夜は更けて




先程の春原の大スベりの後、澪とるーこは互いに自己紹介を始めていた。
「『澪なの』」
「るーは、るーこ・きれいなそら。るーこと呼べ、うーみお」
うーみお、という珍妙な呼ばれ方に首をかしげる澪。
「ああ、気にしなくていいよ。これはるーこなりのフレンドリィなスキンシップなんだ。なに、1時間もすりゃ慣れるって」
「まるでるーが奇妙な習慣を持つ部族のように言うな。これはるーに代々伝わる伝統的な…」
「はいはいわかったわかった、薀蓄はもういいよ」
「るーっ、バカにするのか! うーへいと言えども許さんぞ!」
まるで子供の喧嘩のような状況についていけない澪。
「…あ、ごめん。話が反れちゃったねぇ」
「むっ、るーとしたことがつい取り乱してしまった、許せ。うーみお」
ようやく落ちついたところで、三人は再び話を始めた。
「そっか、澪ちゃんはまだ秋子さん以外に誰とも会っていないのか…」
「『ずっと秋子さんと一緒だったの』」
澪はまたスケブを開くと文字を書きこんでいく。
「『折原浩平、深山雪見、川名みさきっていう人と会わなかった?』」
「うーゆきとうーさきのことか?」
るーこの言葉を聞いた瞬間、澪が身を乗り出す。
「『知ってるの!?』」
「お、落ちつきなよ澪ちゃん。会ったには会ったんだけどさ…」
興奮する澪を引き離して春原が離散するまでのことを話す。そして、春原たちが彼女らを探していることも。
話を聞き終えた澪は若干落胆していた。手がかりが掴めたかと思ったのに行方知れずではそれも当然だろう。…もっとも、雪見はすでにこの世からいなくなってしまっているが。そのことは彼らは知る由もない。
「もちろん、うーゆきやうーさきは見捨てはしない。あいつらもまた探すつもりだ」
「そうだ、どうせなら澪ちゃんも付いて来なよ。目的は同じなんだし」
春原の提案に頷きかけて、澪はそれをためらった。
「どうしたのさ? 探しに行きたいんじゃないの? それとも待ち合わせしてるとか」
ううん、と首を振る澪。その動作には心なしかここから離れることに躊躇しているように見えた。
「どうした、相談があるなら言ってみろ。聞いてやるぞ」

その言葉を聞いて、澪は下を向いて少しの間考えた後、スケブに書きこんでみた。
「『恐いの』」
「恐いって、何がさ?」
春原の疑問に、澪はページをめくって続きを書く。
「『先輩達は探しに行きたいけど…でも、もし銃をもった人達が狙ってきたら』」
春原とるーこは顔を見合わせる。どうやら攻撃されることを恐れているようだ。当然といえば当然の考えなのだが…
「うーみお、だからといってこんなところにじっといても探し人が見つかるわけじゃないぞ」
「『でも…』」
なお渋る澪に対して、るーこは肩をすくめて告げる。
「この島で危険じゃないところなんてあるのか」
そう言われると、澪は何も言えなくなった。そこに追い撃ちをかけるようにるーこは冷たく言い放つ。
「もっとも、そんな心構えではついてこられても困る。イザというときに邪魔だ」
「おい、そこまで言うこともないだろ。誰だって身を危険に晒したくないのは当然なんだから…僕だってそうさ」
るーこの発言を咎める春原だが、るーこは首を振る。
「それはるーも同じだ。だが、中途半端な考えでは逆に身の危険を招くぞ。だったら、ここにいたほうが外に出るよりは安全だ」
そう言うと、るーこは再び澪の方を向く。
「よく聞け、うーみお。うーみおにとって本当に『恐い』こととは何だ? 誰かに襲われることか? それとも主催者の首輪爆弾か? …本当に『恐い』ことは、うーさきやうーゆきを失うことなんじゃないのか」
失う、という言葉にビクッと体を震わせる澪。
「『自分が最善だと思える』ことが何かできるなら、何かをしたほうがいい。それがここに留まることでも、外に出て行くことでも構わない。もし『最善じゃない』ことをした結果自分が後悔するなら…るーはそれが一番『恐い』。だから後悔しないためにるーは行動を続けている」
澪は黙ったまま、微動だにしなかった。そのまま沈黙が続き、たっぷり10分くらいが経過したころ、居間から秋子の声がかかった。
「澪ちゃん、陽平君、るーこちゃん、お夜食が出来ましたから、一度下に下りてきませんか?」
「…一旦食事にするか。うーみお、るー達が出て行くまでに時間はまだある。それまでに自分の行動を決めておけ。行こう、うーへい」

