それがヘタレの生きる道




勝負は、一瞬だった。

「グレェェト―――」

黄金の野牛と称される戦士、その威風堂々たる角が、飛びかかろうとしていた獣人を
天高く撥ね上げる。

「―――ホォォォォン!!」

たっぷり20秒はかけて、獣人が地に落ちた。
戦士の一撃によるものか、それとも落地の際の衝撃によるものか、その姿は既に原形を留めていない。
降りしきる雨の中でなお金色に輝く、荘厳な鎧に身を包んだ戦士が、ぎろりと周囲を見回す。
視線の先には、何やら言い合っている人影が三つ。

「うわ、ウチで一番強そうなのが一瞬で……」
「よ、よし、次は孝之さん、君に決め……」
「む、無理に決まってるだろう!」
「言われる前に逃げ口上、ヘタレにしかなせない技ね……」

七瀬留美とヘタレトレーナー藤井冬弥、そしてヘタレ皇帝・鳴海孝之である。
孝之に出撃を断られた冬弥が、がさごそと腰を探って次のボールを取り出す。

「じゃあ伊藤さん、君に……」
「どうせ殺されるだけだからやめときなさいって……」

冬弥を止めた七瀬は、黄金の戦士に向き直ると決然と口を開いた。

「……えと、深山先輩……ですよね」

名を呼ばれ、黄金の戦士が踏み出しかけた足を止める。

「先輩の強さはよく分かりました。降参します。
 そちらの要求というのを、もう一度聞かせてもらえませんか」

目の前で獣人、保科智子を文字通り秒殺した相手に対して一歩も退かずに、七瀬が言う。
その真っ直ぐな視線を受けて、黄金の戦士―――深山雪見が、口の端を上げた。

「……いい度胸してるわね。そっちから仕掛けておいて、今更降参?」
「はい。ウチのバカどもが先走ったことはお詫びします。すみませんでした。
 身内を殺されたことにも異存はありません。要求にも従います。
 ですから、あたしたちの命は見逃してください」

堂々と言い放つ七瀬。
尊大とすら取られかねないその語調に、背後の冬弥と孝之が震え上がる。
しかし雪見は口元を笑みの形に保ったまま、七瀬に問いかけた。

「……随分虫のいい話ね。わたしにそれを呑むメリットがあるとでも?
 皆殺しにしてしまえば済む話だとは思わない?」
「いいえ。そのつもりであれば、あたしたちが今頃こうして生きてたりはしないでしょう。
 そもそもそれなら、先輩の方から声をかける必要なんてないはずです」
「なるほどね。……じゃ、次。
 現在進行形で殺し合いをしているこの島で、わたしは話も聞いてもらえずに襲い掛かられたわ。
 これは謝って済む問題かしら?」
「謝罪ならいくらでもします。ですが先輩の要求に答える以外に、あたしたちにはそれを償う術がありません。
 ですから、それを伺っています」
「それが謝っている態度かしら? 気に入らないから殺す、というのはどう?」
「……殺してしまっては叶わない要求だからこそ、先輩の方から声をかけたのだと思います」

氷点下の視線と握られた拳の威圧感だけで、気の弱い者なら泣いて謝りそうな風格の雪見である。
事実、冬弥と孝之は失禁しながら土下座している。
しかし七瀬はそんな雪見の視線を真っ向から見返して、なお平然と薄い胸を張っている。

一瞬の沈黙の後、雪見の表情が変わった。
笑い出したのである。呵呵大笑と呼ぶべき、豪快な笑いであった。

「あっはははは! 本当にいい度胸してるわね、あなた! 気に入ったわ、名前を聞いておこうかしら」
「七瀬、七瀬留美です、先輩」

小さく頭を下げる七瀬。

「わたしは……自己紹介の必要はないみたいだけど」
「はい、深山雪見先輩。演劇部部長にして学園有名人。転校したばっかりのあたしでも知ってます」
「そんなに有名だったかしら……」
「川名先輩と深山先輩のコントは時と場所を選ばないですから……」
「コントって……みさきのせいで風評被害が大きいみたいね。今度とっちめてやる」

溜息をつく雪見。ふと、七瀬の背後に目をやる。

「……で、そっちは?」
「ああ、このバカどもは……」
「藤井です、よろしく」「鳴海孝之。困ったことがあったら言ってくれていいよ」

七瀬の言葉が終わるより早く、二人は雪見の前で優しい笑みを浮かべていた。
つい先程まで泣き喚いていたとは思えない笑顔である。
どうせ雨に濡れてわかりづらいとでも思っているのか、股間に残る痕跡を隠そうともしていない。
自分なりにキメているつもりらしいその背中を見ている内に無性に腹が立って、七瀬はとりあえず
二人をしばきたおした。

