誓い(後編) 〜THE END OF JOKER〜




「なんとか無事に着いたんよ」
「ええ。ここが鎌石局ね…」
20分ほど歩いたところで皐月と花梨は鎌石局にやって来た。
早速2人は中に入り、しらみつぶしに局内を物色し始めた。
とはいえ、そう長居もできない。恐らく少年も自分たちを見つけようと今頃村中を徘徊しているだろう。
そのため一通り手短に調べ終わったらすぐに村から去ろうと2人は考えていた。

「なにか武器の変わりになるものでもいいんだけど………」
「そう簡単に見つかったら苦労はしないわよね………あれ?」
業務机の引き出しを立て続けに開けて中を調べていた皐月であったが、ふと1箇所だけ鍵がかかっていた引き出しを見つけた。
「ここだけ鍵がかかってる……」
「……なんか怪しいね。じゃあ早速開けてみるんよ」
そう言うと花梨はポケットから針金(ホテル跡で手に入れた奴。どうやらまだ持っていたらしい)を取り出し島に来て2度目のピッキングを敢行した。
前回同様、鍵穴に針金を差し込んでしばらく格闘していると『カチッ』という音が引き出しからした。
「よしっ。解除完了!」
「へえ。見事なものね。でも私ならもっと早く解除できたけど……」
「え? 皐月さん、今なんて?」
「ああ、なんでもない、なんでもない。とにかく開けてみましょ」
そう言って引き出しを開ける皐月。もちろん花梨とは違い罠が仕掛けられている可能性も考え伸張に開けていく。
―――引き出しの中にあったのは郵便局にあるには不自然すぎる銀色の鉄の塊だった。

「――これって……銃だよね? それに弾も……」
花梨が引き出しから取り出したもの。それはまぎれもなく拳銃だった。
引き出しの中には花梨が取った銃のものや他の銃のためのものであろう数種類の予備の銃弾があった。
「………ちーちゃんだ」
「えっ?」
花梨の持つ拳銃に皐月は覚えがあった。

―――チーフスペシャル。そう。それは皐月も愛用していたアメリカのスミス&ウェッソン社製のリボルバー拳銃だった。
(もっとも、花梨の持っているそれは皐月の愛用するM36ではなく、その発展型であるM60・3インチモデルであったが……)


「――うん。ちょっとホコリ被ってるけど銃も弾も問題なく使えそうね」
手に入れた銃と弾を一通りチェックし終えると、皐月は制服のポケットにチーフスペシャルを、デイパックに弾をしまった。
ちなみに手に入った弾はM60の予備弾である.357マグナム弾20発(うち5発はM60に装填したため残り15発)と散弾銃用の12番ゲージ弾10発、FN ハイパワーのマガジンに入っていた9ミリパラベラム弾13発の以上3種類である。
「でも武器が見つかってよかったね。これで少しは安心なんよ」
「ええ。でもさ、本当に銃は私が持っていていいの?」
「うん。なんか判んないけど私よりも皐月さんのほうが使い慣れてるような気がするから」
(う…そりゃあねえ………)
そう思いながら苦笑いをする皐月。さすがに今は「銃はこの島に来る以前からたびたび使っていたことがあるから」とは言えない。

「じゃあ行きましょ。何時までもこの村に行くわけには行かないわ」
「ええ。由真やたかちゃんたちと無事に合流できればいいんだけど……」
「そうね。私も宗一やリサさんと合流できれば………っ!?」
――郵便局を出た瞬間、皐月は何か『嫌な予感』がした。
「花梨!」
「えっ?」
考えるよりも先に皐月の身体は動き出していた。咄嗟にバッと花梨に飛びつく。


――ガガガガガガ!

「っ!?」
「皐月さん!?」
皐月が花梨に飛びつくと同時に銃声が周辺一帯に響き渡った。
さらにそれと同時に皐月の左肩から鮮血が噴き出す。
「さ…皐月さん血が………!」
「いいからこっちに!」
痛みに耐えながら皐月は立ち上がるとすぐさま花梨の手を引き物陰に滑り込んだ。

――敵の奇襲。誰の手によるものかは2人ともすぐに気づいた。

「少年っ!」
皐月と花梨は揃ってその襲撃者の名を口に出すと、皐月たちの隠れている物陰の向かい側に位置する民家の影から襲撃者は姿を現した。
アサルトライフルを手に佇む黒ずくめの姿―――そう。それは間違いなく先ほど自分たちを襲い、幸村と智子の命を奪った少年だった。


