終盤戦




何かが放物線を描いて飛来している。
それが札束や宝石だったらどんなに良かっただろう。
しかし飛んできているのはダイナマイト、初対面の挨拶としては少々派手な演出だ。
「く!」
宗一は瞬時に豪華過ぎるプレゼントに向けて狙いを付け、FN Five-SeveNの引き金を絞った。
どんなに傷付いてようと、Nastyboyは狙いを外さない。

ド……ガァァアンンッ!!

直後、轟音と爆風が巻き起こり、宗一と英二は後方へと吹き飛ばされた。
その衝撃は満身創痍の宗一の体を更に痛めつけたが、どうにか一命を取り留める事は出来た。
問題は―――祐一達の方だ。

ガァァ……アン……!

宗一達が態勢を立て直すのを待たず、再び響く爆音、周囲一帯を包む閃光。
今度は少し距離があったので宗一達「には」被害は無かった。


* * * * * * * * * * * * *


祐一が右を見ると秋子はまだ地面に倒れていた。
頭上に視線を戻すと、一直線に飛んでくるダイナマイト。
間に合う自信は無かったが、やるしか無い。
背負っている観鈴を無造作にその場に降ろす。
祐一は疲れた体に鞭打ち、地を蹴った。

火事場の馬鹿力というものか、普段の彼からは考えられない速さだった。
脇目も振らずに目標に向かって、走る。
助かりたいなら逆方向に走るべきだったが、それは許されない。
後ろには大事な仲間がいる。
地面に落ちたダイナマイトを拾い上げる。
仲間の為にも、少しでも、遠くに飛ばさなければならない。

「うおおおッ!」
野球の遠投のように、走りながら上半身を捻り、全力で投げ飛ばす。
ダイナマイトが明後日の方向へ飛んでいくのを確認せずに、
反対方向へ跳躍しようとし―――その寸前、視界を光が覆った。


* * * * * * * * * * * * *


「う……ん……」
強烈な衝撃を受け、観鈴は目を覚ました。
朦朧とする意識の中最初に視界に入ったのは、見知らぬ女性の横顔。
それも少し顔を動かせば口付け出来るくらい、近距離だ。
女性―――秋子の手は観鈴の背に回されていた。
秋子もまた、精一杯の力を振り絞って観鈴を抱きかかえ、可能な限りの退避行動を取っていたのだ。

「が、がお!?」
観鈴はすぐに秋子の手の中を抜けた。
それは恐怖ではなく、驚きからの行動。
見知らぬ人間に対しての反射的なものだった。

「え、えーと……あの……これは……?」
しどろもどろになりながらも、何とかそれだけ口にする。
秋子は答えない。
その体は震えている。
その目は別の方向へと、釘付けになっている。
観鈴もつられるように視線をやり―――見た。

「ゆ、祐一さん……?」
観鈴は確認するように呟く。
見違えるような姿だった。
祐一は血だらけになって、地面にうつ伏せで倒れている。
その背中はズタズタに引き裂かれており、目を凝らすとその奥に赤黒いモノが見えた。
「祐一さんっ!」
観鈴は痛む腹を意にも介さず、祐一の元へ駆け寄ろうとした。

パンッ!
その直後、すぐ先の地面が弾け飛んだ。
銃声のした方へ振り返ると、敬介を盾にした状態のまま、銃口をこちらへ向けているマルチの姿があった。

「外してしまいましたか。案外扱いが難しいものですね」
マルチは無表情にそう言うと、弾が切れた銃を捨て、機械的な(事実機械なのだが)手付きで残るダイナマイトを全て取り出した。
今度は四本。
さっきのような対処法では、もう防げない。


(くそっ、もうやるしかない!)
宗一は遂に覚悟を決めていた。
このままでは全滅は必至。それよりは、犠牲の少ない方を選ぶ。
FN Five-SeveNの貫通力ならば、盾にされている敬介ごとマルチに致命傷を与える事が可能だ。
銃口を標的へと合わせる。
しかし、弾丸が吐き出される事は無かった。
いつの間にかマルチの後ろから、影が忍び寄っていた。
黒い衣装を纏った銀髪の青年が、表情を変える事無く距離を縮めていく。
こちらへ注意を向けているマルチは、その事に気付かない。
すぐ背後まで辿り着くと、青年はマルチの頭を鷲掴みにし、地面へと叩きつけていた。
「そこまでだ。何があったのか知らないが、観鈴を狙う奴は許さない」
鋭い眼光を放ちながら、見下ろすその男の名は――――

