前兆




「……はあ」
美佐枝は一つ、大きな溜息をついた。
無事に鎌石村役場には着いた。
それからというものの、ずっと周囲を警戒していたのだが……
「誰も来ないわね……」
今の所人っ子一人として見かけていない。
いるのは隣で暢気に紅茶(役場の給油室にあったらしい)を淹れている愛佳だけだ。

「美佐枝さーん、一緒に紅茶を飲みませんか〜?」
間延びした声で手招きしてくる愛佳。
美佐枝は頭を抱えながらまた一つ、溜息をついた。
「あのねえ、いつ人が来るのか分からないのよ?あんたももう少し警戒心を持った方が良いわよ」
「そ、そうですけど……少しは休憩しないと身が持たないと思います。さっきから美佐枝さんずっと気を張り詰めてますし……」
しゅんとしながら、小声で訴える愛佳。
愛佳とて彼女なりに美佐枝を気遣い、誘っているのだ。
「……仕方ないわね、一杯だけよ?」
無下に断る訳にもいかず、結局小休止を取る事にした。


美佐枝は愛佳とテーブル越しに向かい合った状態でソファーに腰掛け紅茶を飲んでいる。
当然膝の上にドラグノフを乗せ、いつでも戦闘態勢に移れるようにはしているが。
「どうですか?」
待ちかねたかのように愛佳が感想を求めてくる。
「うん、丁度良い甘さで美味しいわ」
それが素直な感想だった。
すると愛佳は花が咲いたような笑顔になった。
「甘さ控えめにしてみましたけど、お口に合ったようで良かったです」
「私は甘過ぎるのは苦手だからね。にしても、意外だったわ」
「え?」
「いやー、てっきり愛佳ちゃんの事だから砂糖をたっぷり入れた甘々の紅茶でも出してくるかと……」
「あー、酷いですっっ。私にだって得意な事の一つや二つ、ありますよぉ!」
愛佳は頬をぷくーっと膨らませた。

慌てて美佐枝は冗談よ冗談、と言って手を振って誤魔化す。
そのまま、穏やかな雰囲気のお茶会が続いた。

しかし美佐枝は紅茶を飲み終え、容器をテーブルの上に置くと急に真面目な顔になった。
「愛佳ちゃん」
「は、はいっ?」
「今は12時50分……指定されてる時間も近付いてきたわ」
「そうですね……」
「もしかしたらあの女……千鶴さんも来るかもしれない」
「!」
美佐枝の口から出たその名に愛佳がぴくりと反応した。

「……あの女を説得しようとするのは危険だわ。あの書き込みを見てここに来たのなら人を殺すつもりで来るだろうし……」
言いながら美佐枝はドラグラノフを愛佳に向けて構えて見せた。
愛佳がごくりと息を飲むのが分かった。
「話をする間も無く、こうやって撃たれちゃうかも知れないよ?それでも説得するって言うのかい?」
「……はい」
「話を出来たとしても改心してくれるとは限らないのに?」
「……はい」
美佐枝が千鶴説得の危険性を説いても愛佳は頷くばかり。
考えを改める気は微塵も無さそうだった。

「……分かったわ。ならせめて、理由を教えてくれないかな?愛佳ちゃんがなんで、そこまで頑なになるのかをね」
「千鶴さんは……」
意を決した愛佳がゆっくり口を開く。
「千鶴さんは、こんな私に優しくしてくれました……。とても親切にしてくれました。
短い時間しか一緒にいれなかったけど、悪い人じゃないと思います」
愛佳の声が、徐々に力強さを増していく。

それに、と愛佳は付け加えるように言葉を繋いだ。
「私もう、逃げたくないんです。私は一度、全てを捨てて逃げ出しちゃいました……。ですからもう一度死んだも同じなんです」
「…………」
「どうせ一度死んだのなら、後は後悔の無いように生きたい。だから……千鶴さんと会ったら、私に話をさせてください!」
お願いします!と言って愛佳は深々と頭を下げた。
その態度に、一切の迷いは見られない。

「―――もういいよ、頭を上げな。愛佳ちゃんの気持ちはよく分かったからさ」
「じゃあ……」
「うん、千鶴さんと会ったら愛佳ちゃんに任せるよ」
「あ……ありがとうございますっ!」
「でも……」
「え?」
美佐枝は小声でぶつぶつと何かを呟いている。
愛佳はその声を聞き取る事が出来なかった。
「いや、こっちの話さ。ほら、そろそろ誰か来るかもしれないよ?あんたもいい加減警戒しなさい」
誤魔化すようにそう言うと、美佐枝はドラグノフを愛佳に向かって放り投げる。
「あ、すす、すいませんっ!」
愛佳はたどたどしい手付きでそれを受け取った。

美佐枝はデイバックから89式小銃を取り出し、それを手にして立ち上がった。
89式小銃―――距離の近い室内戦でなら、美佐枝達が持つ武器の中で間違いなく最強。
その殺人兵器を手に美佐枝は先程呟いた言葉を頭の中で反芻する。
(でも……もしあの女が愛佳ちゃんを撃とうとしたら、私はあの女を撃つ。私と一緒に居る子が死ぬのはもう嫌なんだ……)
愛佳同様、美佐枝も芹香を救えなかった事を悔いていた。
彼女の決意もまた、固い。




【時間:2日目13:00】
【場所:C-03 鎌石村役場】
相楽美佐枝
【持ち物1:包丁、食料いくつか、他支給品一式】
【所持品2:89式小銃(銃剣付き・残弾22/22)、予備弾(30発)×2、他支給品一式(2人分)】
【状態:愛佳と鎌石村役場へ行き朋也を引き止める。千鶴が説得に応じなかった場合、殺害する。冬弥と出会えたら伝言を伝える】

小牧愛佳
【持ち物:ドラグノフ(7/10)、火炎放射器、缶詰数種類、他支給品一式】
【状態:美佐枝と鎌石村役場へ行き朋也を引き止める。千鶴と出会えたら説得する。冬弥と出会えたら伝言を伝える】
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