「――おかしいな…完璧な奇襲だったはずなのに仕留め損ねるなんて………どうやら君は見かけによらず良い戦闘センスを持っているみたいだね湯浅皐月……」
場に似つかわしくないフッとした笑みを浮かべながら少年は皐月と花梨が隠れている物陰を見つめていた。
「少年! あんた、本当にどういうつもりよ!」
皐月はそう叫ぶと手に入れたばかりのM60を少年に向け構えた。
「言ったでしょ? 僕の目的は君たちが持っている宝石を手に入れることだって……」
そう言いながら少年も皐月に対してステアーを構える。

「――悪いけど、さすがにもう今の僕は君たちを見逃すことは出来ないよ。それに無駄な労力は払いたくない……だから一思いに殺してあげるよ」
「やれるもんならやってみなさいよ………!」
お互い銃を握る手に自然と力が籠もる。2人ともすぐには動かない。
「…………」
「…………」
無言のまま睨み合う皐月と少年。数秒の時間がとても長い時間に2人は感じた。

―――沈黙を破ったのは皐月――いや。皐月の陰に隠れていた花梨だった。
「こいつーーっ! なめるんじゃないんよーーーーーーっ!!」
花梨はそう叫ぶと自身の持っていたデイパックのうちの1つを少年に向けて勢い良く投げつけた。

「っ!?」
思わず少年はステアーの引き金を引いた。

ガガガガガ………!

銃声と同時にデイパックは蜂の巣となる。しかし次の瞬間、デイパックは破裂すると同時に白い煙を勢い良く少年の周辺に充満させた。
「!? なんだコレは!? ――小麦粉!?」
そう。それは今は亡きエディの支給品、大量の古河パンによる大量の小麦粉の煙幕だった。
さすがの少年もこれには視界を封じられた。
「皐月さん!」
「ええ!」
それを見て、急いでその場から離脱しようと皐月と花梨は走り出した。
普通ならば少年を倒す絶好のチャンスである。しかし、少年にはアサルトライフルの銃弾すら弾く強力な盾がある。そのため、いくら強力なマグナム弾を用いるM60を持っている今の皐月でも少年を攻撃しようなどとは思わなかった。

「一度村の中心部に戻るんよ! あそこなら物陰も多いからきっと逃げ切れる!」
「判ってるわ!」
先ほどと同じように振り返ることなく皐月と花梨は全速力で駆けていく。
しかし………
「―――言ったよね? 君たちを見逃すことは出来ないって………」
「えっ?」
不意に近くから少年の声が聞こえたので、花梨が振り返ると『パン! パン!』という音が近くで鳴り響くと同時に自身の胸と腹部から先ほどの皐月の左肩のように鮮血が噴き出した。
「あ………」
花梨は体中から力が抜けていくのを感じた。そして花梨はゆっくりと地面に倒れた。
「花梨っ!?」
それを見た皐月も思わず足を止めてしまう。しかしそれは少年に絶好のチャンスを与えてしまった。

パン! パン! パン!

―――再び銃声。それも今度は3回だ。1つ目の銃声で皐月の左足に風穴が開き、2つ目の銃声で右腕にかすり傷が生まれ、3つ目の銃声で右わき腹が抉られた。
「あああああああああああああああっ!!」
迸る激痛に皐月は思わず叫び声を上げ、その後彼女も大地に崩れ落ちた。

「やれやれ……もう慣れてると思ったけど銃って本当に扱いが難しいものだね。未だにコツが掴めない………」
皐月が声のした方に目を向けるとそこにはステアーではなくグロックを持った少年の姿があった。
「能力者の能力を制限する……結構便利なルールだけど自分の能力も封じられてしまうというのは結構不便なものだよ。本来なら不可視の力で君たちを自身の死に気づかせることなく葬ることもできるのに………」
そう言いながら少年は動かなくなった花梨に近寄った。
「………」
皐月はただ黙って少年を睨みつける。
隙を突いてM60をお見舞いしてやろうとも思ったが、今の少年からは皐月にまったく隙を与えてくれる感じがしなかった。
「だけど、ようやくこれで全てを終わらせられるよ。この繰り返される悪夢のような殺し合いも、僕の役目も…………」
少年は花梨のデイパックを手に取り中を開ける。しかし目当ての宝石は入っておらず、中からは特殊警棒と貝殻と手帳が出てきた。
「これは……なるほど。猪名川さんか……確かに、彼女と彼女の仲間たちにはあの時に何度も苦汁を舐めさせられたよ………」
手帳を開いて目を通した少年はふっと笑った。発言からしておそらく前回行われた殺し合いのことを思い出したのだろうと皐月は思った。
「さて……こんなことをしている場合じゃあないよね?」
手帳を花梨のデイパックにしまい、それを置くと今度は花梨の方を調べる。
「やっぱりポケットの中かな?」
そう言って少年は花梨の制服のポケットに手を伸ばした。
その時―――

「にゃあー!」
「うわっ!? なんだこいつ!?」
(猫さん!?)

