対極




それは朋也達が由真を運んでいる時の事だった。
突如聞こえてきた足音に振り向く朋也。
そこには鍬を手にして自分達の方へと走りこんで来る七瀬彰がいた。

(あいつ鍬なんて振りかぶってどうする気だ?まさかこんな島に来てまで農作業でもするつもりか?
随分と生真面目な奴なんだな、ホント近頃の若者に見習わせてえよ。学校に遅刻しまくってる俺が言うのもなんだけどな。
――――って)
「―――んなワケねえだろ!」
咄嗟に薙刀を取り出して、迫り来る鍬を受け止める。
手を離したせいで由真の体が地面に落ちるが、今は気にしている余裕は無い。
彰は手を休める事なく鍬を天高く振り上げた。

古傷の影響で右肩が上がらない朋也にその攻撃を受け止める術は無い。
反射的に横に飛び退いて避けようとする。
だが彼は忘れていた――――後ろにはまだ保護すべき仲間達が残っている事を。


「ふうこぉぉぉぉぉぉ!」
朋也の叫びが響き渡る。

風子の胸に鍬が突き刺さっていた。
彰の手に骨を砕き肉を裂く嫌な感触が伝わったが、彼はそれでも気をしっかりと持ち突き刺した鍬を引き抜いた。
同時に鮮血が飛び散り、みちると由真の顔に降りかかる。
力なく、風子の身体は崩れ落ちた。



(風子……死んじゃうみたい、ですね……)
呼吸が出来ずに意識がどんどん薄れていくが、痛みは感じなかった。
―――これでまた姉に会えるかもしれないと思った。
風子には姉のいないこの世界にもう執着する理由が無かったから、彰に対する憎しみは感じなかった。
ただ朋也との別れを惜しみ、彼の今後を案じる気持ちもある。
思考がまとまらないまま、彼女の意識は次第に閉じていった。



(……本当に殺してしまった―――だけど)
彰は血を掃うかのように鍬を軽く振った。
まだ赤く濡れている凶器と化した鍬をじっと見つめた後、残る獲物を睨み付ける。
(僕はこれからもっと多くの人間を殺さないといけない……罪悪感を感じている暇なんて無いんだ!)
彰はまだ風子の死のショックから立ち直っていない朋也の腹を思いっきり蹴りつけた。

「あっ…が…」
呻き声と共に倒れこむ朋也。
彰は容赦なくその腹を2発、3発と連続して蹴り上げる。
その度に朋也は呻き声をも漏らしていた。

朋也の眼前には風子の死体があった。
その顔はとても悲しそうな表情をしていた。
(俺は……保護者気取りだったのに…………こいつに何もしてあげられなかった……)
朋也の精神は、蹴られている事に対する苦痛よりも後悔の色で埋め尽くされていた。

・
・
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耳に入る叫び声、悲鳴。
きっと殺し合いが行なわれているんだと思う。

今はうずくまっている場合じゃない。
戦わないといけない時だ。
それでもあたしは動けないでいた。
おじいちゃんの死はあたしにとってそれくらい、辛い事だった。
もう…死んじゃっても構わないかもしれない。
そんな考えすら浮かんでくる。

こんな辛い現実で、もう生きていたく無い。
もう死ぬまで妄想に浸っていたい。
だってそうでしょ?
現実に戻ったっておじいちゃんはもういないし、また殺し合いをさせられるだけなんだもの。
それよりは―――死んじゃった方が楽だよね。
生きていたって人を傷付けないといけなくなるんだし……そんな事をしたらおじいちゃんだってきっと悲しむ。



―――でも。
本当にそうだろうか?という疑問もある。
あたしが間違った事をした時のおじいちゃんは怖かった。
本気であたしを叱ってくれた。
誰かが間違った事をしている時に……それを止めるのは本当に悪い事なんだろうか。
おじいちゃんが生きていれば、きっと相手を殴ってでも殺し合いを止めようとするだろう。
なら―――あたしがそうしたって、おじいちゃんはきっと誇りに思ってくれるんじゃないか。

あたしがそう考えている時に、知らない男の声が聞こえてきた。

・
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・

初めて経験した本物の殺人者との遭遇と、仲間の死。
あまりにも突然過ぎる出来事にみちるは動けないでいた。

その時、それまで沈黙を守っていた彰が初めて口を開いた。
「……君達は何もしないんだね」
その言葉はみちると、そして心ここにあらずといった感じの由真に掛けられていた。
「こんなのおかしいよ……」
みちるが震えながらそれだけを答える。
彰にはみちるが何を言いたいかがよく分かった。
つまり彼女は『殺し合いをするなんておかしい』と言いたいのだ。

