さっさと玄関の外へと出ていった。
頃合いを見て陽平が最後の打ち合わせなどと言いながら、隣の部屋に智代を招き入れる。
「私達は時計回りに外周を進んで同志を集める。今度会うのは無学寺あたりかな」
「……智代」
突然陽平が顔をクシャクシャにして抱きついてきた。
「わっ、何をする。狂ったか?」
「なんだかもう、会えないような気がするんだ。少しの間でいい、我侭を聞いてくれ」
「おまえ男だろ、しっかりしろ」
叱咤する声が震えていた。日常なら引っ叩くはずが、思考が激しく混乱していた。
「夕べはありがとな……お前死ぬなよ、絶対に」
「礼は茜に言え。それから、それから……春原こそ、うぐっ、うぅぅ…」
涙が止め処なく流れる。切なかった。これが今生の別離になるかもしれない。
「智代……お前も普通の女の子だってことがわかって、僕は安心したぞ」
「何下らないこと……この馬鹿ぁぁぁっ」
制服越しに伝わる優しさと温かさは、いつまでも浸っていたいと思うほど心地良いものだった。


智代は出立直前になって体の不調を訴え、智代一行はもう暫く休憩することになった。
三人は玄関の外で陽平一行を見送る。
「他の仲間達によろしくな、陽平」
「ああ、わかった……え、ええっ?」
うっかり聞き流すところであった。なぜか智代は下の名で呼んだ。
陽平は一瞬意味を計りかねたが、すぐにニヤッと笑った。
「さらばだ、智代ちゃん」

(春原の奴恐るべし。只のヘタレではなかった)
気怠さに苛まれ身体が妙に熱を帯びている。
智代はいち早く家の中に戻ると、膝を抱えて放心状態に陥っていた。




【時間:2日目13:45頃】
【場所:F-2民家】

坂上智代
【持ち物:手斧、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式】
【状態:全身打撲(マシになった)、やや体調不良】

里村茜
【持ち物:フォーク、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、救急箱、他支給品一式】
【状態:全身打撲(マシになった)】

柚木詩子
【持ち物:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、包丁、LL牛乳×3
、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式】
【状態:健康】

【時間:2日目13:45頃】
【場所:F-2民家の外】

春原陽平
【持ち物1:鉈、スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3
、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式】
【持ち物2:鋏・鉄パイプ・他支給品一式】
【状態:全身打撲・数ヶ所に軽い切り傷、頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)、教会へ】

ルーシー・マリア・ミソラ
【持ち物:H&K SMG‖(6/30)、予備マガジン(30発入り)×4、包丁、スペツナズナイフ
、LL牛乳×6、ブロックタイプ栄養食品×6、他支給品一式(2人分)】
【状態:左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み)、教会へ】

姫百合珊瑚
【持ち物@:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
【持ち物A:コミパのメモとハッキング用CD】
【状態:健康、教会へ】


【備考:智代と茜は柏木千鶴と宮沢有紀寧の情報を聞いている】
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