突然皐月のデイパックから飛び出したぴろが少年に飛び掛った。
ぴろは花梨のポケットへと伸びていた少年の手を引っかくと、今度は少年の顔に張り付いた。
「くっ…こいつ……!」
「にゃ!?」
しかし、すぐさま少年に引き剥がされるとそのまま勢い良く地面に叩きつけられた。
「ふぎゃあ!」
そう叫ぶとぴろもぐったりと地面に倒れ伏した。
「くっ……こんな奴まで僕の邪魔をするなんて………」
少年はぴろを一瞬睨みつけるとすぐに花梨の方に目を戻した。
「困るんだよ……あと1歩というところで邪魔されるのは………」
「そうか。それは悪いことをしたな……」
「!?」
不意に誰かの声が聞こえた。少年は振り返ると同時に片方のデイパックを自身を守るように前に突き出した。

ズドン!
パン! パン!

2種類の銃声が聞こえると同時にデイパックが破裂し中に隠されていた盾が姿を現し、少年の身体には着弾の衝撃が伝わった。
(ショットガンか!)
そう判断すると同時に少年はその場から少し後退する。

――少年の眼前には、ショットガンをこちらに向けて構える少年と拳銃をこちらに向けて構える少女、そしてその後ろに同じく2人の少女が立ちはだかっていた。


* * * * *

「笹森さん………」
ショットガンを構える少年――河野貴明は目の前に倒れている花梨と皐月にちらりと目をやった。
見知らぬ少女の方はまだ生きているようだが、花梨の方はその場に倒れたまま動いていなかった。胴体からは大量の血を流し、大きな赤い水溜りを形成していた。
目の前の惨劇に対する怒りにぎりっと奥歯を噛み締めた。そして目の前にいる少年をキッと睨みつける。
「――お前がやったのか………?」
「――僕じゃなかったら誰がやったっていうんだい?」
「……っ!」

ズドンッ!!

少年のその言葉が告げられると同時に貴明は少年にレミントンを撃っていた。
それが戦闘開始の合図となった。



貴明のレミントンが火を噴くのとほぼ同時に少年は貴明たちの視界から姿を消していた。
少年の持っていた盾だけがそこには存在していた。
(速い……!)
柏木梓は直感で隣にいた久寿川ささらの腕をぐいっと引っ張った。
貴明とその隣にいた観月マナも咄嗟に左右に転がるように場所を変える。

パン! パン! パン!

「くっ!」
次の瞬間、貴明たちのいた場所に数発の銃弾が貫いた。
まだ完全に癒えていない傷がズキンと痛んだが、今の貴明にそんなこと言っている暇はなかった。

(固まっていたらやられる……!)
すぐさま貴明たちはそれぞれ物陰に身を隠す。
「梓さん! 久寿川先輩たちをお願いします!」
弾切れしたレミントンに急いで新しい弾を装填しながら貴明は梓の方に叫んだ。
「馬鹿! そんなこと言われなくても判ってるよ! こっちの心配をしてる暇があったら自分の心配をしろ!」
梓は物陰から飛び出すと、近くに倒れていた皐月を抱きかかえる。
「大丈夫か!?」
「あ…ありがとう………っ!?」
「梓さん、前!」
「!?」
マナの叫び声を聞き、梓が目を向けると前方の物陰から黒い影が一瞬横切った。
――少年だ。
「梓さん早くこちらに!」
「判ってる!」
急いでささらの隠れている物陰に身を隠そうとする梓。
しかし再びステアーに武器を持ち替えた少年がそんな梓と皐月に銃口を向けトリガーを引いた。
それとほぼ同時に梓の後ろから貴明とマナが飛び出し2人を守るためにレミントンとワルサーを、梓に抱きかかえられていた皐月も咄嗟にM60を取り出し少年に向けて発砲する。

