中盤戦




「ぐっ……」
「そ、宗一君……」
宗一が苦痛に顔をしかめる。
秋子が放った銃弾のうちの一つが、宗一の右太股の端を抉り取っていた。
自分が隠れている位置を中心に集中砲火を浴びせられたのだ。
それでも普段の彼なら余裕を持って凌げる攻撃だったが、今は条件が悪すぎる。
負傷して動きが鈍っている上に敬介を抱えての回避行動では、避け切る事が出来なかった。


「ヤバイな……次にダイナマイトがきたらもう凌げるか分からない……」
宗一は激しい痛みを気に留めず、冷静に戦況を分析していた。
足の状態は万全とは程遠く、俊敏な動きは望むべくも無い。
出血は……今すぐ動けなくなる程ではない。
だが、戦いが長引くに連れて体力は否応無しに削られていくだろう。
これらの条件から導き出される答えは一つ――――

「どうする?」
「あんたに頼みがある……一つだけ打開策を思い付いた。それは―――」

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「呻き声がしたわ。何処に当たったか分からないけど、きっと敵の動きは鈍っている」
秋子はそう言いながら銃に新しいカートリッジを装填している。
カチャッ、と音を立てて決着を着ける為の弾丸が銃に補充された。


「作戦はさっきと同じよ。私が拳銃であぶりだすから、澪ちゃんはダイナマイトでトドメを!」
澪がこくんと頷くのを確認して、秋子は壁から身を乗り出して銃を撃とうとし―――目を見開いた。

橘敬介が茂みから飛び出して、診療所の、秋子達が隠れている場所とは反対側の角に向かって走っていた。
(―――挟み撃ちにされる!?)
実際には敬介は何も武器を持っていない……裏に回られようと大した脅威には成り得なかった。
だがその事を知らない秋子にとって彼の行動は、十分過ぎる陽動となった。
秋子は焦りながらも銃口を敬介に向けるが、意表を付かれた上に相手が走っているこの状況下ではプロでも無い限り命中させる事は困難だ。
2発、3発と連続して弾丸を放つが当たらない。


―――そして予想外の出来事は連続して起きる。
「うおぉぉ!」
茂みから宗一が飛び出してきたのだ。
直後、宗一の銃が火を噴く。
秋子は咄嗟の判断で壁に身を隠していたので、その銃撃だけは何とかやり過ごせた。
だが宗一はそのまま勢いを止める事無く、激痛で痛む足を酷使し、壁に隠れる秋子に向かって突撃する。

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「秋子さん!」
祐一は驚愕していた。
診療所にようやく到着しそうになった時、彼の目に飛び込んだのは見慣れた服装の人間だったからだ。
その女性は銃を手にし、壁の向こうを警戒しているようだった。
まだ距離があるので顔までははっきりと見えないが、あの服装は間違いない―――水瀬秋子だ。

秋子の少し後ろでは、見知らぬ少女も秋子を援護しようとしていた。
「少年、知り合いか?」
「ええ、そうです!知らない女の子も一緒だ……きっと襲われてるんだ、助けにいきましょう!」
「ああ、分かった!」

急いで祐一達は走り始める。
祐一達の位置からは宗一が茂みから飛び出してくる様もよく見て取れた。
祐一は秋子本来の穏やかな人柄をよく知っている。
この状況で見知らぬ人間と秋子のどちらを信用するかなど、天秤にかけるまでもない。
祐一達は秋子の敵がゲームに乗った人間だと、すっかり勘違いをしていた。

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(まだ……まだ駄目よ……)
秋子は宗一の足音にのみ意識を集中させ、冷静に距離を判断していた。
もう何度もチャンスは無いだろう―――引き付けて一撃で仕留める!
相手の正体は分からないが明らかに素人では無い……近距離で撃たなければきっと避けられてしまう。
だから秋子は、一撃に賭けていた。

(もう少し……もう少し―――――――――――今よ!)
秋子は壁から体を乗り出し、乗り出した時にはもう足音のした方へと撃っていた。
足音で距離を読むという事は、即ちおおよその位置も把握するという事。
素人である秋子の読み程度では誤差はあるが、それも近距離でならば許容範囲内に収まる筈だった。
引き付けて、最低限の動作による必殺の一撃が放たれた。
両者の距離は約5メートル……並大抵の回避動作では、絶対にかわせない。


