医者は電気羊の夢を見るか




霧島聖は薄暗くなった部屋の中でちらりと時計(家に備え付けてあった。当たり前か)を確認する。
――午前3時30分。
まだ少し出るには早いような気がしなくもないが、そろそろ出立の準備をしてもいいころだろう。
結局、交代で床についてもほとんど眠る事が出来なかった。そりゃそうだ、こんないつ襲撃されるか分かったもんじゃないこの出来の悪いふざけた演劇の舞台で、誰が眠れるって言うんだ?
聖は、脳裏にゲームの開始を告げた殴り心地の良さそうだった兎の人形を浮かべる。
――次に出会ったら、強烈なストレートをかましてやろう。それもただのストレートじゃない、二度と悪さ(それにしちゃ度が過ぎているが、クソ)出来ないように骨の髄まで砕けるようなストレートだ。
TKO。どんなもんじゃーい。
聖はことみが寝ているベッドまで近づいていき、ゆっくりと体を揺らした。
「ことみ君、起床時間だぞ」
言うと、ことみはぱっちりと目を開けて起き上がった。
「よく眠れたか?」
ううん、と首を振ることみ。
「何となく、寝つけなかったの。羊の数を数えてたら、14725匹になっちゃったの」
恐ろしい集中力だった。自分なら、100匹もいかないうちに放り出すだろう。
「今、何時?」ことみが尋ねる。3時30分、と答えてやると「こんなに早起きしたのは人生初なの」と言った。聖は仕事柄、こんな時間まで起きていることも珍しくはなかったが。
「さて、出発の準備だ。ことみ君、悪いが何か役に立ちそうなものを探してきてくれないか? 私は食料を探そうと思う」
「あいあいさー」
敬礼すると、ことみは押入れの中を探り始めた。聖は台所を漁り始める。
冷蔵庫にめぼしい物はなかったものの、戸棚の中から乾パンやカロリーメイト(用意のいい家だこと)を発見することができた。どうせなら、ミネラルウォーターでもあればなお助かったのだが、そこまで期待するのは酷というものだろう。
「――しかし、まるで泥棒みたいだな」
薬やばんそうこうなどを集めているときには思いもしなかったが、考えてみれば人様の家に勝手に入りこんだばかりか食料まで頂戴している。
霧島聖及び一ノ瀬ことみ、住居不法侵入罪。懲役10年。イエー。

「正確には住居侵入罪なの。ついでに、法定刑は3年以下の懲役または10万円以下の罰金なの」
解説とツッコミ、ありがとう。
「――で、ことみ君は何か見つけたのか」
ツッコミのために顔を覗かせていたことみが、「えーっと」と言って色々取り出す。
「懐中電灯〜」
どこぞの青タヌキ型ロボットの口調を真似たかのようにことみが取り出す。大きさはペンより少し大きいくらいの、つまり俗に言う、ペンライトだった。
明るさとしてはやや頼りない気がするがこの際文句は言えまい。むしろ口にくわえて狭い場所も探索できるのでありがたい。
「100円ライタ〜」
見るからに安物(いや、実際百円ものだが)のライター。だが火をつけたり明かりを灯したり、用途は様々だ。火で炙って殺菌消毒も出来なくはない…はず。
「以上なの」
びっ、と敬礼して報告の終わりを告げることみ。まだ出会って間も無いが、彼女の見識は広いものがある、と聖は思っていたのでもうこれ以上役に立ちそうなものはないのだろう、と考えた。
「よし、じゃあ出発前に少し食べてから行くぞ。ほら、まだ少し早いが朝食だ」
ことみにカロリーメイトを投げ渡す。危なげなくことみはキャッチして、ぺりぺりと袋を開ける。
聖も一つ開けて一気に口に放りこむ。粉っぽいが、味は悪く無い。
十秒チャージ、2時間キープ。
「ひんへいは、ひがふほ」
同様に、リスよろしく両頬にカロリーメイトを頬張ったことみがまたもやツッコミを入れる。
「…キチンと飲みこんでから言って欲しいな」
――聖には届かなかったが。
それはことみも了解しているらしく、モグモグと時間をかけて飲みこんでから改めて突っ込む。
「品名が、違うの。それはウィダーインゼリー」
約一分後の、間を置いたツッコミだった。
食べ終えると、聖は地図を取り出して、現在地を確認する。
「さて、今我々がいるのはこのB−4だ。ここから灯台や氷川村に行くわけだが――ホテル側から迂回して氷川村から行くルートか、学校側から灯台へ向かうルート、どちらにする?」

一直線に道なき道を通るという選択肢もあるにはあったが無駄に体力を使うわけにもいかない。妹も気がかりではあるが――まだ、無事であると信じたい。
「うーんと…先に行きたいところがあるけど、いい?」
言って、ことみが指し示したのは学校だった。灯台へのルートの途中にあるので遠回りにはならないが…
聖が尋ねようとしたところ、先に言葉を発したのはことみだった。
「ちょっと、調べたい事があって」
はっきりとは言わなかった。というより口に出すのを躊躇っているような感じだ。口に出して言えないようなことなのだろうか? 気にはなったが、追求は避けた。ことみなりに何か考えあってのことだろう。
「分かった。先にそちらに向かおう。ひょっとしたら、ここに佳乃がいるかもしれないからな」




【時間:二日目午前4時前】
【場所:B-4】

霧島聖
【持ち物:ベアークロー、支給品一式、治療用の道具一式、乾パン、カロリーメイト数個】
【状態:健康。まず学校へ移動】
一ノ瀬ことみ
【持ち物:暗殺用十徳ナイフ、支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)、100円ライター、懐中電灯】
【状態:健康。まず学校へ移動】
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