青年、山中を往く




七瀬彰は、人目につかぬ山中を鍬を抱えつつ練り歩いていた。マーダーになると決めた彰ではあったが、元より彰は文学少年。筋力、体力ともに自信を持てるほど優れてはいなかった。
実際、早くも鍬を持つ手から力が抜けていっている。場違いに、彰は毎日農作業をしている人は立派なんだなあ、と思った。
――それはさておき。どうして彰がこんな山中を練り歩いているかというと、それは奇襲を狙っているからであった。
こんなところとは言え、起きる時には戦闘は起きる。そこに乱入してもっと強力な武器をかっさらっていこう、というのが当面彰の立てた作戦であった。(森に隠れれば、人目にも付きにくいしね)
――しかし、本当にこんな方法で大丈夫なんだろうか。
戦闘に遭遇できたとして、果たして上手く行くかどうか。彰は鍬を振りかざして敵に突進していく自分の姿をシミュレートしてみたが、どうしてだか真っ赤に染まったヴィジョンしか出てこない。
鍬が重過ぎるのだ。せめて鎌にしておけば良かった。大きくて重ければ威力が高い、と安易に考えた結果だ。
大きい鍬と小さい鎌、どっちにしますか正直じいさん?
もちろん大きい方に決まってんだろ、威力がちがうぜ――
バカなことを考えているうちに、木の根にでもつまずいてしまったのか彰が傾いてこけてしまう。幸いにして、こけた拍子に鍬がこちらの顔面にグサリということは無かった。
「痛たた…まったく、こんなことをしてたら――」
つまずいた木の根を見ようとして、彰はそれが木の根でないことに気付く。
見れば、それは彰も持っているセンスのない、支給品の詰まったデイパックだった。どうしてこんなところに――?
森の中に置き去りにされたデイパックを見て彰はまたまた場違いに、ニュースでよく見る「バッグの中に詰まった謎の大金」という字幕を思い浮かべた。
そんなわけはないだろうと思いつつ、デイパックに中身が入っているかどうかと確認しようとして――直前、躊躇った。
怪しい、怪し過ぎる。罠なんじゃないか。こういう状況で、開けたらドカン、なんて事態があってもおかしくない。
しかし、回りを注意深く見まわしてみても人の気配すらしない(遠くで銃声はしょっちゅう聞こえているが)。デイパックに釣られて開けたところを狙うということではなさそうだ。そもそもそれなら、自分は真っ先に死んでいるはずである。

オーケイ。だったら開けたらドカン、というタイプに違いない。チャックを開けたが最後、七瀬彰の体はまっくろくろすけ。
その手には乗らない。チャックを開けてドカンなら、下から開ければいい。
鍬の刃の部分でデイパックの下を少しづつ破っていく。本当に爆弾なら、そーっと元に戻しておけばいいだろう。
そうして3分の1ほど切り裂いたところで、ぼとっ、と何かが落ちてきた。
「あっ」
やばい、と彰は思ったが果たしてそれは爆弾などではなかった。黒光りする、まるでカステラの箱のような形状――すぐに何かが分かった。イングラムM10。数秒で弾を撃ち尽くす、その連射力は拳銃とは比較にならないほどの剣呑な代物だった。
続いてその予備マガジンらしきものも落ちてきた。ひーふーみー…驚くべきことに、8本も入っていたのである。こんなに入ってりゃつまずくはずである。
「すごい――だけど、どうしてこんなものが放置されていたんだ?」
再び、彰はこれは罠なんじゃないかと思い再度周囲を確認する。こんなおいしい話、あるはずがない。きっと誰かが狙って――いない。
首をかしげる。よほどこんなゲームが嫌いだったのか? それとも宗教上の理由? ああイエス様。親愛なる隣人を殺す事などどうして出来ましょうか。アーメン。
あるいはエアガンなんじゃないかとも思った彰だが、モノホンの匂いがぷんぷんする。
「――まあいいさ。いらないなら、有効に使わせてもらうまで」
少なくとも鍬の100倍は頼りになる。それどころか一人で複数殺して回る事も可能だ。
「誰だか知らないけど、感謝するよ。僕にチャンスをくれて」
鍬はもういらないだろう。破ったデイパック共々放置して、今度は山を下り始めた。これなら、わざわざ奇襲する必要もなかったからである。
木々の間から漏れる陽光が、わずかにイングラムの銃身を光らせていた。

七瀬彰
【時間:二日目午前7時00分】
【場所:G−4】
【所持品:イングラムM10(30/30)、イングラムの予備マガジン×8】
【状態:右腕負傷(マシにはなっている)。マーダー化】
【その他:イングラムの入っていたデイパックは月宮あゆのもの】
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