the girlish mind




「思ったより、時間をかけてしまいました」

手にする包丁には、すっかり人の脂がこびりついてしまっている。
水瀬秋子は全く身動きとらなくなった名倉友里に向け、それを投げ捨てた。
返り血のついたセーターはそんな彼女へのせめてもの情けとして被せてある、真っ赤な泉の中ほんの少しだけ薄いピンクの地の色が見えるその光景はあまりにも異様だった。
背を向け、振り返ることなく場を後にする秋子の横顔には何の表情も浮かんでいない。
秋子の心中が死んでしまった友里に伝わるはずもなく、こうして一連の流れは幕を閉じた。




静かに佇む民家は、秋子が出て行った時と変わらぬ様子で彼女を出迎える。
周囲への気配りは欠かすことなく戻ってきた、特に異変を感じることもなかったので秋子はそのまま家の扉を開ける。
キィッという軋む音以外、何も聞こえなかった。
二人ともまだ起きていないのだろうか、そう思う秋子の鼻を思いがけない異臭を捕らえる。

(・・・・・・これ、は・・・)

さっきまで自分も嗅いでいた種類のもの、その溢れかえる血の臭いに驚く。
まさか、自分が留守にしている間に敵襲があったのだろうか。

「澪ちゃん!?・・・な、名雪っ!!」

普段見せない、取り乱した様子で駆けて行く秋子。
居間にあたる部屋に飛び込むと、そこにはリボンをつけた幼い少女のうずくまる姿があり。
駆け寄り、抱き上げる。暖かさの残る体とは反面、重く閉じられた瞼が彼女の状態を表している。
自分のシャツに血が染みこんでいくが気にしない、秋子はひたすら上月澪の体を揺さぶり続けた。

「澪ちゃん、澪ちゃんっ!お願い目を開けて・・・っ」

澪の腹部には、何度もナイフのようなもので抉られた痕があった。
何て残酷な、声の出せない彼女は悲鳴を上げ助けを求めることもできないというのに。
涙と共に溢れる怒りを抑えきれない、そんな秋子が背後に忍び寄る気配に気がついたのはその時だった。

「誰です?!」
「きゃっ・・・!」

振り向きざまにジェリコを構える、だがそこに立っていたのは誰よりも大切な自分の娘。
水瀬名雪は、向けられた銃身を凝視しながら棒立ちになっていた。

「な、名雪!!無事だったんですね、よかった・・・・よかった・・・・・・」

慌ててジェリコをしまう秋子、しかし名雪は身動きすることなく固まっている。
・・・驚かせてしまったようだ、抱えていた澪を一端寝かせ秋子は名雪に近づいた。
そのままぎゅっと抱きしめるが、反応はない。
いつもなら腕を回してくるのに・・・だが、そんなことを思っている場合ではない。

「怖い思いをさせました、ごめんなさい、本当にごめんなさい・・・」

安心させるよう、背中を優しく撫でながら秋子はあやす様な口調で名雪に話しかけた。

「・・・お母さん」

それはしばらくしてからであった。声をかけられた秋子はそっと拘束を緩ませ、視線を彼女の頭部に合わせる。
だが、顔が伏せられているため表情はうかがえない。
何か伝えることがあるのだろうか、秋子は名雪の言葉を待った。

「私はいっぱい怖い思いをしたよ」
「・・・そう、ごめんなさい。お母さんが守ってあげなくて・・・ごめんなさいね」
「我慢もしたよ、痛いの我慢した」
「そうね、偉いわね」
「もう充分だよ・・・」

その、疲れきった口調に焦る。秋子がいくら声をかけても名雪に変化は現れない。
何とか気をしっかりもたせなければ、再び口を開こうとした時だった。

「だからお母さん」

早口で捲くし立てられた台詞と共に上げられた顔、上目遣いでこちらを見やる名雪は・・・無表情で。
目が合う、そのいつも甘えてくる柔らかさの欠片もない目線に心が冷えきる。
思ってもみなかった様子に戸惑い、今度は秋子が固まった。
そんな秋子を気に留めることなく、名雪は無造作に言葉を吐く。
その、絶対零度の視線と共に。