―――4種類の銃声が村に響く。
しかし少年に貴明たちの銃弾が当たった気配は微塵もなかった。
その代わり、貴明たち――特に皐月を庇った梓には容赦なく銃弾が襲った。
「ぐうっ!?」
「梓さん!?」
「大丈夫だ、このくらい!」
貴明たちは物陰に身を隠したおかげでなんとか無傷で済んだが、梓は右腕と右肩を負傷していた。
「何処にいったのあのすばしっこい奴!?」
マナが辺りを見回すが少年はまたしても姿を消していた。
「くっ…気配すら感じない……何なんだあいつは?」
「あいつは少年……前回この島で行われた殺し合いの優勝者で主催者が送り込んだ殺人鬼よ……」
「なんだと!?」
皐月のその言葉を聞いた梓たちは驚きを隠せない。
「あいつの目的は私と花梨が持ってる主催者の『計画』に必要な鍵といわれる宝石を手に入れることなの………!」
「じゃあ、そのためにあの人は………!?」
ささらの問いに皐月はうんと頷いた。
「許さない………!」
マナはワルサーを握る手にさらに力を籠めた。
「絶対にあんただけは許さない!」
「それなら僕を殺してでも止めてみることさ」
「!?」

突然マナの視界に少年が踊り出た。
咄嗟にワルサーを構えようとしたが、それよりも早く少年はそのワルサーを握るマナの手を蹴り飛ばした。
ワルサーがマナの手を離れ空中を舞い、地面に転がる。
続けざまに少年は蹴り上げた足をそのままマナの右肩に勢い良く叩き付けた。俗にいう『踵落とし』である。
「ああっ!?」
「観月さん!?」
それを見た貴明は咄嗟に少年の背中に向けレミントンを構える。
しかし少年は振り返ることなく腰にねじ込んでいた38口径ダブルアクション式拳銃を抜き取り、振り返ると同時に貴明に向けて撃った。
2発の銃声と共に放たれた2発の弾丸が一瞬で貴明の右腕を掠り、右肩を貫通する。
「―――ッ!!」
襲い掛かる激痛に貴明は声にならないうめき声を上げる。
そのためレミントンも照準が外れ、放たれた散弾も少年に掠ることなく終わった。

少年は弾切れになった銃を捨て、またしてもグロックを抜き取ると目の前で尻餅をついているマナに向けてその銃口を向ける。
「あっ―――」
瞬間。マナは死を覚悟した。


「させるかああああああああああ!」
「っ!?」
しかしそこへ特殊警棒を持った梓が少年に飛び掛る。
梓から振り下ろされた警棒は少年が左手に持った特殊警棒(花梨のデイパックから奪ったものだ)と激突し、激しい金属音を響かせた。
その隙を突いてマナは貴明のもとに駆け寄った。

「往生際が悪いよ!」
瞬間、体勢を一気に下ろした少年が右手で梓の警棒を持つ右腕を掴むとそのまま巴投げのように彼女を投げ飛ばした。
「まだっ!」
しかし梓も制限されているとはいえ少年と同じく異端者である。
普通なら背中から地面に叩きつけられるところだが空中で体勢を代え両足から見事に着地した。
それでも少年は追撃を止めない。すぐさま右手にグロックを握り直し梓に向ける。
「なめるなああああ!」
しかし梓も持っていた警棒を少年の右手に勢い良く投げつけていた。
「くっ!?」
警棒は少年の右手に当たり、持っていたグロックを弾き飛ばす。
この時、少年は右手を軽く打撲した。つまり彼は今回の殺し合いで初めて負傷した。

「チッ……!」
少年は軽く舌打ちすると2、3歩後退する。同時にデイパックからステアーを取り出し梓に構えた。
「!」
それを見て梓もすぐさま皐月から借りたM60を取り出し少年に構えた。
今の少年は盾を持っていない。すなわち、撃てば少年に確実に致命傷を負わせることが出来る。

―――しかし、お互い銃口を向けたまま動かない。
確かに撃てば相手を倒すことは出来る。しかし同時に自身の命も奪われることになるのだ。
梓も少年もこんな所で死ぬわけにはいかなかった。
梓には千鶴を止め、初音を見つけ出すという使命が、少年には宝石を手に入れるという使命がある。
だが、ここで死んでしまえばそれも意味がなくなってしまう。死ねば全てが台無しになる。お互いそれだけは避けたかった。

少年はチラリとあたりを見る。自身のグロックと弾切れの38口径銃に盾、マナのワルサー、梓の警棒、あと先ほど自分を引っ掻いた猫は近くに転がっている。
梓のM60以外で唯一の障害となる武器―――貴明のレミントンは未だに貴明が持っているが当の貴明の姿はない。おそらく先ほどマナに連れられて物陰に身を潜めたようだ。
(しかし油断はできないよね…………)
そう考えながら目線を再び梓に戻す。

