芳野祐介は、長森瑞佳を自分の背に隠れるように手で合図を送る。芳野の見る限り、瑞佳に戦闘能力があるとは思えない。――最も、芳野は戦闘をさせる気などまったくなかったが(女の子なんだ、当然だろ?)。 「そこに隠れているのは分かっている、出てくるんだな」 デザートイーグル(50.アクションエキスプレスって奴だ)を慎重に構えて何者かが隠れている木の陰に向かって、再度警告する。 「――お前はこれに乗っているのか? 乗ってないなら出て来い」 呼びかけるも、返答はまたしても無言。よほど警戒しているのか、それともこちらの警戒が切れるのを待っているのか。――だが、芳野としてはこの膠着は好ましくない。 第三者に絡まれたら隠れている相手とは違い、見をさらけ出しているこちらは間違いなく蜂の巣になる。 「長森。一歩づつ下がるんだ。逃げるぞ」 相手に聞こえないよう、囁くように耳打ちする。 「え? で、でも…まだ相手の人がどんなのか分からないですし、ただ怯えているだけなのかも――」 「そうかもしれない。だが、そうじゃないかもしれない。だから安全策を取る」 こちらの残弾が少なすぎる以上、戦闘は極力避けたい。押し出すようにして、瑞佳を一歩づつ下がらせ始めた。 「それは困るなぁ」 ひゅっ、と空気を裂く音がしたかと思うと、瑞佳の足元に何かやけに角張った木の枝のようなもの(ボウガンの矢だ)が突き刺さっていた。 「なっ…」 驚く間もなく、今度はナイフらしいものが眼前に迫ってきていた。避けなければ当たる、と思ったがそれでは長森に当たってしまう。 やむなく、芳野は瑞佳を思いきり突き飛ばした。直後、突き飛ばした左腕に誤ってコンパスを突き刺したかのような痛みが襲う。当然ナイフが当たったからだった、クソ―― 「お前っ!」 デザートイーグルのトリガーを引き絞る。片腕で撃ったために50口径ならではの凄まじい反動が芳野の体を痛めつける。 何のこれしき。愛する公子さんを失った痛みに比べれば―― 「ファイトォー、いっぱぁーつッ!」 そして雄叫びと共にナイフ(投げナイフだった、サーカスで使うような)を引き抜いた。ぶしゅ、と血が少し吹き出したが刺さった時より痛くない。 一方の敵、朝霧麻亜子と言えば、当然苦し紛れに撃った芳野の弾丸が当たるわけもなく、それどころか既にボウガンに矢を装填して腰だめに構えていた。 「ひゅー、やるねぇお兄さん。でもねぇ、甘いんだよなぁコレが」 タン、と軽い音がして二本目が発射される。来るか! と芳野は思ったが、向きが妙な方向を向いていた。芳野の方向では無い。 「え…?」 麻亜子が狙ったのは、武器を持つ芳野ではなく無防備かつ芳野に突き飛ばされてバランスを崩している瑞佳だった。 「あっ」 ――だが、助かったのは瑞佳だった。意図に気付いた芳野が、デザートイーグルを地面に放り出して瑞佳を逆に引っ張ったのだ。間一髪で、矢は瑞佳の横をすり抜けるだけに終わる。 「なんとっ!?」 麻亜子は驚くが、再び矢を装填する。これくらいは予想の範囲、とでもいうように。 「お前っ、どうしてこんなことをする!?」 装填している麻亜子に向かって芳野が叫ぶ。麻亜子は何をいまさらというように気だるげに言った。 「――当然、このゲームに優勝するためさね」 半分予想通りの答えだったが、やはり聞くと失望を持たざるを得ない。無駄だとは分かっていながら、芳野は説得を試みる。 「そんな下らないことを何故する。自分自身のためか」 「心外だねぇ、あたしがそんな人間に見えると思うかい? …って、そんな人間に見えるから言ったか。いちおー言い訳しとくけど、あたしにはそんなつもりはない。ある人のためさ。その人にはそうしても死んで欲しくないんだ、あたしは」 装填し終え、ボウガンを向ける麻亜子。しかし芳野は怯まず言葉を続ける。 「――そいつは、お前の愛する人か」 「愛する…美しー言葉だね。