「往人さん!?」
後ろの方で少女が叫ぶ声がした。
「……観鈴」
ようやく探し人を見つけ出した往人が反応する。
窮地に追い込まれたマルチにとって、これが最後のチャンス。
マルチはその一瞬の隙をついて、ダイナマイトに手を伸ばそうと駆けた。
往人はその背を掴むべく手を伸ばしたが、それは無意味に終わった。
「そうはさせないっ!」
―――油断無く構えていた英二が、引き金を引いていたからだ。
遅れて宗一も狙いを付ける。

パンッ!

銃弾がマルチの腹に突き刺さる。
それはロボットであるマルチにとって、致命的なダメージでは無かった。
しかし、動きを止めるには十分過ぎる威力。
宗一が狙うには、十分過ぎる隙。


「ゲーム・オーバーだ」

ダァァァンッ!

グシャッ!

二度目の銃声と、何か砕けるような音がした。

ドサ……と音を立て、マルチが地に沈む。

その体の首から上は、半分以上が無くなっていた。

マルチは、誰よりも優しい心のプログラムを持っていたロボットだった。
しかしこの島に来て、そのプログラムに異常をきたしてしまった。
雄二への狂信を植えつけられ、殺人への禁忌も消えうせた。
致命的なその異常を抱えたまま―――彼女の機能は、永久に停止した。



* * * * * * * * * * * * *

祐一はふと目を覚ました。
観鈴が傍で泣いている。
……不思議な感覚だった。

呼吸をするのも一苦労なのに、痛みを感じない。
体がもうロクに動かないのに、痛みを感じない。
目を開け続けるのも辛いのに、痛みを感じない。

そして―――もう自分の命が長くない事を悟った。

祐一は思う。
ハハハ……ざまあねえな。
感情に任せて突っ走った結果が、これだ。
大人しく俺だけ逃げていれば、こんな事にはならなかった。
思えばこの島に来て以来、俺はずっとそうだった。
理性よりも感情を優先させ続けた。
観鈴がまーりゃんに撃たれた時も、暴走しそうになった。
爆発音を聞きつけた時も、すぐ現場に向かった。
それもこれも、ゲームの開始直後に、悲鳴を聞きつけてからだ。
あの時に悲鳴上げた奴を、観鈴を放っておけばこんな事には―――


そこまで考えて、祐一は笑った。
駄目だな、そんな事できるワケねえよ。
女のピンチには駆けつけるのが、男ってモンだろ?
それにあの時助けに行ったから、観鈴は今生きてるんだしな。



「後ろにいる人が……国崎さんか……?」
多分、合ってるはずだ。
黒い服。そして、鋭い、というよりは悪い目付き。
間違いない。
「……ああ」
啜り泣いている観鈴の代わりに、国崎さんが、答えていた。
良かった……観鈴は探してた人と会えたんだな。
「観鈴をよろしく頼む」
「……分かった」
長々と話している時間はもうない。
国崎さんとの遣り取りは、それだけで済ませた。
気を抜くと意識が飛びそうになる。
だけどまだ話す事があるんだ、もうちょっとだけ持ってくれよ、俺の体。

「観鈴……」
「ゆ、祐一さあん……」
死ぬのが怖くないと言えば嘘だ。
でもそれ以上に、観鈴が泣いているのが、嫌だった。
「お願いがあるんだ、俺の……最後の願いだ。聞いてくれるか?」
「そんなの……! 最後だなんて、嫌だよ!」
観鈴は、ただ泣き叫んでいる。
くそっ、そんな顔をしないでくれよ……。

「まあ、良いから聞けって……。もう、四の五の言ってる時間も、無いんだ」
もう、自分でも驚くくらい、小さな声しか出せなかった。
だけど観鈴は、黙って話を聞く態勢になってくれた。
助かるぜ……怪我人は、大人しくしててくれ。

