音の無い世界、少し冷える玄関口にて二人は胡坐をかいていた。 二人とも毛布を肩から被っているので、寒さ自体には抵抗はない。 しんと静まる廊下、背後の暗さに多少恐怖を覚えるがそこは男の子。 前方からいつ敵が来てもいいようにと、二人とも覚悟はできている。 深夜、滞在する民家の見張りをしていたのは春原陽平と北川潤であった。 ずっと気を張っていたであろう水瀬秋子にも休息が必要だと、そう考えて二人は自ら見張り役を名乗り出た。 残りの女子四人組含め、秋子達は奥の寝室にて休んでいる。 精神的にも不安定であった水瀬名雪の様子にも異変が現れず安心したのだろう、秋子とて普通の主婦である。 最初は拒まれたが、眠りについたのは彼女が一番早かった。 明日のことを考えれば、ボディガード的な秋子にきちんと休息をとってもらえるのは潤にとってもありがたいことである。 まだまだ残り人数は多い、仕事を続けるにはまず生き延びればいけないのだから。 ・・・それにしても、やることがなかった。 音と言えば隙間風による窓の軋みくらい。誰か現れる様子は一向にないので、二人はあっという間に暇を持て余すことになる。 ふわ〜っと大きな欠伸をする潤、何となく横を向くと陽平も同じように目をしょぼしょぼとさせていた。 「退屈だな・・・」 「ね・・・」 「何か面白いネタあるか?」 「いんや、別に」 「そうか?恋バナとかどうよ、お前るーこちゃんといい感じじゃん」 「あはは、確かにるーことはずっと一緒にいるけど・・・そんな風に見える?」 「ああ」 「うーん、そうなのかな・・・」 腕を組み、首を傾げる陽平の姿を微笑ましく思う。 二人の気の合う様はしっかり見せ付けられた、後は何かきっかけがあれば二人の仲も進展するかもしれない。 ・・・その時、どう邪魔してやるか。そんな悪戯めいたものが、潤の心をよぎっていた時だった。 「北川は?」 「は?」 「北川はそういう子いないの?」 突然の質問。いや、話の展開から陽平がこう切り替えしてくる可能性は勿論あったが。 「ああ、そうだな・・・」 思い浮かべるのは猫のような目つきで自分をたしなめてくる、大人びた雰囲気の彼女。 だが、それと同時に脳裏に浮かんだのは。あのつっこみが冴え渡る、外跳ねヘアーの彼女であった。 「・・・」 「お、その顔は何かあんだな?!」 「まあね。俺ってばモテモテ王国出身だからな」 「何だそりゃ・・・あ、そういえば」 「どうした?」 「いやね、これ。秋子さんから預かってたのすっかり忘れてた」 ポケットから陽平が取り出したのは携帯電話であった。 何だそれならと、潤も自分の持ち込んだものを取り出してみせる。 「え、それって・・・北川の?」 「ああ、そうだけど。だけど意味ねーぞ、俺も最初使おうとしたけど電波入んなかったし」 「そっか・・・これも圏外みたいだし、意味ないみたいだな。 でも、何で北川だけ自分のとか持ち込めてるんでしょうね、僕のは没収されたというのに・・・」 「運じゃない?俺の他にももう一人持ったヤツいたし、多分他にもいると思うぞ」 「ガーン」 「うーん、一応番号だけ交換しとくか。春原、ちょっとほら赤外線赤外線」 項垂れる陽平をけしかける、赤外線なので交換自体はあっという間に済んだ。 ぴっという無事番号交換できたことを告げる電子音を聞いた後、潤は新しい登録先として「水瀬秋子」の項目を作る。 使い慣れた手先による作業も終わり、再びやることのない時間が始まる・・・そのはずだった。 ふと隣を見ると、陽平はケータイを手に固まっていて。 「春原?」 彼の視線の先は例の、秋子から預かったというケータイの液晶画面であり。 何なのだと、潤も陽平の手元を覗くよう彼に近づいた。 そして、以下のメッセージが目に入る。 『番号を登録しました、以降この番号との通話が可能になります』 「何だこれ?」 それは、純粋な疑問であった。 視線を陽平に向けると、彼も狼狽しながら答えてくる。 「わ、分からないよ。北川の電話と赤外線繋いだらこうなったんだ」 「・・・ふーん、秋子さんってば面白い設定してるんだな」 「いや、これ秋子さんの私物ではないよ。名雪ちゃんの支給品なんだってさ」 「・・・は?」 「だから、名雪ちゃんの支給品の電話であって、秋子さんの私物じゃないってば」 「何でそういうことを先に言わないんだ、おいっ」 支給品として与えられたのならば、何かしらの意味があるはずである。 