犬猿




私は今、柳川さん、七瀬さんと一緒に氷川村に向かって歩いています。
ですが、問題が一つあります。

「貴様、随分と余裕なんだな。銃を全て他の者に渡すとはな」
「いいのよ。私はあなたと違って、人を殺すつもりなんてないんだから」
それにこっちの方が使い慣れてるしね、と七瀬さんは手にした日本刀をぶんぶん振りながら付け加えました。

「どれだけ腕に自信があるか知らんが、そのような物を振り回すのはあまり関心せんな。
それとも貴様の言う乙女とは、野蛮な女の事を指すのか?」
「っ――余計なお世話よ!」

……また始まりました。
さっきからずっとこの調子で、柳川さんと七瀬さんは事あるごとに衝突しています。

その度に私はフォローを入れるのですが、
「あのー……、もう少し仲良くなさっても良いのでは……」
「いくら倉田の頼みであろうとも、それは断る。この女とはどうも気が合わん」
「私もよ。そりゃ柳川さんは尊敬出来る部分もあるけど……何ていうか、ムカつくのよ」
「……」
こんな調子です。
これが犬猿の仲と言うものでしょうか。
先行きはかなり、不安です。


――事の顛末はこうです。

みさきさん達と別れた場所に戻ると、すぐに珊瑚さんが私達を呼びに来ました。
珊瑚さんの後に続いて民家に入っていくと、
みさきさん、それに私達がいない間に出会ったという北川さん、広瀬さんがいました。


「留美、どうしたのよ?そんな辛気臭い顔してるなんて、あんたらしくないわよ」
「うるさいわね、乙女にはたまに黄昏たくなる時があるのよ」
「まったまたー、冗談言っちゃって。どこの世界に、あんたみたいな乙女がいるのよ」
「な……何ですってーっ!」

……七瀬さんと広瀬さんはお知り合いだったようです。
七瀬さんは怒っていたけれど、心なしか少し元気になられたように見えました。
ですがいつまでもこうしてはいられません。
民家の一室で、私達は話し合いを始めました。

まず最初に北川さんから話を始めたのですが、その中の一つの話題に柳川さんが声を荒げました。
「くっ、そういう事か!」
「そうだ。【氷川村の宮沢有紀寧】が、【リモコン爆弾】と【人質の初音】を使って脅したんだと思う」
「人質を取られていたから、耕一さんはあんな事をしたんスね……」
「有紀寧ちゃんがそんな事をするなんて……」

耕一さんが豹変してしまった理由。
それがようやく分かりました。
春原さんの知り合いの、有紀寧さんという方に脅されていたのです……。
その後、藤田さんが思い出したように呟きました。

「それにロワちゃんねるの書き込みも……」
「ああ。るーも、宮沢有紀寧が犯人だと思う」
「その女……どこまで人の命を弄べば気が済むつもりだ……!」

耕一さんの事が余程悔しかったのでしょう、柳川さんは終始怒りを隠しきれない様子でした。
無理もありません、耕一さんは柳川さんと血の繋がった親戚だったのですから……。



「現時点で俺達が知っている情報はこんだけだ。それじゃ俺達は出発させてもらうよ」
「何、もう行くのか?まだ俺達の知っている情報は一部しか話していないぞ」
「……柳川さんも分かっている筈だぜ?俺と真希には時間が無い、って事をな」
北川さん達の目的は、みちるさんという方を探す事。
そして春原さんが、みちるさんの行き先については知っていました。
みちるさんは、岡崎さんという方達と一緒に鎌石村へ向かわれたそうです。
ですが……その中の一人、伊吹風子さんの名前が、ロワちゃんねるの死亡者スレッドに載っていました。
きっと、何か良くない事があったのでしょう。
そのスレッドの最終更新時間は午前8時……今もみちるさんが無事という保障はどこにもありません。
真希さんが部屋を出て行こうとしたとき、七瀬さんがその背に向けて声を掛けました。

「真希!」
「どうしたの、まだ何か聞きたい事でもあるの?」
「……死なないでよ」
「大丈夫よ、私はあんたみたいにドジじゃないし」
「ちょ、喧嘩売ってんの!?」
「あははっ、そうカッカしない。あんたこそ、ヘマしないでよね」
真希さんはぐっと力こぶを作って見せてから、北川さんと一緒に部屋を出て行きました。


別れを惜しむ間も無く話し合いは続きます。
皆さん一人一人が、自分達のこれまでの経緯と集めた情報を話しました。
一通り情報を交換し終えると、皆さんが動き始めました。
浩之さんは、みさきさんと吉岡さんを連れて鎌石村役場に行く事になりました。
例の書き込みで引き起こされるであろう、戦いを食い止める為です。


「藤田、今からでは時間に間に合うか分からん。
途中の街道で待ち伏せされている可能性も考慮すると、走って行く訳にもいくまい」
「分かってるさ。それでも……人が殺されそうなのに、何もしないなんて御免だ」
「そうか。だがくれぐれも、早まった行動はするなよ」
……死亡者スレッドの中には、浩之さんの親友だという方の名前もありました。
その事が余計に、浩之さんを駆り立てているのでしょう。
目の見えないみさきさんを連れて行く事に、浩之さんは危険だと反対しましたが、
みさきさんは断固として譲らず、浩之さんの方が折れる形になりました。