るーこは立ちあがると、さっさと行ってしまった。春原も立ちあがり、澪に手を差し出す。
「…ま、とりあえずメシにしようぜ。るーこだって、悪気があってああ言ったわけじゃないんだ。でもな、後悔しないように行動する、ってのは僕も同じ意見だ。行動しなかった後悔より、行動した結果の後悔のほうがマシだからね」
澪はうん、と小さく頷くと春原の手をとって立ちあがった。
     *     *     *
気がつけば既に日付も変わり、否が応にも時間が経過していると春原は危機感を抱かざるを得なかった。
本音では今すぐにでもここを出立し、妹や朋也を探しに行きたかったが疲労や空腹もあるし、何よりも自分一人だけの都合で動くわけにもいかない。単独行動も考えないわけではなかった。
秋子も敵意のないるーこに関しては手出しはしないだろう。しかしるーこが自分の単独行動を許してくれるとは思えない。ここまで一緒に行動してきたところ、るーこの性格はおおよそ掴めている。
どこか抜けたようなことを言う事もあるが、基本的には冷静で、自分のように暴走することもない。仲間意識も強く、一度仲間、あるいは味方と判断した人間にはそこそこ親しく接している。
一方でそれ以外の人間に対しては警戒心が強すぎるというところはあるが、それくらいでちょうどいいのだろう、少なくとも、自分にとっては。
(結局、結論は二人で行動したほうが色々とバランスがとれてていいってことなんだけどね)
最も、今まで自分はるーこに守られ通しだったが。
それも分かってはいたので、春原は軽くため息をついた。今のところ、まだ称号としては「ヘタレ」の段階だ。「漢」には程遠い。
居間につくと、そこには夜食がずらりと並べられていた。メニューはおにぎりに味噌汁と至って普通なのだが量が半端じゃない。おにぎりが山のように積まれている。
「ごめんなさいね。ちょっと多く作りすぎてしまったみたいで…」
秋子が困ったような表情で続ける。
「男の子がいますから、たくさん作ろうと思ったのですけど…」
「い、いやあ…そんなことないっすよ。男冥利につきます、はい」
笑う春原だが、とても全部食べきれる自信がない。しかし作ってくれた秋子の手前そう言うしかなかった。
「どうした、青ざめた顔をしているが」
「な、何でもないよっ。それより早く食おうぜ。澪ちゃんも」
るーこと澪を席につかせ、誤魔化す春原。

「『いただきますなの』」
「いただくぞ、うーあき」
「…いただきます」
澪は悩んだままの表情、るーこはいつも通りの無表情、春原は固まった笑顔のまま三者三様の食事が始まった。
     *     *     *
数十分の(春原にとっては)格闘の後、燃え尽きたように春原は机に突っ伏していた。そう、彼は勝った、おにぎりの山に勝利したのだ。
引き換えに、もう2週間は白米を見たくない、という気持ちを残してはいたが。
「どうした、うーへい。飯を食べた後にすぐ寝ると『もー』になるぞ。というか、寝ている暇もないぞ」
春原を叩き起こそうと必死に揺さぶってみるるーこだが、春原には逆効果だった。
「う゛っ…やめてくれ…デス&リバースする…」
「あらあら…無理せずにおっしゃってくださればよろしかったのに」
せっかく作ってくれた手前、そんなこと言えるわけないでしょうとも反論することすらできず、しわがれた声でるーこに告げる。
「ごめん…朝まで休ませてくれない? マジで動いたら死ぬ。氏ぬじゃなくて死ぬ」
「それは困るな…分かった。朝まで待とう。もう夜も遅いしな。暗闇の中を歩き回るより安全かもしれない」
ありがとう、と春原は呟くとそれきり返事をしなくなった。るーこはそれを確認すると秋子の方へ向き直る。
「というわけで、今晩はここで休ませてもらうぞ。もちろんるーも見張りはしよう。いいか、うーあき?」
「ええ、それは構いませんよ。でしたら…三時まではわたしが見張りをしておきますからそれまで休んでいてください。澪ちゃんも」
澪はこくり、と頷いて、それからるーこの方を見た。
「…考えはまとまったか」
「『まだだけど…少し、お話してもいい?』」
「それは構わない。けど、るーも少しは休みたいから少しだけだぞ」
うん、と頷き澪はるーこを引っ張っていって縁側のある部屋まで連れていった。
    *     *     *