「―――お互い、いつまでもこうしていたららちがあかないと思わないかい?」
「そうだな………」
「だけど、それでも続けるんだね」
「ああ。確かに今あんたを撃てばあんたを倒せるだろうが、あんたも同時にあたしを撃つだろ? それじゃあ結果は相打ちだ。
――あたしは千鶴姉と初音を見つけ出さなきゃならないからな。だから、こんなところで死ねない…!」
「――僕も『計画』の鍵である宝石を手に入れるという使命があるからね。だから死ぬつもりは微塵もないよ……」
最も、その役目もあらかた終わったようなものだけどね、と付け加えて僅かに肩をすくめてみせる少年。


―――その時、また潮風が吹いた。


刹那、再び少年が動いた。
すぐさま梓はM60を少年に撃った。しかし少年にはやはり当たらない。
黒い風が梓を横切る。直感で梓は地面を転がった。
それと同時に少年のステアーが梓の立っていた場所に向けて火を噴いていた。一瞬でも反応が遅れたら間違いなく梓は蜂の巣だっただろう。

―――だが、おかげで少年に一瞬でも隙を作らせることが出来た。そう。転がりながらも梓は少年を捉えていたのだ。
狙うは少年の胸元。そこへM60の銃口を向けた。
「これで………!」
「!?」
少年が反応したときには既に梓はM60を撃っていた。
M60から放たれたマグナム弾はスローモーションのようにゆっくりと(いや、実際は速いのだが梓たちにはそう見えたのだ)少年の胸元に吸い込まれる―――と思われた。

ガァンッ!!

「な………!?」
梓は己が目を疑った。
M60の放った弾丸は少年に当たる直前、彼が地面から蹴り上げたソレに弾かれた。

―――強化プラスチック製の盾。
過去にセリオのグロック(現在は少年のものだ)から、幸村のステアー(これまた現在は少年のものだ)から少年の命を守った実質彼の『切り札』ともいえるアイテム。
それが三度少年に九死に一生を得させたのだ。
少年はこの時『二度あることは三度ある』という言葉がありがたいものだと感じた。
「さすがに今回は少しヒヤッとしたけどね………」
そう呟き苦笑しながら少年はステアーのトリガーを引いた。


* * * * *


―――ふと目が覚めた。
身体が――特に胸元とおなかのあたりが激しく痛くて熱かった。
あたりは一面真っ赤だった。
目が霞んでいて周りはよく見えないが、それが何であるかはすぐ判った。

―――赤いのは血だ。私の血だ。
すごい血の量………自分の身体の中にはこれほどの量の血が流れていたのかと思わず驚いてしまう。

声が聞こえた。それも叫び声だ。
―――誰の声だろう? 皐月さんかな?

いや……違う。これは男の子の声だ。
どこかで聞いたことがある声―――これは………


(―――たかちゃん!?)


* * * * *


「さすが柏木の人間――まだ生きてるなんてね…………」
弾切れになったステアーからマガジンを取り出しながら少年は目の前に倒れ伏す梓を見つめていた。
「ぐっ……ち、ちくしょう…………」
梓の腕や足などにはいくつもの風穴が開いていた。無論、少年のステアーによるものだ。
頭や胸など急所に被弾するのはギリギリ避けることができたが出血が酷い。いくら柏木の人間である梓でもこのままでは死んでしまう。
「だけどこれで終わりだよ………」
少年が予備のマガジンをステアーに入れようとした瞬間―――

「少年、お前だけは!!」

レミントンを構えた貴明が物陰―――それも少年の至近距離から飛び出した。
しかし、少年は最初からこう来ると判っていたかのように足元に転がっていた盾を拾い貴明めがけて思いっきり放り投げた。
盾はまっすぐ貴明に直撃する。その衝撃で貴明は尻餅をつき、レミントンも彼の手からすべり落ちた。
さらに少年は追撃とばかりに勢い良く貴明の胸を踏みつけた。
「ぐあっ!?」
「貴明さん!?」
「貴明!?」
「悪いけど動かないでもらえるかな?」
「!?」
すぐさま、ささらとマナ、そして2人に抱えられている皐月が物陰から飛び出すが少年が貴明に銃口を突きつけ3人を制止させる。
「そうだね――まずは君から始末したほうがいいかな貴明くん? なにも特別な力を持っておらず、なおかつそれだけの傷を負っていながらも僕に抗うその戦闘力……正直少し驚いているよ」
既に身体中傷だらけでずたぼろな貴明を見下ろしながら少年はふふと微笑む。その微笑は貴明やささらたちにはとても不気味に感じた。


