中盤戦・その2




痛む首を抑えながらノロノロと身体を起こした秋子が最初に目にしたもの――それはずっと行動を共にしてきた澪の姿。
倒れている澪の周りには赤い地溜りが広がり、それが何を意味するのかは一瞬で理解できた。
だが彼女の心はそれを拒むように絶叫する。
(……嘘よね、澪ちゃん――)
身体を起こそうとするも足に力が入らず力なく身体が地面へと舞い戻される。
ここまで無理をしすぎて走ったせいか、宗一との戦闘の影響か。腹部の傷口は開き、秋子の服を真っ赤に染め上げていた。
必死に手を伸ばすも届かない澪の身体に涙が零れ落ち、激しい憎悪と共に顔を上げ宗一を見据える。
……だがその怨敵であろう宗一もまた、腹部から血を流し地面にひざまずいていた。
わけもわからず宗一の視線の先に目を向けた秋子が見たものは――


「秋子さんっ!!」
名前を叫びながら駆け寄ってくるのは甥である少年、相沢祐一だった。
近づいてくる顔は不安に曇っていたが、秋子が生きていることに気付き祐一の顔に安堵の光が灯ったのがわかった。
釣られる様に秋子も思わぬ再会に顔を綻ばせた。
名前を呼ぼうと衝動的に口を開くが、腹部の激痛に襲われ、口から出てきたのは血の塊だけだった。
秋子の満身創痍の姿を見ると祐一は苦々しく顔をしかめる。
そして銃口は宗一から離さず、観鈴を背負った祐一を全身で庇いながら祐一と宗一の直線上に歩を進め、英二は言葉を発した。
膝をつく宗一の顔をじっと睨みつけ、握られたFN Five-SeveNへの警戒は怠らない。
「あんな小さな子まで撃つなんて……」
宗一から視線は全く離さずに言い放った英二の胸中には芽衣が殺された時の悲しみが渦巻いていた。
けして死ななければいけない理由なんて無かったはずなのに……それでも芽衣は守ることすら出来ずに死んでしまった。
理奈や由綺にしたってそうだ。
悲しみが怒りへと変わっていくのを英二は感じていた。
彼の理性ははじけ飛びそうなほどに、目の前の宗一にたいして憎悪が湧き上がる。
衝動に飲み込まれそうになるのを必死に抑えながら
「その銃を捨ててくれ。そうしなければこのまま……撃つ」
一呼吸の後、努めて冷静に英二は宗一に告げていた。



英二の言葉に宗一は必死に頭を回転させる。
自身の怪我の状況から現れた二人の行動言動まで全てをひっくるめて。
どう考えてもこれでは一方的に自分に非があるようにしか捉えられて無いだろう。
確かに自衛のためとは言え人を殺したのには変わりは無い。
それを一から説明する余裕もない。
腹部から流れる鮮血が、押さえている左手を真っ赤に染めていた。
(やるしか……ないのか?)
怪我は酷いが動けないほどではない。
無意識のうちに宗一は右手のFN Five-SeveNへと意識を集中させていた――


「――もうやめてくれっ!!」

直線状に並び立ち合う四人の耳に届いたのはそんな絶叫だった。
均衡を崩すように響いたその言葉に振り返ると、胸から血を流し倒れた澪の死体を抱える敬介の姿――
両の眼からは臆面も無く涙が零れ落ち、小柄な身体を抱きしめていた。

誰よりも信じられないと言った表情を浮かべ、秋子はその光景に息を呑んでいた。
敵と信じて疑わなかった者の行動とは思えないほどの悲痛な表情。
この状況でこんな演技をする必要はあるのだろうか?
自分と言う最大の障害を排除するならば澪のダイナマイトを投げれば全て一瞬でカタがつく。
それなのに何故――



「また……僕は何も出来なかった。助けられなかった」
無力感に押しつぶされそうになりながら、敬介は小さな呟きを漏らし続けていた。

……そしてそれは何も言えないまま宗一たちが敬介から視線を逸らすようにそれぞれの顔を見合わせた直後の出来事だった。

「――っ!」
突如背中に走った衝撃に呼吸が止まり、澪を抱きしめる手から力が抜け敬介の身体が崩れ落ちる。
背後には無表情のままで敬介の背中に拳を当てたマルチが立っていたのだった。
気配も感じさせず現れたマルチに驚愕しながらも宗一は身体をマルチのほうへと翻す。
「くそっ! 環君はっ!?」
思わぬ人物(正確にはロボットだが)の乱入に、英二の頭には例えようの無い不安がよぎりながらも銃口をマルチへと向ける。
だがマルチは敬介の身体を支えるように自身の盾にすると
目の前に散らばるダイナマイトとH&K VP70を手に取り口元を緩ませ歪んだ笑みを浮かべていた。

「これでなんとか雄二様に面目が立ちそうです」
マルチはポツリと呟くと、一瞬の迷いも見せず行動に移る。
誰もが状況を整理する間もなく、手にしたダイナマイトが二本、放物線を描くようにマルチの手から放たれていた。
一本は宗一と英二の真正面に、そしてもう一本は秋子と祐一の頭上に――




【時間:2日目・午前8時10分】
【場所:I−7】

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数13/20)】
【状態:左肩重傷(腕は動かない)、右太股重傷(動くと激痛を伴う)、腹部を銃で撃たれている(怪我の程度は後続任せ)】
橘敬介
【所持品:支給品一式、花火セットの入った敬介の支給品は美汐の家に】
【状態@:左肩重傷(腕は上がらない)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て応急手当済み)。観鈴の探索、美汐との再会を目指す】
【状態A:意識はあるが背中に激痛悶絶、マルチに捕まっている、観鈴にはまだ気付いていない】
水瀬秋子
【所持品:ジェリコ941(残弾10/14)、澪のスケッチブック、支給品一式】
【状態:腹部重症(治療はしたが再び傷が開いた)。名雪と澪を何としてでも保護。目標は子供たちを守り最終的には主催を倒すこと。】
緒方英二
【持ち物:ベレッタM92(7/15)・予備弾倉(15発×2個)・支給品一式】
【状態:疲労、怒り】
相沢祐一
【持ち物:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(15/15)支給品一式】
【状態:観鈴を背負っている、疲労、怒り】
神尾観鈴
【持ち物:ワルサーP5(8/8)フラッシュメモリ、支給品一式】
【状態:睡眠 脇腹を撃たれ重症(容態少し悪化)、祐一に担がれている】
マルチ
【所持品:H&K VP70(残弾数1)、ダイナマイトの束(3本消費)、支給品一式】
【状態:マーダー、精神(機能)異常 服は普段着に着替えている。敬介を盾にしている】

【備考:澪の持ち物は死体の周辺に(包丁、携帯電話(GPS付き)、ロープ(少し太め)、ツールセット、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
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