それぞれの想いと変化




るーこは自分の目を疑っていた。共に走ってきた留美達もただ呆然と立ち尽くしている。
その光景はまさに惨状そのものだった。
自分達を先に逃がしてその場に残った仲間たちは、その殆どがもう動かぬ骸と化している。
そこら中に飛び散った血がこの場でどれだけ激しい戦いがあったかを証明していた。
るーこたちが戻ってきた事に気付いた陽平が、おぼつか無い足取りでるーこの方へ歩いてきた。
「…るーこ」
「うーへい!」
すぐさまるーこは陽平の体を支えた。近くで見ると陽平のこめかみの上あたりから血が流れていた。
るーこは陽平の髪をかき上げその傷口を観察した。傷は深くは無かったが、部位が部位だけに楽観視してはいけない。
(確か…救急箱はよっちが持っていたな)
きょろきょろと周りを見渡すと、チエの姿はすぐに確認する事が出来た。
「舞先輩………志保先輩………」
チエはがっくりと肩を落としていた。るーこが彼女を気遣いその肩に手を乗せる。
牛丼の一件以来行動を共にし力を合わせて生き延びようと誓い合った仲間たちが死んでしまった。
よりにもよって同じ仲間だった耕一とその家族の手によって。それなのに――
「なんで…舞先輩は、こんな安らかな顔をしてるんっスか…」
「るーには分かる、これは何かをやり遂げた者の顔だ」
「るーこ先輩…」
「恐らくそこのうーひろ達が何か事情を知っているんじゃないか」
チエはるーこが目を走らせている方向を追った。
その先には浩之や、柳川の治療を行なっている佐祐理がいた。
視線に気付いた浩之が全員を呼んで事情の説明を始めた。





「そうスか…舞先輩は最後に佐祐理先輩を守り抜いたんっスね…」
「川澄が守ったのは倉田だけでは無い。正直な所俺は耕一の相手をするだけで手一杯だった…。川澄が千鶴を食い止めていなければ全員殺されていただろう」
――そう語る柳川の体にもまた、新たな痕が刻まれている。
彼の体には肩から胸に掛けて襷の様に新たな包帯が巻かれており、元からしていた包帯も合わせるとその上半身はまるでミイラのようだった。
その姿は彼がこれまでいかに厳しい道のりを歩んできたかを物語っていた。
(みんなこんなに頑張ってるのに…あたしは何をやっていたんスか…。ただ戸惑い続けるだけで、何も出来なくて…。
あたしはみんなに迷惑を掛けていただけじゃないっスか…)
気付くとチエは拳を握り締めていた…その手がじんと痛んだ。
しかしもう取り乱すような事は無い――あるのは唯一つの決意。
(あたしはみんなの分まで生きないといけない…舞先輩や住井先輩、志保先輩のように、強く…今度こそ、誰も死なせないように…。
じゃないと河野先輩にも、死んだこのみやちゃるにも合わせる顔が無いよ…!)
想い人と今は亡き親友たちの顔を思い出して、ともすれば弱気になりかねない自分自身を奮い立たせる。
少女は、仲間の死を乗り越えるたびに確実に成長していた。

「耕一先輩は…?」
「…ああ。耕一さんって人なら柳川さんに胸を撃ち抜かれて死んだよ…。死体は千鶴さんが逃げる時に運んでいった」
「言い訳させてもらうが、耕一はまるでこちらの話に聞く耳を持たなかった。奴を放っておけば必ず夥しい数の犠牲が出る…。
なら俺はそれを見過ごす事などしないし、出来ない」
「俺もそれを咎めるつもりは無いよ…あそこでやらなければ俺達がやられていたしな。俺だって、ああなるのが分かっていて爆竹を投げ込んだんだ」
説得などとても考えられる状況ではない、それ程の激戦だったのだ。
浩之と柳川の意見に異を唱える者はいない――ただ一人を除いて。
詩子の横で留美がわなわなと肩を震わせていた。
次の瞬間、彼女は溜まりに溜まった感情を爆発させた。
「何で………何でみんな殺しあっちゃうのよ!こんなの絶対おかしいよ!!」
腹の底からありったけの、一瞬雷が落ちたかと思えるくらいの声量で叫ぶ。
それくらい鬱憤が蓄積していたのだ。この理不尽なゲームに対して。

だが柳川はその迫力にもたじろぐ事は無い。
「さあな、理由など分からん。ただ、やる気になっている者がいたのなら俺は容赦しない。そうしなければ自分が死ぬし、俺が守るべき者たちも危険に晒されるからだ」
「――っ …でも…でもっ…!」
納得していないがその気持ちを言葉にする手段が見つからない、といった感じの留美。
浩之はそんな彼女に諭すように言った。
「七瀬…で良いんだよな。俺も最初はそう思っていたよ。諦めずに話し合えばきっと分かり合えるってな」
「そうよ…心の底から殺し合いをしたいって思ってる人なんて、きっといないんだから!」
「――だけど俺は今日、もう二回もやる気になっている奴にあったんだ。それでもう、分かってしまったんだ。
戦わないといけない時には戦わないと大事なものを全部失っちまうって事を…」
これまでの戦いの中で浩之もその事だけは認めざるを得なくなっていた。
綾香との戦いの時も耕一たちとの戦いの時も、柳川が戦わなければもっと被害は広がっていただろう。
頑なに殺人を拒んできた浩之だったが、もう彼に柳川の言葉を否定する資格は無い。
そしてそれは留美にも通じる事だった、彼女も自分の身を守るために巳間良裕と戦ったのだから。
「………」
留美は返す言葉が思いつかなくなり、それきり俯いてしまった。
場に沈黙が流れる。助け舟を出すように詩子が小さく呟いた。
「とにかくさ…いがみ合ってても仕方が無いし、死んじゃった人たちを埋めてあげようよ…」
その意見に反対する者はいない…一行は何グループかに分かれて各々の作業に移行した。