少年は嘘は言っていない。
正直、この殺し合いにおいて彼が最も恐れていた存在といえば彼と同じ不可視の力を有する天沢郁未や鹿沼葉子。鬼の血を引く柏木の人間。そして那須宗一や篁といった自身でも未知数の力を有する者たちだった。
だが、そのような者たちとは違う、何も特別な力など有していない一般人たちに彼はこれまで何度も阻まれてきた。
前回の殺し合いの時もそうだったし、今回もあと1歩というところで保科智子の手により1度宝石を手に入れ損ね、今だってあと1歩のところで貴明たちの妨害を受けた。
(本当――人間っていうのはよく判らないよ………だけど…だから面白いのかな……?)
そう思いながら少年は内心くすりと面白可笑しく笑った。


「本当ならこのまま君の命と引き換えに宝石を渡してもらうところだけど、君のような人間は生きているとこの先障害になりかねない……だから悪いけどここで消えてもらうよ」
「――俺は……こんなところで死なない…!」
「………最後の最後まで強情だね……」
そう言って少年はステアーのトリガーを引……
「少年!」
「!?」


* * * * *


―――僕が振り返るよりも先に何かが僕の背中に勢い良くぶつかって、そのまま僕を近くの民家の壁に叩きつけた。
身体中に衝撃が走る。
間違いない。これは人だ。誰かが僕に捨て身で体当たりをかましたのだ。

―――では、いったい誰だこいつは?
柏木梓は既に立ち上がれるほどの戦闘力は残っていないはずだ。それに彼女は僕の視界にもちゃんと映っていた。
同じく視界に映っていた河野貴明、久寿川ささら、観月マナ、そして湯浅皐月もその場から一歩――いや1ミリも動いてはいない。
ではこいつは……………



少年は、ようやく振り返り自身に体当たりをした者の正体を確認した。
「笹森…花梨か……!?」
そう。先ほど少年のグロッグで胸と腹部を撃たれ、完全に死んだと思われていた笹森花梨であった。

「私……言ったよね………『絶対に宝石はあなたなんかに渡さない』って…………」
「くっ……」
少年はしがみ付く花梨を引き剥がそうとする。しかし、花梨は少年にがっしりとしがみ付いて放そうとしない―――否。放さない。

花梨の目は既に焦点を合わせていない。それに口からも大量に血を吐いている。既に事切れてもおかしくない状態であった。
(―――では、それなのに僕を完全に押さえつけているこの力はいったい何だ?)
少年は身震いを感じた。
不可視の力も――鬼の血も――毒電波や未だ未知の力も持っていないはずの一般人が…………なぜここまで戦えるのだ?

「なんなんだお前は………特別な力も持たないただの人間のはずなのに……………どこからこんな力が……」
「そん…なの……きまって……るでしょ…………?」

一度言葉を切る。
そしてふっと笑うと花梨は言った。

「人間だからよ…………!!」
「!?」


この時になって少年はやっと全てを理解した。

―――そうだ。前回の時も、あの時の保科智子も、そして今自分を押さえつけている笹森花梨もそうだ。
皆最後は己の命を懸けてでも守るべきものを守ろうとした。最後の最後で――己の命の全てを燃やして……………


* * * * *


「笹森さん!?」
目の前で突然展開された光景を思わず呆然と眺めていた貴明たちであったが、次の瞬間ハッと我に返り貴明が叫んだ。

「たかちゃん!」
「!?」
それに答えるように花梨が貴明の方に振り返った。
「このまま私に構わずこいつを撃って!!」
「な―――!?」
その言葉を聞いた貴明たちは一瞬驚愕した。

花梨のその言葉を聞いた貴明は迷った。
レミントンは今自分の手元に転がっている。確かにこれを拾って撃てば確かに少年は倒せる。しかし………
(それは――笹森さんも殺すということじゃないのか………?)

貴明の目的――それは知り合いや仲間たちを守ることだ。決して殺すことではない。
殺し合いに乗った者が襲ってきたとき――そのとき人を殺すという覚悟は確かに出来ていた。
だが………仲間であるはずの者を自らの手で殺す覚悟など出来てはいなかった。完全に想定外だったし予想外だった。

「そんな……」
―――俺に笹森さんを…友達を撃てと………殺せっていうのか?
貴明の両手は震えて動かなかった。出来るわけがなかった。
自身が守るべきはずの人を自らの手で殺し、それを一生背負っていくなんて貴明にはできなかった。


「貴明さん!」
「!?」
不意にささらの声がした。
「撃ってください!」
「なんだって!?」
ささらの発言に貴明は思わず振り返ってしまう。
「先輩までおかしくなっちゃったのか!?」
「いいえ。違います! 今…ここで撃たなかったら……きっと私たちは笹森さんを裏切ることになってしまいます………だから………!」
「!?」
ささらは既に泣いていた。その決断を貴明に下すことは彼女にとっても本当はとても辛かったのだ。
「そうだ貴明、撃て! あの子の気持ちを理解して答えてやれ! お前以外誰がやるっていうんだ!?」
「貴明、撃ちなさい!」
「………………」



「こいつっ!」
「ぐが…………」
少年が花梨の腹に拳を叩き込む。花梨の身体から力が抜けていく。花梨の身体がずるずると崩れていく。
それを確認するとすぐさま少年はステアーを構えなおし今度こそ貴明を――――

ズドン!