今のあたしとは無縁な言葉だけどさ。ま、そーだよ。 ――世界で一番、失いたくない人だよ」 最後の方は、ちょっぴり悲しそうに麻亜子は言った。 「なら、お前は愛する人の為にこんなことを続けているのか。それも一つの愛ではある…だが、それは貧しい愛だな」 「ふん、何と言われても構わないよ。自己満足でもいい。憎まれてもいい。でも、これだけは譲れない。…だれにも分かってもらえなくてもいいんだ、この愛は」 「分かった、認めよう。だがな――本当に愛する人のためを思うなら…まずその人を『泣かせない』ことが重要だと思うぞ!」 いつのまにかデイパックに手が伸びていたことに、麻亜子は気付かなかった。気付いてボウガンを構えたときには、既に直線上にデイパックがあった。 避けて再び構えなおそうかとも思ったが、芳野と瑞佳の姿は遮蔽物のさらに多い森の中へと消えていた。 「ちぇ…」 舌打ちする麻亜子。芳野が言った最後の言葉で麻亜子の頭に友人を失って泣き崩れるささらの姿を、ちらりとでも思い浮かべてしまったのが失敗だったかもしれない。 「どーも言葉を交わすと感情的になっていけないね、あたしは」 …だが、芳野の言葉にはまるで歌詞のような、心に響く詩的なものがあった。 日常の中で、もしも彼と知り合えていたら思う存分愛について語り合ったに違いない。 芳野のデイパックから水と食料を回収する。 「――お?」 それと、芳野が瑞佳を助けるために投げ出したデザートイーグルを発見する。 「お客さんお客さん、落とし物はいけませんよ――特に、こんな落し物はね」 拾い上げて、ボウガンの代わりに手に持っておく。 ボウガンの矢二本と投げナイフ一本で銃を一丁お買い上げ。え、安過ぎるって? なになに、人生最後のお買い物ですから――サービスサービス。 「――まだ死なない。あたしは絶対に負けるわけにはいかないからな」 それから疲れを取るために奪った食料と水で腹を満たしてそれから立ち去ろうとした時、不意に何者かが現れる気配がした。 「むむっ! 敵襲かっ」 「ま、待てっ! 撃つな、今はやりあう気は無い」 茂みに隠れているせいで誰かは分からないが、声から麻亜子は男のものだと判断する。 けど、そんなこと言われてもねぇ。撃っちゃおーか? こっちはやる気マンマンだし。…いや、ここはあたしお得意のだまし討ちに出るとしますか。何せあたしは卑怯の女神と言う称号を…って、いらんわーっ! 心中でノリツッコミをしつつ、極めて冷静を装って麻亜子は答える。 「…よぉーし、ならば出てくるがよい。敵さんでないならあたしは大歓迎だよ」 デザートイーグルを下ろして(フリだよ、フリ)、相手が出てくるのを待つ。 果たして茂みから出てくるのは一体誰でしょうねぇ? 「こっちの方角から銃声がしたから来てみたんだが…少し遅かったようだな」 ――茂みから現れたのは、巳間良祐だった。 * * * 「ほうほう、それではお兄さんはもうやる気がなくなったというのかね?」 地面に座りこんで歓談する麻亜子と良祐。いずれ殺すつもりだったが情報くらいは手にいれておいても損じゃないだろう、と麻亜子は思ったからだった。 「まあな。…というより、武器が無くなったからという方が正しいかもしれんが」 「それにしても吊られていたなんて…これぞまさしくハングドマン」 「放っといてくれ。それより、銃声がしたんだが、お前が撃ったのか」 麻亜子のデザートイーグルを見ながら良祐が言う。 「んー? そうだけど、正当防衛さっ。いきなりこんな、か弱いいたいけなお年頃のおにゃのこを襲ってきたもんだから…ううっ、貞操のピンチだったんだぞっ」 よよよと涙で袖を濡らしながら(これも演技。我ながら上出来っ)、理解を求める麻亜子。 「か弱い…そうは見えんがな」 「キミも人を見る目がないねぇ。どんだけあたしが必死こいて追い返した事か。