他の者が埋葬を行なっている間るーこは陽平の頭に包帯を巻いていた。脇腹の治療は既に済んでいる。
彼女の故郷でも包帯を用いた治療が行なわれているかは分からないが、その手つきは手慣れていた。
程なくして作業は終わりを迎える。
「よし、これで治療は終わりだ」
「うん、ありがとう」
「全く………鉄パイプなどで無茶をするからだ。ああいうのは勇気ではなくて、無謀と言うんだぞ」
「いきなり酷い言い草ですねえ!? 大体僕が――」
冷ややかな罵倒を受けた陽平が何か言おうとしたが、それが最後まで言い切られる事は無かった。

――るーこが陽平の背に縋るように抱きついていた。
陽平はるーこの体が微かに震えているのを感じた。
「るーこ…?」
「うーへい…もうあんな無茶をするな。うーへいが死んでしまったら、るーは………るーは………!」
「………ごめん」
それきり二人とも喋らなくなった。黙ってほんの一時の間、寄り添い合う。
彼女たちの心にはお互いが無事だった事への安堵と、仲間の死に対する悲しみが混在していた。




「…倉田、本当にもう良いのか?」
「ええ、珊瑚さんたちも心配してるでしょうし急ぎましょう」
佐祐理は荷物を分配した後、周りにいる人間に出発を促がした(アヒル隊長はもう用途が無いので、
爆発の規模を抑えれるよう少し離れた地面に埋めて廃棄した)。
柳川はもう少しゆっくりしていっても構わないと言ったが、彼女はそれを拒んだ。
佐祐理もまた、親友の死を乗り越えて変わりつつあった。
最後に一行は手を合わせ静かに冥福を祈る。もう現実を受け入れていない者はいない。
一人、また一人と別れの挨拶を済ませて顔を上げる。
最後に佐祐理が顔を上げ彼女たちは出立した。それぞれの想いをその胸に抱いて。

歩きながら話し合った結果、まずは珊瑚たちと合流して全員で情報を交換しあう事にした。
この場にいる人間はそれぞれ別々の目的がある、すぐに別行動になってしまうだろう。
だが最終的な目標は皆同じ…協力し合える部分は協力し合うべきだった。
そんな中、留美は一行の少し後ろを肩を落としながら歩いている。
浩之が歩く速度を落として彼女の横に並びかけた。
「なあ、七瀬」
「…何?」
「一体何が正しくて、何が間違いなんだろうな…。俺にはもう分からない…」
「…そんなのきっと、誰にも分からないわよ」

浩之も留美も己の目的を果たす為の強い意志は持っている。
しかし迷いが消える事は無い。
――『これから君たちには殺し合いをしてもらう』
この狂った島で行なわれているのは殺し合い…その圧倒的な現実の前に、少年少女の想いはあまりにも無力。




【時間:2日目12:00頃】
【場所:F-2】

春原陽平
【所持品1:スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2・他支給品一式】
【所持品2:鋏・鉄パイプ・他支給品一式】
【状態:全身打撲・数ヶ所に軽い切り傷、頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)、珊瑚達の所へ戻る】
柳川祐也
【所持品:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、日本刀、支給品一式×2】
【状態:左肩と脇腹の治療は完了したが治りきってはいない、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、疲労、珊瑚達の所へ戻る】
倉田佐祐理
【所持品1:舞と自分の支給品一式、救急箱、吹き矢セット(青×5:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、投げナイフ(残り2本)】
【状態:普通、珊瑚達の所へ戻る】
藤田浩之
【所持品:日本刀、ライター、新聞紙、護と志保の支給品一式】
【状態:守るために戦う決意、珊瑚達の所へ戻る】
七瀬留美
【所持品1:デザートイーグル(.44マグナム版・残弾6/8)、デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1】
【所持品2:H&K SMG‖(6/30)、予備マガジン(30発入り)×4、スタングレネード×1、何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(3人分)】
【状態:珊瑚達の所へ戻る、目的は冬弥を止めること。千鶴と出会えたら可能ならば説得する、人を殺す気、ゲームに乗る気は皆無】

柚木詩子
【持ち物:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、包丁、他支給品一式】
【状態:珊瑚達の所へ戻る、千鶴と出会えたら可能ならば説得する】
ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品:鉈・包丁・スペツナズナイフ・他支給品一式(2人分)】
【状態:珊瑚達の所へ戻る、左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み)】
吉岡チエ
【所持品1:投げナイフ(残り2本)、救急箱、耕一と自分の支給品一式】
【所持品2:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)】
【状態:珊瑚達の所へ戻る】
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