「―――僕も根本的には同じだった。何もしようとしなかった訳じゃないけど……結局何も出来なかった。
何としてでも障害を排除して目的を遂行するという”覚悟”が足りなかったんだ……だから美咲さんを守れなかった」
彰は自白を続けながら一歩前に足を踏み出す。
その迫力に、みちるは動けないでいた。
「だけど、今の僕は違う……」
更に一歩、足を踏み出しながら言葉を続ける。まるで己の決意を固めていくように。
「もう僕は何があっても止まらない。形振り構わずに戦い続けて……美咲さんを生き返らせる。
美咲さんが許してくれるとは思わないけど…それでも生きてる方が絶対に彼女は幸せな筈だから……」
みちるを眼下に捉え、鍬を手にした腕を振り上げる。
「美咲さんの為に、死んでくれ!」
迫る絶対の死に、みちるは目を瞑った。


―――しかし訪れたのは死では無かった。
「ふざけんじゃないわよっ!」
叫び声と共にみちるの肩口から何かが飛んでいく。
その物体―――トンカチは正確に彰の眉間に命中した。
「がぁ!?」
堪らず頭を押さえながら彰は後退する。


トンカチを投げた張本人―――十波由真は怒りを露にしながら立ち上がった。
「……いるよね、自分を正当化しようと言い訳ばっかりしてる奴。そんな奴に限って、いざって時は一番えげつないのよね」
足元に落ちていた朋也の薙刀を拾い、それをびしっと彰の方に向ける。
「よおおおっく聞けええええっっっ!あんたはただ逃げてるだけよ、その美咲さんっていう人の死から!
あたしもおじいちゃんが死んだ……凄い悲しかった……」
そこで一旦言葉を止め、大きく息を吸い込む。
先に倍する声で、由真は叫んだ。
「でもね、大切な人が死んだ事を言い訳にして人を襲うなんて、その人への冒涜以外の何物でも無い!
生きてる方が喜ぶ!?そんな事をして生き返らされても、その人は一生罪の意識に苛まされるだけっ!
あんたは美咲さんって人の為に動いてるんじゃなくて、唯自分の為に動いてるだけよっ!」

―――それこそが、由真を現実に引き戻した一番の要因。
彰の言い分はまるで自分の祖父をも馬鹿にしているようで、許せなかったのだ。
あの優しい祖父が沢山の人の命と引き換えに生き返って、喜ぶはずが無い。
きっと自ら命を断ってしまうだろう。

ちらりと、風子のほうを見る。
風子は既に息絶えていた。由真はぐっと歯を食い縛った。
(ごめんね、風子ちゃん……。あたしが不甲斐ないばっかりに……)
それでも由真は視線を前に戻し、彰を睨む。
そのまま後ろを見ずに告げる。

「岡崎さん……みちるちゃんを連れて逃げて」
何とか動けるようになった朋也が、膝に手をつきながら立ち上がる。
「由真、何言ってんだ!?俺も―――」
「迷惑なのよ」
遮るように由真は言った。

「岡崎さんと風子ちゃん、仲良かったでしょ?今の岡崎さんがまともに戦えるとは思えない―――足手纏いに居られたら、迷惑なの」
その言い草に朋也は反論しようとしたが、由真は二の句を告げさせない。
「こんな事になったのはあたしの責任。あたし一人で何とかするわ……お願いだからみちるちゃんを連れて逃げて。
これ以上、誰にも死んで欲しくないのよ」
今の朋也の精神状態、ダメージを考えると彼を戦力として期待する事は出来ない。
由真は由真なりに考えて、朋也達に逃げろと言っているのだ。
人二人を守りながら戦うよりも、自由に1対1の状態で戦う方が勝機が高いのは明らかだった。

「すまん由真……。絶対に死ぬなよ!」
本当は命を落としてでも戦いたかった。
しかしそれでは風子の死と由真の意思を無駄にしてしまう。
ようやく由真の言い分を認めた朋也は、みちるの手を引きながらよろよろと歩き去っていく。
風子と由真への謝罪の念に苛まれながら。




それぞれの獲物を手に正面から対峙する彰と由真。
口火を切ったのは彰だった。
「―――もう始めても良いかな」
「待っていたの?」
「ああ。僕は美咲さんを生き返らせる為に戦って、人も殺してしまった……。
僕にそこまでさせた理由を否定するお前とは正面から戦わないと、僕はもう人を殺せなくなってしまう気がする」
「気が合うわね。あたしもあんたを正面から―――殴り倒したいって思ってたところよ!」

二人は同時に踏み込んだ。
愛する人の死を受け入れる者と受け入れない者。
対極的な両者の戦いが始まった。




【時間:二日目午前7時50分】
【場所:C−03】

七瀬彰
【所持品:鍬】
【状態:右腕負傷(マシにはなっている)、マーダー】

十波由真
【所持品:双眼鏡、薙刀、他支給品一式】
【状態:怒り】

岡崎朋也
【所持品:クラッカー残り一個、他支給品一式】
【状態:意気消沈、みちるを連れて逃亡、腹部に痛み。目標は渚・知人の捜索】

みちる
【所持品:セイカクハンテンダケ×2、他支給品一式】
【状態:朋也に同行、目標は美凪の捜索】

伊吹風子
【所持品:三角帽、殺虫剤、スペツナズナイフの柄、他支給品一式】
【状態:死亡】

※トンカチは地面に落ちています
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