「……で、先輩」
「え? ……ああ、もういいの?」

男二人を蹴り回すその手際を興味深げに見ていた雪見が、七瀬の声に顔を上げる。

「はい。気が済むまでやろうとするとキリがないですから」
「苦労してるのね……」
「話、戻しますけど」

同情の視線を振り払うように、七瀬が些か強い口調で言う。

「はいはい」
「先輩の要求って、何ですか」
「さっき言わなかったっけ?」
「聞きましたけど、意味がちょっと……」

眉根を寄せて首を傾げる七瀬。事も無げに、雪見。

「そのまんまの意味よ。ヘタレの尻子玉」
「いえ、ですから全然意味が……」
「知らない? 尻子玉。お尻の中にあって河童に取られちゃうっていう、あれ」
「本気で言ってるんですか……?」

全力でヒく七瀬に、雪見はからからと笑ってみせる。

「本気も本気よ。
 ……ま、ちょっと前だったら、確かにわたしも七瀬さんと同じような顔、してたでしょうけどね」
「じゃ、今は……」
「だって、わたしが聖闘士だなんていうのも、似たようなもんよ?」

言われ、七瀬は改めて雪見の全身を覆う黄金の鎧を見直す。
猛牛を象った、巨大な角をつけた兜。
それ単体ではヘルメットかと見紛うような、巨大な肩当て。
胸当てから直垂まで、ひと繋ぎになった頑強な鎧。
手甲、足甲はそれぞれ極端に露出の少ない形状で、全身をほぼ隈なく覆っている。
材質が見た目通りの黄金なのかどうかはわからないが、しかしこの鎧の重量だけで数十キロには及ぶだろう。
身に纏って立つことすら、普通の女子校生には不可能といっていい。
それを平然と身につけている上に、先程の戦闘で見せた動きである。

「……常識なんて通用しないってことですか」
「ま、言ってしまえばそういうことになるかしらね」
「考えてみればこっちにもボールに入る連中とか、おかしなのがいますけど……」
「うん、さっきの虎女なんかも充分非常識だと思うわよ」
「やっぱりそうですか……」

深く考えないようにしていたところを突かれ、頭を抱える七瀬。

「ま、そんなわけで、尻子玉が必要なのよ」
「いろいろ置いといて、何に使うのか聞いてもいいですか……?」
「うーん、話せば長くなるんだけど……」
「できれば理解できる範疇でお願いします……」

腕組みをして思考を整理する雪見。

「簡単に言えば、この島には伝説のパン職人がいて、人を生き返らせるパンを作れるらしいのよ。
 材料は鬼の爪、ヘタレの尻子玉、白虎の毛皮、魔犬の尻尾……と、あと一つ何か必要らしいんだけどね。
 んで、わたしの親友が超能力でやられてなかなか目を覚まさないんだけど、そのパンならどうにかなるかな、って。
 ……わかってくれた?」
「一から十まで理解できません……」

頭痛に耐えかねてこめかみを揉む七瀬。
雪見は気にした風もなく腕組みを解くと、おもむろに手を差し出した。

「ま、重要なのはわたしには尻子玉が必要だってこと。毛皮は……」

と、雨に濡れて血だまりを広げる獣人の死体を見やる雪見。

「……あそこにあるしね。これで二つってわけ」

手を差し出したまま、にっこりと笑う。
断ればどうなるか分かっているだろうなという、それは紛れもない肉食獣の笑みであった。

「これがわたしの要求。見た感じ、そっちの二人はヘタレ度合い充分そうだしね。
 どっちでもいいわ、それは任せる」

視線に射すくめられた冬弥と孝之が再び失禁する。

「ちょ、ちょっと待ってくだ―――」
「お、俺は痛いのとかダメなんだよ!」「俺だって御免だ! 助けてくれ!」

慌てて雪見を止めようとした七瀬の言葉が終わらない内に騒ぎ出す二人。
涙と鼻水で顔面を濡らしながら、目と目で何事かを示し合わせる。

「こうなったら―――」
「あれしかないか!」

頷きあう二人。
ただならぬ様子に、七瀬が息を呑む。

「まさかあんた達、何か隠された力が……?」

七瀬の呟きに、雪見が表情を変え、一歩を引いて構えを取った。
いつでも必殺技を放てる体勢。

「……いくぞ、鳴海さん!」「おう、藤井君!」

雷鳴が轟く。
二人の声が唱和する。

「「 ヘタレ―――大会議!! 」」

数多のボールが、二人の手から放たれた。その数、八。

「……へ?」

呆然とする七瀬の眼前に次々と実体化していく、伝説のヘタレども。

「「「「「「「「 呼んだか? 」」」」」」」」

ハモる声が実に鬱陶しかったので、七瀬はとりあえず冬弥の後頭部を張り倒した。


******


「実は、かくかくしかじかで―――」

気を取り直して説明を始める冬弥の声に、ヘタレの集団が耳を傾ける。
話の内容を理解するにつれ、ヘタレどもの表情が変わっていく。

「―――と、いうわけなんだ。誰か一人でいい。尻を差し出してくれ」

冬弥が話を終えるや否や、ヘタレどもが一気に騒ぎ出した。
互いに譲り合い、押し付けあっているらしいその喧騒を眺めながら、七瀬と雪見が顔を見合わせる。

「……あれ全部?」
「はい、誰一人欠けることなくヘタレです……」
「……頑張ってるのね」
「いえ、まあ何て言うか……」

肩を落とす七瀬を、痛ましげに見る雪見。
と、ヘタレどもの喧騒が収まった。

「……決まったみたいね」

見れば、九人のヘタレどもが、簀巻きにした最後の一人を抱えて誇らしげに立っている。
荒ぶる神に捧げられる生贄の如く天に掲げられたその男は、蒼白な顔で何事かを喚き散らしていた。