「がっ……!?」
撃とうとした瞬間、再び衝撃が少年を襲った。それも先ほどの比にもならないほどの大きな衝撃だ。まるで自動車ともろに衝突したかのような………
その衝撃により少年は吐血し、ステアーも落としてしまった。いや。こういう場合落とさないほうが不自然というものだ。
目を向けると、その先にはレミントンを構えた貴明の姿があった。
そう。彼は撃った。少年を。少年を押さえつけていた花梨ごと…………


* * * * *


―――レミントンから放たれたスラッグ弾は花梨の背中にクリティカルヒットとばかりに直撃し、その背中を勢い良く吹き飛ばす。
そしてその衝撃は少年にも伝わり、彼の肋骨を粉砕していた。
周辺一帯に花梨の血飛沫が撒き散らかされ、その血飛沫の発生源である花梨も吹き飛んだ。

それを見ながら貴明はレミントンを投げ捨てると、少年に向かって駆け出していた。
まだ少年は死んではいない。確実に止めを刺さなければならない。
「これで…………!!」
貴明は腰にねじ込んでいた鉄扇を引き抜くと、すぐさまバッと開いた。
そして、少年をその範囲に捉えると同時に……勢い良く振り下ろす。

―――振り下ろされた鉄扇は美しい軌道を描きながら少年の首を一閃した。

切られると同時に少年の首からはまるで噴水のように大量の鮮血が噴出した。
「あ……あああああ……………!!」
少年はすぐさま両手で切られた箇所を押さえつけるが血は一向に止まる気配は無い。
身体中から徐々に力が抜けていくのを少年は感じた。

「僕が……こんなところで僕が……そんな…………!」
身体をがくがくと震わせながら少年はゆっくりと膝を付いていく。
「少年………」
「!?」
自身を呼ぶ声がしたのでそこへ目を向ける。そこには…………少年の返り血を浴びた貴明がM60の銃口を自身の顔に向けながら見下ろしていた。


「さよならだ…………」


銃声――――

ビクンと一度震えると少年の身体はそれきり動かなくなり彼は地面に崩れ落ちた。





 終わるのか? 僕は……はここで………?

 ああ。終わるんだ。お前はここで…………でも、これで終わるよ。少なくとも……あんたの『悪夢』は…………

 そうか………



 ―――郁未……僕は……………





―――こうして1人の悪魔は己の中の繰り返される悪夢に終止符を打った。


* * * * *



「笹森さん!」
少年の死を確認すると貴明はすぐさま花梨のもとに駆け寄った。
花梨のもとには既にささらやマナ、梓に皐月がいた。
「あ…………たか……ちゃん………?」
「ああ! 俺だよ笹森さん! ―――倒したぞ、少年は! あいつの悪夢は俺がこの手で終わらせた!」
涙をこぼしながら貴明は花梨に告げた。

(本当は……全てが終わるまでは泣かないって………決めていたのに…………!!)
必死に溢れ出す涙を止めようとする貴明に梓とマナがぽんと肩を叩いて呟いた。
―――今は泣いていい、と………
「―――っ……!」
それを聞いた貴明は完全に崩壊し、今度こそ涙を流した。

「―――そう……やったね…たかちゃん………」
そう言って普段貴明がよく知っているとびっきりの笑顔を作ってみせる花梨。
その顔は確かに貴明の方を向いていたが、その瞳はもう何も映してはいない。

「花梨……花梨ッ………!」
「皐月さん………宝石の…こと………あとで……たかちゃんたちに教えて…………」
「うんっ! うんっ! 教える! 絶対に教えるから!」
「よかった………」

「笹森さん………」
「久寿川さん……それに……名前も知らない人たち………あとは……お願いね………?」
「………はい!」
「ああ。あとはあたしたちにまかせろ!」
「だから……あなたはゆっくり休んでいて………」
「うん…………たかちゃん…皐月さん……みんな……ありが………とう………」
そう言うと花梨はゆっくりと目を閉じて眠るように安らかに―――死んだ。

「笹森さん……………ッ!」
それを見て貴明は大粒の涙を流すと青空に向かって声にならない大きな叫び声を叫んだ。
ささらや梓たちもそんな貴明の様子を黙って見つめていた。

―――だから彼らはこの時は気づかなかった。花梨の制服のポケット、いや。正しくは花梨のポケットの中に入っていた宝石に2つの『光』が吸い込まれていくのを………

彼らがそのことに気づくのは少しした後の話である。


* * * * *


 ………これでよかったのかい本当に?

