冬弥と弥生は車内でパンを食べていた。 本当なら外の綺麗な空気を吸いながら食事を楽しみたかったが、今はこんな状況だ。 完全防弾のこの車の中より安全な場所などこの島には存在しない。 (本当にこれで良かったのか……?) 冬弥はペットボトルを手に先ほど殺した女達の事を考えていた。 そのうちの一人―――聖は少しだけ話した事がある。 強い人だった。聖は身の危険を顧みず、自分と河野貴明の戦いを諌めに駆けつけた。 最期の瞬間まで、必死に何かを訴えていた。 弥生から聞いた話では、聖も愛する人を失っているのに―――自分とは大違いだ。 自分はただ流されているに過ぎない。 慕ってくれていた留美を突き放して暴走し。 コインなどという物に運命を任せ、弥生と出会ってからは彼女に全てを任せ。 流されるまま、復讐には関係の無い聖達を殺害し。 ――最低だ、と自分でも思う。 それでも…… (それでも俺は、由綺を殺した奴が許せない……っ!) 結局はそこに行き着くのだ。 復讐以外の事をまともに考えれていないのは自覚している。 復讐した所で由綺が生き返る訳では無いのも分かっている。 だが今更どうして後戻り出来ようか。 自分はもう三人の命を奪っている、これは片道切符しか用意されていない旅路なのだ。 ……気付くと、中身の無くなったペットボトルを握り潰していた。 そして冬弥はループする思考を中断した。素早く残りのパンを口に放り込み、咀嚼する。 濁った空気のせいかそれとも自身の気分のせいか、その味は酷く不味かった。 味気無い食事を終え横を見ると、弥生が熱心に携帯電話を弄っていた。 「何してるんですか、弥生さん?携帯なんか弄って……」 「――この携帯電話、凄いです」 「一見ただの携帯電話にしか見えないけど……?」 「この島に来た時に私の携帯電話は没収されていました。恐らく他の人の携帯も没収されていると思います。 ではどうして荷物の中に携帯が紛れていたのか……」 「まさか……」 携帯は冬弥のものも没収されていた。 これだけ用意周到に殺し合いの舞台を用意した主催者が見落としをするとは思えない。 ならその携帯は――― 「もしやと思って調べてみたのですが、これは立派な支給品です。この画面を見てみてください」 弥生はそう言って携帯電話を冬弥に手渡した。 冬弥はまじまじとその画面を見つめた。 「『機能説明……この携帯には爆弾が取り付けられています。アラームをセットして1時間経ったらあら大変、大爆発で強烈な目覚ましだ!』 ……つまり時限爆弾としての役目を果たせるって事ですか」 「そうです。これを使わない手は無いかと思います」 「でも、1時間後に爆発って使い辛くないですか?戦ってる最中にそんなに待つ余裕なんて無いでしょ」 「心配ありません。その携帯の横にあるボタンを押して、伝言メモを聞いてみてください」 「横にあるボタン……これですか?」 ボタンを押すと、録音されていた内容の再生が始まった。 『爆発まで1時間も待てないというお急ぎの方へスペシャルサービル!灯台の地下に、携帯の爆弾操作用リモコンが置いてあります。 リモコンのボタンを押せば即爆発!この大サービスを是非ともご利用ください!』 馬鹿にしたような明るい声でCMのような台詞が流れ、再生は終了した。 ゲーム開始時のウサギの人形といい主催者のセンスは最悪だと、冬弥は思った。 「……サービスとか言うくらいなら、最初からリモコンも支給して欲しいですね」 「ゲームの円滑化の為でしょう。このゲームでは動き回れば動き回るほど誰かと出くわす可能性が高くなる。 逆に考えれば、一箇所でじっとしているのが安全です。だからこそ主催者はこういった事をして、参加者を動かそうとしているのではないでしょうか」 「奴らもちゃんと、考えてるって訳ですね……」 主催者のやり口は気に食わなかったが、今は少しでも強力な武器が欲しい。 何度も騙まし討ちが上手く行くとは限らないのだ。 弥生はアクセルを踏み込み、車は灯台に向かって走り出した。 ――肌を撫でる緩やかなそよ風、照りつける太陽、耳に響く波の音。 冬弥達は灯台の外へと出た所だった。 あっさりと目的の物は手に入った。 他にも何か役に立つ物があればと期待していたのだが、残念ながらそれは無かった。 それでも、好きな時に爆発させれる爆弾を手に入れたのは大きい。 一度しか使えないが強力な切り札となるだろう。 「弥生さん、見てください。こんな島なのに……海は綺麗なんですね」 「本当ですね……」 二人は並んで眼前に広がる大海原を眺めていた。 海の水は透き通るようで、海底が見えそうな程だった。 波も高くなく、海だけ見れば最高のレジャースポットだといえる。 「藤井さん」 「はい?」 「私の事を、馬鹿な女だと思いますか?」 「……突然何を?」 らしくない発言に疑問を覚え、冬弥は弥生の方へ振り返った。 弥生は……とても寂しそうな表情をしていた。 今にも壊れてしまいそうな、そんな脆さが感じられた。 「優勝の褒美の事、藤井さんは信じていないんでしょう?」 「バレちゃいましたか……」 「それくらい分かります。そして私も嘘である可能性の方が高いと思っています。 私は、自分自身でも信じきれていない言葉の為に人を殺している……」 弥生も分かっていたのだ。あれが参加者達をやる気にさせる為の扇動だという事は。 それでも0.1%でも可能性があるのなら選ぶ道は一つだ。 由綺は自身の存在意義そのものだから。 「私達の最終目的は異なります。ですが、一人で戦うより二人で戦った方がお互いの目的を成し遂げる可能性は高い―――分かりますね?」 「……はい」 「だからこれからも協力しましょう。お互いの目的の為に」 弥生はそう言って手を差し出した。 もう、彼女の顔は冷たい仮面を被っていた。 冬弥は少し面食らっていたが、すぐに結論を出した。 「――馬鹿な女だなんてとんでもない、やっぱり弥生さんは強い人です」 二人は、握手を交わした。 【時間:2日目13:00】 【場所:I−10灯台】 篠塚弥生 【所持品:包丁、ベアークロー、携帯電話(GPSレーダー・MP3再生機能・時限爆弾機能(爆破機能1時間後に爆発)付きとそのリモコン】 【状態:マーダー・脇腹に怪我(治療済み)目的は由綺の復讐及び優勝】 藤井冬弥 【所持品:暗殺用十徳ナイフ・消防斧】 【状態:マーダー・右腕・右肩負傷(簡単な応急処置)目的は由綺の復讐】 【備考】 ・FN P90(残弾数0/50) ・聖のデイバック(支給品一式・治療用の道具一式(残り半分くらい) ・ことみのデイバック(支給品一式・ことみのメモ付き地図・青酸カリ入り青いマニキュア) ・冬弥のデイバック(支給品一式、食料半分、水を全て消費) ・弥生のデイバック(支給品一式・救急箱・水と食料全て消費) 上記のものは車の後部座席に、車の燃料は十分 - BACK