「お、おい、ちょっと待て! 何でオレ様が!」

抗議も空しく手巻き寿司のような格好のまま運ばれていくのは、ヌワンギであった。
冬弥が晴々とした笑みでヌワンギを見ると、爽やかに告げる。

「だって君、言ってたじゃないか、板違いの連中の前にオレを呼べ、って」
「フザけんな、それがどうしてこうなるんだ!」
「主人公でもないのにそんなに張り切ってるんだから、きっと活躍の場がほしいだろうって」
「勝手なこと言ってんじゃねえ!」
「まあまあ、呼ばれてもいないのに来たんだから、このくらい役に立ってよ。俺たち、痛いの嫌だし」
「本音が出てるじゃねえか! ……ぐへっ」

どさりと、簀巻きのまま地面に放り出されるヌワンギ。

「くそっ、オレ様にこんなことをして、タダで済むと……ありゃ?」

首だけを動かして睨みを利かせようとするヌワンギだったが、ヘタレどもは既に遠くへと走り去った後だった。

「ちょっと待て! おい、こら!」

叫ぶヌワンギの背筋に、ぞくりと悪寒が走った。
心臓を鷲掴みにされたような圧迫感。
おそるおそる、見上げる。

「―――お尻、出しなさい」

悪夢が、笑みを浮かべて立っていた。


******


「……あー、まだ悲鳴が耳に残ってるわ……」

顔を顰めながら、七瀬が呟く。

「俺もだよ。……まったく、男らしくないよなあ」
「ああ、その通りだな」

腕組みをして頷く孝之ごと、冬弥を蹴り飛ばす七瀬。

「な、何をするんだ!?」
「やかましいっ!」

一喝。
その鬼のような形相に、冬弥と孝之は竦み上がる。即座にジャンピング正座。
隙あらば土下座しようかという体勢である。

「これまで、ヘタレだヘタレだと思っていたけど……まさかここまで酷いとはね」

眉間にシワを寄せて呟く七瀬。
近くに隠した親友の元へ戻るという雪見に、最後は万歳三唱までしていたヘタレども。
右手に獣人の死体、左手にヌワンギの尻子玉を持って去っていく雪見の背に最敬礼を送っていた
九人のヘタレの姿が、脳裏に焼きついていた。

「……男として、それ以前に人として、恥ずかしくないのかしら」
「待ってくれ七瀬さん、俺たちはまだ発展途上で……」
「そうだ、これから男を上げていく予定が……」
「黙んなさいっ!」

雷が落ちる。
同時に平身低頭する二人のヘタレ。

「「 ごめんなさい 」」

その蛙の轢死体のような背中を見下ろして、七瀬は深々と溜息をついた。

「はぁ……どうやら徹底的に叩きなおす必要がありそうね」

不吉な雲行きに、ヘタレ二人が頭を下げたまま、そっと目を見合わせる。
嫌な予感がする、と互いの顔に書いてあった。

「……いいわ。これから、あんた達を一人前の男にするための特訓をします」

特訓。
ヘタレどもにとっては猛烈に不安な響きであった。

「この先はきっと地獄になるわ。ヘタレのあんた達についてこれるかしら」

冗談じゃない。断固抗議するぞ。
目と目でそう確認しあう二人。

「―――返事はっ!」
「「 はいっ 」」

綺麗にハモっていた。




 【時間:二日目午前7時ごろ】
 【場所:F−4】

 七瀬留美
 【所持品:P−90(残弾50)、支給品一式(食料少し消費)】
 【状態:鬼教官】

 藤井冬弥
 【所持品:H&K PSG−1(残り4発。6倍スコープ付き)、
     支給品一式(水1本損失、食料少し消費)、沢山のヘタレボール、
     鳴海孝之さん 伊藤誠さん 衛宮士郎くん 白銀武くん 鳩羽一樹くん 朝霧達哉くん
     来栖秋人くん 鍋島志朗くん ヌワンギくん(尻子玉抜かれて死亡)】
 【状態:どヘタレ】

 保科智子
 【状態:死亡】

 深山雪見
 【所持品:みさき(近くに隠してある)・白虎の毛皮・ヘタレの尻子玉】
 【状態:牡牛座の黄金聖闘士・残りの材料を集める】
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