「私も、奪う側に回っていいよね?」

一瞬、彼女が何を言っているのか理解できなかった。
相変わらずの無表情である名雪からその意味を読み取ることはできない、彼女の言葉は一体何を指しているのか。
疑問符を、秋子が口にしようとした時であった。

「っ?!」

・・・一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
何かを突き立てられるような痛みが走る、脇腹辺りからだった。
事態がどうなっているのか理解できなかった。
目をやると、そこには愛娘の手にするスペツナズナイフの刃がしっかりと刺さっていた。

「お母さん、私のこと撃とうとしたよね?お母さん、私のこと殺そうとしたもんね」

弁解をしようとした、それは間違いだと。名雪を撃とうとしたわけではないと。
だが、崩れ落ちる秋子を見下す名雪の視線には何の感情も含まれていない。
目があっているはずなのに、お互いの感情の疎通が全くできていないという場面。
腹部の痛みもあり秋子はうまく言葉を紡ぐことはできなかった、それは名雪の誤解を解く機会を失ったという意味でもあり。

「いいんだ、お母さんなんて知らないもん。お母さんだけは信じてたのに・・・お母さんだけは、私の味方だと思ってたのに」

名雪の出した結論に涙が出そうになる、秋子は歯をくいしばりなんとか膝立ちで彼女と対峙しようとする。
目の前の真っ赤に染まった名雪の手にナイフはない、それはいまだ秋子の腹部に刺さったままなのだから。
・・・だが、よく見ると。その手には、もっと時間の経過したものに見える凝固された血液が張り付いていた。
ポタポタと垂れている秋子の血、それとは別のもの。その光景の、物語ることは。

「なゆき・・・まさか、あなたが・・・澪、ちゃんを・・・?」

跪く秋子の足元近くには、青白い澪が寝転んだままである。
ちらっと一瞬目をやる名雪、秋子は彼女の言葉を待った。

「ん?だって、起きたらお母さんはいないし知らない子はいるしで私もびっくりしたんだよ〜。
 万が一のこともあるからね、手は早めに打っとかないと」

それは、一瞬で返ってきた答え。
何の躊躇もなく飄々と言ってのける目の前の少女が、本当に名雪かと疑問すら持ち上がる。

「見て、分かるでしょ・・・っ!澪ちゃんが、そんなこと・・・しないって・・・」
「分からないもん、私達は殺し合いをさせられてるんだもん。現にお母さんだって私を撃とうとしたんだよ、人のこと言えないよ〜」

一見それは無邪気にも思える口調であった、だが強く他者を拒否する名雪の姿勢は強固であり。
いくら言っても無駄であった、彼女の傷ついた心は母親の言葉さえも遮断する。

「これは罰だよ・・・お母さんが、私を一人にした罰。そして、私を殺そうとした罰」

かがみこみ、刺された腹部を抑える秋子の様子を嘲笑いながら名雪は秋子の髪を掴んだ。
長いみつ編みを力任せに引っ張られ秋子が呻くが、名雪は気にせず嬉しそうに言ってのける。

「でも大丈夫だよ、お母さんは私のお母さんだもんねっ、これぐらいじゃ死なないもんね!!
 ・・・お母さん、一端私は離れちゃうけどまた私を見つけてね。え、何でかって?そんなの足手まとい状態なお母さんといるメリットなんてないもんっ。
 だからケガは自分で何とかしてね、その痛みが私の受けた精神的外傷だっていうのも忘れちゃだめだよ〜。
 反省してね、それで反省し終わったら今度こそ私を守ってね、待ってるよ。
 ああ、大丈夫、私のことは心配しないでいいよ。お母さんが来てくれるまで、誰か別の代わりの人を見つけるもん。
 大丈夫だよ〜、私も頑張るから。ふぁいとっ、だよ。お母さんも頑張ってね。
 それで、元気になったらまた会いにきてね。私を見つけてね。それで今度こそ、ずっと傍で私だけを守ってね。
 ・・・じゃないと」