赤塚不二夫マンガに出てくる警官みたいに撃って撃ちまくったんだから」 「…の割には、銃声は一発しか聞こえなかったが」 「そりゃ聞こえなかっただけでしょ。耳遠いんじゃないのかーい? いい医者紹介するよ」 天国――いや、三人も殺したんだから地獄か――でだけどね。 良祐は、まあどうでもいい事か、と呟いて立ち上がる。 「俺はもう行く。調べたいことがあるんでな」 おっと、逃がしゃしないよ――麻亜子は慌てた風を装って(我ながらホレボレするねぇ。ハリウッドでも狙っちゃおうかな)、良祐を呼び止める。 「ちょ、ちょっとちょっとお兄さん。武器もなしに一人で行く気かな? 危ないんじゃないのー?」 良祐は一瞬動きを止めたが、すぐに麻亜子に向き直って言う。 「群れるのは好きじゃない。武器はないが、人目は避けていくさ」 「それにしても、身の安全は考えるべきだと思うぞっ。あたしの武器、貸してあげるからさ」 良祐は驚き、それから信じられないというような目で麻亜子を見た。 「――ここは殺し合いの場なんだぞ。貴重な武器をやるなんて何の考えだ」 「ま、ま。武器っても大したものじゃないんだ。ボウガンなんだけど、矢も残り少ないし、あたしも何回か撃ってみたけどぜーんぜん当たんないし。おまけに結構重たいのよね、コレ。 けれども捨てるわけにもゆかず、まさしく宝の持ち腐れなり。ってなわけで、お兄さんにプレゼントしちゃおうってコトさっ」 まだ疑わしげな顔をしている良祐だったが、貰えるものは貰っておこうという考えなのか分かった、と首を縦に振った。 「おおっ、サンキューヨンキューシャ乱Qー! そいじゃー出すからねー」 麻亜子は置いてあったデイパックからボウガンを確認する。オーケイ、矢はちゃあんと装填されてるね。それじゃプレゼントターイム。 麻亜子は素早く取りだし――そして、完全に麻亜子の言動からコイツはただのお人好しだ、と油断していた良祐に向けて、軽くトリガーを引いた。 距離にしてわずか数十センチ。麻亜子が発射したと認識したときには、既に矢は良祐の腹部に突き刺さっていた。がはっ、と反吐を吐いて良祐がよろめく。 「どうこのプレゼント? 喜んでもらえたかなぁ?」 満面の笑みを浮かべて麻亜子は言った。 「き…貴様っ…」 充血した目で、それでもなお良祐は麻亜子を睨みつける。 「騙し煽り裏切りはこの島じゃ当たり前ー。悲しいけど、これって戦争なのよね」 大げさに肩をすくめてやれやれと呟く。 やがて立つ力さえも維持できなくなった良祐は、よろよろと木にもたれ掛かって腹部を抑える。 「くそっ――結局、殺人を犯した者の末路はこんなものか…」 皮肉げな口調。それは自身に向けたものか、麻亜子に向けたものか。 しばらく荒い呼吸を繰り返していたものの、それも徐々におさまっていき――そして、息をしなくなった。 それを見届けて、麻亜子は改めてボウガンに矢を装填してからデイパックに仕舞い直した。 「ま、お兄さんの不幸はやる気がなくなっちゃったことだね。目的のない奴って死にやすいもんなの。コレ、世界のジョーシキ」 デイパックを担いで、麻亜子は歩き出した。 【時間:2日目・午前7:20】 【場所:F−7】 芳野祐介 【所持品:投げナイフ、サバイバルナイフ】 【状態:逃走、左腕に刺し傷】 長森瑞佳 【所持品:防弾ファミレス制服×3、支給品一式】 【状態:芳野と逃走】 朝霧麻亜子 【所持品1:デザート・イーグル .50AE(3/7)、ボウガン、バタフライナイフ、支給品一式】 【所持品2:ささらサイズのスクール水着、芳野の支給品一式(パンと水を消費)】 【状態:マーダー。現在の目的は貴明、ささら、生徒会メンバー以外の排除。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。スク水の上に制服を着ている】 巳間良祐 【所持品:支給品一式】 【状態:死亡】 - BACK