珊瑚さんやるーこさん達は、CDを使った作業が安全に出来るよう、
村外れにある教会へと向かう事になりました。
村には人が集まる、裏を返せば危険な人達も集まりやすいという事です。
その点教会なら人目につかないし、何かが必要になればすぐに村に探しに行く事も出来ます。


――そして私達も民家を出発して、今に至ります。

「それで貴様、いつまで付いてくるつもりだ?」
「ずっとよ。あなたが森川由綺さんを殺したというのなら、いずれ藤井さんはあなたの前に現れる……。
私は絶対に藤井さんを止めてみせる」
「貴様にも事情はあるのだろうが、その男がもし俺達に武器を向けるようなら、俺はその男を殺す。
本気でその男を止めたいと思うのならば、そうなる前に何とかする事だな」
「殺す殺すって、あなたそればっかりね……」
「勝手に言ってろ、貴様とくだらん言い合いをするつもりは無い。
俺は宮沢有紀寧という女を殺し……まだ生きていれば、柏木初音を救う。立ち塞がる者は排除するだけだ」
「……それが、耕一さんとの約束なんですね」
「少なくとも、奴が一番望んでいる事なのは間違いない」
「そうですね……」


この人は一人で全ての責任を負おうとしているのでは……。
不安を感じた私は、思わず柳川さんの腕を抱き寄せました。

「佐祐理も精一杯お手伝いしますから、どうか一人で全部、抱え込もうとしないでくださいね。
柳川さんは自己犠牲が過ぎる人ですから……」
「分かっている、俺とて一人では生きていけないからな」
柳川さんはそう言って、私の髪を撫でてくれました。
舞の事があって以来、柳川さんは私に対しては素直になってくれています。
それは本当に嬉しい事です。

ですが七瀬さんが、後ろでぼそっと呟きました。
「私がいるの、忘れてない?見られても良いんなら、構わないけどね」
「……ちっ」
柳川さんは恥ずかしくなったのか私の腕をほどいて、一人で前へ歩いていってしまいました。
七瀬さんは満足げに、してやったりという顔をしています。
「あ、あははー……」
私は苦笑いする事しか出来ませんでした。
前途、多難です……。




【時間:2日目12:30頃】
【場所:F-2(各自移動中)】

北川潤
【持ち物@:SPASショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
【持ち物A:スコップ、防弾性割 烹着&頭巾(衝撃対策有) お米券 おにぎり1食分】
【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
【目的:みちるの捜索、鎌石村へ】

広瀬真希
【持ち物@:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)×2】
【持ち物A:ハリセン、美凪のロザリオ、包丁、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】

【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
【目的:同上】


春原陽平
【所持品1:鉈、スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2・他支給品一式】
【所持品2:鋏・鉄パイプ・他支給品一式】
【状態:全身打撲・数ヶ所に軽い切り傷、頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)、教会へ】
柚木詩子
【持ち物:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、包丁、他支給品一式】
【状態:千鶴と出会えたら可能ならば説得する、教会へ】
ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品:H&K SMG‖(6/30)、予備マガジン(30発入り)×4、包丁・スペツナズナイフ
・他支給品一式(2人分)】
【状態:珊瑚達の所へ戻る、左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み)、教会へ】
姫百合珊瑚
【持ち物@:デイパック、水(半分)食料(3分の1)、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
【持ち物A:コミパのメモとハッキング用CD】
【状態:教会へ】


柳川祐也
【所持品:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、日本刀、支給品一式×2】
【状態:左肩と脇腹の治療は完了したが治りきってはいない、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、氷川村へ】

倉田佐祐理
【所持品1:舞と自分の支給品一式、救急箱、吹き矢セット(青×5:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、投げナイフ(残り2本)】
【状態:苦笑、氷川村へ】
七瀬留美
【所持品1:日本刀】
【所持品2:スタングレネード×1、何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(3人分)】
【状態:氷川村へ、目的は冬弥を止めること。千鶴と出会えたら可能ならば説得する、人を殺す気、ゲームに乗る気は皆無】


藤田浩之
【所持品1:デザートイーグル(.44マグナム版・残弾6/8)、デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1】
【所持品2:ライター、新聞紙、志保の支給品一式】
【状態:守るために戦う決意、鎌石村役場へ】
吉岡チエ
【所持品1:投げナイフ(残り2本)、救急箱、耕一と自分の支給品一式】
【所持品2:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)】
【状態:鎌石村役場へ】
川名みさき
【所持品:護の支給品一式】
【状態:鎌石村役場へ】

【備考:北川と広瀬は、平瀬村の戦いの顛末とみちるが鎌石村に向かった以外の情報を聞いていない、
この話の登場人物全員が、有紀寧の外見の特徴を陽平から聞いている】
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