 うん。たかちゃんたちも私の思いにちゃんと答えてくれたから悔いはないんよ。

 でも、僕が倒れたところで主催者の『計画』は終わったわけじゃあない。これから先もあいつらは彼らを付け狙うよ?

 大丈夫、大丈夫。たかちゃんはこの花梨ちゃん一押しの人材だから、そう簡単にやられちゃうほどヤワじゃないんよ!

 ふふ…そうなんだ。少し羨ましいな彼が………

 へ?

 ああ。なんでもないよ。気にしないでくれ。さて……じゃあ逝こうか? 僕と一緒というのは何かと気に食わないだろうが………

 そうね……ものすごく気に食わないんよ!

 ははは……正直な子だ………



* * * * *


「貴明、もう大丈夫なのか?」
「………いつまでも泣いてはいられませんよ」
「そうか……」
「――だけど、荷物をまとめたらすぐこの村を去ったほうがいいと思います。今の騒ぎを聞きつけて別の敵がくるかもしれませんので………」
高槻さんたちには悪いですけど……、と付け加えて苦笑いをする貴明。
「貴明さん、梓さん。それよりもまずは傷の手当をしないと……」
「そうよ。皐月さんの手当てもしないといけないんだから」
ささらとマナが皐月に肩を貸しながら貴明たちに言った。

「……そうだね。じゃあ荷物をまとめたら近くの民家で休憩しようか」
「ああ。そうだな」
そうと決まればと貴明たちは急いで荷物やあたりに散らばっているものをまとめ始めた。

貴明はちらりと花梨と少年の亡骸を見た。
本当なら2人とも埋葬してあげたかったが、今の自分たちにはそんな余裕はなかった。
(―――結果的に俺が殺したようなものなのに、笹森さんは俺に『ありがとう』と言ってくれた………だから俺の選択は間違っちゃいない……はずだ……
だから笹森さん…それと少年………俺たちは絶対にお前たちの分まで生きてみせるからな…………! それが2人を殺した俺にできる精一杯の償いになるかは判らないけど………)
貴明は亡き2人にその誓いを伝えると梓たちと荷物をまとめ始めた。




【55番 少年、48番 笹森花梨  死亡】


【時間:2日目・12:15】
【場所:C−4(鎌石局周辺)】

 河野貴明
 【所持品:S&W M60(2/5)、予備弾(12番ゲージ弾)×20、SIG・P232(0/7)、仕込み鉄扇、他支給品一式】
 【状態:左脇腹・左肩・右腕負傷(応急処置および治療済み)。左腕刺し傷・右足に掠り傷(どちらも治療済み)。右肩負傷・右腕にかすり傷】

 柏木梓
 【持ち物:支給品一式】
 【状態:右腕、右肩、左腕、右足、左足負傷(鬼の力のおかげで傷のひとつひとつはそこまで酷くはないが出血が酷い)。目的は初音の保護、千鶴の説得】

 観月マナ
 【所持品:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、他支給品一式】
 【状態:足にやや深い切り傷(治療済み)。右肩打撲】

 久寿川ささら
 【所持品:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、他支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)】

 湯浅皐月
 【所持品:セイカクハンテンダケ(×1個+4分の3個)、.357マグナム弾×15、12番ゲージ弾×10、9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、他支給品一式】
 【状態:左肩、左足、右わき腹負傷。右腕にかすり傷】

 ぴろ
 【状態:気絶中】


【備考】
・荷物をまとめたら一度近くの民家で傷の手当てをする予定(貴明はその後高槻たちとは合流せず村を後にするつもり)
・以下のものは周辺に転がっている
Remington M870(残弾数1/4)、ワルサー P38(残弾数5/8)、特殊警棒
強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)、38口径ダブルアクション式拳銃(残弾数0/10)、ステアーAUG(残段数30/30)、グロック19(残弾数7/15)
少年のデイパック(中身はステアーAUGの予備マガジン(30発入り)×2、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×11、他支給品一式)
花梨のデイパック(中身は海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳)

・以下のものは少年の死体が所持
特殊警棒

・以下のものは花梨の死体が所持
宝石(光3個)、ピッキング用の針金

・花梨と少年の片方のデイパックは中身ごと大破
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