しかし―――本気になったNasty Boyはその上をいっていた。

「―――そんな!?」
秋子が驚愕の声を上げる。
Nasty Boy……日本語訳では『無茶苦茶小僧』。
彼は何よりも相手の驚いた顔を見るのが好きであり、相手の裏を掻くのが得意だった。
秋子の行動を予期していた宗一は銃を口で咥え、地面に滑り込むようにヘッドスライディングの態勢で宙を舞っていた。
放たれた銃弾は宗一の遥か頭上を通り過ぎるだけに終わる。

そのまま無事な右手を地面に乗せて、その手を支点に縦回転し強烈な踵落としを放つ。
予想しようの無い展開の連続に、秋子は全く反応が出来ていない。
「が……っ」
勢いをつけたその一撃は秋子の首に命中し、彼女の意識を奪っていた。

もう一人―――ダイナマイト役がいるのは分かっている。
宗一は澪を打ち倒すべく彼女の姿を探し―――次の瞬間には地面に転がり込んでいた。
それまで宗一がいた空間を銃弾が切り裂いてゆく。

澪は独断でダイナマイトによる攻撃は諦め、銃による援護に切り替えていたのだった。
地面に転がり込んだままの姿勢の宗一。
この状況で澪の攻撃を凌ぐには、もう手は一つしか残されていない。
態勢は圧倒的に不利だったが、素人とエージェントの銃の発射動作の速度には圧倒的な差がある。

「殺したくは無かったが――――許せ」
澪が再び狙いを付ける前に、宗一は口に咥えていた銃を手にし澪の胸を撃ち抜いた。
宗一の放った銃弾―――FN Five-SeveNの特殊弾は貫通力に優れる。
それは一撃で澪の体を破壊し、その命を奪いつくしていた。

だが―――同時に宗一も腹を押さえて吐血した。

「な……ん……だと……!」
横に振り向いた宗一の視界に。
二人の男の姿が入った。
遠目でその表情までは読み取れない。
しかしそのうちの一人は拳銃を構えており、狙撃してきた張本人がその男である事は疑いようが無い。

・

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・

「よくもあんな女の子を……!」
緒方英二と相沢祐一は怒りに震えていた。
英二のベレッタM92の銃口からは僅かに煙が上がっている。

――――宗一の集中力は完全に澪との撃ち合いに向けられていた。
英二が必死に少女を救おうとした結果、宗一の数少ない隙を突く事になったのだ。
更に宗一にとって不幸な事に、まだ距離があるにも関わらず、英二の弾は奇跡的に狙い通りの位置へと飛んでいった。
様々な偶然の積み重ねが、この結果を生み出していた。




【時間:2日目・午前8時05分】
【場所:I−7】

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数13/20)】
【状態:左肩重傷(腕は動かない)、右太股重傷(動くと激痛を伴う)、腹部を銃で撃たれている(怪我の程度は後続任せ)】

橘敬介
【所持品:支給品一式、花火セットの入った敬介の支給品は美汐の家に】
【状態@:左肩重傷(腕は上がらない)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て応急手当済み)。観鈴の探索、美汐との再会を目指す】
【状態A:陽動は終了、これからの行動は後続任せ】

上月澪
【所持品:H&K VP70(残弾数1)、包丁、ダイナマイトの束(3本消費)、携帯電話(GPS付き)、ロープ(少し太め)、ツールセット、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:死亡】

水瀬秋子
【所持品:ジェリコ941(残弾10/14)、澪のスケッチブック、支給品一式】
【状態:腹部重症(治療済み)。名雪と澪を何としてでも保護。目標は子供たちを守り最終的には主催を倒すこと。気絶】


緒方英二
【持ち物:ベレッタM92(7/15)・予備弾倉(15発×2個)・支給品一式】
【状態:疲労、怒り】

相沢祐一
【持ち物:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(15/15)支給品一式】
【状態:観鈴を背負っている、疲労、怒り】

神尾観鈴
【持ち物:ワルサーP5(8/8)フラッシュメモリ、支給品一式】
【状態:睡眠 脇腹を撃たれ重症(容態少し悪化)、祐一に担がれている】

マルチ
【所持品:支給品一式】
【状態:マーダー、精神(機能)異常 服は普段着に着替えている。迂回しつつ診療所へ回りこむ】

鹿沼葉子
【所持品:メス、支給品一式】
【状態@:肩に軽症(手当て済み)右大腿部銃弾貫通(手当て済み、動けるが痛みを伴う)。一応マーダー】
【状態A:これからの行動は後続任せ】
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