「観鈴……お前は死なないでくれ。英二さんも、秋子さんも……死んだら駄目だ。
お前達が死んだら、俺は何の為に死んだのか分からなくなる」
「祐一さん……」
「ああ、ああ……!任せろ、少年!」
秋子さんは、泣いていた。
英二さんも……泣いていた。
周りを見ると、知らないおっさんも、赤い髪の女の子も、泣いている。
知り合いじゃないのに……、ほんと、お人好しが多いんだな。
あんたらも、死なないでくれよ。
さて、最後の仕事だ―――


震える手で、観鈴の頬を伝う涙を拭う。
「泣くな観鈴……」
「……」
「今すぐにとは言わないけど、笑いながら、生きてくれ」
「―――!!」
観鈴が何かを叫ぶ。けど、もう聞こえない。
これで本当に……最後だ。
「明るく、笑いながら生きてくれ。それが俺の最後の――」
そこで手が落ちる。
もう喋る事すら出来ない。
視界が暗闇に覆われていく。
今まで知り合った奴らの顔が、次々と闇の中に浮かぶ。

舞―――お前無愛想だけど、良い奴だったな。
名雪―――結局世話をかけっぱなしだったな、すまん。
佐祐理さん―――元気でな。舞と逢えると良いな。
香里―――お前はもう死んじゃったんだな。今、俺も行くよ。
栞―――香里の事でショックを受けてるんだろうな。心配だぞ。
真琴―――お前ももう死んじまったんだな。あの世でも一緒に、肉まん食おうぜ。
北川―――俺の方が先に逝っちまうとはな。当分、こっち側には来んなよ。
そして―――最も親しい顔が、俺の前に現れた。


「あゆ……」
「祐一君、よく頑張ったね」
「そうかな……俺は、お前の分も頑張れていたかな……?」
「うんっ。祐一君、すっごい頑張ってたよ!」
「ずっと、見ていてくれたのか?」
「ずっと見てたよ。祐一君は本当に、頑張ったよ……」
「そうか……。じゃあ後は観鈴達に任せて、俺達は一休みといくか?」
「うんっ!」
あゆの手を取り、俺は歩き出した。

観鈴……英二さん……秋子さん……後は、よろしくな。


* * * * * * * * * * * * *



「はぁ……はぁ……」
―――無茶はするもんじゃない。

勝ちはしたが、予想以上にダメージは大きかった。
何度も倒れそうになった。
それでも環は、足を止めなかった。
時間は掛かったが、どうにか診療所に辿り着いた。
だが、全てはもう終わっていた。

「――――!」
環が見たものは、祐一の亡骸を抱いて泣きじゃくる観鈴の姿だった。




【時間:2日目・午前8時40分】
【場所:I−7】

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数12/20)】
【状態:左肩重傷(腕は動かない)、右太股重傷(動くと激痛を伴う)、腹部を銃で撃たれている(急所は外れている)】
橘敬介
【所持品:支給品一式、花火セットの入った敬介の支給品は美汐の家に】
【状態@:左肩重傷(腕は上がらない)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て応急手当済み)】
【状態A:啜り泣き、背中に痛み】
水瀬秋子
【所持品:ジェリコ941(残弾10/14)、澪のスケッチブック、支給品一式】
【状態:啜り泣き、腹部重症(治療はしたが再び傷が開いた)。名雪を何としてでも保護。目標は子供たちを守り最終的には主催を倒すこと。】
緒方英二
【持ち物:ベレッタM92(6/15)・予備弾倉(15発×2個)・支給品一式】
【状態:啜り泣き】
神尾観鈴
【持ち物:ワルサーP5(8/8)フラッシュメモリ、支給品一式】
【状態:号泣、脇腹を撃たれ重症(容態少し悪化)】
国崎往人
【所持品1:トカレフTT30の弾倉、ラーメンセット(レトルト)】
【所持品2:化粧品ポーチ、支給品一式(食料のみ2人分)】
【状態:あかりと生き残っている知り合いを探す】
神岸あかり
【所持品:水と食料以外の支給品一式】
【状態:啜り泣き、月島拓也の学ラン着用。打撲、他は治療済み(動くと多少痛みは伴う)】
向坂環
【所持品:支給品一式】
【状態:呆然、頭部から出血、及び全身に殴打による傷】

相沢祐一【死亡】
マルチ 【死亡】

【備考:現場にレミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(15/15)、H&K VP70(残弾数0)、祐一、マルチの支給品一式が置いてあります】
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