さて、予定外の出来事で朝まで居座る事になってしまったが…果たして他の皆は無事なのだろうか。
縁側に腰掛けて、るーこはぼんやりと考え事をしながら星空を見ていた。
故郷の星は、一体どこにあるのだろう。普段見慣れているはずの星空が、何故か季節がまったく変わってしまったように移ろっている。むしろ、この空の配置は冬よりだ。
おかしい、とるーこは思う。気温は別段暑くも寒くも無いのに、星は冬を示している。
異常気候か? いや、それ以前に今の季節は冬だったか? ここに来る前のことを思い出そうとするが、いまいちぼんやりとしてよく掴めない。
記憶操作か…とも思う。しかし、それだけの科学力が果たして『うー』にあっただろうか?
いや、主催者そのものが『るー』同様の宇宙人ということも有り得る。…結局のところ、今は推測すら出来ない状況下だ。そんなことより、今は生き残る方が先決だろう。
「…で、お話とは何だ? いいかげんに話し始めたらどうだ、うーみお」
話しがあるといいながら未だに話を始めない澪に対して、るーこはため息をつきながら言った。それを受けて澪がようやく決心したようにスケブのページを開く。
「『あのね』」
「『やっぱり、一緒についていこうと思うの』」
「そうか」
いつも通りの声で応じるるーこ。敵でなければ、いくら人数は増えても支障はない。しかし、るーこが問題にしていたのは別にあった。
「で、本当にそれでいいのか。別に無理してついてくる必要はない。うーさきやうーゆきがここに来る確率だって、皆無ではないぞ。待つというのも選択肢のひとつだ」
再度、るーこは聞き直す。ゲーム開始直後は他人の事などあまり気にかけていなかったが春原を初めとした仲間と行動を続けているうちに次第に人のことを気にかけるようになっていた。
うーへいの人の良さが移ったのだろうな、とるーこは思う。
聞かれた澪は、それでもぶんぶんを首を横に振った。
「『やっぱり、まだちょっと恐いけど』」
澪はまたページをめくり、次のページに書きこんでいく。
「『でも、隠れてるだけじゃきっと会えないと思うから』」
「『恐いのは、大切なひとがいなくなっちゃうことだと思うの』」
優しく、しかし臆病でもある澪がその決断を下すには、どれほどの勇気が必要だっただろうか。けれども、澪は恐怖を乗り越え、勇気を持って一歩を踏み出そうとしていた。
それを知ってか知らずか、るーこは「えらいぞ」と言って澪の頭をぽんぽんと叩いた。気恥ずかしそうに、澪が頭をすぼめる。それから、また文字を書きこんだ。
「『えっと、話はおしまいなの。ありがとう』」
「ああ。…それじゃ、るーは少し休むぞ。うーみおも一緒に寝るか?」

「『うんっ』」
仲の良い姉妹のように肩を並べながら、二人は床で横になった。
     *     *     *
ようやく、胃の中の消化物が減ってきた頃にはすでに約束の三時に近づいてきていた。
「陽平さん、お体の具合はどうですか?」
秋子が未だぐったりしている春原に向かって声をかける。
「…はい、もうそろそろ大丈夫っす」
横にしていた顔を起こして、体調を確認する。一応、問題はない。
「へこんでますね…」
「はい?」
「いえ、机の跡が…」
ずっと同じ体勢でいたせいか、机の跡がついて頬の部分がへこんだようになっている。そう言えば、かつて朋也にも同じことを言われたような気がする。あの時は確か智代に…って、そんなことを考えてる場合じゃない。
春原はるーこが残していったのであろう、ウージーサブマシンガンを手に取る。重たい、鉄の感触がずっしりと伝わってくる。よく考えれば、銃を持つのは初めてだった。
「るーこちゃんと澪ちゃん、起こしてきましょうか?」
秋子が、恐らくるーこと澪が休憩を取っているであろう部屋を指差す。だが春原はいや結構です、と首を振る。
「女の子ですから朝まで休ませてやりましょうよ。…って、秋子さんも女性でしたっけ、はははっ」
おどけた調子の春原の声に、くすりと笑う秋子。
「そうですね、そうしましょうか。それじゃあ、見張りは二人でしましょう?」
「秋子さんは休まなくていいんすか?」
「徹夜なら、慣れていますから」
おハダに悪いですよ、とジョークを入れようかとも思ったがそんな場合でもない。買って出てくれるというなら、それに甘えるのもいいだろう。何せ、ここは殺し合いの場なのだ。見張りは多いほどいい。
「なら、頼みますよ秋子さん」
春原はウージーほかスタンガンなどを持って、見回りを始めた。夜が明けるのは、もう少し。




【時間:2日目4時30分】
【場所:F−02】

水瀬秋子
【所持品:IMI ジェリコ941(残弾14/14)、木彫りのヒトデ、包丁、スペツナズナイフ、殺虫剤、支給品一式×2】
【状態・状況:健康。主催者を倒す。ゲームに参加させられている子供たちを1人でも多く助けて守る。ゲームに乗った者を苦痛を味あわせた上で殺す】
春原陽平
【所持品:IMI マイクロUZI 残弾数(30/30)・予備カートリッジ(30発入×5)、スタンガン・支給品一式】
【状態:朝まで見回り】
ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品:支給品一式】
【状態:睡眠中。服の着替え完了】
上月澪
【所持品:フライパン、スケッチブック、ほか支給品一式】
【状態・状況:睡眠中、浩平やみさきたちを探す】
水瀬名雪
【持ち物:GPSレーダー、MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り)、赤いルージュ型拳銃 弾1発入り、青酸カリ入り青いマニキュア】
【状態:肩に刺し傷(治療済み)、睡眠中。起きた後の精神状態は次の書き手次第】
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