それが携帯電話なのだから、その使用法は一つしかない。 「なぁ、ちょっといいか」 「何さ・・・って、え、何これ持ってればいいんですかね?」 陽平の手に自分のケータイを握らせる潤、自分はそのまま名雪のものを持つ。 そして、おもむろに自分の番号ををプッシュして、耳元に構える。 少しの待機音の後。 『♪ちゃーちゃちゃちゃーちゃーーちゃーーちゃちゃー』 「うわっ?!」 「かかった!マジで?!」 鳴り響いたのは潤のケータイの着信音である。あたふたする陽平をけしかけ電話を取らせ、そのまま会話をしてみる。 「・・・ど、どうですかね」 「ああ、聞こえる。繋がってる」 確認を取った後、今度は逆に自分のケータイで名雪のケータイの番号を押してみるが・・・反応は、ない。 「このケータイなら使えるってわけか。こりゃ中々のクセもんだよ」 電波妨害のフィールドを破ることができるアイテムということ、この携帯電話自体がジャミングでも出しているのだろうか。 アンテナ自体は相変わらず圏外の表示をしたままである、どういう原理か潤が理解できるはずもなく。 試しに、今度は名雪のケータイに自分の自宅の番号を送ってみた。これで外と連絡がつくならば参加者皆万々歳である。 ケータイの番号を登録した時と同じメッセージが出る、潤はそのまま自宅に電話をかけた。 だが、ツーツーという待機音は電話が繋がらないことを指し示してくる。 「さすがにそこまで甘くはないか」 「でもいいじゃん、とにかくこれで一気に便利になったと思うし。これさえあれば、北川には随時連絡できるんだもんな!」 「そうだな、っていうかこれ島にある電話にも繋がんじゃねーかな」 「マジで?!」 「俺、最初鎌石村の消防署にいたんだ。あそこの電話は電話線自体が切られていたから無理だろうけど・・・よく見てみろ。 ここの電話、目で見える限りはコードに異変はない。確かめてみる価値はあると思う」 「お、本当だ・・・」 ちょうど玄関にあった電話を指差す潤、陽平も近づいて確認しだす。 受話器を耳にあてると待機音が聞こえ、電源が入ってることはすぐ分かった。 「イケるよ北川!っていうかこれでそっちの電話かけられるんじゃない?」 「いや、それができたらもうこのケータイの意味ないんじゃ・・・」 「北川!!」 「な、何だよ」 「駄目だった!!ボタンいくら押しても反応返ってこない!!!」 「そうか、分かったから先進もうな。ここの番号言ってくれよ、登録するから」 「え?そんなの知らないよ」 「何も調べないで即答するなよ・・・電話の近くとか、何かない?」 「うーん、特にないかな」 「電話帳みたいなのは?」 「ないね」 「・・・なるほど。そういうのを入手して確かめない限り、意味はないな」 「うーん、それなら北川のいたっていう消防署に行ってみないか?そういう所なら電話帳あるんじゃね?」 「そうだな、それがいいかもしれない」 進路が決まる、やる気を咆哮で表す陽平とは反対に潤の心中は複雑であった。 思ったよりも情報が集まりすぎている、陽平等とこれ以上行動を共にする必要もないであろう。 (問題はどうやって離脱するかかな・・・だけど、その前に) おもむろに自分の番号が登録されているケータイを見やる、今それは潤の手の中にあった。 そして目の前にあるのは、このケータイに番号を登録すれば彼女にも連絡をとれるという事実。 単純な発想だと自分でも苦笑いが漏れる、それでも恋しく思う存在の安否は気になっている状態で。 ・・・そんな誘惑にかられている時だった、適当にいじっていたらいきなりケータイの画面が変化した。 メモ帳に登録されていたらしいそれが、液晶に映し出される。 『機能説明……この携帯には爆弾が取り付けられています。 アラームをセットして1時間経ったらあら大変、大爆発で強烈な目覚ましだ!』 現れたメッセージ、潤の視線はそこに釘付けになった。 【時間:2日目午前3時】 【場所:F−02】 春原陽平 【所持品:スタンガン・支給品一式】 【状態:普通】 北川潤 【持ち物:GPSレーダー&MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り)、SPAS12ショットガン(8/8+予備4)防弾性割烹着&頭巾 九八式円匙(スコップ)他支給品一式、携帯電話、お米券×2 】 【状況:普通】 - BACK