髪を引かれ、無理やり顔を近づけられる。それは唇が届く距離。

「裏切り者は、例えお母さんでも許さないんだよ〜」

・・・何故、この子はこんなにも楽しそうなのであろうか。
はらはらと秋子の頬を伝う涙は決して腹部の痛みからではない、濁った瞳の目の前の少女の変容がただただ悲しかった。
部屋から出ていく名雪の背中が見えない、滲む瞳は何も映さない。
先ほど自分が開けた外部と繋がるドアが開閉される音が聞こえ、秋子は本当に名雪がこの場から去ってしまったことを実感するしかなかった。

・・・名雪の心中が秋子に伝わるはずもなく、こうしてまた一連の流れも幕を閉じる。
だが、今回残された者の命は失われていない。秋子がこれに対しどう出るかは、まだ分からなかった。





夜風は思ったよりも身に染みる、名雪は風に舞う髪を押さえながら自分の支給品である携帯電話を取り出した。
圏外、その表示で通話ができないことは一目瞭然である。
だが、名雪は慣れた手つきでインターネットに接続するボタンを押した。・・・少しの間をあけ、液晶の画面が変わる。
現れたのは、あるサイトのトップ画面。澪を葬った後秋子が現れるまでの暇をつぶしている際に、名雪はこのページを見つけた。
と言っても、インターネットに接続できるとはいえ見れるサイトというのもここだけであったのだが。

「ロワちゃんねるポータブル」、そうタイトルづけられた掲示板は名雪の書き込みで止まっている。

何故「圏外」なのにこのようなサイトに繋がるのか、それは分からなかった。
しかし使えるという事実は確かにここにある、名雪はそれを有効活用しようとした。

「うーん、でもお母さんと別れちゃったから・・・ちょっと矛盾が出てきちゃったよ」

自分の書き込みを見て首を傾げる名雪、本当は秋子と合流した上での身の安全を第一に考えていたのだが、今はこうなってしまった以上仕方ない。
できることはした、あとは信じて待つしかない。




自分の安否を報告するスレッド

3:水瀬名雪:一日目 23:45:46 ID:jggbca7kO

 ショートカットのお姉さんに襲われました。肩をナイフで刺されました。
 黒いTシャツの目つきの悪い男の人にも襲われました。殺されそうになりました。
 今は信頼できる人が傍にもいますけど、正直誰を信じればいいのか分かりません。助けてください。




「ふふ・・・藪をつついて出るのはヘビさんかな、それとも本当に王子様かな〜」

微笑む名雪は、一体どちらを望んでいるのか。
しいて言うならば。王子様だったらやっぱり祐一がいいな〜、そんなことを呟きながらまるでダンスを踊るかのごとくステップを踏む名雪の様子は。
彼女がこの島に来て、一番生き生きとしたものだった。




水瀬名雪
【時間:2日目午前0時頃】
【場所:F−02】
【持ち物:GPSレーダー、MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り)
 赤いルージュ型拳銃 弾1発入り、青酸カリ入り青いマニキュア】
【状態:肩に刺し傷(治療済み)】

水瀬秋子
【時間:2日目午前0時頃】
【場所:F−02・民家】
【所持品:スペツナズナイフの刃(刺さっている)、IMI ジェリコ941(残弾14/14)、木彫りのヒトデ、殺虫剤、支給品一式×2】
【状態:腹部に刺し傷、主催者を倒す。ゲームに参加させられている子供たちを1人でも多く助けて守る。
 ゲームに乗った者を苦痛を味あわせた上で殺す】
【備考:セーターを脱いでいる】

上月澪  死亡

澪の支給品(フライパン、スケッチブック、他支給品一式)は放置
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